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【7】③

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「あ、ごめん! 自分の親のこと悪く言われたら気分よくないよな、それはホントに──」
 慌てふためいた彼の姿が、涙の膜の向こうに霞んでようやく気づく。
 瑛璃の目の淵から溢れた雫が頬を伝っていた。
「ちが、ち、がうの。うれしい」
 どうにか出した声は聞き取れるかも怪しいものでしかない。
 目を泳がせた航が、無言で立ち上がり部屋を出て行った。
 いきなり泣き出した瑛璃を持て余したのか。それでも涙はあとからあとから湧いて出て来るようだ。
「これ!」
 廊下を走る足音が近づき、きちんと閉まっていなかったドアを開けて従兄が飛び込んで来た。
 差し出されたのは白いタオルだ。階下の洗面所まで取りに行ってくれたらしい。
「あ、りがと」
 ほぼ吐息だけで礼を述べ、タオルを受け取って目元に当てる。
「うちはさあ、なんだかんだ父さんも母さんもいい人っていうか。文句がないわけじゃないけどさ、怒られんのも結局は俺が悪い、ってわかってることばっかだし」
「この家、は。私、すごくいいお家だと思ってる。来なきゃなら、あ! お世話になるのがここで良かった、って今も感じてるわ」
 瑛璃の失言には触れることもなく、航は神妙な顔で言葉を繋いだ。
「そういう、なんていうかどうしようもない親がいるのは俺も知ってるんだ。……佐野、んちもお母さんもうだいぶ前に離婚して出てって、親父と小学生の弟の世話とか全部あいつがやってるんだって」
 佐野が。
 彼女にも何らかの、おそらくは家庭の事情があるのではないか、と彼女自身が口にしたことでそれとなく察してはいたけれど。
 きっと誰もが、外から簡単には窺い知れないものを抱えているということなのか。
「聞いた後なら、そういえばあいつ、って思い当たることいっぱいあってさ。なんか親父がその、結構ろくでもないっていうか。一応仕事は行ってて暴力はないみたいなんだけど、家のことは全部あいつに押し付けてるって。弟がまだ小学校上がる前から」
 だからあの親父は絶対あいつを離さないよ、無料のお手伝いさんみたいなもんだから家から出すわけない、と苦々しく話す彼。
 瑛璃には何も言えなかった。この場に相応しい言葉を持っていない。軽々しく言及できない、彼女の事情。
 もし自分なら、簡単に「わかるよ」と言われても嬉しくはないからだ。
「都会と違って人間関係も狭いからさ。中学のとき、近所の小母さんたちが井戸端会議でしゃべってんの聞いたんだ。そのときに、お母さんはもう再婚してて、あいつが家出して会いに行ったけど追い返されたらしいってのも」
 もし母が瑛璃を父の元に一人残して消えた世界線があったならば。
 弟は別として、彼女の立場はそのまま瑛璃のものだったかもしれない。……苦しい。
「瑛璃ちゃんがうちに来ることになった、って聞いたとき、全然いやとかじゃなくて『夏中ってすげえな〜』とは思ったんだ。父さんと母さんも『事情があるから』ってだけだったし」
「それは仕方ないよ。きっとママが口止めしたんだと思う。私にバレないように」
 伯父と伯母は確実に母から教えられていた筈だが、同時に「航には詳しいことは話さないで欲しい」と頼まれたに違いない。
 何も知らなくともあれだけ気遣ってくれた従兄のことだ。
 もしすべて承知ならもっと腫れ物に触るような対応になり、きっと瑛璃にも何かただならぬものが伝わってしまった気がする。


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「あ、ごめん! 自分の親のこと悪く言われたら気分よくないよな、それはホントに──」
 慌てふためいた彼の姿が、涙の膜の向こうに霞んでようやく気づく。
 瑛璃の目の淵から溢れた雫が頬を伝っていた。
「ちが、ち、がうの。うれしい」
 どうにか出した声は聞き取れるかも怪しいものでしかない。
 目を泳がせた航が、無言で立ち上がり部屋を出て行った。
 いきなり泣き出した瑛璃を持て余したのか。それでも涙はあとからあとから湧いて出て来るようだ。
「これ!」
 廊下を走る足音が近づき、きちんと閉まっていなかったドアを開けて従兄が飛び込んで来た。
 差し出されたのは白いタオルだ。階下の洗面所まで取りに行ってくれたらしい。
「あ、りがと」
 ほぼ吐息だけで礼を述べ、タオルを受け取って目元に当てる。
「うちはさあ、なんだかんだ父さんも母さんもいい人っていうか。文句がないわけじゃないけどさ、怒られんのも結局は俺が悪い、ってわかってることばっかだし」
「この家、は。私、すごくいいお家だと思ってる。来なきゃなら、あ! お世話になるのがここで良かった、って今も感じてるわ」
 瑛璃の失言には触れることもなく、航は神妙な顔で言葉を繋いだ。
「そういう、なんていうかどうしようもない親がいるのは俺も知ってるんだ。……佐野、んちもお母さんもうだいぶ前に離婚して出てって、親父と小学生の弟の世話とか全部あいつがやってるんだって」
 佐野が。
 彼女にも何らかの、おそらくは家庭の事情があるのではないか、と彼女自身が口にしたことでそれとなく察してはいたけれど。
 きっと誰もが、外から簡単には窺い知れないものを抱えているということなのか。
「聞いた後なら、そういえばあいつ、って思い当たることいっぱいあってさ。なんか親父がその、結構ろくでもないっていうか。一応仕事は行ってて暴力はないみたいなんだけど、家のことは全部あいつに押し付けてるって。弟がまだ小学校上がる前から」
 だからあの親父は絶対あいつを離さないよ、無料のお手伝いさんみたいなもんだから家から出すわけない、と苦々しく話す彼。
 瑛璃には何も言えなかった。この場に相応しい言葉を持っていない。軽々しく言及できない、彼女の事情。
 もし自分なら、簡単に「わかるよ」と言われても嬉しくはないからだ。
「都会と違って人間関係も狭いからさ。中学のとき、近所の小母さんたちが井戸端会議でしゃべってんの聞いたんだ。そのときに、お母さんはもう再婚してて、あいつが家出して会いに行ったけど追い返されたらしいってのも」
 もし母が瑛璃を父の元に一人残して消えた世界線があったならば。
 弟は別として、彼女の立場はそのまま瑛璃のものだったかもしれない。……苦しい。
「瑛璃ちゃんがうちに来ることになった、って聞いたとき、全然いやとかじゃなくて『夏中ってすげえな〜』とは思ったんだ。父さんと母さんも『事情があるから』ってだけだったし」
「それは仕方ないよ。きっとママが口止めしたんだと思う。私にバレないように」
 伯父と伯母は確実に母から教えられていた筈だが、同時に「航には詳しいことは話さないで欲しい」と頼まれたに違いない。
 何も知らなくともあれだけ気遣ってくれた従兄のことだ。
 もしすべて承知ならもっと腫れ物に触るような対応になり、きっと瑛璃にも何かただならぬものが伝わってしまった気がする。