病院を出て、ミアとカイは郊外の小さな一軒家に移った。
「ミア、何か召し上がりたいものはありますか?」
夕食の希望を尋ねたカイに、彼女は軽く首を傾げる。
「なに、……別になんでも。病院でもそんなの訊かれなかったわ」
「では、病院でお好きだったものはなんですか?」
「嫌いなものなんてなかったから」
質問の内容が理解できない、といった風のミアに、カイは静かに答えた。
「ではいろいろお作りしますので、正直に感想を仰ってください。そうしなければ僕には伝わりません。あなたの好みを知るのも僕の大切な役目ですから」
「……うん」
ダイニングテーブルの椅子に座って待つミアを時折確認しながら、カイはキッチンで彼女のために料理する。
「どうぞ」
「これは?」
テーブルに置かれた皿を見たミアがカイに視線を向けた。
「シチューです。今日は環境も変わってお疲れでしょうし温かくて食べやすいものをと選びましたが、お気に召さなければ作り直します」
「ううん、そんなことない。……カイ、は食べられないのよね?」
否定される前提なのだろう彼女の疑問にも淡々と返す。
「当然ながら食物を摂取する必要はありません。しかし『食べるという型』をなぞることは可能です。人間に擬態する上で外せない行為ですから」
「あの、……じゃあ一緒に食べてよ」
躊躇いがちに、しかしはっきりと意見を表したミアに、カイはやはり迷いも見せずに頷いた。
「了解しました。それではすぐに用意いたします」
もう一つの皿を持ってキッチンから戻って来たカイに、ミアが向かいのもう一つの椅子に座るよう促す。指示通りに腰を下ろしたカイに安心したように、ミアはようやく食事を始めた。
「美味しい! これシチュー? 病院で出たのとは違うわ。それに熱い」
「具材が違うのでしょう。今日はあなたの身体に負担をかけないよう、消化の良いものをと思い野菜だけです。あなたの病室は最上階端の特別室で調理室も離れていましたし冷めてしまうのは仕方がありません。熱すぎはしませんか?」
「大丈夫。ちょうどいいわ。だからすごく美味しい」
嬉しそうに食事を続けるミアを、カイもスプーンでシチューを口に運びながら見守っていた。
「カイ。一緒に寝てよ。寂しい」
「それはできません」
食事を終えて、彼女が入浴も済ませたその夜。おずおずと見上げて来たミアの要望をカイは口調だけは柔らかく即座に却下した。
「だってカイは人間じゃないでしょ? だったら構わないじゃない」
人間の男なら頼まれても御免だ、と言外に告げる彼女に言い聞かせるように続ける。
「人間ではないからです。僕は『人間のよう』ではあっても『人間と同じ』ではない。そんな資格はないんです」
「わたしがそうしてって言っても? 命令、しても?」
命令などする気は元からなかったのだろう。それでもミアは、少し遠慮がちに言い募った。
「ええ。命令でも従えないことはあります。たとえば『主人を傷つける要求』などは、決して受け入れられません。同様に、僕と人間であるあなたは対等ではない。その線引きを違えることも許されていません」
どこまでも優しく、しかし付け入る隙を与えないカイに、ミアは諦めたように俯いてしまう。
「一緒に寝るのは無理ですが、寝室までお送りしてあなたが眠るまでついていることはできますよ」
カイが付け足すのに、彼女はぱっと顔を上げた。
「じゃあそうして! 一人は怖いの。だからずっと見てて」
「畏まりました」
カイは斜め下の少女に視線を向け、彼女がそっと差し出した手を取る。
「手が温かい」
初めての物理的な接触に、ミアは驚きの声を上げた。
「僕の身体は限りなく『人間』を模倣しています。体温が感じられなければ、即『作り物』だと露見してしまいますから」
「血管、もあるのね。血も流れてる?」
重ねた手をまじまじと見分していた彼女が呟く。
「厳密には血液ではありませんが、切れば『血のような』ものが流出する仕組みにはなっています。見た目と機能は人間に似せていますので。『人工知能』も同様です」
「知能も。……だったらカイの元になった人間がいるのよね?」
「そのとおりです。僕たちは、幾人もの人間から取ったデータをベースにしています」
幼い主人の手を引いて解説しながら、カイは寝室へ向かった。