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エスカレーターで片側を空けずに立ち止まって乗ったらメッタ刺しにされました。

ー/ー



 俺の名は相原亮二。都内の会社に通う会社員だ。
 いつも乗り換えに使っているこの駅は、このあたりでも特に混むことで有名である。今朝も人であふれていた。

 殺伐としている空気の中、ホームに上がるためのエスカレーターへと歩く。
 人が多すぎる上に、構内の導線の設定もあまりよくないのか、やや強引に人ごみをかきわけて進む必要がある。
 女性の声で「ぶつかりおじさん●ねよ」と聞こえてきた。ただ、俺のことを言っているわけではないと思う。もし俺を指しているのであれば、ぶつかりイケオジと言うはずだから。

 昇りエスカレーターに到着。
 関東ということもあり、きれいに右側が空いている。
 俺はもちろん右側に乗り、立ち止まる。歩かない。
 横の貼り紙に書かれているエスカレーター利用時のルールを遵守。素晴らしいよね。うふふ。

 地下鉄から普通の鉄道への乗り換えなので、異様にエスカレーターが長い。
 右側には誰も乗っていなかったので、俺の前方は絶景だ。片側版モーセの十戒とも言うべきか。素敵だよね。うふふ。

「おい、邪魔だ」

 すぐ後ろからそんな声が聞こえてきたけど、どく筋合いはない。
 だってルールを守っているのは俺なのだから。
 だから、その場で堂々と後ろを向いて、見下ろせるのさ。

 回れ右をすると、いつの間にか、びっしり人がつっかえていた。壮観だね。
 今煽ってきたすぐ後ろの人は、サングラスをかけた痩せ型の中年男だった。

「てめぇどけや。この景色が見えないのか? みんな急いでるんだよ」

 そんなことも言ってきたが、だから何ですか? という感じ。
 あらためて見ると、みんなイライラを前面に押し出した顔をしていた。なぜか、急いでいないはずの左側の人々も俺を睨みつけている。
 面白いね。

「うふふ」

 つい、笑い声が出てしまった。顔も思いっきりニヤけていたと思う。
 すると、サングラスをかけた痩せ型の中年男が、ジャケットの内ポケットに手を入れた。
 出してきたのは……折り畳みナイフだった。
 それを開いて刃を光らせたかと思うと――。

「っ」

 俺の腹部めがけて刺してきた。痛い。
 痛いけど……俺はルールを守っている側だから、こんなことでへこたれない。

「ふふふ」

 うん。笑うと少し痛いけど、大丈夫さ。
 すると今度は、もう一人後ろの人――ブレザー姿なので学生さんだろうか――の腕が伸びてきた。

「邪魔だって言ってるだろ」
「ぅっ」

 同じように、俺を刺してきた。
 また腹部に痛み。
 見ると、折り畳みナイフよりも刀身が長い。これはサバイバルナイフだろうか? よく持っていたね、と感心する。

 でも、何のこれしきって感じかな。
 俺はどかないよ。これでどいたら、ルールを破る君が正しいことになってしまうからね。

「早くどきなさいよ!」
「ぐうっ」
「そこで止まるな! ワシは急いでるんだ!」
「うぐっ」

 今度は二回立て続けに、鳩尾に激痛が走った。
 おお、今度は槍だね。けっこう深く入っちゃったなあ。

 槍を持っていたのは、サバイバルナイフの学生さんの後ろにいたおばちゃんと、その後ろの中年太りのおじさんだ。
 槍は二セル三セルから攻撃できるからいいよね。それだけ後ろ側からだと、一セル武器しか持っていないとキャラが遊んじゃうもんね。

 ただ、槍で俺を動かすことはできないんじゃないかな。
 だって俺はルールを守っているんだもの。正義は強いよ。

 みんな相変わらず余裕のない顔で俺を見ているけど。
 そんなにわかりやすいと、やっぱり面白いなあ。

「ふふふふ。げぼっ」

 あ、また笑っちゃった。なんか温かいものが口から出たけど、大丈夫さ。
 だって俺は正しいんだから。どかないで楽しく立たせてもらうよ。

「おい、早く右側を空けろや」
「ぐあっ」
「迷惑だろ」
「あぐっ」

 さらに、両肩に激痛が走った。
 肩を見る。これは弓矢だ。長い矢が二本。見事に刺さっていた。
 槍で刺してきた中年太りのおじさんのさらに後ろにいたサラリーマンと学生が、長弓を持っているね。
 射程距離をよく理解した効果的な装備ができていて素晴らしいよ。
 位置がほぼ一直線なのに誤射を恐れず、上体を巧みに傾けて撃てたんだね。

 でも、残念ながら、俺はどかないよ。だってルールを守っているのは俺のほうだから。

「ふふふ……ふふ」

 ああ、また笑ってしまった。血の味が美味しい。

「おじさん、どけ!」
「――!」

 うわあ、すごい衝撃。
 右胸かな。かなりの激痛だ。これは……矢だけど、少し短いのかな?

 ……ああ、なるほど。
 さらに後ろにいる子供が、ボウガンを構えていた。
 さらに遠くなので、さらに射程の長い武器で攻撃。基本に忠実な武器のチョイスだから、あの子は今後伸びると思うよ。立派な大人になってね。

 でも残念。この場は俺がルールを守っていて正しいから。
 こんなことでは右側は空かないよ。

「すみません! 駅員です! 通してください!」

 そのとき、大きな声が……大きな声だよね? なんだか少しぼやけて聞こえるけど。まあいいや。

 おや?
 右側に立っていた……いや、立たざるを得なかった人たちが、左側の人に合体するように、無理に横にずれていく。
 できた右側のスペースを、制服姿の駅員が登ってきた。

「お客様、申し訳ございません。ホームに急病で倒れた方がいらっしゃるそうで、応援に行きますので通してください」

 もちろん答えは……ノー!

「お断りさ。エスカレーターは二列で、歩かない走らない。それが決まりだよ」
「緊急事態です! 通してください!」
「急いでいる人はエスカレーターじゃなくて階段……それがルールさ」

 この駅、階段がずいぶん遠いところにあるけど。
 文句は駅長にでも言ってね。

「うふふふふ……ごふっ」

 また笑いが隠せなかった。
 あ、血が勢いよく口から出ちゃって、駅員さんにかかってしまった。それはごめんね。
 笑いを隠すのって結構スキル必要だから、修業しないとなあ。

「通してって言ってるでしょうが!」

 ん、この人も武器を持ってるのかな? ポケットに手を入れたけど。
 あ――。

 バン!

「――っ!!」

 大きな音。ああ、なるほど。銃か。
 射程を考えたらもっと遠くからでも撃てるだろうけど、今のそちらの状況を考えたら最善のチョイスだったのかもしれないね。評価するよ。

 当たったのは頭、かな。痛い。痛いよ。
 頭、貫通したかも? でもそれより耳のほうが痛いかもね。音で。
 ああ、体が崩れそうだ。

 でも俺は負けないよ。手すりにつかまろう。
 それでこの駅員を体でブロックして――。
 君たちがどんなに頑張ろうが、ルールを守っているのは俺なのでね。

 明日も、右側に、立ち止まって乗るから。
 みんな、明日もよろしく頼むよ。



 相原亮二 享年三十八





-完-


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 俺の名は相原亮二。都内の会社に通う会社員だ。
 いつも乗り換えに使っているこの駅は、このあたりでも特に混むことで有名である。今朝も人であふれていた。
 殺伐としている空気の中、ホームに上がるためのエスカレーターへと歩く。
 人が多すぎる上に、構内の導線の設定もあまりよくないのか、やや強引に人ごみをかきわけて進む必要がある。
 女性の声で「ぶつかりおじさん●ねよ」と聞こえてきた。ただ、俺のことを言っているわけではないと思う。もし俺を指しているのであれば、ぶつかりイケオジと言うはずだから。
 昇りエスカレーターに到着。
 関東ということもあり、きれいに右側が空いている。
 俺はもちろん右側に乗り、立ち止まる。歩かない。
 横の貼り紙に書かれているエスカレーター利用時のルールを遵守。素晴らしいよね。うふふ。
 地下鉄から普通の鉄道への乗り換えなので、異様にエスカレーターが長い。
 右側には誰も乗っていなかったので、俺の前方は絶景だ。片側版モーセの十戒とも言うべきか。素敵だよね。うふふ。
「おい、邪魔だ」
 すぐ後ろからそんな声が聞こえてきたけど、どく筋合いはない。
 だってルールを守っているのは俺なのだから。
 だから、その場で堂々と後ろを向いて、見下ろせるのさ。
 回れ右をすると、いつの間にか、びっしり人がつっかえていた。壮観だね。
 今煽ってきたすぐ後ろの人は、サングラスをかけた痩せ型の中年男だった。
「てめぇどけや。この景色が見えないのか? みんな急いでるんだよ」
 そんなことも言ってきたが、だから何ですか? という感じ。
 あらためて見ると、みんなイライラを前面に押し出した顔をしていた。なぜか、急いでいないはずの左側の人々も俺を睨みつけている。
 面白いね。
「うふふ」
 つい、笑い声が出てしまった。顔も思いっきりニヤけていたと思う。
 すると、サングラスをかけた痩せ型の中年男が、ジャケットの内ポケットに手を入れた。
 出してきたのは……折り畳みナイフだった。
 それを開いて刃を光らせたかと思うと――。
「っ」
 俺の腹部めがけて刺してきた。痛い。
 痛いけど……俺はルールを守っている側だから、こんなことでへこたれない。
「ふふふ」
 うん。笑うと少し痛いけど、大丈夫さ。
 すると今度は、もう一人後ろの人――ブレザー姿なので学生さんだろうか――の腕が伸びてきた。
「邪魔だって言ってるだろ」
「ぅっ」
 同じように、俺を刺してきた。
 また腹部に痛み。
 見ると、折り畳みナイフよりも刀身が長い。これはサバイバルナイフだろうか? よく持っていたね、と感心する。
 でも、何のこれしきって感じかな。
 俺はどかないよ。これでどいたら、ルールを破る君が正しいことになってしまうからね。
「早くどきなさいよ!」
「ぐうっ」
「そこで止まるな! ワシは急いでるんだ!」
「うぐっ」
 今度は二回立て続けに、鳩尾に激痛が走った。
 おお、今度は槍だね。けっこう深く入っちゃったなあ。
 槍を持っていたのは、サバイバルナイフの学生さんの後ろにいたおばちゃんと、その後ろの中年太りのおじさんだ。
 槍は二セル三セルから攻撃できるからいいよね。それだけ後ろ側からだと、一セル武器しか持っていないとキャラが遊んじゃうもんね。
 ただ、槍で俺を動かすことはできないんじゃないかな。
 だって俺はルールを守っているんだもの。正義は強いよ。
 みんな相変わらず余裕のない顔で俺を見ているけど。
 そんなにわかりやすいと、やっぱり面白いなあ。
「ふふふふ。げぼっ」
 あ、また笑っちゃった。なんか温かいものが口から出たけど、大丈夫さ。
 だって俺は正しいんだから。どかないで楽しく立たせてもらうよ。
「おい、早く右側を空けろや」
「ぐあっ」
「迷惑だろ」
「あぐっ」
 さらに、両肩に激痛が走った。
 肩を見る。これは弓矢だ。長い矢が二本。見事に刺さっていた。
 槍で刺してきた中年太りのおじさんのさらに後ろにいたサラリーマンと学生が、長弓を持っているね。
 射程距離をよく理解した効果的な装備ができていて素晴らしいよ。
 位置がほぼ一直線なのに誤射を恐れず、上体を巧みに傾けて撃てたんだね。
 でも、残念ながら、俺はどかないよ。だってルールを守っているのは俺のほうだから。
「ふふふ……ふふ」
 ああ、また笑ってしまった。血の味が美味しい。
「おじさん、どけ!」
「――!」
 うわあ、すごい衝撃。
 右胸かな。かなりの激痛だ。これは……矢だけど、少し短いのかな?
 ……ああ、なるほど。
 さらに後ろにいる子供が、ボウガンを構えていた。
 さらに遠くなので、さらに射程の長い武器で攻撃。基本に忠実な武器のチョイスだから、あの子は今後伸びると思うよ。立派な大人になってね。
 でも残念。この場は俺がルールを守っていて正しいから。
 こんなことでは右側は空かないよ。
「すみません! 駅員です! 通してください!」
 そのとき、大きな声が……大きな声だよね? なんだか少しぼやけて聞こえるけど。まあいいや。
 おや?
 右側に立っていた……いや、立たざるを得なかった人たちが、左側の人に合体するように、無理に横にずれていく。
 できた右側のスペースを、制服姿の駅員が登ってきた。
「お客様、申し訳ございません。ホームに急病で倒れた方がいらっしゃるそうで、応援に行きますので通してください」
 もちろん答えは……ノー!
「お断りさ。エスカレーターは二列で、歩かない走らない。それが決まりだよ」
「緊急事態です! 通してください!」
「急いでいる人はエスカレーターじゃなくて階段……それがルールさ」
 この駅、階段がずいぶん遠いところにあるけど。
 文句は駅長にでも言ってね。
「うふふふふ……ごふっ」
 また笑いが隠せなかった。
 あ、血が勢いよく口から出ちゃって、駅員さんにかかってしまった。それはごめんね。
 笑いを隠すのって結構スキル必要だから、修業しないとなあ。
「通してって言ってるでしょうが!」
 ん、この人も武器を持ってるのかな? ポケットに手を入れたけど。
 あ――。
 バン!
「――っ!!」
 大きな音。ああ、なるほど。銃か。
 射程を考えたらもっと遠くからでも撃てるだろうけど、今のそちらの状況を考えたら最善のチョイスだったのかもしれないね。評価するよ。
 当たったのは頭、かな。痛い。痛いよ。
 頭、貫通したかも? でもそれより耳のほうが痛いかもね。音で。
 ああ、体が崩れそうだ。
 でも俺は負けないよ。手すりにつかまろう。
 それでこの駅員を体でブロックして――。
 君たちがどんなに頑張ろうが、ルールを守っているのは俺なのでね。
 明日も、右側に、立ち止まって乗るから。
 みんな、明日もよろしく頼むよ。
 相原亮二 享年三十八
-完-