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2話 光り照らされる場所で

ー/ー



 駅から離れた小道。準備中の看板を向けられた学生向けの定食屋に、おしゃれな外装をしたカフェ。
 その前を抜けて行くと視界に入ってくるのは、照明により照らされた大学名と四階立てのキャンパス。
 心まで暗く染まり、もう前が見えない。
 そんな私を、光りが差す所まで導いてくれた彼。
 そこは街で頻回に目にする、四角い建物。暗闇に光る安心感。ここは。

「……コンビニ? 駅前にもあったのに?」
「ここは、ベンチがあるんだよ。飯、食おうぜ」
 流星が指差す先には、私の友達と呼べるほど馴染みがある懐かしの木製ベンチが設置されてある。
 変わらないな、ここは。
 安堵感と、言語化出来ない感情が入り混じり、私の心はより分からないものへと変わっていく。
 
「私は、いらないから」
「ん? そっか? 俺は買ってくるから、逃げんなよ?」
「分かってるよ」
 一人ベンチに座ろうとする私に、「待て」と言わんばかりに手を伸ばしてきた。何かと思えば黒いズボンのポケットからハンカチを取り出し、でベンチの表面を丁寧に拭ってくれた。

 ドクン、と胸が鳴る。
 いや、彼はセラピストだから優しさも仕事のうち。
 離れていく背中を見つめながら、自身にそう言い聞かせる。身の程ぐらい、弁えているから。

 ベンチに背中を預けて夜空を見上げると、広がるのは煌めく星と大きな満月。駅前はネオンが多くて、その存在に気付かなかった。
 またこのベンチに座ることになるなんて、思いもしなかった。一人でおにぎりを食べていた、このベンチで。

「ん!」
「え?」
 流星に押し付けられたのは、蓋が開きお湯がたっぷり入ったカップラーメン。
「ま、食えねーなら、俺が食うから問題ねーけど」
 そう言う彼の右手にも、同様のカップラーメンの容器があり湯気が出ていた。
「二つ食いとか、ヨユーだし」
 隣のベンチに足を広げて座ったかと思えば割り箸を綺麗に割り、豪快にすすり上げる。

「え、深夜に? しかも、カレー味!」
「背徳の味なんだよ」
 そう言いながら、スープをゴクゴクと飲んでいく。

「あなた、普段からお客さんとこうゆうデートしているの?」
「まさか。ちゃんと綺麗めのレストランに決まってるだろ? あ、行きたいのか? じゃあ次は昼に会って」
「結構です」
 目力の強い彼から目を逸らし、私は誘われるまま俯いてしまう。空腹なんて感じなかったのに、スパイスの効いたカレーの香りが私の胃を刺激してくる。
 一口汁を啜れば、口の中で広がるカレー風味。渡されていた割り箸で、夢中で食べていた。

「んー! 美味しい!」
「だろ? 夜中のカップラーメンは最高なんだよ!」
 人が少ない静けさ。周囲の暗さから人目を気にしなくて良い安堵感。コンビニより差す明るい光りが、この場所を作ってくれているみたい。
 人目を気にして食べていた私は決して顔を上げることがなく、ここから見える空の広さを知ることなんてなかった。

「どうして、女風なんか頼んだ?」
 突然の問いに、買ってきてくれた三百五十ミリリットルのお茶を咳き込んでしまった。

 女風、つまり女性用風俗という意味だ。
 ただ一つ言いたいのは、最後までは絶対しない。大体のお店での決まりであり、だからこそ勇気を出せた。
 流星は私より二つ年上の二十七歳。ドS王子と呼ばれるほど口調は荒く、お店のナンバー2らしい。
「一夜の恋人」は店名通り、一夜を共に過ごすコンセプト。他の店は何時間とか泊まりとかを指定出来るらしいけど、ここは泊まりのみの仕様となっている。

「メールで言ってた通り、彼氏の浮気だって」
「ふーん」
 目を逸らす私を逃さないと言いたげな瞳で見つめてきて、思わずペットボトルの蓋を強く締めていた。
 一夜の恋人は、事務所経由での予約と、セラピストに直接予約が取れるのと二通りある。私は事務所に連絡した後にメルアドを教えてもらい、本人に連絡して予約を取った。同じ女性として、男性をレンタルするなんてどう思われるかと考えてしまった。

 食べ終わったカップを、当たり前のようにコンビニのゴミ箱に捨ててくれる。ベンチに戻ってきた流星は、あえて真ん中に置いて空けておいたペットボトルを私の膝上に置き、真ん中に座ってきた。
 距離が近い。私は少し体を引くが、彼はまた詰め寄ってくる。立ち上がろうとした瞬間、手を握られた。

「彼氏が居るのに、男慣れしてないな? ……他に理由、あるんだろ?」
「か、関係ないじゃない!」
 振り解こうとしても力強く、
空いた方の手を振り上げると、彼はその手もパシッと掴んできた。

「俺はセラピストだから関係あんだよ。莉奈のようなタイプは女風とか利用しない。よほどの理由だろ?」
 真っ直ぐに私に向ける視線に、私はまた目を逸らしてしまう。
 見透かされるのが。
 本当の理由を知られてしまいそうで。

「彼氏は本当に居たの! ……大学の時、だけど」
 目を逸らした先には、キャンパス付近に聳え立つ小山。暗闇でその影すら見えず、彼との思い出みたいに真っ暗だった。

「……じゃ。次、行くか?」
 聞いてきたくせに話を切った彼は、私の手を握ったまま歩き出す。
「え、またどこか行く気なの?」
「始まったばかりだろ?」
 光に照らされた場所から、再び闇の中へ。
 私は、彼という灯りを頼りに、また一歩を踏み出した。

 残り二時間五十分、空はまだ暗い。


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 その前を抜けて行くと視界に入ってくるのは、照明により照らされた大学名と四階立てのキャンパス。
 心まで暗く染まり、もう前が見えない。
 そんな私を、光りが差す所まで導いてくれた彼。
 そこは街で頻回に目にする、四角い建物。暗闇に光る安心感。ここは。
「……コンビニ? 駅前にもあったのに?」
「ここは、ベンチがあるんだよ。飯、食おうぜ」
 流星が指差す先には、私の友達と呼べるほど馴染みがある懐かしの木製ベンチが設置されてある。
 変わらないな、ここは。
 安堵感と、言語化出来ない感情が入り混じり、私の心はより分からないものへと変わっていく。
「私は、いらないから」
「ん? そっか? 俺は買ってくるから、逃げんなよ?」
「分かってるよ」
 一人ベンチに座ろうとする私に、「待て」と言わんばかりに手を伸ばしてきた。何かと思えば黒いズボンのポケットからハンカチを取り出し、でベンチの表面を丁寧に拭ってくれた。
 ドクン、と胸が鳴る。
 いや、彼はセラピストだから優しさも仕事のうち。
 離れていく背中を見つめながら、自身にそう言い聞かせる。身の程ぐらい、弁えているから。
 ベンチに背中を預けて夜空を見上げると、広がるのは煌めく星と大きな満月。駅前はネオンが多くて、その存在に気付かなかった。
 またこのベンチに座ることになるなんて、思いもしなかった。一人でおにぎりを食べていた、このベンチで。
「ん!」
「え?」
 流星に押し付けられたのは、蓋が開きお湯がたっぷり入ったカップラーメン。
「ま、食えねーなら、俺が食うから問題ねーけど」
 そう言う彼の右手にも、同様のカップラーメンの容器があり湯気が出ていた。
「二つ食いとか、ヨユーだし」
 隣のベンチに足を広げて座ったかと思えば割り箸を綺麗に割り、豪快にすすり上げる。
「え、深夜に? しかも、カレー味!」
「背徳の味なんだよ」
 そう言いながら、スープをゴクゴクと飲んでいく。
「あなた、普段からお客さんとこうゆうデートしているの?」
「まさか。ちゃんと綺麗めのレストランに決まってるだろ? あ、行きたいのか? じゃあ次は昼に会って」
「結構です」
 目力の強い彼から目を逸らし、私は誘われるまま俯いてしまう。空腹なんて感じなかったのに、スパイスの効いたカレーの香りが私の胃を刺激してくる。
 一口汁を啜れば、口の中で広がるカレー風味。渡されていた割り箸で、夢中で食べていた。
「んー! 美味しい!」
「だろ? 夜中のカップラーメンは最高なんだよ!」
 人が少ない静けさ。周囲の暗さから人目を気にしなくて良い安堵感。コンビニより差す明るい光りが、この場所を作ってくれているみたい。
 人目を気にして食べていた私は決して顔を上げることがなく、ここから見える空の広さを知ることなんてなかった。
「どうして、女風なんか頼んだ?」
 突然の問いに、買ってきてくれた三百五十ミリリットルのお茶を咳き込んでしまった。
 女風、つまり女性用風俗という意味だ。
 ただ一つ言いたいのは、最後までは絶対しない。大体のお店での決まりであり、だからこそ勇気を出せた。
 流星は私より二つ年上の二十七歳。ドS王子と呼ばれるほど口調は荒く、お店のナンバー2らしい。
「一夜の恋人」は店名通り、一夜を共に過ごすコンセプト。他の店は何時間とか泊まりとかを指定出来るらしいけど、ここは泊まりのみの仕様となっている。
「メールで言ってた通り、彼氏の浮気だって」
「ふーん」
 目を逸らす私を逃さないと言いたげな瞳で見つめてきて、思わずペットボトルの蓋を強く締めていた。
 一夜の恋人は、事務所経由での予約と、セラピストに直接予約が取れるのと二通りある。私は事務所に連絡した後にメルアドを教えてもらい、本人に連絡して予約を取った。同じ女性として、男性をレンタルするなんてどう思われるかと考えてしまった。
 食べ終わったカップを、当たり前のようにコンビニのゴミ箱に捨ててくれる。ベンチに戻ってきた流星は、あえて真ん中に置いて空けておいたペットボトルを私の膝上に置き、真ん中に座ってきた。
 距離が近い。私は少し体を引くが、彼はまた詰め寄ってくる。立ち上がろうとした瞬間、手を握られた。
「彼氏が居るのに、男慣れしてないな? ……他に理由、あるんだろ?」
「か、関係ないじゃない!」
 振り解こうとしても力強く、
空いた方の手を振り上げると、彼はその手もパシッと掴んできた。
「俺はセラピストだから関係あんだよ。莉奈のようなタイプは女風とか利用しない。よほどの理由だろ?」
 真っ直ぐに私に向ける視線に、私はまた目を逸らしてしまう。
 見透かされるのが。
 本当の理由を知られてしまいそうで。
「彼氏は本当に居たの! ……大学の時、だけど」
 目を逸らした先には、キャンパス付近に聳え立つ小山。暗闇でその影すら見えず、彼との思い出みたいに真っ暗だった。
「……じゃ。次、行くか?」
 聞いてきたくせに話を切った彼は、私の手を握ったまま歩き出す。
「え、またどこか行く気なの?」
「始まったばかりだろ?」
 光に照らされた場所から、再び闇の中へ。
 私は、彼という灯りを頼りに、また一歩を踏み出した。
 残り二時間五十分、空はまだ暗い。