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海うさぎ

ー/ー



 その人は、海を見ながらぼーっとしていた。

 疲れたとは違う、気だるい感じ。多分、こういうのを「アンニュイ」って言うんだろうなと僕は思った。

 固まっている僕に気づき、顔をこちらに向けた。歳は…僕にはよくわからない。女性の年齢を詮索してはいけないと言うし。
 ただぶっちゃけ言ってしまうと、年齢不詳、そんな気がした。

 若々しくはない。
 でも色々あってくたびれているだけで年齢は若い事もある。逆に「お姉さん」と言う年齢に見えて、実は「お姉さん」と呼ぶのは微妙な年齢の時もある。そんなところだ。

 ただ一つ言えるのは、見惚れるほど美人という訳でもないって事だ。よく女子が「雰囲気イケメン」とか言ってるけど、そんな感じ。「雰囲気美人」とか言ったら某〇〇ニストとかに叩かれるんだろうなぁと頭の片隅で思った。

 そんな僕にその人はニヤリと笑った。思わず知り合いだっただろうかと思うそんな顔。そしてからかうように僕を指差した。

「あ~!サボりだぁ~!ふふっ、いっけないんだぁ~っ!!」

 そう言って指差した後、ケラケラと空に向かって笑った。僕は言いえぬ不安に見舞われた。そんな風には見えなかったが、かなり酔っ払っているのだろうか?!いやむしろ、酔っ払っているならいい。そうじゃないモノだったら、流石にヤバすぎる。

 逃げた方がいい。
 そう思っているのに体は動かない。

 空いっぱいに手を伸ばしてケラケラ笑うその人。

 目が逸らせない。
 引きつけられているからというより警戒心だ。
 ヤバイ薬とかだったら、自転車で逃げたって追いかけられるか石か何か投げつけられかねない。

 手を伸ばしているから餌でももらえると思ったのか、カモメ?みたいなのがその人に寄り集まってきた。その人はそれに手を伸ばす。

「あ~!!生きてるってつまんねぇ~っ!!」

 そして唐突にそう叫んだ。その人に近づいてきた鳥たちも、僕も、その声にびっくりしてしまった。

「あ"ぁ~~っ!!」

 叫びまくっている。
 いよいよヤバイと僕は思った。

 やはり罰が当たったんだ。学校をサボった罰が当たったんだ。そんなキャラじゃないのに学校をサボった僕に、罰が当たったんだ。自転車のハンドルをぎゅっと握る。

「ねぇ!!そう思うでしょ?!」

 くるりと向きを変え、その人は言った。完全にロックオンされてる。もう逃げ場なんかない。ここが広い道路の歩道だったとしても、この人の射程距離から逃げる事はできないのだと観念した。

「つっまんない世の中だよねぇ~?!」

 ニカッと笑うと八重歯が見えた。いや八重歯って言うか、歯並びが悪いんだ。何だか見てはいけなかった気がして目を反らした。

 その人はずんずんと距離を縮めてきたので、僕は硬直して後退った。でもそんな事はお構いなしに目の前に来ると、やはりニカッと笑ったのだ。

「なるほど~?君、サボり初心者だねぇ~??」

 そう言ってにやにや笑いながら僕の周りを回る。居たたまれなくて、ぎゅっと身を縮こませる。カツアゲとかされた事はないが、そういう事なのだろうか……。

「……パリッとした制服。初犯ですな?ん??」

 何が面白いのか、楽しそうにそう言った。とりあえずアルコールの匂いはしないから、酔ってはなさそうだ。変な薬をやっていると思えるほど目が座っている感じでもない。いや、わからないけれど……。

「なるほどなるほど。本日、始業式で学校に向かおうとしたけど~、嫌になったってところですかなぁ??」

 ニヤつきながらそう言われ、心の中でその通りだよと言い返した。少しムッとしてにらみ返そうとしたら、目の前でニヤッと笑われ、仰け反った。

「わっ!!」
「あはは!いつまで固まってるのさ!!面白い子~っ!!」

 その人はまた、ケラケラと屈託なく笑った。変な人だが、悪い人でもないのかもしれない。小さく息をついた僕を見て、その人は少しだけ柔らかい表情をした。

「よしよし。落ち着いてきたね。」
「あの……僕に何か……??」
「ん~??サボり初心者みたいだから、サボりのプロフェッショナルがサボり方をレクチャーしてあげようかと思ってね。」
「サボりのプロフェッショナル……ですか。」

 どうやら学校や家に連絡しようとかではなさそうだ。妙に偉そうにそう言ったその人は、化粧をしてないのかそばかすが見えていて、肌も少し赤い所があったりして荒れてるんじゃないかと思った。僕が逃げずに話す態勢になったのを確認すると、一人うんうんと頷く。

「とりあえず、この子をどうにかしないとねぇ~。」

 そして僕の反対側でしゃがみこんだ。肩よりも長い髪を耳に掛けながら、自転車を覗き込む。僕は何でそんな事がわかったんだろうと不思議に思った。

「慣れない砂道爆走して、チェーンが外れたか何かしたんでしょ?」
「……はい。」
「初心者あるあるだねぇ~。何でかサボり初心者は近くに海があると、皆、海に来るんだよ。で、自転車壊したり、バスがわかんなくて変な所に行ったり帰れなくなったりすんの。」
「はぁ……。」
「ま、皆通る道って事だよ。」

 そう言って動かなくなった自転車の向こう、その人はニッと笑った。その時、屈んでいるその人の胸元が見えそうなことに気づいて慌てて目を逸らした。それに気づいてまたニヤニヤ笑われた。

「初々しいねぇ~。初心者君!!」

 何だか別の意味の様な気がしてムスッとしてしまう。確かにいろんな意味で初心者ですけど!!落ち着いて見てみれば、その人は肩紐のワンピースみたいのを着ていて、しかもその肩紐が片方、外れている。アンニュイだと思っていたけど、むしろルーズな感じだ。

「それ、だらしないですよ?おねえさん。」
「なに~?ママみたいな事言って~?!これはキャミワンピって言う服なのよ??シミーズだとか思ってる?!」
「シミーズって何ですか??」
「だよね!!私も言われた時!何それって思った!!」

 質問したのに同意を求められ僕はため息をついた。ママと言っていたが、おそらく母親という意味ではないだろう。何となく相手の事がわかってきた気がした。

「ま、いいや。とにかく自転車直さないとね。」
「直せる所ありますか?」

 スマホで自転車屋を探したが見つからなかったのだ。その人はついてきてと言うと海沿いを歩いていく。
 しばらく行くとサーフショップにたどり着いた。店はやっているのか閉まっているのか僕にはわからない。けれどその人は勝手知ったるといった様に中に入って行った。

「シゲさ~ん?!いる~?!」

 中でそう叫んでいる。すると小柄な女性が顔を出した後、いかにもって感じのオッサンが出てきた。日に焼けて真っ黒な肌が何か別の国の人にすら見える。ガラス戸越しに目が合ったので頭を下げた。
 しばらく3人が何か話していて、そしてオッサンがガラリとガラス戸を開けた。

「やっちまったんだって?!」
「え、あ、はい……。」
「どれどれ……。あぁ、パンクはしてないな。よしよし。」
「あ……。」

 シゲさん?は状態を確かめると、僕の自転車を持ち上げ、店の中に運び込んだ。どうしていいのかわからず狼狽える。

「直しとくから安心しな!!」
「あ、ありがとうございます……。あの……。」

 背負っていたリュックから財布を出すと、何故かシゲさん?と小柄な女性とおねえさんに爆笑された。

「ヤダ!!さっちゃんの知り合いなのに!真面目!!」
「何よ~!!酷くない?!」
「サチ!!青田刈りすんなよ?!」
「しません~!!アタシはいぶし銀命なの~!!」
「それも駄目だろ!!」

 そしてまた爆笑している。何だかテレビドラマでも見ているようで呆けてしまう。

「なら、お願いね?」
「は~い。」

 小柄な女性にそう言われ、その人、ルーズなおねえさんこと「サチ」さんは俺の方に向かってきた。そしてニッと笑った。

「行くよ!!」
「え?!」
「無理しなくていいからね?」
「え??」
「まぁ、頑張んな、ボウズ。」

 シゲさんと女性にもそう言われ、送り出される。いつの間にかサチさんに腕を掴まれてずんずんと海の方に連れて行かれた。

「え?!ちょっとあの?!」
「ほら!!働かざるもの食うべからず!!修理代探すよ!!」
「え?!」

 全く話が見えない。何なのかやっと話を聞かせてもらうと、どうやら貝殻を探す事になっているようだった。小柄な女性、シゲさんの奥さんは拾った貝殻で小物や作品を作るアーティストなのだそうだ。この辺ではそれなりに有名な人だったらしい。

「……あった。」
「お!幸先いいね!!」

 砂浜にしゃがんで貝殻を探す。貝殻の他にシーグラスもあれば拾う。その辺に落ちていた漂流物の壊れたバケツに入れていく。特に喜ばれるのが巻き貝みたいな物だった。

「……ウミウサギ??」
「そ、ウミウサギ。」

 サチさんは砂を浅く掘りながらそう言った。海にまでうさぎがいるとは思わなかった。見つけた貝殻を持ち上げ、じっと見つめる。
 これのどこがうさぎなんだろう。確かに真っ白で丸っこくて、うさぎっぽいといえばうさぎっぽいんだけれども。
 後日、ネットでウミウサギの正体を見て絶句する事をこの時はまだ知らなかった。

「これ……何か、お金の代わりにされてた貝殻みたいですね……。」
「まぁ、仲間だね。今日はガチでお金代わりだし。」

 ガチとか言うんだとなんか固まってしまう。そんな僕には気づかず、サチさんはせっせと貝殻を探す。

「マジモンのお金も浜辺を探したら出てくればいいのにね~。そしたら皆、あくせく働かなくていいのに~。」
「いや、皆が貝殻探しだしたら、生産止まって食べるものも着る物もなくなりますよ??」
「う~ん。そうか~、うまく行かないなぁ~。」

 冗談ではなく本気でそう思っていたのか、サチさんは大きくため息をついた。変な大人だなぁと思う。思えばいきなり叫んでたし。そんな人と浜辺で貝殻を探す自分が少し可笑しかった。

 波の音が、繰り返し繰り返し、時を刻んでいく。なのにその音は不思議と時間を忘れさせる。
 時計の針と同じ様に、一定のリズムで繰り返しているのに、波の音は感覚を狂わせ、時間をなかった事にしてしまう気がした。

「そういえばぁ~、何で海に来たのぉ~??」
「え?!」

 少し離れた場所からサチさんが聞いてきた。僕は今更それを聞くのかと驚いてしまった。

「だからさぁ~?サボろうと思って、何で海に来たの??」
「……さぁ??何でですかね……??」
「皆、海に来るんだよねぇ~。不思議と。」
「はぁ……。」
「都心に行く子は中級者なんだよ。サボりに多少慣れてんの。人が多いからかえって見つからないってわかってるし。」
「なるほど。」
「そういう中級者の仲間とかいないピンのサボり初心者は、基本、海に来るんだよねぇ~。」
「ふ~ん??」
「山の中とか林の中でじっとしてれば見つかりにくいじゃん?でも、海に来るんだよねぇ~。海なんて真っ平らで隠れる所もないのにさぁ~。」
「あはは、確かに。」

 波の音が繰り返す穏やかな時間の中、サチさんはそんな話を続ける。僕は見つけたサンドグラスをバケツに投げ込んだ。そして一度立ち上がり、伸びをした。曲げっぱなしの腰が意外と痛かった。

「……確かに何もないですねぇ。」
「でしょ?こんな所、一人でウロウロしてたら目立つっての。地元の子じゃなければ尚の事だよ。」
「僕、もしかして目立ってました??」
「あはは!!今更それ言う?!」

 サチさんはケラケラと笑った。周りから自分がどう見えていたのか教えられ、僕は少し恥ずかしくなった。

 サチさんは相変わらずアンニュイな感じで気だるくて、キャミワンピの肩紐が片方落ちている。波の音が繰り返す時間感覚のない浜辺に、その人はとても良く似合っていた。

『何で海に来たの?』

 サチさんは不思議そうに何度もそう言った。その答えが僕には何となくわかった。

 何もない浜辺。
 そこに地元じゃない学生。

 見つけてくれと言わんばかりの存在感だっただろう。

 多分、僕は見つけて欲しかったんだ。

 誰かに僕がここにいる事を、見つけて欲しかったんだ。きっと、海に来るサボり初心者は皆、心のどこかでそう思っているのだろう。

 僕は何も言わず貝殻を探した。サチさんは飽きてきたのか砂浜に足を投げ出し、ぼーっと海を見ている。

 最初に見た時と同じ様に、ぼーっと海を見ている。


「何で海を見てるんですか?」


 なんの気なしに僕は聞いた。するとサチさんはやはりニカッと笑う。


「人生、サボってんの!!」


 さすがはサボりのプロフェッショナル。サボる規模が違う。でもこの人らしいなと妙に納得してしまった。


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 その人は、海を見ながらぼーっとしていた。
 疲れたとは違う、気だるい感じ。多分、こういうのを「アンニュイ」って言うんだろうなと僕は思った。
 固まっている僕に気づき、顔をこちらに向けた。歳は…僕にはよくわからない。女性の年齢を詮索してはいけないと言うし。
 ただぶっちゃけ言ってしまうと、年齢不詳、そんな気がした。
 若々しくはない。
 でも色々あってくたびれているだけで年齢は若い事もある。逆に「お姉さん」と言う年齢に見えて、実は「お姉さん」と呼ぶのは微妙な年齢の時もある。そんなところだ。
 ただ一つ言えるのは、見惚れるほど美人という訳でもないって事だ。よく女子が「雰囲気イケメン」とか言ってるけど、そんな感じ。「雰囲気美人」とか言ったら某〇〇ニストとかに叩かれるんだろうなぁと頭の片隅で思った。
 そんな僕にその人はニヤリと笑った。思わず知り合いだっただろうかと思うそんな顔。そしてからかうように僕を指差した。
「あ~!サボりだぁ~!ふふっ、いっけないんだぁ~っ!!」
 そう言って指差した後、ケラケラと空に向かって笑った。僕は言いえぬ不安に見舞われた。そんな風には見えなかったが、かなり酔っ払っているのだろうか?!いやむしろ、酔っ払っているならいい。そうじゃないモノだったら、流石にヤバすぎる。
 逃げた方がいい。
 そう思っているのに体は動かない。
 空いっぱいに手を伸ばしてケラケラ笑うその人。
 目が逸らせない。
 引きつけられているからというより警戒心だ。
 ヤバイ薬とかだったら、自転車で逃げたって追いかけられるか石か何か投げつけられかねない。
 手を伸ばしているから餌でももらえると思ったのか、カモメ?みたいなのがその人に寄り集まってきた。その人はそれに手を伸ばす。
「あ~!!生きてるってつまんねぇ~っ!!」
 そして唐突にそう叫んだ。その人に近づいてきた鳥たちも、僕も、その声にびっくりしてしまった。
「あ"ぁ~~っ!!」
 叫びまくっている。
 いよいよヤバイと僕は思った。
 やはり罰が当たったんだ。学校をサボった罰が当たったんだ。そんなキャラじゃないのに学校をサボった僕に、罰が当たったんだ。自転車のハンドルをぎゅっと握る。
「ねぇ!!そう思うでしょ?!」
 くるりと向きを変え、その人は言った。完全にロックオンされてる。もう逃げ場なんかない。ここが広い道路の歩道だったとしても、この人の射程距離から逃げる事はできないのだと観念した。
「つっまんない世の中だよねぇ~?!」
 ニカッと笑うと八重歯が見えた。いや八重歯って言うか、歯並びが悪いんだ。何だか見てはいけなかった気がして目を反らした。
 その人はずんずんと距離を縮めてきたので、僕は硬直して後退った。でもそんな事はお構いなしに目の前に来ると、やはりニカッと笑ったのだ。
「なるほど~?君、サボり初心者だねぇ~??」
 そう言ってにやにや笑いながら僕の周りを回る。居たたまれなくて、ぎゅっと身を縮こませる。カツアゲとかされた事はないが、そういう事なのだろうか……。
「……パリッとした制服。初犯ですな?ん??」
 何が面白いのか、楽しそうにそう言った。とりあえずアルコールの匂いはしないから、酔ってはなさそうだ。変な薬をやっていると思えるほど目が座っている感じでもない。いや、わからないけれど……。
「なるほどなるほど。本日、始業式で学校に向かおうとしたけど~、嫌になったってところですかなぁ??」
 ニヤつきながらそう言われ、心の中でその通りだよと言い返した。少しムッとしてにらみ返そうとしたら、目の前でニヤッと笑われ、仰け反った。
「わっ!!」
「あはは!いつまで固まってるのさ!!面白い子~っ!!」
 その人はまた、ケラケラと屈託なく笑った。変な人だが、悪い人でもないのかもしれない。小さく息をついた僕を見て、その人は少しだけ柔らかい表情をした。
「よしよし。落ち着いてきたね。」
「あの……僕に何か……??」
「ん~??サボり初心者みたいだから、サボりのプロフェッショナルがサボり方をレクチャーしてあげようかと思ってね。」
「サボりのプロフェッショナル……ですか。」
 どうやら学校や家に連絡しようとかではなさそうだ。妙に偉そうにそう言ったその人は、化粧をしてないのかそばかすが見えていて、肌も少し赤い所があったりして荒れてるんじゃないかと思った。僕が逃げずに話す態勢になったのを確認すると、一人うんうんと頷く。
「とりあえず、この子をどうにかしないとねぇ~。」
 そして僕の反対側でしゃがみこんだ。肩よりも長い髪を耳に掛けながら、自転車を覗き込む。僕は何でそんな事がわかったんだろうと不思議に思った。
「慣れない砂道爆走して、チェーンが外れたか何かしたんでしょ?」
「……はい。」
「初心者あるあるだねぇ~。何でかサボり初心者は近くに海があると、皆、海に来るんだよ。で、自転車壊したり、バスがわかんなくて変な所に行ったり帰れなくなったりすんの。」
「はぁ……。」
「ま、皆通る道って事だよ。」
 そう言って動かなくなった自転車の向こう、その人はニッと笑った。その時、屈んでいるその人の胸元が見えそうなことに気づいて慌てて目を逸らした。それに気づいてまたニヤニヤ笑われた。
「初々しいねぇ~。初心者君!!」
 何だか別の意味の様な気がしてムスッとしてしまう。確かにいろんな意味で初心者ですけど!!落ち着いて見てみれば、その人は肩紐のワンピースみたいのを着ていて、しかもその肩紐が片方、外れている。アンニュイだと思っていたけど、むしろルーズな感じだ。
「それ、だらしないですよ?おねえさん。」
「なに~?ママみたいな事言って~?!これはキャミワンピって言う服なのよ??シミーズだとか思ってる?!」
「シミーズって何ですか??」
「だよね!!私も言われた時!何それって思った!!」
 質問したのに同意を求められ僕はため息をついた。ママと言っていたが、おそらく母親という意味ではないだろう。何となく相手の事がわかってきた気がした。
「ま、いいや。とにかく自転車直さないとね。」
「直せる所ありますか?」
 スマホで自転車屋を探したが見つからなかったのだ。その人はついてきてと言うと海沿いを歩いていく。
 しばらく行くとサーフショップにたどり着いた。店はやっているのか閉まっているのか僕にはわからない。けれどその人は勝手知ったるといった様に中に入って行った。
「シゲさ~ん?!いる~?!」
 中でそう叫んでいる。すると小柄な女性が顔を出した後、いかにもって感じのオッサンが出てきた。日に焼けて真っ黒な肌が何か別の国の人にすら見える。ガラス戸越しに目が合ったので頭を下げた。
 しばらく3人が何か話していて、そしてオッサンがガラリとガラス戸を開けた。
「やっちまったんだって?!」
「え、あ、はい……。」
「どれどれ……。あぁ、パンクはしてないな。よしよし。」
「あ……。」
 シゲさん?は状態を確かめると、僕の自転車を持ち上げ、店の中に運び込んだ。どうしていいのかわからず狼狽える。
「直しとくから安心しな!!」
「あ、ありがとうございます……。あの……。」
 背負っていたリュックから財布を出すと、何故かシゲさん?と小柄な女性とおねえさんに爆笑された。
「ヤダ!!さっちゃんの知り合いなのに!真面目!!」
「何よ~!!酷くない?!」
「サチ!!青田刈りすんなよ?!」
「しません~!!アタシはいぶし銀命なの~!!」
「それも駄目だろ!!」
 そしてまた爆笑している。何だかテレビドラマでも見ているようで呆けてしまう。
「なら、お願いね?」
「は~い。」
 小柄な女性にそう言われ、その人、ルーズなおねえさんこと「サチ」さんは俺の方に向かってきた。そしてニッと笑った。
「行くよ!!」
「え?!」
「無理しなくていいからね?」
「え??」
「まぁ、頑張んな、ボウズ。」
 シゲさんと女性にもそう言われ、送り出される。いつの間にかサチさんに腕を掴まれてずんずんと海の方に連れて行かれた。
「え?!ちょっとあの?!」
「ほら!!働かざるもの食うべからず!!修理代探すよ!!」
「え?!」
 全く話が見えない。何なのかやっと話を聞かせてもらうと、どうやら貝殻を探す事になっているようだった。小柄な女性、シゲさんの奥さんは拾った貝殻で小物や作品を作るアーティストなのだそうだ。この辺ではそれなりに有名な人だったらしい。
「……あった。」
「お!幸先いいね!!」
 砂浜にしゃがんで貝殻を探す。貝殻の他にシーグラスもあれば拾う。その辺に落ちていた漂流物の壊れたバケツに入れていく。特に喜ばれるのが巻き貝みたいな物だった。
「……ウミウサギ??」
「そ、ウミウサギ。」
 サチさんは砂を浅く掘りながらそう言った。海にまでうさぎがいるとは思わなかった。見つけた貝殻を持ち上げ、じっと見つめる。
 これのどこがうさぎなんだろう。確かに真っ白で丸っこくて、うさぎっぽいといえばうさぎっぽいんだけれども。
 後日、ネットでウミウサギの正体を見て絶句する事をこの時はまだ知らなかった。
「これ……何か、お金の代わりにされてた貝殻みたいですね……。」
「まぁ、仲間だね。今日はガチでお金代わりだし。」
 ガチとか言うんだとなんか固まってしまう。そんな僕には気づかず、サチさんはせっせと貝殻を探す。
「マジモンのお金も浜辺を探したら出てくればいいのにね~。そしたら皆、あくせく働かなくていいのに~。」
「いや、皆が貝殻探しだしたら、生産止まって食べるものも着る物もなくなりますよ??」
「う~ん。そうか~、うまく行かないなぁ~。」
 冗談ではなく本気でそう思っていたのか、サチさんは大きくため息をついた。変な大人だなぁと思う。思えばいきなり叫んでたし。そんな人と浜辺で貝殻を探す自分が少し可笑しかった。
 波の音が、繰り返し繰り返し、時を刻んでいく。なのにその音は不思議と時間を忘れさせる。
 時計の針と同じ様に、一定のリズムで繰り返しているのに、波の音は感覚を狂わせ、時間をなかった事にしてしまう気がした。
「そういえばぁ~、何で海に来たのぉ~??」
「え?!」
 少し離れた場所からサチさんが聞いてきた。僕は今更それを聞くのかと驚いてしまった。
「だからさぁ~?サボろうと思って、何で海に来たの??」
「……さぁ??何でですかね……??」
「皆、海に来るんだよねぇ~。不思議と。」
「はぁ……。」
「都心に行く子は中級者なんだよ。サボりに多少慣れてんの。人が多いからかえって見つからないってわかってるし。」
「なるほど。」
「そういう中級者の仲間とかいないピンのサボり初心者は、基本、海に来るんだよねぇ~。」
「ふ~ん??」
「山の中とか林の中でじっとしてれば見つかりにくいじゃん?でも、海に来るんだよねぇ~。海なんて真っ平らで隠れる所もないのにさぁ~。」
「あはは、確かに。」
 波の音が繰り返す穏やかな時間の中、サチさんはそんな話を続ける。僕は見つけたサンドグラスをバケツに投げ込んだ。そして一度立ち上がり、伸びをした。曲げっぱなしの腰が意外と痛かった。
「……確かに何もないですねぇ。」
「でしょ?こんな所、一人でウロウロしてたら目立つっての。地元の子じゃなければ尚の事だよ。」
「僕、もしかして目立ってました??」
「あはは!!今更それ言う?!」
 サチさんはケラケラと笑った。周りから自分がどう見えていたのか教えられ、僕は少し恥ずかしくなった。
 サチさんは相変わらずアンニュイな感じで気だるくて、キャミワンピの肩紐が片方落ちている。波の音が繰り返す時間感覚のない浜辺に、その人はとても良く似合っていた。
『何で海に来たの?』
 サチさんは不思議そうに何度もそう言った。その答えが僕には何となくわかった。
 何もない浜辺。
 そこに地元じゃない学生。
 見つけてくれと言わんばかりの存在感だっただろう。
 多分、僕は見つけて欲しかったんだ。
 誰かに僕がここにいる事を、見つけて欲しかったんだ。きっと、海に来るサボり初心者は皆、心のどこかでそう思っているのだろう。
 僕は何も言わず貝殻を探した。サチさんは飽きてきたのか砂浜に足を投げ出し、ぼーっと海を見ている。
 最初に見た時と同じ様に、ぼーっと海を見ている。
「何で海を見てるんですか?」
 なんの気なしに僕は聞いた。するとサチさんはやはりニカッと笑う。
「人生、サボってんの!!」
 さすがはサボりのプロフェッショナル。サボる規模が違う。でもこの人らしいなと妙に納得してしまった。