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美来来(みらいらい)♡第2話 お友達になってください♡

ー/ー




 今日はスタジオ練習。そう、土曜日! ラミーがいなくなった土曜日!
  ――――「どしたの、とけちゃん、今日は踊んないの? 元気ないぞ」
 ロックバンド・美来来のリーダーであるハスタが、1曲演奏したところで心配そうに声を掛けて来た。

「あ、ああ。ごめんね、心配掛けて。ちょっと、熱っぽいかな」

「え? そうなの、とけちゃん。無理しないほうが良いぜ」とギターの辰。

「病院に行ったほうが良いんじゃないの? とけちゃん、ライブまでまだ時間があるし、なによりも身体が資本だよ」
 ベーシストの町木が言う。

「そうね。ハスタ、良いかな。あたし今日は帰っちゃって」

「ああ、健康が一番大事だよ、とけちゃん。無理しないで」

「ありがとう」
 時計草こと美来はスタジオを出た後泣きそうになった。
 本当は熱なんかない。
(ラミーの動画、面白かったな。もう観れないなんて淋し過ぎる……。でも、ラミーは今から幸せを掴むんだよね。彼の幸せを祈るしかない)

 もう、もう美来の気持ちはいわゆる『推し』を軽く飛び越え『本気』かもしれない。本人は気づいていないらしいが。

(気晴らしに80年代ジャパニーズコアのアナログ盤でも買ってか~えろっと) 美来はいつもの中古レコードショップへ立ち寄った。

 大切にレコードジャケットを掻き分け宝物探し。

(わ! 超レアもの発見っ)とジャケットに手を伸ばした時、美来と同時にそのレコードを掴んだ男性の手が。
 ハッとし「すみません」と顔を上げた美来。

「どっひゃあ――――!」 
 驚いて両掌が前面を向いた。

「な、なんですか」
 ピンク色のウルフカット、鼻ピアス、魚の死んだような目。
 ラミーじゃん!

 美来が感動に打ち震えていると、ラミーは美来にすぐ「あ、レコード良いっすよ。どぞ」と手に取り差し出して来た。

「あ、ありがとうござい、いえ。え、と……ラミーさんだよね!?」

「あ」
 男性はバツが悪そうな顔をした。

(そうだよな)とその時美来は思った。
(50万人から求められる人気者だもの。ゴシップ厳禁だよね。あたし、女性だし)「すみませんでした! 失礼します」 
 美来は立ち去ろうとした。

「あ、待って!」

 フツーじゃん、ラミー。フツーの人。意外。

「え……」
 美来はとどまり、瞳を見た。ラミーがなにを望んでいるのかわからないから。
(魚の死んでるような目じゃない。でもこの人、ラミーよね?)

「わかっています。動画サイトと現実の僕のギャップがあり過ぎて驚いているのでしょう?」

「は、はい」
 言い当てられ、なんとなく逃げたいような気分に陥る美来。

「あの、僕のサイトを視聴してくださっていた方ですね」

「はい」
 美来はなんとなく恥ずかしい。なんで?
(あたしってもしかして!)

「ちょっと待ってて」
 レコードを持ちレジに向かうラミー。

「え、はい」

 すぐに美来の所に戻って来た。
「店内は静かなので、店先で、良いですか」

「はい?」

 美来が質問する()なく店を出て行こうとするラミー。慌てて追いかける。店先の(くすのき)の木陰の(もと)、自分へ追いついた美来へレコードを差し出し「どうぞ」とラミーが言う。

「あ、え? ええ! 初対面の方にそんなことしていただくなんて、わたし、困ります!」
 戸惑いを隠せない美来。

 ラミーもそうであるらしい。
「あの、僕、女性にあまり接したことがないので、今、変なことをしているのでしょうね。すみません……」

 ギャ、ギャップよ。どうよ。なにゆえ?

「いえ。あのぅ……本当にラミーさんですよね。視聴者に向かって『君』と呼んでいた……」

「はい。僕は俳優を目指しているのです」

「あ!」
 それでお芝居が上手なわけか、と美来は納得した。
(でもあんなに旨く演技出来るなんて、今のラミーも演技だったりして?)

 美来の妄想が尽きぬ中、木陰に立ったままの二人。

「あの、僕が動画サイトを休止した理由は本当です。恋人を探そうと考えました。でもなんだか、マッチングアプリに登録するのも恥ずかしくて。自己紹介を書くとか、苦手なんです」 
 とても『ラミー』とは思えない、目の前の男。『ラミーラミー詐欺』? そんなのないか。 身なりはド派手、どこから見ても遊び人。けれど純情一直線のこの男。自己紹介を始めた。

「僕は、博多園之(はかたそのゆき)と言います。29才で、さっきも言ったけど俳優を目指しつつ、時々チョイ役なんかでドラマや映画に出つつ、今の本業は土木作業員をしています」 

 美来は、ラミーこと園之を悪い人じゃなさそうだなと感じたので自分も自己紹介をした。
「あたしは畑美来と申します。26才。パンク、好きですよ! なんでも聴きます」 
 先程、園之と同じレコードに手を伸ばしたことを思いそう告げた。

「ああ、僕はパンクやハードコア一辺倒です。あ、なんだか長話で引き留めちゃいましたね。すみません、美来さん。本当に、僕、アナログ盤をいっぱい持っているのですよ。ちなみにこのアルバムは既にCDを持ってるんです。だから美来さんにプレゼントさせてください」

「あ、でもやっぱり初対面の方に、それも有名人のラミーさんに贈り物をいただくなんて、あたし……気が引けます」

「僕、有名人ですか? 有名人なら主役が回って来ても良さそうなんだけどな~、ハハハ」
 淋し気な笑いにほだされ「わかりました。ではラミー、あ、園之さんのご厚意に甘えさせていただきます」と美来は激レアオムニバスアルバムをGetしちゃった。園之に申し訳ないなと思うけど、素直に嬉しい。

「あ、あの……美来さん」

「はい、なあに」

「お、お友達になっていただけませんか」

(くー! やっぱナンパかーい) 両手に大切に抱えたレコードを突き返す美来。「あたし、恋人は要りません。音楽が恋人です! 失礼します」

「あ……」
 しょんぼりするラミーを演じていた園之に背を向け、その場を去った美来。

(園之さんのことだって、やはり演じていたかもしれないわ。いきなり[お友達になってください]だなんて!)

 しかし……なんだか園之のことが気になり、彼が豆粒ほど小さくなったであろう頃、美来は振り返った。
 園之は楠の下にずっとつっ立っていた。俯いているようだ。
 なんだか可哀相。
(この暑さの中)

 美来は慌てて園之の所まで早歩きで戻った。
「園之さん」

「あ、美来さん」

「お友達になっても良いわよ。恋人じゃなく、お友達ね」
 美来はなぜか照れてしまい目が若干泳いでいる。

「ありがとう! 美来さん。友達ってどうやってなるんですか?」 

 ガク――――。て、天然? 否、これまで孤独だったのかな。
 美来はスマホを取り出した。「ROUL(連絡アプリ)交換しましょ」

「はい」
 園之は美来に従い、美来の連絡先を登録した。

「じゃあ、あっついしあたし、帰ります。バイバーイ」

「バ、バイバーイ」
 ぎこちない『バイバイ』だ。『バイバイ』の似合わない男だ。



 帰宅し、何度も頭をひねる美来。にわかに信じがたい。あのラミーの内側はああだったのか。お芝居だったら警察に訴えてやる。あ、この場合民事なのか? わからんわい。 プレゼントしてもらったレコードを聴く気にもなれずに、美来は園之の恥ずかしそうにする表情や、笑っちゃいそうなほどの純情さを想い起こしていた。 

 ――――お風呂を上がり、牛乳を一気飲みした直後、美来のスマホが鳴った。 見ると早速園之からのROULだ。

『美来さん、友達になってくれてありがとう。嬉しいな。今度お茶でもしませんか……? “素敵な女性の口説き方”という本を今日買って帰ったの。そこに上記のように言う、と書いてありました』 

 なんだかなあ……ここまで天然じゃあ、俳優やって行けないのでは、登場人物の想いに寄り添えないのでは、と心配する美来だ。
 そんな想いも相まって、美来は園之をなにやら放っておけない。

『うん、良いですよ。お茶しましょう。こちらこそ、レコードをありがとう』

『僕の土木の仕事の休みは日曜日です。急なんだけど、明日はいかがですか? 美来さん』

 ドキリ! 急なお誘いで、慌てるし、不思議な胸の高鳴りを感じる美来。
『うん、良いよ』

『じゃあ、僕ね、素敵な喫茶店を知っているんです。今日のレコードショップの丁度裏側の“喫茶マドラー”どうですか? ……といった塩梅に女性をリードするのがスマートだと、例のハウツー本に書いてありました』 

 ガクー! いちいちそれ、説明しなくて良いから。美来は園之の1つ1つのぶきっちょさに呆れながらもなんだか嬉しくなって来る。だっておもろいやん。可愛いし(?) 
 美来は、いちいちツッコミを入れるのがめんどくさいので“説明しなくて良いよ”との説明を端折り『うんうん、そこ行ってみたいな』とだけ返信した。

『ありがとう。じゃあ、明日のランチタイムはどうですか?』 
 その文面と返信の速さから、これはハウツー本に頼っていない園之の言葉なんだな、と感じた。 

 そうして二人は明日の11時半に『喫茶マドラー』でランチを共にする運びとなった。待ち合わせは直接お店でする。



(でも……[ラミーさん]って超有名人じゃないのかな? あたし、テレビも流行り物の動画サイトも全然観ないからわかんないなー。スクープとかされちゃわないのかな? 変装して来るんだろうか、園之さん) 

 あれこれと思いを巡らせながらドレッサー前の美来。 お化粧が嬉しい。凄く嬉しい……。
(あたしって? 園之さんのこと、好きになっちゃったのかな? ラミーはもち推していたけど、あくまでラミーへの想いだったし、恋ではなかった……)
 手にした、動きの止まっていたパフで再びファンデーションを塗る。
 洋服はエレガントなベージュのプリーツスカートと菫色のブラウスを選んだ。今日は美来のトレードマークのポニーテールを下ろしている。 フェミニンな黒のレースアップサンダルを素足に履いた。

 先週ぐらいから鳴き始めた蝉の声が空の青をさらにくっきりとさせる。 

 ――――(こんな所にこーんな可愛い佇まいのお店があったんだ~) 
 白いログハウスだ。 
 カランコローン。ドアベルが愛らしい音を立てた。 

 園之は……変装していなかった。シンプルな黒いポロシャツを着、ブルーのスリムデニムを履いている。
 どこからどう見ても、派手・派手の『ラミーさん』の顔のまんま、頭のまんま。サングラスを掛けもしなければ付け髭など着けていない。 マニアックな人の間でだけ有名人なのだな、たぶん。知らんけど。 

 奥の4人掛けテーブルで既に待っていた園之が立ち上がり手を振って見せた。 
 あの『ラミーの一生懸命』で醸されていた暗さが見当たらない。恥ずかしそうにしているが嬉しそう。

「ごめんなさい、待ちました?」

「あ、ちょっと待ってね、美来さん……」
 ゴソゴソゴソ。園之はなにかをテーブルの下で隠したあと答えた。

「今来たところだよ!」 

 嘘臭い。

 美来はテーブル下に目をやり、園之が手にしている物を見た。
『素敵な女性の口説き方』という本だった。

「園之さん? そんな物要らないよ。恋はお芝居じゃないの。ハッ」
 頬を真っ赤に染める美来。
(あたし、今[恋]って言ったよねー。マジか。そうなんか。そうなんや――――) 
 美来は、自分は園之を好きと気づいた。

「あ……え、と。うん。わかったよ」

「園之さん、リアルの世界で台本をなくしたらきっと売れっ子の俳優になれるよ」(あたし、超良いこと言ったね、ネネネネネ?! 今!)とお調子に乗りつつも、園之の出世を本気で祈る美来。

「ありがとう。いつも失敗したらどうしようって、オレって本当は気が小さいんだよ」 
 園之が「オレ」と言ったことに自分で気づいていないのはリラックスして来たからだろうと、美来は喜んでいる。だから敢えて触れない。

「そんな風で、よくも『ラミーの一生懸命』をやっていましたね。まるで別人……」

「うん。なんかね、頭のボルトがぶっ飛ぶ時があるの」

(え、怖い)

 青くなった美来の顔を見てすぐさま付け加える園之。
「ああ、大丈夫。アーティスティックにという意味」

(お尻出すことがアートなんだ~) 
 美来は、視聴者からの質問『しっぽの痕の有無』について思い出した。

「う、うん。それにしても園之さん、登録者数50万人って凄いですね! あたし、びっくりしちゃた。あたしは世間に対してモグリなので。あ、園之さん、この間もだったけど、あたしなんかと一緒にいるところが見つかったら、マスコミに追いかけられないの?」

「追いかけられたいよ……」
 哀しげな園之。ラミー、降臨か。

「そ、そか」
 ラミーは登録者数が凄いけど、有名じゃないらしい。小説だからそういうことで許してほしい。

「あ、美来ちゃん、メニュー見ようよ」
(チャンて言ってくれた~) 
 園之という男はそこらへんが鈍感なのか。自分がいつの間にか言っていることに気づいていない様子。
 美来は何気にときめいている。
「うん」

「あ、オレ、ハンバーグ食べたいな~。ハンバーグとエビピラフ。アイスコーヒーにしよう」

「ンー、あたしはねー……魚介のバジリコパスタとミックスジュースにする」

「うん」

「お願いします」
 園之がリードしなさそうなので、右手を上げ店員に声を掛け注文する美来。

 その様子を見て園之は「あ」とひと言言い、リュックをゴソゴソし始めたが、すぐに思い直したようにその動きを止めた。

 口角をキュッと上げ、下がり気味の眉で美来は言う。
「だから~『素敵な女性の口説き方』はもう見ない! オケ~イ?」

「オケ」
 真っ直ぐな線のような園之の「オケ」は風呂桶みたいだ。



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 今日はスタジオ練習。そう、土曜日! ラミーがいなくなった土曜日!
  ――――「どしたの、とけちゃん、今日は踊んないの? 元気ないぞ」
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「あ、ああ。ごめんね、心配掛けて。ちょっと、熱っぽいかな」
「え? そうなの、とけちゃん。無理しないほうが良いぜ」とギターの辰。
「病院に行ったほうが良いんじゃないの? とけちゃん、ライブまでまだ時間があるし、なによりも身体が資本だよ」
 ベーシストの町木が言う。
「そうね。ハスタ、良いかな。あたし今日は帰っちゃって」
「ああ、健康が一番大事だよ、とけちゃん。無理しないで」
「ありがとう」
 時計草こと美来はスタジオを出た後泣きそうになった。
 本当は熱なんかない。
(ラミーの動画、面白かったな。もう観れないなんて淋し過ぎる……。でも、ラミーは今から幸せを掴むんだよね。彼の幸せを祈るしかない)
 もう、もう美来の気持ちはいわゆる『推し』を軽く飛び越え『本気』かもしれない。本人は気づいていないらしいが。
(気晴らしに80年代ジャパニーズコアのアナログ盤でも買ってか~えろっと) 美来はいつもの中古レコードショップへ立ち寄った。
 大切にレコードジャケットを掻き分け宝物探し。
(わ! 超レアもの発見っ)とジャケットに手を伸ばした時、美来と同時にそのレコードを掴んだ男性の手が。
 ハッとし「すみません」と顔を上げた美来。
「どっひゃあ――――!」 
 驚いて両掌が前面を向いた。
「な、なんですか」
 ピンク色のウルフカット、鼻ピアス、魚の死んだような目。
 ラミーじゃん!
 美来が感動に打ち震えていると、ラミーは美来にすぐ「あ、レコード良いっすよ。どぞ」と手に取り差し出して来た。
「あ、ありがとうござい、いえ。え、と……ラミーさんだよね!?」
「あ」
 男性はバツが悪そうな顔をした。
(そうだよな)とその時美来は思った。
(50万人から求められる人気者だもの。ゴシップ厳禁だよね。あたし、女性だし)「すみませんでした! 失礼します」 
 美来は立ち去ろうとした。
「あ、待って!」
 フツーじゃん、ラミー。フツーの人。意外。
「え……」
 美来はとどまり、瞳を見た。ラミーがなにを望んでいるのかわからないから。
(魚の死んでるような目じゃない。でもこの人、ラミーよね?)
「わかっています。動画サイトと現実の僕のギャップがあり過ぎて驚いているのでしょう?」
「は、はい」
 言い当てられ、なんとなく逃げたいような気分に陥る美来。
「あの、僕のサイトを視聴してくださっていた方ですね」
「はい」
 美来はなんとなく恥ずかしい。なんで?
(あたしってもしかして!)
「ちょっと待ってて」
 レコードを持ちレジに向かうラミー。
「え、はい」
 すぐに美来の所に戻って来た。
「店内は静かなので、店先で、良いですか」
「はい?」
 美来が質問する|間《ま》なく店を出て行こうとするラミー。慌てて追いかける。店先の|楠《くすのき》の木陰の|下《もと》、自分へ追いついた美来へレコードを差し出し「どうぞ」とラミーが言う。
「あ、え? ええ! 初対面の方にそんなことしていただくなんて、わたし、困ります!」
 戸惑いを隠せない美来。
 ラミーもそうであるらしい。
「あの、僕、女性にあまり接したことがないので、今、変なことをしているのでしょうね。すみません……」
 ギャ、ギャップよ。どうよ。なにゆえ?
「いえ。あのぅ……本当にラミーさんですよね。視聴者に向かって『君』と呼んでいた……」
「はい。僕は俳優を目指しているのです」
「あ!」
 それでお芝居が上手なわけか、と美来は納得した。
(でもあんなに旨く演技出来るなんて、今のラミーも演技だったりして?)
 美来の妄想が尽きぬ中、木陰に立ったままの二人。
「あの、僕が動画サイトを休止した理由は本当です。恋人を探そうと考えました。でもなんだか、マッチングアプリに登録するのも恥ずかしくて。自己紹介を書くとか、苦手なんです」 
 とても『ラミー』とは思えない、目の前の男。『ラミーラミー詐欺』? そんなのないか。 身なりはド派手、どこから見ても遊び人。けれど純情一直線のこの男。自己紹介を始めた。
「僕は、|博多園之《はかたそのゆき》と言います。29才で、さっきも言ったけど俳優を目指しつつ、時々チョイ役なんかでドラマや映画に出つつ、今の本業は土木作業員をしています」 
 美来は、ラミーこと園之を悪い人じゃなさそうだなと感じたので自分も自己紹介をした。
「あたしは畑美来と申します。26才。パンク、好きですよ! なんでも聴きます」 
 先程、園之と同じレコードに手を伸ばしたことを思いそう告げた。
「ああ、僕はパンクやハードコア一辺倒です。あ、なんだか長話で引き留めちゃいましたね。すみません、美来さん。本当に、僕、アナログ盤をいっぱい持っているのですよ。ちなみにこのアルバムは既にCDを持ってるんです。だから美来さんにプレゼントさせてください」
「あ、でもやっぱり初対面の方に、それも有名人のラミーさんに贈り物をいただくなんて、あたし……気が引けます」
「僕、有名人ですか? 有名人なら主役が回って来ても良さそうなんだけどな~、ハハハ」
 淋し気な笑いにほだされ「わかりました。ではラミー、あ、園之さんのご厚意に甘えさせていただきます」と美来は激レアオムニバスアルバムをGetしちゃった。園之に申し訳ないなと思うけど、素直に嬉しい。
「あ、あの……美来さん」
「はい、なあに」
「お、お友達になっていただけませんか」
(くー! やっぱナンパかーい) 両手に大切に抱えたレコードを突き返す美来。「あたし、恋人は要りません。音楽が恋人です! 失礼します」
「あ……」
 しょんぼりするラミーを演じていた園之に背を向け、その場を去った美来。
(園之さんのことだって、やはり演じていたかもしれないわ。いきなり[お友達になってください]だなんて!)
 しかし……なんだか園之のことが気になり、彼が豆粒ほど小さくなったであろう頃、美来は振り返った。
 園之は楠の下にずっとつっ立っていた。俯いているようだ。
 なんだか可哀相。
(この暑さの中)
 美来は慌てて園之の所まで早歩きで戻った。
「園之さん」
「あ、美来さん」
「お友達になっても良いわよ。恋人じゃなく、お友達ね」
 美来はなぜか照れてしまい目が若干泳いでいる。
「ありがとう! 美来さん。友達ってどうやってなるんですか?」 
 ガク――――。て、天然? 否、これまで孤独だったのかな。
 美来はスマホを取り出した。「ROUL(連絡アプリ)交換しましょ」
「はい」
 園之は美来に従い、美来の連絡先を登録した。
「じゃあ、あっついしあたし、帰ります。バイバーイ」
「バ、バイバーイ」
 ぎこちない『バイバイ』だ。『バイバイ』の似合わない男だ。
 帰宅し、何度も頭をひねる美来。にわかに信じがたい。あのラミーの内側はああだったのか。お芝居だったら警察に訴えてやる。あ、この場合民事なのか? わからんわい。 プレゼントしてもらったレコードを聴く気にもなれずに、美来は園之の恥ずかしそうにする表情や、笑っちゃいそうなほどの純情さを想い起こしていた。 
 ――――お風呂を上がり、牛乳を一気飲みした直後、美来のスマホが鳴った。 見ると早速園之からのROULだ。
『美来さん、友達になってくれてありがとう。嬉しいな。今度お茶でもしませんか……? “素敵な女性の口説き方”という本を今日買って帰ったの。そこに上記のように言う、と書いてありました』 
 なんだかなあ……ここまで天然じゃあ、俳優やって行けないのでは、登場人物の想いに寄り添えないのでは、と心配する美来だ。
 そんな想いも相まって、美来は園之をなにやら放っておけない。
『うん、良いですよ。お茶しましょう。こちらこそ、レコードをありがとう』
『僕の土木の仕事の休みは日曜日です。急なんだけど、明日はいかがですか? 美来さん』
 ドキリ! 急なお誘いで、慌てるし、不思議な胸の高鳴りを感じる美来。
『うん、良いよ』
『じゃあ、僕ね、素敵な喫茶店を知っているんです。今日のレコードショップの丁度裏側の“喫茶マドラー”どうですか? ……といった塩梅に女性をリードするのがスマートだと、例のハウツー本に書いてありました』 
 ガクー! いちいちそれ、説明しなくて良いから。美来は園之の1つ1つのぶきっちょさに呆れながらもなんだか嬉しくなって来る。だっておもろいやん。可愛いし(?) 
 美来は、いちいちツッコミを入れるのがめんどくさいので“説明しなくて良いよ”との説明を端折り『うんうん、そこ行ってみたいな』とだけ返信した。
『ありがとう。じゃあ、明日のランチタイムはどうですか?』 
 その文面と返信の速さから、これはハウツー本に頼っていない園之の言葉なんだな、と感じた。 
 そうして二人は明日の11時半に『喫茶マドラー』でランチを共にする運びとなった。待ち合わせは直接お店でする。
(でも……[ラミーさん]って超有名人じゃないのかな? あたし、テレビも流行り物の動画サイトも全然観ないからわかんないなー。スクープとかされちゃわないのかな? 変装して来るんだろうか、園之さん) 
 あれこれと思いを巡らせながらドレッサー前の美来。 お化粧が嬉しい。凄く嬉しい……。
(あたしって? 園之さんのこと、好きになっちゃったのかな? ラミーはもち推していたけど、あくまでラミーへの想いだったし、恋ではなかった……)
 手にした、動きの止まっていたパフで再びファンデーションを塗る。
 洋服はエレガントなベージュのプリーツスカートと菫色のブラウスを選んだ。今日は美来のトレードマークのポニーテールを下ろしている。 フェミニンな黒のレースアップサンダルを素足に履いた。
 先週ぐらいから鳴き始めた蝉の声が空の青をさらにくっきりとさせる。 
 ――――(こんな所にこーんな可愛い佇まいのお店があったんだ~) 
 白いログハウスだ。 
 カランコローン。ドアベルが愛らしい音を立てた。 
 園之は……変装していなかった。シンプルな黒いポロシャツを着、ブルーのスリムデニムを履いている。
 どこからどう見ても、派手・派手の『ラミーさん』の顔のまんま、頭のまんま。サングラスを掛けもしなければ付け髭など着けていない。 マニアックな人の間でだけ有名人なのだな、たぶん。知らんけど。 
 奥の4人掛けテーブルで既に待っていた園之が立ち上がり手を振って見せた。 
 あの『ラミーの一生懸命』で醸されていた暗さが見当たらない。恥ずかしそうにしているが嬉しそう。
「ごめんなさい、待ちました?」
「あ、ちょっと待ってね、美来さん……」
 ゴソゴソゴソ。園之はなにかをテーブルの下で隠したあと答えた。
「今来たところだよ!」 
 嘘臭い。
 美来はテーブル下に目をやり、園之が手にしている物を見た。
『素敵な女性の口説き方』という本だった。
「園之さん? そんな物要らないよ。恋はお芝居じゃないの。ハッ」
 頬を真っ赤に染める美来。
(あたし、今[恋]って言ったよねー。マジか。そうなんか。そうなんや――――) 
 美来は、自分は園之を好きと気づいた。
「あ……え、と。うん。わかったよ」
「園之さん、リアルの世界で台本をなくしたらきっと売れっ子の俳優になれるよ」(あたし、超良いこと言ったね、ネネネネネ?! 今!)とお調子に乗りつつも、園之の出世を本気で祈る美来。
「ありがとう。いつも失敗したらどうしようって、オレって本当は気が小さいんだよ」 
 園之が「オレ」と言ったことに自分で気づいていないのはリラックスして来たからだろうと、美来は喜んでいる。だから敢えて触れない。
「そんな風で、よくも『ラミーの一生懸命』をやっていましたね。まるで別人……」
「うん。なんかね、頭のボルトがぶっ飛ぶ時があるの」
(え、怖い)
 青くなった美来の顔を見てすぐさま付け加える園之。
「ああ、大丈夫。アーティスティックにという意味」
(お尻出すことがアートなんだ~) 
 美来は、視聴者からの質問『しっぽの痕の有無』について思い出した。
「う、うん。それにしても園之さん、登録者数50万人って凄いですね! あたし、びっくりしちゃた。あたしは世間に対してモグリなので。あ、園之さん、この間もだったけど、あたしなんかと一緒にいるところが見つかったら、マスコミに追いかけられないの?」
「追いかけられたいよ……」
 哀しげな園之。ラミー、降臨か。
「そ、そか」
 ラミーは登録者数が凄いけど、有名じゃないらしい。小説だからそういうことで許してほしい。
「あ、美来ちゃん、メニュー見ようよ」
(チャンて言ってくれた~) 
 園之という男はそこらへんが鈍感なのか。自分がいつの間にか言っていることに気づいていない様子。
 美来は何気にときめいている。
「うん」
「あ、オレ、ハンバーグ食べたいな~。ハンバーグとエビピラフ。アイスコーヒーにしよう」
「ンー、あたしはねー……魚介のバジリコパスタとミックスジュースにする」
「うん」
「お願いします」
 園之がリードしなさそうなので、右手を上げ店員に声を掛け注文する美来。
 その様子を見て園之は「あ」とひと言言い、リュックをゴソゴソし始めたが、すぐに思い直したようにその動きを止めた。
 口角をキュッと上げ、下がり気味の眉で美来は言う。
「だから~『素敵な女性の口説き方』はもう見ない! オケ~イ?」
「オケ」
 真っ直ぐな線のような園之の「オケ」は風呂桶みたいだ。