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3 捜す者

ー/ー



ヴィースバーデン 連邦刑事庁
翌日――

 ララは鑑識のラボに入った。技術者のクラウス・コスタンティーニが解析ワークステーションの前にいた。

「分析にどのくらいかかりそう?」

 証拠品の端末はすでに州刑事庁から届いている。クラウスは薄青色の目をモニタから離した。

「早ければ夕方か、もしくは一週間以上。エレボスは普通のスマートフォンみたいにサクッとはいきません」

 ボタンをはずしたシャツは袖が雑にまくりあげられている。飾らない身なりは精密機器に囲まれた白いラボで逆に目を引いた。

「今朝からカスタムブートローダーでRAMダンプを取ってますが、そのあとが本番なんです。RAWイメージから暗号鍵を抜いて……」

 言葉を切り、簡単に言い直す。

「つまり、難しいパズルを時間をかけて解くような感じです」

 ララは彼の経歴を思い返した。大学院で情報セキュリティを専攻し、欧州刑事警察機構(ユーロポール)でインターンを終えたあと連邦刑事庁に採用。
 作戦支援部での二年間の働きは申し分なく、情緒は安定してストレス耐性があり、報告書はミスなしの優等生タイプ。二十八歳にして、庁内でもトップレベルの技術者だ。

「わかった。チャットの内容が解読できたら教えて」

 スマートフォンの情報は捜査の方向を左右する。

 ララは会議室に向かった。組織犯罪対策部五十六課(通称SO56)はマフィアの監視を目的として設立されたが、今回のように要請があれば捜査にも協力する。
 情報分析官のシャルロッテ・ザイデルがあらためて概要を述べた。

「店は二十三時閉店で、最後の客が出たあとは殺されたオーナーだけが残っていたようです。零時四十分頃、忘れ物をとりに戻った従業員が死体を発見しました」
「防犯カメラは?」
「スイッチがオフになっていました。データは一部欠落しています」

 普通なら、防犯カメラの映像は数日は保存される。意図的な消去だ。

「復元はできる?」

 シャルロッテが首を横に振ると、顎までの長さの金髪が揺れた。

「鑑識の話では難しいそうです。閉店前の客の出入りは確認できますが、肝心の時間帯は何も残っていません」

 会議室のドアが開いて、オスカー・バウマンが入ってきた。
 遅刻の常習犯だ。ララから最も遠い空いた席にがっしりした体を収める。遅れるなら連絡するようにと何度も言っているのだが、態度を改める気はないらしい。
 居直ったようにニヤニヤする顔をララは一睨みした。

 シャルロッテが報告を再開した。
「これは近隣の道路のCCTVカメラです」

 ディスプレイが映像に切り替わった。殺人現場となったレストランのある脇道に一台の車が入っていく。
 車体の色は白。テールライトが店の前で止まる――時刻は夜十一時三十五分。

「閉店したあとよ。客ではなさそうね」

 乗り降りは定かでない。十数分後、車は赤い尾灯をつけ、動き出して消えた。

「ここは住宅街に近くて、交通量は多くありません。問題の時間帯に映っている車はこれだけです」
「持ち主を特定したい。ザイデル、バウマンと聞き込みにまわって」

 それまで一言も発しなかったバウマンが口を開いた。
「聞き込みなら刑事警察(クリポ)がもうやっただろう。何も出なかったんだから時間の無駄だ」
「そうは思わない。時間がたって思い出す人もいるでしょう。指示通りに動いて」

 バウマンは乱暴に椅子を引いて腰を上げた。
「ああ、もちろん。女上司のご命令だからな」

 ララは言い返さなかった。スマホの通知に目を奪われていたからだ。
 新着メールが届いている。差出人は昨日と同じだった。

______________
件名: (件名なし)
差出人: [email protected]
宛先: [email protected]
日付: 20XX年10月8日 9:00

誰も秘密を知らないとでも思ってる?
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ヴィースバーデン 連邦刑事庁
翌日――
 ララは鑑識のラボに入った。技術者のクラウス・コスタンティーニが解析ワークステーションの前にいた。
「分析にどのくらいかかりそう?」
 証拠品の端末はすでに州刑事庁から届いている。クラウスは薄青色の目をモニタから離した。
「早ければ夕方か、もしくは一週間以上。エレボスは普通のスマートフォンみたいにサクッとはいきません」
 ボタンをはずしたシャツは袖が雑にまくりあげられている。飾らない身なりは精密機器に囲まれた白いラボで逆に目を引いた。
「今朝からカスタムブートローダーでRAMダンプを取ってますが、そのあとが本番なんです。RAWイメージから暗号鍵を抜いて……」
 言葉を切り、簡単に言い直す。
「つまり、難しいパズルを時間をかけて解くような感じです」
 ララは彼の経歴を思い返した。大学院で情報セキュリティを専攻し、欧州刑事警察機構《ユーロポール》でインターンを終えたあと連邦刑事庁に採用。
 作戦支援部での二年間の働きは申し分なく、情緒は安定してストレス耐性があり、報告書はミスなしの優等生タイプ。二十八歳にして、庁内でもトップレベルの技術者だ。
「わかった。チャットの内容が解読できたら教えて」
 スマートフォンの情報は捜査の方向を左右する。
 ララは会議室に向かった。組織犯罪対策部五十六課(通称SO56)はマフィアの監視を目的として設立されたが、今回のように要請があれば捜査にも協力する。
 情報分析官のシャルロッテ・ザイデルがあらためて概要を述べた。
「店は二十三時閉店で、最後の客が出たあとは殺されたオーナーだけが残っていたようです。零時四十分頃、忘れ物をとりに戻った従業員が死体を発見しました」
「防犯カメラは?」
「スイッチがオフになっていました。データは一部欠落しています」
 普通なら、防犯カメラの映像は数日は保存される。意図的な消去だ。
「復元はできる?」
 シャルロッテが首を横に振ると、顎までの長さの金髪が揺れた。
「鑑識の話では難しいそうです。閉店前の客の出入りは確認できますが、肝心の時間帯は何も残っていません」
 会議室のドアが開いて、オスカー・バウマンが入ってきた。
 遅刻の常習犯だ。ララから最も遠い空いた席にがっしりした体を収める。遅れるなら連絡するようにと何度も言っているのだが、態度を改める気はないらしい。
 居直ったようにニヤニヤする顔をララは一睨みした。
 シャルロッテが報告を再開した。
「これは近隣の道路のCCTVカメラです」
 ディスプレイが映像に切り替わった。殺人現場となったレストランのある脇道に一台の車が入っていく。
 車体の色は白。テールライトが店の前で止まる――時刻は夜十一時三十五分。
「閉店したあとよ。客ではなさそうね」
 乗り降りは定かでない。十数分後、車は赤い尾灯をつけ、動き出して消えた。
「ここは住宅街に近くて、交通量は多くありません。問題の時間帯に映っている車はこれだけです」
「持ち主を特定したい。ザイデル、バウマンと聞き込みにまわって」
 それまで一言も発しなかったバウマンが口を開いた。
「聞き込みなら刑事警察《クリポ》がもうやっただろう。何も出なかったんだから時間の無駄だ」
「そうは思わない。時間がたって思い出す人もいるでしょう。指示通りに動いて」
 バウマンは乱暴に椅子を引いて腰を上げた。
「ああ、もちろん。女上司のご命令だからな」
 ララは言い返さなかった。スマホの通知に目を奪われていたからだ。
 新着メールが届いている。差出人は昨日と同じだった。
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件名: (件名なし)
差出人: [email protected]
宛先: [email protected]
日付: 20XX年10月8日 9:00
誰も秘密を知らないとでも思ってる?
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