#8:炎の騎士グレン
ー/ー「オレはグレン! アンタに憧れてた新人の騎士だ!」
開口一番、グレンはそう言って笑った。
まるで旧友にでも声をかけるような気安さだったが、軽薄さはない。真正面からぶつかってくる熱量だけが、その言葉にまっすぐ乗っていた。
「ほう? 騎士が私の戦いに憧れると?」
エレンは片眉を上げる。
エレンの中で、騎士とはもっと別の生き物だった。体裁を重んじ、泥にまみれることを嫌い、血の匂いが濃くなる戦場からは半歩引いた場所で剣を掲げる者たち。少なくとも、自分のような戦い方を好意的に見る人種ではない。そう思っていたのだ。
だからこそ、その肩書きを持つ男の口から「憧れ」という言葉が出たことが、エレンにとっては少しばかり引っかかった。
「ああ! アンタ、前回の接続者選抜戦にも出てただろ? しかも属性を使わずによ!」
グレンの声はよく通る。闘技場の喧騒に呑まれないどころか、その中を裂いて届いてくるようだった。
「そんなアンタの戦いぶりを見て、オレの心は燃えたんだ! 燃えすぎて、逆に震えるくらいにな!」
「……物好きなやつだ」
エレンは小さく鼻で笑う。
「お前たち騎士と、私の戦い方は相容れないと思っていたが」
「んなもん関係ねぇよ!」
間髪入れずに返ってくる。
グレンは胸を張ったまま、一歩も引かなかった。
「確かに、アンタの戦い方は騎士には理解できないだろうな! でも、オレは違う!」
その瞳は、炎の属性を宿しているからだけではなく、言葉そのものが熱を帯びているせいで燃えて見えた。
「アンタからは熱を感じたからな!」
言い切る声音に迷いはない。
熱。
ずいぶん直截な表現だったが、不思議と嫌味がなかった。言葉を飾らず、それでも相手を貶めることもしない。ただ、自分が見たものをそのまま口にしている。そういう男なのだと、数句交わしただけで分かる。
(よく喋る。だが……)
『清々しい人だね』
『ああ』
内側から返ってきたエレナの声に、エレンも短く同意する。
こういう人間は嫌いではない。むしろ、分かりやすいぶんだけ付き合いやすい。火力で押し切る類の戦士だとしても、その根に濁りがないのなら、剣を交える価値はある。
「さっさと始めろぉぉぉ!」
観客席から飛んだ怒号に、空気がどっと揺れた。あちこちから同調する声が上がり、早くも砂煙まで立ち始める。
「っと! 今にも物が飛んできそうな勢いだな!」
グレンが豪快に笑う。
実際、その通りだった。これ以上前口上を続ければ、野次では済まない何かが飛来してきてもおかしくない。それほどまでに、観客たちの熱は限界まで膨れ上がっていた。
「始めるとしよう」
エレンは腰の剣に手を添え、正面の男を見据える。
「騎士の戦い方、見せてもらおうじゃないか」
その言葉に、グレンの口元が獰猛に吊り上がった。歓迎されていると理解したのだろう。肩越しに炎の気配が立ちのぼった気さえした。
二人は同時に実況者へ視線を向け、無言のまま頷く。
実況者はその合図を見逃さず、大きく息を吸い込んだ。
「それでは第一回戦――開始だァァァッ!!!!」
咆哮のような宣言が、コロッセオ全体を貫いた。歓声が爆ぜ、旗が揺れ、石造りの闘技場そのものが震えたかと思うほどの熱が奔る。
開幕した。
属性なき異端と、炎を宿す騎士。
最初の一戦が、今まさに火蓋を切る。
先に動いたのはグレンだった。
赤毛が跳ねる。燃え立つ色そのままの踏み込みは、一切の迷いを含まない直線だった。構えにひねりはない。ただ最短で間合いを潰し、正面から叩き割る。そのためだけに研ぎ上げられた一撃。振り下ろされる剣には炎が絡みつき、刃の周囲で陽炎が激しく揺れていた。
(気配通りだ。初手から火力で押し潰す気か。ならば――)
エレンは退かなかった。
迫る刃をぎりぎりまで引きつけ、振り下ろされる軌道へ自らの剣を差し込む。真正面から受けるのではない。落ちてくる力に角度を添え、そのまま地へ流し落とすように押さえつけた。剣と剣が噛み合った次の瞬間、グレンの刃は石床へ叩きつけられる。
轟音が弾けた。
接触点から炎が一気に迸り、床石が砕け、灼けた火の筋が蜘蛛の巣のように走る。熱風が巻き上がり、闘技場の砂を高くさらった。
「へぇ……!! やっぱり、防がれるよな!」
炎の向こうで、グレンは口元を吊り上げていた。押し切れなかったことに驚くどころか、それすら織り込み済みだと言わんばかりの顔だった。
「折り込み済みと?」
「へへ! どんだけアンタの戦いを見たと思ってんだ! アンタの動きは……!」
地に押さえつけられていた剣が、不意に唸りを上げた。
「わかるぜぇぇぇっ!!!!」
下から跳ね上がってきた力は、エレナの肉体で正面から押さえ込めるものではなかった。炎を纏った剣ごと、爆ぜるような反発が噴き上がる。エレンの身体が宙へ浮く。ほんのわずかだが、それで十分だった。
グレンはそこを逃さない。
刃から炎を噴き上げ、獣のような勢いで突っ込んでくる。浮いた相手へ追撃を叩き込む。分かりやすい。豪快で、それでいて判断は速い。
「大した威力だ。お前なら、あのグールもその火力で叩き斬れたかもな」
宙にありながら、エレンの声は妙に落ち着いていた。
次の瞬間、地面へ叩きつけられたのは――グレンの方だった。
「がはっ!?」
重い衝突音が響き、石床が鈍く震える。
「おおっと!? 何が起きたァ!?」
実況者の絶叫が、観客のざわめきに呑まれながらも響き渡る。誰の目にも、今の入れ替わりは一瞬だった。浮かされたはずのエレンが、気づけば何事もなかったように着地している。その足取りに乱れはない。
「な、なんだ……!? 今の……!」
グレンは上体を起こしながら目を見開いた。さっきまでの勢いは消えていない。だが、その瞳にははっきりと困惑が混じっている。
「理解できないようだな」
「あ、ああ! 腕を掴まれた……? んで、そのまま投げ飛ばされたような……」
言いながら、自分でも納得していない顔になる。
「でも、アンタとオレの出力は桁違いなはずだ……!」
エレンは答えない。
ただ、静かに剣先を下げ、立ち上がる相手を見ていた。
(……そこに至るのが、まず間違いだ)
質量は確かに劣る。筋力も、真正面の押し合いなら勝負にならない。だが、それはあくまで力と力をぶつけ合った場合の話だ。
(力比べを前提にしている限り、お前にはまだ見えん)
グレンが跳ね上げた剣。その勢いは強かった。だからこそ、エレンは抗わなかった。浮かされた瞬間に相手の前腕を取る。炎を纏った突進は速いが、速いぶんだけ重心は前へ流れる。そこへ自分の落下の勢いを重ね、相手の腕を支点に軸をずらす。押したのではない。崩れた体勢を、ほんの少しだけ先へ送ってやっただけだった。
結果として、突っ込んだ力はそのまま持ち主へ返る。
だから、グレンは自分の勢いで地に叩きつけられた。
単純な理屈だ。だが、真正面から叩き潰す戦いに慣れている者ほど、咄嗟には理解できない。
開口一番、グレンはそう言って笑った。
まるで旧友にでも声をかけるような気安さだったが、軽薄さはない。真正面からぶつかってくる熱量だけが、その言葉にまっすぐ乗っていた。
「ほう? 騎士が私の戦いに憧れると?」
エレンは片眉を上げる。
エレンの中で、騎士とはもっと別の生き物だった。体裁を重んじ、泥にまみれることを嫌い、血の匂いが濃くなる戦場からは半歩引いた場所で剣を掲げる者たち。少なくとも、自分のような戦い方を好意的に見る人種ではない。そう思っていたのだ。
だからこそ、その肩書きを持つ男の口から「憧れ」という言葉が出たことが、エレンにとっては少しばかり引っかかった。
「ああ! アンタ、前回の接続者選抜戦にも出てただろ? しかも属性を使わずによ!」
グレンの声はよく通る。闘技場の喧騒に呑まれないどころか、その中を裂いて届いてくるようだった。
「そんなアンタの戦いぶりを見て、オレの心は燃えたんだ! 燃えすぎて、逆に震えるくらいにな!」
「……物好きなやつだ」
エレンは小さく鼻で笑う。
「お前たち騎士と、私の戦い方は相容れないと思っていたが」
「んなもん関係ねぇよ!」
間髪入れずに返ってくる。
グレンは胸を張ったまま、一歩も引かなかった。
「確かに、アンタの戦い方は騎士には理解できないだろうな! でも、オレは違う!」
その瞳は、炎の属性を宿しているからだけではなく、言葉そのものが熱を帯びているせいで燃えて見えた。
「アンタからは熱を感じたからな!」
言い切る声音に迷いはない。
熱。
ずいぶん直截な表現だったが、不思議と嫌味がなかった。言葉を飾らず、それでも相手を貶めることもしない。ただ、自分が見たものをそのまま口にしている。そういう男なのだと、数句交わしただけで分かる。
(よく喋る。だが……)
『清々しい人だね』
『ああ』
内側から返ってきたエレナの声に、エレンも短く同意する。
こういう人間は嫌いではない。むしろ、分かりやすいぶんだけ付き合いやすい。火力で押し切る類の戦士だとしても、その根に濁りがないのなら、剣を交える価値はある。
「さっさと始めろぉぉぉ!」
観客席から飛んだ怒号に、空気がどっと揺れた。あちこちから同調する声が上がり、早くも砂煙まで立ち始める。
「っと! 今にも物が飛んできそうな勢いだな!」
グレンが豪快に笑う。
実際、その通りだった。これ以上前口上を続ければ、野次では済まない何かが飛来してきてもおかしくない。それほどまでに、観客たちの熱は限界まで膨れ上がっていた。
「始めるとしよう」
エレンは腰の剣に手を添え、正面の男を見据える。
「騎士の戦い方、見せてもらおうじゃないか」
その言葉に、グレンの口元が獰猛に吊り上がった。歓迎されていると理解したのだろう。肩越しに炎の気配が立ちのぼった気さえした。
二人は同時に実況者へ視線を向け、無言のまま頷く。
実況者はその合図を見逃さず、大きく息を吸い込んだ。
「それでは第一回戦――開始だァァァッ!!!!」
咆哮のような宣言が、コロッセオ全体を貫いた。歓声が爆ぜ、旗が揺れ、石造りの闘技場そのものが震えたかと思うほどの熱が奔る。
開幕した。
属性なき異端と、炎を宿す騎士。
最初の一戦が、今まさに火蓋を切る。
先に動いたのはグレンだった。
赤毛が跳ねる。燃え立つ色そのままの踏み込みは、一切の迷いを含まない直線だった。構えにひねりはない。ただ最短で間合いを潰し、正面から叩き割る。そのためだけに研ぎ上げられた一撃。振り下ろされる剣には炎が絡みつき、刃の周囲で陽炎が激しく揺れていた。
(気配通りだ。初手から火力で押し潰す気か。ならば――)
エレンは退かなかった。
迫る刃をぎりぎりまで引きつけ、振り下ろされる軌道へ自らの剣を差し込む。真正面から受けるのではない。落ちてくる力に角度を添え、そのまま地へ流し落とすように押さえつけた。剣と剣が噛み合った次の瞬間、グレンの刃は石床へ叩きつけられる。
轟音が弾けた。
接触点から炎が一気に迸り、床石が砕け、灼けた火の筋が蜘蛛の巣のように走る。熱風が巻き上がり、闘技場の砂を高くさらった。
「へぇ……!! やっぱり、防がれるよな!」
炎の向こうで、グレンは口元を吊り上げていた。押し切れなかったことに驚くどころか、それすら織り込み済みだと言わんばかりの顔だった。
「折り込み済みと?」
「へへ! どんだけアンタの戦いを見たと思ってんだ! アンタの動きは……!」
地に押さえつけられていた剣が、不意に唸りを上げた。
「わかるぜぇぇぇっ!!!!」
下から跳ね上がってきた力は、エレナの肉体で正面から押さえ込めるものではなかった。炎を纏った剣ごと、爆ぜるような反発が噴き上がる。エレンの身体が宙へ浮く。ほんのわずかだが、それで十分だった。
グレンはそこを逃さない。
刃から炎を噴き上げ、獣のような勢いで突っ込んでくる。浮いた相手へ追撃を叩き込む。分かりやすい。豪快で、それでいて判断は速い。
「大した威力だ。お前なら、あのグールもその火力で叩き斬れたかもな」
宙にありながら、エレンの声は妙に落ち着いていた。
次の瞬間、地面へ叩きつけられたのは――グレンの方だった。
「がはっ!?」
重い衝突音が響き、石床が鈍く震える。
「おおっと!? 何が起きたァ!?」
実況者の絶叫が、観客のざわめきに呑まれながらも響き渡る。誰の目にも、今の入れ替わりは一瞬だった。浮かされたはずのエレンが、気づけば何事もなかったように着地している。その足取りに乱れはない。
「な、なんだ……!? 今の……!」
グレンは上体を起こしながら目を見開いた。さっきまでの勢いは消えていない。だが、その瞳にははっきりと困惑が混じっている。
「理解できないようだな」
「あ、ああ! 腕を掴まれた……? んで、そのまま投げ飛ばされたような……」
言いながら、自分でも納得していない顔になる。
「でも、アンタとオレの出力は桁違いなはずだ……!」
エレンは答えない。
ただ、静かに剣先を下げ、立ち上がる相手を見ていた。
(……そこに至るのが、まず間違いだ)
質量は確かに劣る。筋力も、真正面の押し合いなら勝負にならない。だが、それはあくまで力と力をぶつけ合った場合の話だ。
(力比べを前提にしている限り、お前にはまだ見えん)
グレンが跳ね上げた剣。その勢いは強かった。だからこそ、エレンは抗わなかった。浮かされた瞬間に相手の前腕を取る。炎を纏った突進は速いが、速いぶんだけ重心は前へ流れる。そこへ自分の落下の勢いを重ね、相手の腕を支点に軸をずらす。押したのではない。崩れた体勢を、ほんの少しだけ先へ送ってやっただけだった。
結果として、突っ込んだ力はそのまま持ち主へ返る。
だから、グレンは自分の勢いで地に叩きつけられた。
単純な理屈だ。だが、真正面から叩き潰す戦いに慣れている者ほど、咄嗟には理解できない。
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