蓬莱公園
ー/ー 常世野市の西側に、蓬莱公園という公園がある。四季折々の花が楽しめるスポットとして知られ、市内や近郊だけでなく、遠方からも多くの人が訪れる。真一のアパートからは、スクーターで十二、三分ほど。片側二車線の国道を西へ走っていくと、平らな土地の先に青々とした丘陵地帯が迫ってくる。国道は途中で斜めに折れるが、旧道がまっすぐ伸びており、公園へいたる経路もここを直進する。上り坂の終わり付近に歩道橋が現れたら、その左手に伸びる道が公園の入り口だ。
駐車場の片隅にスクーターを停めた真一は、タイル張りの広場を突っ切って、幅広の階段を上り始めた。広場にそびえ立つ時計塔の時刻は、一時半を過ぎたところ。この時間になると、階段を上る人より下る人のほうが多い。中央の手すりの向こう側を、綿菓子の袋を持った親子、学生っぽいグループ、クーラーボックスを担いだ大人の集団が、がやがやと歩き下ってくる。皆、花見に来た人々だ。蓬莱公園は、地域随一の花見の名所。今日みたいな穏やかな陽気で、おまけに休日ともなれば、各方面からどっと人が押し寄せる。
真一が公園に来た理由も花見。ただ、仲間たちは午前中から公園に集まっている。春先からコンビニの夜勤を始めた真一は、彼らと時間を合わせるのが難しくなった。バイトが終わったのが朝六時、アパートに帰ってベッドに入ったのが七時頃で、起きたのは一時過ぎ。眠らずに来ることもできたが、最近はアパートに帰ってすぐ寝ることが習慣づいていたので、いたずらに生活のリズムを乱したくなかった。
昨夜電話をくれた岡崎によれば、今日のメンバーは十二人くらい。半分は真一が以前働いていた公園下のレストランのバイト仲間だが、もう半分は松浦の高校時代の同級生だという。ふたつのグループは、元々別々に花見をやる予定だった。ところが数日前、松浦が同級生のひとりと電話で話していたら、たまたま同じ日に花見をやることがわかって、その場の勢いで一緒になることにしてしまったらしい。なんでも強引に決めてしまうのは、松浦の悪いくせだ。初対面の奴だっているんだし、考えてほしいですよね、と岡崎もぐちをこぼしていた。
階段を上り切ると、ふわっと花霞に包まれた広場が現れた。芝生の真ん中で子供たちが駆け回り、端っこの桜並木沿いでは、車座になったいくつものグループが飲食を楽しんでいる。屋台もたくさん出並び、こげたしょうゆやソースの匂いが鼻を刺激する。ここは公園でいちばん広いお花見広場。大きな駐車場がある時計塔広場から近いため、桜の時期に限らず人の多い場所だ。ただ、仲間たちの居場所はここではない。遊歩道を南へ進む。
道沿いの桜は、満開から散り始め。差し交わす枝が、頭上で薄紅色の雲を形作っている。時折、花びらが散りこぼれて、地表の鹿の子模様に加わっていく。季節外れの小雪がちらついているようだ。うららかな景色に、道行く人々も頭上を見上げたり、カメラをかまえたりしている。道端には、タンポポやハナニラ。ナズナ、オオイヌノフグリ、ホトケノザといった小さな花の群落も見える。ここ最近、アパート周辺の景色が一気に春めいてきたが、緑豊かな蓬莱公園は、季節の変化がいっそう顕著だ。
お花見広場の端っこから短い坂を下り、大きな池の前に出た。キラキラと光を弾く水面に浮かぶたくさんのボート。桜の時期だけに、池も賑やかだ。乗り場桟橋に残っているボートは一艘もない。
ボートから堪能できる桜は、池沿いのソメイヨシノだけではない。池の背後に迫る山では、ぽつぽつとヤマザクラが咲いて、冬の装いが一転して明るい印象になった。ソメイヨシノの色が均一なのに対し、ヤマザクラの色はまちまち。赤っぽいものから白っぽいものまで幅がある。こうして遠目に山を見渡すと、紅白の落雁がトッピングされたみたいで面白い。ただし、ひときわ白い花はオオシマザクラだ。名前からオオシマザクラは海辺の桜、ヤマザクラは山地の桜、と決めつけてしまいそうになるが、ヤマザクラは海のそばにも多い。今の時期、山がちな海岸線をドライブすれば、二種類の桜の競演を楽しむことができるだろう。海釣りによく行っていた頃は、毎年それを見て春の訪れを実感したものだったが、車を手放してしまった今は、公園の桜で満足するしかない。緑がかった春の海――桜が咲く頃になるとこういう色になる――が景色に入っていないのは寂しいが、まあ、それは言ってもしかたないだろう。
ところで、池には歩いて渡ることのできる島がある。場所は池が先すぼまりになるあたりで、南側と東側から橋が架かっている。聞いた話によれば、公園の池は海を表し、そこに浮かぶ島は、不老不死の楽土蓬莱を表しているという。時計塔広場の案内板にも、池の端っこに 「蓬莱島」 と書いてある。浜松町の旧芝離宮恩賜庭園に、蓬莱島の浮かぶ池があるが、あれと同じ発想だ。旧芝離宮恩賜庭園の大泉水は、かつて東京湾の海水を引き込んだ潮入の池だった。つまり、海を強く意識した池だったのだ。
駐車場の片隅にスクーターを停めた真一は、タイル張りの広場を突っ切って、幅広の階段を上り始めた。広場にそびえ立つ時計塔の時刻は、一時半を過ぎたところ。この時間になると、階段を上る人より下る人のほうが多い。中央の手すりの向こう側を、綿菓子の袋を持った親子、学生っぽいグループ、クーラーボックスを担いだ大人の集団が、がやがやと歩き下ってくる。皆、花見に来た人々だ。蓬莱公園は、地域随一の花見の名所。今日みたいな穏やかな陽気で、おまけに休日ともなれば、各方面からどっと人が押し寄せる。
真一が公園に来た理由も花見。ただ、仲間たちは午前中から公園に集まっている。春先からコンビニの夜勤を始めた真一は、彼らと時間を合わせるのが難しくなった。バイトが終わったのが朝六時、アパートに帰ってベッドに入ったのが七時頃で、起きたのは一時過ぎ。眠らずに来ることもできたが、最近はアパートに帰ってすぐ寝ることが習慣づいていたので、いたずらに生活のリズムを乱したくなかった。
昨夜電話をくれた岡崎によれば、今日のメンバーは十二人くらい。半分は真一が以前働いていた公園下のレストランのバイト仲間だが、もう半分は松浦の高校時代の同級生だという。ふたつのグループは、元々別々に花見をやる予定だった。ところが数日前、松浦が同級生のひとりと電話で話していたら、たまたま同じ日に花見をやることがわかって、その場の勢いで一緒になることにしてしまったらしい。なんでも強引に決めてしまうのは、松浦の悪いくせだ。初対面の奴だっているんだし、考えてほしいですよね、と岡崎もぐちをこぼしていた。
階段を上り切ると、ふわっと花霞に包まれた広場が現れた。芝生の真ん中で子供たちが駆け回り、端っこの桜並木沿いでは、車座になったいくつものグループが飲食を楽しんでいる。屋台もたくさん出並び、こげたしょうゆやソースの匂いが鼻を刺激する。ここは公園でいちばん広いお花見広場。大きな駐車場がある時計塔広場から近いため、桜の時期に限らず人の多い場所だ。ただ、仲間たちの居場所はここではない。遊歩道を南へ進む。
道沿いの桜は、満開から散り始め。差し交わす枝が、頭上で薄紅色の雲を形作っている。時折、花びらが散りこぼれて、地表の鹿の子模様に加わっていく。季節外れの小雪がちらついているようだ。うららかな景色に、道行く人々も頭上を見上げたり、カメラをかまえたりしている。道端には、タンポポやハナニラ。ナズナ、オオイヌノフグリ、ホトケノザといった小さな花の群落も見える。ここ最近、アパート周辺の景色が一気に春めいてきたが、緑豊かな蓬莱公園は、季節の変化がいっそう顕著だ。
お花見広場の端っこから短い坂を下り、大きな池の前に出た。キラキラと光を弾く水面に浮かぶたくさんのボート。桜の時期だけに、池も賑やかだ。乗り場桟橋に残っているボートは一艘もない。
ボートから堪能できる桜は、池沿いのソメイヨシノだけではない。池の背後に迫る山では、ぽつぽつとヤマザクラが咲いて、冬の装いが一転して明るい印象になった。ソメイヨシノの色が均一なのに対し、ヤマザクラの色はまちまち。赤っぽいものから白っぽいものまで幅がある。こうして遠目に山を見渡すと、紅白の落雁がトッピングされたみたいで面白い。ただし、ひときわ白い花はオオシマザクラだ。名前からオオシマザクラは海辺の桜、ヤマザクラは山地の桜、と決めつけてしまいそうになるが、ヤマザクラは海のそばにも多い。今の時期、山がちな海岸線をドライブすれば、二種類の桜の競演を楽しむことができるだろう。海釣りによく行っていた頃は、毎年それを見て春の訪れを実感したものだったが、車を手放してしまった今は、公園の桜で満足するしかない。緑がかった春の海――桜が咲く頃になるとこういう色になる――が景色に入っていないのは寂しいが、まあ、それは言ってもしかたないだろう。
ところで、池には歩いて渡ることのできる島がある。場所は池が先すぼまりになるあたりで、南側と東側から橋が架かっている。聞いた話によれば、公園の池は海を表し、そこに浮かぶ島は、不老不死の楽土蓬莱を表しているという。時計塔広場の案内板にも、池の端っこに 「蓬莱島」 と書いてある。浜松町の旧芝離宮恩賜庭園に、蓬莱島の浮かぶ池があるが、あれと同じ発想だ。旧芝離宮恩賜庭園の大泉水は、かつて東京湾の海水を引き込んだ潮入の池だった。つまり、海を強く意識した池だったのだ。
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