7話 終わりの会
ー/ー 午後二時。遊戯室でみんな横一列に椅子に座り、終わりの会に参加する。
「はい。今日は終わりです。さようなら」
椅子に座った小林先生が前方で挨拶をし頭をペコリと下げると、今日の療育は終了。保護者が付き添いの子はそのまま帰ってもらい、迎えに来てくれる子は安全の為に遊戯室で保護者に引き渡すと決まっている。
玄関で今日の様子を話している間に子供から注意が逸れて、その一瞬の間に外に出てしまい重大な事故に繋がる可能性がある。子供によって個人差があるけど、多動傾向のある子は衝動的な行動を起こすことがあり、知的障害を抱える子は車などの危険を理解出来ていないから。
だからこそ療育園で一番気を張っているのは、子供の命を守ることだとされている。
「先生、バイバーイ!」
「また……ね」
爽やかな風が吹き秋草が揺れ、赤とんぼが飛ぶ淡い空下。
お母さんに手を引かれながら、元気よく腕をブンブンと振る子。小さく小刻みに振る子。振り返らずに一目散に帰る子と様々。みんな元気に、お家に帰って行く。
無事に保護者の元に返すのが務めであり、失敗は許されない。特に健常の子供とは違い、怪我や離園などの危険があるからこそ気が抜けない。
だから外までの見送りを終えた先生はホッと安堵の表情を浮かべ、園内に入っていく。
みんなの帰って行く背中を玄関の端でじーと見つめていた凛ちゃんは、自分も帰るのだと分かったようだ。タタタと駆け足で、うさぎの絵が貼り付けられている木製の靴箱前に立ち、バンっと音を鳴らして靴箱を開けて赤色の靴をポーンと玄関の床に投げつける。
「えーん。痛いよ~」
凛ちゃんが投げたのは、大好きなうさぎのキャラクターが描かれたマジック靴。だから私はうさぎのキャラクターになりきり、バラけた靴を揃えて見せ泣いたような悲しげな声を出す。
すると結んでいた口を少しだけ開けた凛ちゃんは、靴を履く用のスノコにちょこんと座る。
いつもは足を捩じ込むように無理矢理入れるけど、今日はそっと優しく足先より入れていく。
凛ちゃんと会話のやり取りをしたことはないけど、優しい子なのだろう。家でもぬいぐるみに布団をかけてあげてるらしいから。
大好きな物を大切にすることから、人を大切にすることを学んで欲しい。そう思いながら、上手く留められていないマジックテープをしっかり締め直す。
迎えに来た保護者がスリッパから靴に履き替える時は、必ず保育士が子供の側に居て離れないようにしている。子供と保護者が靴を履いて手を繋ぎ、初めて私は子供から目を離し見送り用のスリッパを履くことが出来る。
凛ちゃんのお母さんに凛ちゃんを引き渡そうと目を向けるも、その足はまだスリッパに入れたままになっていた。玄関入り口より差す太陽の光りに、瞬きをパチパチと繰り返している。
室内では分からなかったけど、太陽に照らされた明るい場所なら分かる。目元に……。
それに気付いた瞬間に言葉に詰まり、喉奥より気持ちが溢れてきた。
「あ、すみません」
私と目がパチリと合った途端、凛ちゃんのお母さんは肩より下がっていた白いリュックを背負い直し、ささっと黒いシューズに履き替えていく。
「佐伯先生。今日もありがとうございました」
私から凛ちゃんを引き取る時に触れた手は温かく、いつものように明るくにこやかに笑う。だけど、なんか。
口を開き言葉を出そうになった瞬間に、ゴクっとそれを飲み込んだ。
外で込み入った話をすると注意が子供から逸れてしまうからと、話は室内ですると決まっている。だから、それを口にはしなかった。
「では、また水曜日。お願いします」
大きな手は小さな手首をギュッと握り、その目付きが変わる。安全な場所で人目があった今までと違い、これからはお母さん一人で知的障害がある子の安全を守らなければならない。握る手に力が入るのは無理がなかった。
「はい。お気を付けて……。凛ちゃん、バイバイ」
私がしゃがみ込み目の前で手を振ると、凛ちゃんは無表情のまま自分に手の平に向かって手を振り始める。
これは「逆さバイバイ」といい、私の姿を見て真似をするからこうなってしまうらしい。だけど最近になってようやく出来たバイバイに、私は目を細めて見つめていた。
お母さんが手を引き、親子で並んで歩いていく後ろ姿。
いつもはトタトタと歩く可愛い凛ちゃんを眺めているけど、今は。
「はい。今日は終わりです。さようなら」
椅子に座った小林先生が前方で挨拶をし頭をペコリと下げると、今日の療育は終了。保護者が付き添いの子はそのまま帰ってもらい、迎えに来てくれる子は安全の為に遊戯室で保護者に引き渡すと決まっている。
玄関で今日の様子を話している間に子供から注意が逸れて、その一瞬の間に外に出てしまい重大な事故に繋がる可能性がある。子供によって個人差があるけど、多動傾向のある子は衝動的な行動を起こすことがあり、知的障害を抱える子は車などの危険を理解出来ていないから。
だからこそ療育園で一番気を張っているのは、子供の命を守ることだとされている。
「先生、バイバーイ!」
「また……ね」
爽やかな風が吹き秋草が揺れ、赤とんぼが飛ぶ淡い空下。
お母さんに手を引かれながら、元気よく腕をブンブンと振る子。小さく小刻みに振る子。振り返らずに一目散に帰る子と様々。みんな元気に、お家に帰って行く。
無事に保護者の元に返すのが務めであり、失敗は許されない。特に健常の子供とは違い、怪我や離園などの危険があるからこそ気が抜けない。
だから外までの見送りを終えた先生はホッと安堵の表情を浮かべ、園内に入っていく。
みんなの帰って行く背中を玄関の端でじーと見つめていた凛ちゃんは、自分も帰るのだと分かったようだ。タタタと駆け足で、うさぎの絵が貼り付けられている木製の靴箱前に立ち、バンっと音を鳴らして靴箱を開けて赤色の靴をポーンと玄関の床に投げつける。
「えーん。痛いよ~」
凛ちゃんが投げたのは、大好きなうさぎのキャラクターが描かれたマジック靴。だから私はうさぎのキャラクターになりきり、バラけた靴を揃えて見せ泣いたような悲しげな声を出す。
すると結んでいた口を少しだけ開けた凛ちゃんは、靴を履く用のスノコにちょこんと座る。
いつもは足を捩じ込むように無理矢理入れるけど、今日はそっと優しく足先より入れていく。
凛ちゃんと会話のやり取りをしたことはないけど、優しい子なのだろう。家でもぬいぐるみに布団をかけてあげてるらしいから。
大好きな物を大切にすることから、人を大切にすることを学んで欲しい。そう思いながら、上手く留められていないマジックテープをしっかり締め直す。
迎えに来た保護者がスリッパから靴に履き替える時は、必ず保育士が子供の側に居て離れないようにしている。子供と保護者が靴を履いて手を繋ぎ、初めて私は子供から目を離し見送り用のスリッパを履くことが出来る。
凛ちゃんのお母さんに凛ちゃんを引き渡そうと目を向けるも、その足はまだスリッパに入れたままになっていた。玄関入り口より差す太陽の光りに、瞬きをパチパチと繰り返している。
室内では分からなかったけど、太陽に照らされた明るい場所なら分かる。目元に……。
それに気付いた瞬間に言葉に詰まり、喉奥より気持ちが溢れてきた。
「あ、すみません」
私と目がパチリと合った途端、凛ちゃんのお母さんは肩より下がっていた白いリュックを背負い直し、ささっと黒いシューズに履き替えていく。
「佐伯先生。今日もありがとうございました」
私から凛ちゃんを引き取る時に触れた手は温かく、いつものように明るくにこやかに笑う。だけど、なんか。
口を開き言葉を出そうになった瞬間に、ゴクっとそれを飲み込んだ。
外で込み入った話をすると注意が子供から逸れてしまうからと、話は室内ですると決まっている。だから、それを口にはしなかった。
「では、また水曜日。お願いします」
大きな手は小さな手首をギュッと握り、その目付きが変わる。安全な場所で人目があった今までと違い、これからはお母さん一人で知的障害がある子の安全を守らなければならない。握る手に力が入るのは無理がなかった。
「はい。お気を付けて……。凛ちゃん、バイバイ」
私がしゃがみ込み目の前で手を振ると、凛ちゃんは無表情のまま自分に手の平に向かって手を振り始める。
これは「逆さバイバイ」といい、私の姿を見て真似をするからこうなってしまうらしい。だけど最近になってようやく出来たバイバイに、私は目を細めて見つめていた。
お母さんが手を引き、親子で並んで歩いていく後ろ姿。
いつもはトタトタと歩く可愛い凛ちゃんを眺めているけど、今は。
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