表示設定
表示設定
目次 目次




これが正解だった(本文)

ー/ー



 僕はいつだって最良の選択肢を選んできた。

 将来の可能性。成功する確率。仮に失敗したとしても、挽回の見込みがあるか。
 ありとあらゆることに考えを巡らせ、もっとも合理的な道を選び取る。
 考え抜いた末に選んだことだから、どのような結果になったとしても、失敗したと感じることはなかった。
 高校三年の冬、いきなり志望校を変えたのもそうだ。
 これまで目指してきた都心の大学ではなく、地方の国立大学が、僕にとっての最良の進学先だと気づいた。悩んだ末に出した結論を、担任の先生も両親も尊重してくれた。
 けれど、一つだけ予想していなかった出来事に見舞われた。
 志望校を変えたと告げた直後、僕は当時付き合っていた恋人――美紀に振られたのだ。
 幼馴染として一番近くで過ごしてきた美紀に、遠距離恋愛は現実的ではないと言われた。
 そして、離ればなれなんて耐えられない、勝手に決めるなんてひどい、と散々詰られた。予想もしなかった反応に戸惑ったのを覚えている。てっきり、「距離なんか関係ないよ」と言ってくれるものだと思っていたから。

 突きつけられた別れを引きずる間もなく、受験が始まり、僕たちはそれぞれ第一志望に合格した。
 地元を出て一人暮らしを始めて、美紀とはそれっきり会うことはなかった。
 数年経って地元の友人と数年ぶりに飲んだとき、相手は美紀の話を持ち出した。

「そういや……美紀ちゃんのこと、親御さんから聞いてる?」
「いや。どうかした?」
「……入院してるんだ。で、もうあまり長くないらしい」

 難病に冒され、余命幾ばくもないのだと。
 すぐに美紀の両親に連絡をして、病院の場所を教えてもらった。

「久しぶりだね」

 病室にいる美紀は、高校生の頃と変わらない笑顔で僕を出迎えた。
 それからは失くした時間を取り返すように、毎日病室に通った。面会時間ギリギリまで話をした。僕の心に決意の火が灯るまでに、そう長い時間はかからなかった。

「美紀、結婚しよう。僕と結婚してほしい」

 差し出された婚約指輪を見つめて、美紀は小さく息を呑む。

「あの日、別れたのを後悔してるんだ」
「私の病気のこと、聞いたでしょ?」

 僕は静かに頷く。すべて承知の上だ。

「大して長くもない人生に、あなたを巻き込みたくないの。残されるあなたがかわいそう」
「あの日……進学先を直前で変えたことは、今でも後悔してない。でも、美紀と別れたことは後悔してるんだ」

 一向に折れない僕に根負けしたのか、美紀は葛藤しながらもプロポーズを受け入れてくれた。

 結婚式も挙げて、家族や友人に祝福されて、幸せな新婚生活を送った。
 それでも、一度巣食った病魔は美紀を手放したりはしない。
 あっという間に衰弱し、何度か入退院を繰り返したあとに彼女は息を引き取った。
 告別式を終えても、まだ手続きなどで慌ただしい。そんなときに、美紀の母親が僕に一つの封筒を手渡した。

「遺書が、病室の引き出しから出てきたの」
「僕宛てに?」

 便箋には両親や友人に対する感謝と寂しさと、そして僕に対する恨み言が綴られていた。

『せっかく諦めがついたのに。いまさら希望を持ちたくなかった』
『あなたが現れたせいで、また、長く生きたいと思ってしまった』

 結婚自体を後悔しているとも取れる文に、彼女の両親はひどく心を痛めているようだった。

「あんまりだわ……こんなにいい旦那さんを恨むなんて……」
「美紀はそれほど追い詰められてたんだ。どうかあの子を責めないでくれ」

 二人は、残された僕に対して申し訳ないと涙している。
 若くして亡くなった妻。幼馴染であり、夫である僕の献身もむなしく、美紀は逝ってしまった。それを悲劇だと、皆が口を揃えて言う。
 果たしてそうだろうか?
 高校生の頃。遠距離恋愛は現実的でないと、別れを切り出した彼女のことを思い出す。
 確かあのときも、「離ればなれになるのは耐えられない」と君は言った。
 また悲劇のヒロインを気取って、憎まれ役に徹するつもりなのか。

「馬鹿だな。僕にとっては、これが正解だったんだよ」


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 僕はいつだって最良の選択肢を選んできた。
 将来の可能性。成功する確率。仮に失敗したとしても、挽回の見込みがあるか。
 ありとあらゆることに考えを巡らせ、もっとも合理的な道を選び取る。
 考え抜いた末に選んだことだから、どのような結果になったとしても、失敗したと感じることはなかった。
 高校三年の冬、いきなり志望校を変えたのもそうだ。
 これまで目指してきた都心の大学ではなく、地方の国立大学が、僕にとっての最良の進学先だと気づいた。悩んだ末に出した結論を、担任の先生も両親も尊重してくれた。
 けれど、一つだけ予想していなかった出来事に見舞われた。
 志望校を変えたと告げた直後、僕は当時付き合っていた恋人――美紀に振られたのだ。
 幼馴染として一番近くで過ごしてきた美紀に、遠距離恋愛は現実的ではないと言われた。
 そして、離ればなれなんて耐えられない、勝手に決めるなんてひどい、と散々詰られた。予想もしなかった反応に戸惑ったのを覚えている。てっきり、「距離なんか関係ないよ」と言ってくれるものだと思っていたから。
 突きつけられた別れを引きずる間もなく、受験が始まり、僕たちはそれぞれ第一志望に合格した。
 地元を出て一人暮らしを始めて、美紀とはそれっきり会うことはなかった。
 数年経って地元の友人と数年ぶりに飲んだとき、相手は美紀の話を持ち出した。
「そういや……美紀ちゃんのこと、親御さんから聞いてる?」
「いや。どうかした?」
「……入院してるんだ。で、もうあまり長くないらしい」
 難病に冒され、余命幾ばくもないのだと。
 すぐに美紀の両親に連絡をして、病院の場所を教えてもらった。
「久しぶりだね」
 病室にいる美紀は、高校生の頃と変わらない笑顔で僕を出迎えた。
 それからは失くした時間を取り返すように、毎日病室に通った。面会時間ギリギリまで話をした。僕の心に決意の火が灯るまでに、そう長い時間はかからなかった。
「美紀、結婚しよう。僕と結婚してほしい」
 差し出された婚約指輪を見つめて、美紀は小さく息を呑む。
「あの日、別れたのを後悔してるんだ」
「私の病気のこと、聞いたでしょ?」
 僕は静かに頷く。すべて承知の上だ。
「大して長くもない人生に、あなたを巻き込みたくないの。残されるあなたがかわいそう」
「あの日……進学先を直前で変えたことは、今でも後悔してない。でも、美紀と別れたことは後悔してるんだ」
 一向に折れない僕に根負けしたのか、美紀は葛藤しながらもプロポーズを受け入れてくれた。
 結婚式も挙げて、家族や友人に祝福されて、幸せな新婚生活を送った。
 それでも、一度巣食った病魔は美紀を手放したりはしない。
 あっという間に衰弱し、何度か入退院を繰り返したあとに彼女は息を引き取った。
 告別式を終えても、まだ手続きなどで慌ただしい。そんなときに、美紀の母親が僕に一つの封筒を手渡した。
「遺書が、病室の引き出しから出てきたの」
「僕宛てに?」
 便箋には両親や友人に対する感謝と寂しさと、そして僕に対する恨み言が綴られていた。
『せっかく諦めがついたのに。いまさら希望を持ちたくなかった』
『あなたが現れたせいで、また、長く生きたいと思ってしまった』
 結婚自体を後悔しているとも取れる文に、彼女の両親はひどく心を痛めているようだった。
「あんまりだわ……こんなにいい旦那さんを恨むなんて……」
「美紀はそれほど追い詰められてたんだ。どうかあの子を責めないでくれ」
 二人は、残された僕に対して申し訳ないと涙している。
 若くして亡くなった妻。幼馴染であり、夫である僕の献身もむなしく、美紀は逝ってしまった。それを悲劇だと、皆が口を揃えて言う。
 果たしてそうだろうか?
 高校生の頃。遠距離恋愛は現実的でないと、別れを切り出した彼女のことを思い出す。
 確かあのときも、「離ればなれになるのは耐えられない」と君は言った。
 また悲劇のヒロインを気取って、憎まれ役に徹するつもりなのか。
「馬鹿だな。僕にとっては、これが正解だったんだよ」