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10 アシスタントAI、リナ

ー/ー



 クラウスは解析に集中できなかった。兄のせいだ。

 あのあと戻ってくるかと思ったが、携帯は一晩中鳴らなかった。

 親が住むベルリンまで行ったかもしれない。あるいはもう断られたから弟の自分を頼ってきたのか。

 父は出張でウィーンにいるので母親に電話した。監修を任された企画展のオープンを五日後に控えた母は、打ち合わせで忙しそうだった。

 テオが金をせびりにきたと言おうか。しかし明らかに悪化している今の状態をどう説明すればいい?

 WhatsApp(ワッツアップ)ではブロックされている。
 クラウスは数年前の最後のやりとりを見返した。

______________
クラウス:
[ママが心配してる]
[電話ぐらいしろよ]

テオドール:
[お前がいろいろ言うから心配してんだろ]
[放っておけよ]

クラウス:
[家に帰れよ]
[支援施設なら紹介する]

テオドール:
[説教かよ]
[いい加減うざいな]

クラウス:
[もう二年だぞ]
[いつまでこんなことを続ける気だ]

テオドール:
[ブロックするぞ]

クラウス:
[待て]
[テオ?]
______________


■■■THEMIS(テミス)■■■

 PCの画面に通知が現れ、クラウスは現在に引き戻された。

△異常ログインパターンを検知
△優先度:高

 またか。
 どこかの馬鹿がネットワークに不正侵入したようだ。セキュリティ対策チームにエスカレーションするために画面をキャプチャする。
 ふと思った――昨日のハッカーと同じやつだろうか。

 詳細を確認しようとしたとき、妖精のようなキャラクターがウィンドウに現れた。ピンク色の髪を揺らし、スカートを翻して片足でくるんと回る。

『初めましてっ! 私はリナ、THEMIS(テミス)アシスタントAIの最新バージョンでぇす』

 アシスタント機能がONで、美少女キャラクター風の見た目が適用されている。こういうことをするのはヤニックだ。
 鬱陶しいなと思ったが、OFFにするほどでもないので放っておくことにした。

 端末情報を辿ると、被害にあったのは庶務部のメルテンという職員のパソコンだった。機密ファイルにアクセスしようとした形跡がある。
 クラウスはアシスタントに指示した。

「ユーザー行動分析モジュールを起動」
『リナ、お名前で呼んでほしいですぅ』

 やっぱりOFFにしてやろうか。

「リナ、UBAモジュールでメルテンさんの活動ログを出して」

 アシスタントがターンすると光の粒子が散った。

『はーい、お兄ちゃん! さっそく分析開始~……あん、接続が切れちゃった』

 また通信途絶だ。クラウスは動作ログを目で辿った。内部で何かが切り替わったらしいが、わからない。あとでヤニックに聞こう。

『お待たせ! リナが繋げたからもう大丈夫! それでね……ふえぇ、これやばいやつ! 電子メールから認証情報抜かれたみたい!』

 庶務部は業者とやりとりが多い。メール詐欺に引っかかった恐れがある。

「そのメール、見せて」
『りょーかいっ!』

______________
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 受信した職員は、リンクをうっかりクリックしてしまったようだ。
 内線電話でセキュリティ対策チームの短縮番号を押し、呼び出し音が鳴るあいだにアシスタントに指示した。

「リナ、昨夜八時頃のポートスキャンと比較して」
『ラジャー!』

 ウィンドウが立ち上がり、比較項目が順にチェックされていく。

『結果出ましたっ! 同一の脅威アクターによる連続攻撃フェーズの可能性、大っ!』

 内線に出たセキュリティ対策チームの職員は徹夜三日目のような声だった。

『うげ……放置したらやばいよなあ……とりあえずログ吐き出してくれる……?』

 クラウスはログを出力して共有し、それまでしていた仕事に戻った。けれども気持ちが落ち着かない。

 朝からヤニックと二人で鍵の可能性のあるデータを抽出にかかっていた。百五十件以上洗い出したが、有効なものはまだ一つもない。解析ソフトはといえば、相変わらず文字列の山を吐き出し続けている。

 THEMISのウィンドウ上でアシスタントが髪をなびかせてターンした。

『リナの秘密、ちょっとだけ教えちゃいますけど……実は開発段階では女王様キャラだったんですぅ。お兄ちゃんはどっちが好きですかぁ?』

 クラウスはコーヒーメーカーの前に行った。
 犯罪組織の暗号化端末の解析を手がけることになり、音信のなかった兄が二年ぶりに訪ねてきた。竜巻が二つまとめて来たようなものだ。
 昨日、やっぱり金を渡すべきだったかもしれない。朝からそればかり考えている。

 コーヒーは煮詰まっていて不味かった。


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 クラウスは解析に集中できなかった。兄のせいだ。
 あのあと戻ってくるかと思ったが、携帯は一晩中鳴らなかった。
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[ママが心配してる]
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[お前がいろいろ言うから心配してんだろ]
[放っておけよ]
クラウス:
[家に帰れよ]
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[説教かよ]
[いい加減うざいな]
クラウス:
[もう二年だぞ]
[いつまでこんなことを続ける気だ]
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[ブロックするぞ]
クラウス:
[待て]
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 ふと思った――昨日のハッカーと同じやつだろうか。
 詳細を確認しようとしたとき、妖精のようなキャラクターがウィンドウに現れた。ピンク色の髪を揺らし、スカートを翻して片足でくるんと回る。
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 アシスタント機能がONで、美少女キャラクター風の見た目が適用されている。こういうことをするのはヤニックだ。
 鬱陶しいなと思ったが、OFFにするほどでもないので放っておくことにした。
 端末情報を辿ると、被害にあったのは庶務部のメルテンという職員のパソコンだった。機密ファイルにアクセスしようとした形跡がある。
 クラウスはアシスタントに指示した。
「ユーザー行動分析モジュールを起動」
『リナ、お名前で呼んでほしいですぅ』
 やっぱりOFFにしてやろうか。
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 アシスタントがターンすると光の粒子が散った。
『はーい、お兄ちゃん! さっそく分析開始~……あん、接続が切れちゃった』
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『お待たせ! リナが繋げたからもう大丈夫! それでね……ふえぇ、これやばいやつ! 電子メールから認証情報抜かれたみたい!』
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「リナ、昨夜八時頃のポートスキャンと比較して」
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 ウィンドウが立ち上がり、比較項目が順にチェックされていく。
『結果出ましたっ! 同一の脅威アクターによる連続攻撃フェーズの可能性、大っ!』
 内線に出たセキュリティ対策チームの職員は徹夜三日目のような声だった。
『うげ……放置したらやばいよなあ……とりあえずログ吐き出してくれる……?』
 クラウスはログを出力して共有し、それまでしていた仕事に戻った。けれども気持ちが落ち着かない。
 朝からヤニックと二人で鍵の可能性のあるデータを抽出にかかっていた。百五十件以上洗い出したが、有効なものはまだ一つもない。解析ソフトはといえば、相変わらず文字列の山を吐き出し続けている。
 THEMISのウィンドウ上でアシスタントが髪をなびかせてターンした。
『リナの秘密、ちょっとだけ教えちゃいますけど……実は開発段階では女王様キャラだったんですぅ。お兄ちゃんはどっちが好きですかぁ?』
 クラウスはコーヒーメーカーの前に行った。
 犯罪組織の暗号化端末の解析を手がけることになり、音信のなかった兄が二年ぶりに訪ねてきた。竜巻が二つまとめて来たようなものだ。
 昨日、やっぱり金を渡すべきだったかもしれない。朝からそればかり考えている。
 コーヒーは煮詰まっていて不味かった。