日を重ね、生活の基本的な流れも整ってきた頃。
「ミア。食事の用意ができましたよ」
「はーい。……カイも食べる?」
カイが知らせるのに、ミアの屈託のない返事を寄越す。同じことの繰り返しで、もうすっかり日課となったやり取り。
「あなたが望むなら」
穏やかなカイの声に彼女は大きく頷いた。
「じゃあ一緒に! ねえ、今日はなに?」
この暮らしが始まって以来、ミアは毎回差し向かいでの食事を所望した。
「シチューです。前回作ったときに『美味しい』と仰っていましたので。今日はチキンですがよろしいですか?」
「もちろんよ。でも、本当になんでも学習して行くのね。もうわたしのことはカイが誰よりもよく知ってるわ」
感心したように、ミアはすぐ後ろを歩くカイを振り仰ぎつつ食卓へ向かう。
「そう、これ! 以前、はシチューなんて見たことなかった。いつも缶詰やペレットと水だけで。病院で出てたものも嫌いじゃなかったのは本当よ。でもわたし、カイが作ってくれるものが一番好き。──なのにカイは味わからないから可哀想ね。すごく美味しいのに」
椅子を引かれて腰を下ろすなり喜びを表す彼女に、カイは冷静を保ったままだ。
「最初から知らないものを『可哀想』とは言いません。さあ、冷めないうちにどうぞ。その方が『美味しい』んですよね? 人間は」
軽く受け流されても、ミアは簡単には引かなかった。
「味覚ってアンドロイドには無理かしら?」
「もし可能だとしてもプログラムですよ。わかる振りをしているだけです」
問われて静かに答えるカイに、彼女は少し残念そうではあっても納得したらしい。
「うーん、そうよね。一緒に美味しい! って言えたらいいと思ったんだけど。それもわたしの勝手だわ」
「いいえ。僕はあなたのそのお気持ちだけで嬉しいですよ」
笑みを形作るカイに釣られるように、ミアは笑ってスプーンを手に取った。
そうして、ミアとカイの生活はなんの波風も立たないままに続いている。
基本的に、彼女が不自由なく過ごせるよう取り計らうのがカイの役割だった。料理や掃除、洗濯等の家事はもちろんすべてカイが担う。
初めのうちは何をするにも顔色を窺うかのように尋ねて来たミアも、「あなたの好きなことを」としか返さないカイに自分で考える以外にないと理解したらしい。
少しずつ、本を読んだり絵を描いたり、「やりたいこと」を見つけて楽しむようになっていった。
ミアがダイニングテーブルで色鉛筆を手に取って紙に花の絵を描き始めたが、指がふと止まる。
「カイ、これ上手?」
「とても綺麗ですよ、ミア」
カイが微笑むと、彼女は小さく頷く。だが、紙の端に黒い影のような線が乱暴に引かれていた。
「……以前は絵を描いたら怒られたの。『問題を解け』って、大きな声で──」
ミアの声が震える。
「間違えると叩かれて、……怖かった」
カイは一瞬、動きを止める。だが、すぐに静かな声で答える。
「ここではもうそんなことはありません。あなたは自由です。絵も好きに描いていいんですよ」
カイはそっと紙に触れ、彼女の震える手を落ち着かせる。
この少女を見守り育てて、将来的には社会に戻すのがカイに課された使命だ。
いずれは世話係のカイ以外の人間とも関わる機会を与える必要がやってくるだろう。
そのタイミングを判断するのはカイの仕事ではなかった。
アンドロイドに自我など求められてはおらず、権利も与えられていないからだ。