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【11】③

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 食後に部屋に戻ると、すぐにノックの音。これはおそらく……。
「航くん」
 ドアを開けると、脳裏に思い描いた通りの人が立っていた。
「瑛璃ちゃん、明日は父さんが送るし俺がついてくの変だから、ゆっくり話できないかと思って。とりあえずお別れの挨拶したかったんだ」
 どこか落ち着きなく強張った彼の顔、口調。
 お別れ。そうだ、しばしの別離。
 一年半後にはまた会える。それを楽しみに指折り数えて待つのもいい。「逢える」のだから。
 もしその前に顔を合わせる機会があるとしても今年の年末年始くらいだろうか。来年の夏や冬の休みには、高校三年生になった航は受験の追い込みで忙しい筈だ。
「それで、あの……。もしよかったら浜行かないか? 瑛璃ちゃんとは、なんか『夏っぽいこと』なんもしていなと思ってさ。……花火しない? フツーの家庭用だけど、セット買って来たんだ!」
 航が早口で提案するのを断る気もない。
 花火。はるか昔に、母と二人でマンション前の公園の傍で、それこそ小さな花火セットに大はしゃぎした記憶がある。
 昔などと母や伯母には「たったの十年ちょっと前でしょ!」と笑い飛ばされそうだが、十六年しか生きていない瑛璃には十分すぎるほどの「遠い昔」だ。
「行く! 私、そういえば夏の行事ってやってないわ。泳いでもいないし」
「決まり! じゃあ行こう」
 上気した航の頬が眩しかった。
 「花火そのもの」「瑛璃との遊び」だからか不明だが、今は「二人で花火」への期待と喜びだと受け取っておこう。
「母さん、ちょっと出て来る! 瑛璃ちゃんと花火しに浜へ行くんだ」
「花火ならうちの前でやればいいじゃないの。……まあいいわ。バケツでもなんでも何か容れ物もってってちゃんと消すのと、ごみ全部持って帰って来なさいよ」
「わかってるって! こんだけだし遅くならないようにするから」
 花火のパックを見せながらの航の言葉に、伯母は少し呆れた様子で頷いた。
「この辺でいっか。俺、水汲んで来るから!」
 浜に着き砂の上を少し歩いて場所を定めるなり、小振りなバケツを手にした航が波打ち際へ走って行く。
 もう八月も終わりに近い。地域によっては、もう夏休みが終わり学校が再開している場合もあるだろう。
 盆も過ぎて、観光客も明らかに減っていた。「泳げない」時期にわざわざ海に来る意味が薄れるのは瑛璃にも理解できる。
「花火なんて初めて、じゃないけど本当に久し振り! ちょっと遠くの『花火大会』に友達と行こうとしたら、もう人多すぎて途中で諦めちゃって。だからテレビとかネットでしか見たことないの。──こういうのって普通小さい頃にでやるのかな。ママと二人でやった覚えはあるんだけど」
 つい勢いでくだらないことまで口にしてしまい、思わず口を噤んだが航は敢えてその部分には触れないでいてくれた。
「あんまり音デカい花火とか、あと夜に大騒ぎするのはぜってーダメなんだ。俺がやったら即バレて家に苦情入ること間違いなし! でも静かにやってゴミ散らかさなきゃ、花火自体は禁止されてないから! 派手な打ち上げ花火なんかは最初からセットには入ってないんだよ。ここらではそういうのしか売ってないってだけなんだけど」
 花火のパッケージを開けながら従兄が丁寧に説明してくれる。
「瑛璃ちゃん、最初どれから行く?」
「えーと、私あんまり怖くないのがいいな」
 腰の引けた瑛璃に彼は笑う。
「そんな『怖い』のは入ってないから。まぁこの辺かな」
 航が選び出した一本を持たされ、彼はまた違うものを手にした。
「俺のに先に火ぃつけて、それを移せばいいよ。よし行くぞ! 瑛璃ちゃん、少し離れて」
 こちらも家から持って来た着火ライターで、航が左手に持ち替えた花火の先に火をつける。
 途端に閃光のような多色の火が噴き出し、瑛璃は咄嗟に一歩後退った。
「瑛璃ちゃん、手伸ばして花火の先こっち向けて」
 そう指示しながらも、航は楽しそうだ。
 恐る恐る右手を目一杯伸ばす瑛璃の花火に、火が向かない角度に移動した航が手の花火から火を移すと、航のものより控えめな光の矢が飛ぶ。
 伸ばした手から力を抜き軽く曲げて、少し身に近づいた火が描く線を眺めながら自然口元が緩んだ。


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みんなのリアクション

 食後に部屋に戻ると、すぐにノックの音。これはおそらく……。
「航くん」
 ドアを開けると、脳裏に思い描いた通りの人が立っていた。
「瑛璃ちゃん、明日は父さんが送るし俺がついてくの変だから、ゆっくり話できないかと思って。とりあえずお別れの挨拶したかったんだ」
 どこか落ち着きなく強張った彼の顔、口調。
 お別れ。そうだ、しばしの別離。
 一年半後にはまた会える。それを楽しみに指折り数えて待つのもいい。「逢える」のだから。
 もしその前に顔を合わせる機会があるとしても今年の年末年始くらいだろうか。来年の夏や冬の休みには、高校三年生になった航は受験の追い込みで忙しい筈だ。
「それで、あの……。もしよかったら浜行かないか? 瑛璃ちゃんとは、なんか『夏っぽいこと』なんもしていなと思ってさ。……花火しない? フツーの家庭用だけど、セット買って来たんだ!」
 航が早口で提案するのを断る気もない。
 花火。はるか昔に、母と二人でマンション前の公園の傍で、それこそ小さな花火セットに大はしゃぎした記憶がある。
 昔などと母や伯母には「たったの十年ちょっと前でしょ!」と笑い飛ばされそうだが、十六年しか生きていない瑛璃には十分すぎるほどの「遠い昔」だ。
「行く! 私、そういえば夏の行事ってやってないわ。泳いでもいないし」
「決まり! じゃあ行こう」
 上気した航の頬が眩しかった。
 「花火そのもの」「瑛璃との遊び」だからか不明だが、今は「二人で花火」への期待と喜びだと受け取っておこう。
「母さん、ちょっと出て来る! 瑛璃ちゃんと花火しに浜へ行くんだ」
「花火ならうちの前でやればいいじゃないの。……まあいいわ。バケツでもなんでも何か容れ物もってってちゃんと消すのと、ごみ全部持って帰って来なさいよ」
「わかってるって! こんだけだし遅くならないようにするから」
 花火のパックを見せながらの航の言葉に、伯母は少し呆れた様子で頷いた。
「この辺でいっか。俺、水汲んで来るから!」
 浜に着き砂の上を少し歩いて場所を定めるなり、小振りなバケツを手にした航が波打ち際へ走って行く。
 もう八月も終わりに近い。地域によっては、もう夏休みが終わり学校が再開している場合もあるだろう。
 盆も過ぎて、観光客も明らかに減っていた。「泳げない」時期にわざわざ海に来る意味が薄れるのは瑛璃にも理解できる。
「花火なんて初めて、じゃないけど本当に久し振り! ちょっと遠くの『花火大会』に友達と行こうとしたら、もう人多すぎて途中で諦めちゃって。だからテレビとかネットでしか見たことないの。──こういうのって普通小さい頃に《《家族》》でやるのかな。ママと二人でやった覚えはあるんだけど」
 つい勢いでくだらないことまで口にしてしまい、思わず口を噤んだが航は敢えてその部分には触れないでいてくれた。
「あんまり音デカい花火とか、あと夜に大騒ぎするのはぜってーダメなんだ。俺がやったら即バレて家に苦情入ること間違いなし! でも静かにやってゴミ散らかさなきゃ、花火自体は禁止されてないから! 派手な打ち上げ花火なんかは最初からセットには入ってないんだよ。ここらではそういうのしか売ってないってだけなんだけど」
 花火のパッケージを開けながら従兄が丁寧に説明してくれる。
「瑛璃ちゃん、最初どれから行く?」
「えーと、私あんまり怖くないのがいいな」
 腰の引けた瑛璃に彼は笑う。
「そんな『怖い』のは入ってないから。まぁこの辺かな」
 航が選び出した一本を持たされ、彼はまた違うものを手にした。
「俺のに先に火ぃつけて、それを移せばいいよ。よし行くぞ! 瑛璃ちゃん、少し離れて」
 こちらも家から持って来た着火ライターで、航が左手に持ち替えた花火の先に火をつける。
 途端に閃光のような多色の火が噴き出し、瑛璃は咄嗟に一歩後退った。
「瑛璃ちゃん、手伸ばして花火の先こっち向けて」
 そう指示しながらも、航は楽しそうだ。
 恐る恐る右手を目一杯伸ばす瑛璃の花火に、火が向かない角度に移動した航が手の花火から火を移すと、航のものより控えめな光の矢が飛ぶ。
 伸ばした手から力を抜き軽く曲げて、少し身に近づいた火が描く線を眺めながら自然口元が緩んだ。