第7話 木の精

ー/ー




ゴミ出しの帰り道で安里さんと鉢合わせた。

「蒼くん、最近顔色いいね」
「そうですか」
「来た時と違う。来た時はなんか、空回りしてる感じがしたよ」
「空回り?」
「行き先は決めてるのに、まだ着いてない、みたいな顔さ」

安里さんが笑顔で首のタオルを直した。「今はそれがない」蒼は何も言えなかったが、安里さんは「じゃあね」と歩いていった。
そんな蒼が部屋に戻って最初の異変に気づいたのはミカだった。

「蒼さん」

台所の方から、ミカの声がした。いつもの報告口調だったが、わずかに——本当にわずかに——普段と違うトーンが混じっていた。

「どうしたミカ?」
「木の精が台所に紛れ込んできました」
(木の精?)

ミカの言葉に蒼はソファから立ち上がり台所に向かうと、ミカが冷蔵庫の前で仁王立ちしていた。
開いたドアの隙間から、ぼわっ、と赤いものが三つ、冷蔵庫の中を覗き込んでいた。
言いながら、蒼は自分が少し驚いていないことに気づいた。マジムンの類だろうとは思った。でも怖くなかった。むしろ、可愛い、と思った。赤い毛玉が三つ、冷蔵庫に頭を突っ込んでいる。足だけぷらぷらしている。どう見ても可愛かった。三日前の自分なら悲鳴を上げていた。今は「なんだあれ」で済んでいる。認めたくないが……少し、慣れてきたのかもしれない。

「……なんだあれ」

「木の精です」ミカの口調は平坦だった。「台所への侵入は許可していません」
ミカの声に反応して、三つの毛玉が一斉に冷蔵庫から頭を引き抜いた。
くるっ、と振り向いたそれに目が合った。
どこで目が合ったのかは分からなかった。でも確かに目が合った。

沈黙。三つの毛玉が、同時に跳ねた。

ぴょん。

蒼の方に向かって、ぴょんぴょん跳ねてきた。一体ずつ少し間隔をあけて、ぴょん、ぴょん、ぴょん、と跳ねてくる。方向転換が苦手らしく、一直線に向かってきた。
「ちょっ、待て待て待て!」
蒼が後退りした。毛玉たちは止まらなかった。蒼の足元まで来て、ぴょん、と跳び上がった。

一体が膝に着地した。
一体が胸に着地した。
一体が頭に着地した。

「……」

蒼は動けなかった。何故か毛玉を落とさないようにと両手をバランスよく広げて止めている恰好になっていた。そんな蒼にお構いなしに膝の毛玉がキュルキュル鳴いた。胸の毛玉もキュルル……鳴いた。頭の毛玉もキュロロと鳴いた。
三体で合唱し始めた。

「ナビ!助けてくれ!」

蒼の叫びにリビングからナビが駆けてきた。台所の入口で……頭と胸と膝に赤い毛玉をくっつけて動けない蒼を見た瞬間。
笑った。
声を出して笑っていた。珍しかった。

「笑うな!これ何だ!」
「キジムナー」笑いは収まっていなかった。「木の精だよ」
「木の精がなんで俺の冷蔵庫を——」
「匂いにつられてきたんじゃないかな」ナビの視線が毛玉たちに向いた。「昨日、大家さんから魚もらってたでしょ」
「……もらったけど」
「キジムナーは魚が好きだから」

頭の上の毛玉がキュルキュル鳴いた。反応が早かった。魚という単語を聞き取ったらしい。

「魚が好きで冷蔵庫を物色しに来たのか」
「たぶん近くのガジュマルから来たんだと思う」ナビの口ぶりは気軽だった。
「アパートの裏にあるやつ」
「あのガジュマルから?」
「キジムナーはガジュマルに住んでるから。昨日の魚の匂いが届いたんじゃない?」

蒼は頭の上の毛玉を見ようとした。見えなかった。頭の上にいるので見えなかった。でも重さがあった。あるような、ないような、不思議な重さだった。

「取り合えず……俺の頭から降りてくれないか」

キュルキュル。
降りないキジムナーにミカが一歩前に出た。

「台所からは出ていってもらいます」

三体のキジムナーがミカを見た。ミカを見て、それから蒼を見た。それから冷蔵庫を見た。
冷蔵庫を見た時だけ毛並みが少し動いた。かなり名残惜しそうだった。

「魚は渡しません」ミカの声に迷いはなかった。「ここは台所です。私の管轄です」

キュルル……と三体が鳴いた。
落ち込んだ鳴き方だった。

「しょうがないだろ」蒼は頭の上に向かって口を開いた。「冷蔵庫は勝手に開けるな。っていうか家に入ってくるな」

キュキュキュ、と鳴いた。

「怒るな」
「蒼さん」ミカの声が飛んできた。
「なんだ」
「懐かれています」
「……分かってる」
「台所には入れないでください」
「努力する」
「努力では困ります」ミカは一歩も引かなかった。

結局、三体は台所からは出ていった。
でも部屋からは出なかった。
リビングに移動して、三体並んでぴょんぴょん跳ねていた。蒼のことを目で追っていた。蒼が動くと、三体も動いた。

「なんでついてくるんだ」
「気に入ったんじゃない?」ナビはあっけらかんとしていた。「キジムナーは気に入った人間には懐くから」
「懐くって、こんな感じで?」
「こんな感じで」
「……迷惑だ」
「そう思ってないでしょ」

図星だったが認めなかった。
蒼がソファに座ると、三体がぴょんぴょん跳ねて近づいてきた。膝に一体乗ってきた。キュルキュル鳴いた。毛並みが思ったより密度があった。触ると少し温かかった。

「……ガジュマルに帰らなくていいのか」

キュル。キュロロ。キュキュキュ。

相槌のような鳴き方だった。

「帰る気ないな」
キュルキュル。キュロロロ……。キュキュ……。
「夕方には帰るよ、たぶん」ナビが隣に腰を下ろした。
「たぶん?」
「気分次第だから」
蒼は膝の上の毛玉を見た。毛玉がキュルキュル鳴いた。
「名前はあるのか」
「ない」あっさりした答えだった。「キジムナーはそういうもの」
「全員同じ見た目で、名前もないのか」
「そう。区別がつかないさぁ」

蒼は三体をまじまじと見た。全員確かに同じ見た目だった。同じ大きさ、同じ赤さ、同じふわふわ具合。でもよく見ると毛並みの向きが微妙に違った。一体はやや長毛で毛並みが右向き、一体が一際フワフワ髪質で左向き、一体がガジュマルの葉が付いた毬栗のように短毛な上向きだった。

「とりあえず魚の目玉以外は食べるなよ」

三体が一斉にキュルキュル、キュロロロ、キュキュキュと鳴いた。

蒼の答えに三体は嬉しそうな鳴き方だった。

「おいおい……目玉はあげると言ってない」

キュルキュル。
「聞いてるか?」
キュルキュル。
聞いていなかった。

* * *

夕飯の時間になった。
蒼が冷蔵庫を開けると、昨日大家の安里さんからもらった魚があった。真鯛が1尾。今日食べるつもりだった。
キジムナーたちが台所の入口で待機し始めた。ミカに入室を阻まれているので、入口から首だけ突き出して冷蔵庫の方を見ていた。

「入ってくるなよ」

キュルル……。

「切ない鳴き方をするな」

蒼は真鯛を捌いた。頭を切り落とした。目玉のついた頭がまな板の上に乗った。
キジムナーたちの毛並みが一斉に逆立った。

「……目玉か」

キュルキュルキュルキュル。
過去最高音量だった。床で3匹ぴょんぴょん跳ねている。
蒼は頭の部分を小皿に乗せた。台所の入口に置くと三体が一斉に跳び込んできた。
「台所に——」ミカの声が上がりかけた。
三体がものすごい速さで目玉だけ食べて、ぴょんぴょん跳ねて台所から出ていった。滞在時間5秒だった。
「……素早いですね」感情の乗らない声だったが、なんとなく呆れているように聞こえた。
リビングに戻ったキジムナーたちがキュルキュル鳴いていた。満足そうな鳴き方だった。

「毎日来るようになるね、これ」ナビは何故か嬉しそうだった。
「分かってた」

蒼はため息を付きながら苦笑した。
夜になると、三体は窓から出ていった。ぴょんぴょんと窓枠を跳んで、外に出て、闇の中に消えた。
消える前に、一体だけ振り返った。
キュル、と鳴いた。

「また来るなよ」

キュルキュル。

「来るなって言ってる」
「また来るって言ってるよ」ナビが訳した。
「同じに聞こえるんだが」
「全然違う」

蒼は窓を閉めた。
アパートの裏のガジュマルが、夜風に揺れていた。葉の音がした。

「あのガジュマルにいるのか」
「たぶん」
「ずっとあそこにいたのか」
「ガジュマルがある限り、たぶん」

蒼はしばらくガジュマルを見ていた。
引っ越してきた時から、あのガジュマルはそこにあった。特に気にしたことはなかった。ただの木だと思っていた。

「沖縄って、どこにでもいるんだな。こういうの」
「いるよ」当然のことのような口ぶりだった。「ずっと前からいる。人間が気づいてないだけで」

蒼は窓から離れた。膝の上に、まだキジムナーの毛並みの温かさが残っていた気がした。

「明日、魚の目玉だけ取っておくか」

隣でナビがキュッキュッキュと笑った。キジムナーと同じ笑い方だった。

「なんでお前が笑うんだ」
「だってーー」
「だって、じゃない」
「まーさぬそうだから」
「なんでだよ……」

蒼はため息をついた。
「明日の夕飯の献立を教えていただければ目玉の確保を検討します」ミカの提案は真面目な顔をしていた。

「神界に目玉確保の報告はしなくていい」
「します」
「……頼む、やめてくれ」
ガジュマルの葉の音がまだ穏やかに流れていた。


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ゴミ出しの帰り道で安里さんと鉢合わせた。
「蒼くん、最近顔色いいね」
「そうですか」
「来た時と違う。来た時はなんか、空回りしてる感じがしたよ」
「空回り?」
「行き先は決めてるのに、まだ着いてない、みたいな顔さ」
安里さんが笑顔で首のタオルを直した。「今はそれがない」蒼は何も言えなかったが、安里さんは「じゃあね」と歩いていった。
そんな蒼が部屋に戻って最初の異変に気づいたのはミカだった。
「蒼さん」
台所の方から、ミカの声がした。いつもの報告口調だったが、わずかに——本当にわずかに——普段と違うトーンが混じっていた。
「どうしたミカ?」
「木の精が台所に紛れ込んできました」
(木の精?)
ミカの言葉に蒼はソファから立ち上がり台所に向かうと、ミカが冷蔵庫の前で仁王立ちしていた。
開いたドアの隙間から、ぼわっ、と赤いものが三つ、冷蔵庫の中を覗き込んでいた。
言いながら、蒼は自分が少し驚いていないことに気づいた。マジムンの類だろうとは思った。でも怖くなかった。むしろ、可愛い、と思った。赤い毛玉が三つ、冷蔵庫に頭を突っ込んでいる。足だけぷらぷらしている。どう見ても可愛かった。三日前の自分なら悲鳴を上げていた。今は「なんだあれ」で済んでいる。認めたくないが……少し、慣れてきたのかもしれない。
「……なんだあれ」
「木の精です」ミカの口調は平坦だった。「台所への侵入は許可していません」
ミカの声に反応して、三つの毛玉が一斉に冷蔵庫から頭を引き抜いた。
くるっ、と振り向いたそれに目が合った。
どこで目が合ったのかは分からなかった。でも確かに目が合った。
沈黙。三つの毛玉が、同時に跳ねた。
ぴょん。
蒼の方に向かって、ぴょんぴょん跳ねてきた。一体ずつ少し間隔をあけて、ぴょん、ぴょん、ぴょん、と跳ねてくる。方向転換が苦手らしく、一直線に向かってきた。
「ちょっ、待て待て待て!」
蒼が後退りした。毛玉たちは止まらなかった。蒼の足元まで来て、ぴょん、と跳び上がった。
一体が膝に着地した。
一体が胸に着地した。
一体が頭に着地した。
「……」
蒼は動けなかった。何故か毛玉を落とさないようにと両手をバランスよく広げて止めている恰好になっていた。そんな蒼にお構いなしに膝の毛玉がキュルキュル鳴いた。胸の毛玉もキュルル……鳴いた。頭の毛玉もキュロロと鳴いた。
三体で合唱し始めた。
「ナビ!助けてくれ!」
蒼の叫びにリビングからナビが駆けてきた。台所の入口で……頭と胸と膝に赤い毛玉をくっつけて動けない蒼を見た瞬間。
笑った。
声を出して笑っていた。珍しかった。
「笑うな!これ何だ!」
「キジムナー」笑いは収まっていなかった。「木の精だよ」
「木の精がなんで俺の冷蔵庫を——」
「匂いにつられてきたんじゃないかな」ナビの視線が毛玉たちに向いた。「昨日、大家さんから魚もらってたでしょ」
「……もらったけど」
「キジムナーは魚が好きだから」
頭の上の毛玉がキュルキュル鳴いた。反応が早かった。魚という単語を聞き取ったらしい。
「魚が好きで冷蔵庫を物色しに来たのか」
「たぶん近くのガジュマルから来たんだと思う」ナビの口ぶりは気軽だった。
「アパートの裏にあるやつ」
「あのガジュマルから?」
「キジムナーはガジュマルに住んでるから。昨日の魚の匂いが届いたんじゃない?」
蒼は頭の上の毛玉を見ようとした。見えなかった。頭の上にいるので見えなかった。でも重さがあった。あるような、ないような、不思議な重さだった。
「取り合えず……俺の頭から降りてくれないか」
キュルキュル。
降りないキジムナーにミカが一歩前に出た。
「台所からは出ていってもらいます」
三体のキジムナーがミカを見た。ミカを見て、それから蒼を見た。それから冷蔵庫を見た。
冷蔵庫を見た時だけ毛並みが少し動いた。かなり名残惜しそうだった。
「魚は渡しません」ミカの声に迷いはなかった。「ここは台所です。私の管轄です」
キュルル……と三体が鳴いた。
落ち込んだ鳴き方だった。
「しょうがないだろ」蒼は頭の上に向かって口を開いた。「冷蔵庫は勝手に開けるな。っていうか家に入ってくるな」
キュキュキュ、と鳴いた。
「怒るな」
「蒼さん」ミカの声が飛んできた。
「なんだ」
「懐かれています」
「……分かってる」
「台所には入れないでください」
「努力する」
「努力では困ります」ミカは一歩も引かなかった。
結局、三体は台所からは出ていった。
でも部屋からは出なかった。
リビングに移動して、三体並んでぴょんぴょん跳ねていた。蒼のことを目で追っていた。蒼が動くと、三体も動いた。
「なんでついてくるんだ」
「気に入ったんじゃない?」ナビはあっけらかんとしていた。「キジムナーは気に入った人間には懐くから」
「懐くって、こんな感じで?」
「こんな感じで」
「……迷惑だ」
「そう思ってないでしょ」
図星だったが認めなかった。
蒼がソファに座ると、三体がぴょんぴょん跳ねて近づいてきた。膝に一体乗ってきた。キュルキュル鳴いた。毛並みが思ったより密度があった。触ると少し温かかった。
「……ガジュマルに帰らなくていいのか」
キュル。キュロロ。キュキュキュ。
相槌のような鳴き方だった。
「帰る気ないな」
キュルキュル。キュロロロ……。キュキュ……。
「夕方には帰るよ、たぶん」ナビが隣に腰を下ろした。
「たぶん?」
「気分次第だから」
蒼は膝の上の毛玉を見た。毛玉がキュルキュル鳴いた。
「名前はあるのか」
「ない」あっさりした答えだった。「キジムナーはそういうもの」
「全員同じ見た目で、名前もないのか」
「そう。区別がつかないさぁ」
蒼は三体をまじまじと見た。全員確かに同じ見た目だった。同じ大きさ、同じ赤さ、同じふわふわ具合。でもよく見ると毛並みの向きが微妙に違った。一体はやや長毛で毛並みが右向き、一体が一際フワフワ髪質で左向き、一体がガジュマルの葉が付いた毬栗のように短毛な上向きだった。
「とりあえず魚の目玉以外は食べるなよ」
三体が一斉にキュルキュル、キュロロロ、キュキュキュと鳴いた。
蒼の答えに三体は嬉しそうな鳴き方だった。
「おいおい……目玉はあげると言ってない」
キュルキュル。
「聞いてるか?」
キュルキュル。
聞いていなかった。
* * *
夕飯の時間になった。
蒼が冷蔵庫を開けると、昨日大家の安里さんからもらった魚があった。真鯛が1尾。今日食べるつもりだった。
キジムナーたちが台所の入口で待機し始めた。ミカに入室を阻まれているので、入口から首だけ突き出して冷蔵庫の方を見ていた。
「入ってくるなよ」
キュルル……。
「切ない鳴き方をするな」
蒼は真鯛を捌いた。頭を切り落とした。目玉のついた頭がまな板の上に乗った。
キジムナーたちの毛並みが一斉に逆立った。
「……目玉か」
キュルキュルキュルキュル。
過去最高音量だった。床で3匹ぴょんぴょん跳ねている。
蒼は頭の部分を小皿に乗せた。台所の入口に置くと三体が一斉に跳び込んできた。
「台所に——」ミカの声が上がりかけた。
三体がものすごい速さで目玉だけ食べて、ぴょんぴょん跳ねて台所から出ていった。滞在時間5秒だった。
「……素早いですね」感情の乗らない声だったが、なんとなく呆れているように聞こえた。
リビングに戻ったキジムナーたちがキュルキュル鳴いていた。満足そうな鳴き方だった。
「毎日来るようになるね、これ」ナビは何故か嬉しそうだった。
「分かってた」
蒼はため息を付きながら苦笑した。
夜になると、三体は窓から出ていった。ぴょんぴょんと窓枠を跳んで、外に出て、闇の中に消えた。
消える前に、一体だけ振り返った。
キュル、と鳴いた。
「また来るなよ」
キュルキュル。
「来るなって言ってる」
「また来るって言ってるよ」ナビが訳した。
「同じに聞こえるんだが」
「全然違う」
蒼は窓を閉めた。
アパートの裏のガジュマルが、夜風に揺れていた。葉の音がした。
「あのガジュマルにいるのか」
「たぶん」
「ずっとあそこにいたのか」
「ガジュマルがある限り、たぶん」
蒼はしばらくガジュマルを見ていた。
引っ越してきた時から、あのガジュマルはそこにあった。特に気にしたことはなかった。ただの木だと思っていた。
「沖縄って、どこにでもいるんだな。こういうの」
「いるよ」当然のことのような口ぶりだった。「ずっと前からいる。人間が気づいてないだけで」
蒼は窓から離れた。膝の上に、まだキジムナーの毛並みの温かさが残っていた気がした。
「明日、魚の目玉だけ取っておくか」
隣でナビがキュッキュッキュと笑った。キジムナーと同じ笑い方だった。
「なんでお前が笑うんだ」
「だってーー」
「だって、じゃない」
「まーさぬそうだから」
「なんでだよ……」
蒼はため息をついた。
「明日の夕飯の献立を教えていただければ目玉の確保を検討します」ミカの提案は真面目な顔をしていた。
「神界に目玉確保の報告はしなくていい」
「します」
「……頼む、やめてくれ」
ガジュマルの葉の音がまだ穏やかに流れていた。