「はじめまして、ご主人様。僕は『カイ』、あなたのお世話係を言いつかりました」
白い病室のドアを開けると、冷たい蛍光灯の光がカイを迎えた。
窓際に置かれたベッドで、少女がシーツを握りしめていた。暗褐色の長い髪が彼女の小さな肩に乱れ、髪と同じ色の大きな瞳がカイを凝視する。
怯えと警戒が混じったその目に、カイは部屋に一歩踏み入ったその場で、淡々と自己紹介をする。
「マ、スター……?」
「そうです。あなたは僕のマスター」
シーツを両手で握り締め、不安そうに口を開いた彼女に頷いた。
「何言ってるの?」
「僕はアンドロイドです。人造の身体に、『人間に学んだ』人工知能を搭載した、人間に似せただけの道具です」
懐疑的な様子でさらに問い掛ける少女にそれだけ返し、右下肢を覆う衣類の裾を捲ってみせる。
顕になる、機械の脚部。一瞬息を呑んだ彼女は、それでも気丈に続けた。
「でも他は、……その手も、人間、だわ」
「いいえ。単に右脚は『擬態』が間に合わなかったんです。あなたをお待たせするわけには行きませんから」
全身に警戒を滲ませて食い下がる彼女を、少しでも安心させるために言葉を並べる。
「擬態、──人間の振りってこと? じゃあ他も全部、中は機械なの?」
「そのとおりです。マスター」
この少女は明らかな年少者以外の、青年を含めた成人男性に強烈な拒絶を示す。そのため直接対応する担当者は、すべて女性で固められていた。カイ以外は。
「わかんない。わたし、よく……」
混乱した素振りの彼女に、カイはあっさりと引く。
「では今日はここで失礼します。また参ります」
少女に暇を告げて元通り下肢を覆い隠すと、カイは病室をあとにした。
「わたしはマスターじゃないわ」
毎日通って五日目だったろうか。少女が思い切ったように告げて来た。
「承知いたしました。ミア」
「……うん」
要望に沿ったカイに首肯はしたものの、ミアは何故か戸惑いを見せる。
「どうかなさいましたか? もしお嫌なら変えますので仰ってください。なんでもあなたの指示に従います」
「そうじゃ、ないの。あんまり呼ばれたことないから。──名前」
訥々と紡がれる言葉に、この少女の来し方が窺えた。
「『ミア』はあなたのお名前ですよね?」
「そうよ。……そう、だと思う。でも、病院に来るまで呼ばれたことない気がするのよ」
己の名として知らされてはいたものの、実際に呼び掛けられた覚えがない、と呟く彼女。
「これからは僕が毎日お呼びしますから。すぐに慣れますよ」
カイが語り掛けるのに、ミアの口元が緩む。この少女が初めて見せてくれた笑顔だった。
「ねえ、どうしてカイは髪が長いの?」
黒い、まるで女性のような長髪を後ろで無造作に束ねているカイに、ミアの疑問が投げ掛けられる。
「右脚と同じですよ。……そうですね。例えば人形の髪は、最初から綺麗にカットした状態ではありません。ある程度長いものを植え付けて、そこから整えて行くんです。そして髪の調整は一般的には最後になります」
完全に「人間風の擬態」が完成する前に呼ばれたためだ、とカイはミアに説明する。
「だからもしあなたが『もっと本物の人間のように』と仰るなら、右脚はすぐには無理ですが髪は至急仕上げます」
「ううん、いらない。カイは困ってないんでしょ? だったらわたしもそれでいいわ」
慌てたように手を振って否定する彼女に、カイは黙ったまま頭を下げて了承を示した。