【5】①
ー/ー「航ぅ! 何やってんのー!?」
航と二人、いつもの浜で遊んでいるときに掛けられた声。
振り向くと、自転車に跨った白い半袖ブラウスに紺のボックスプリーツスカートの制服の高校生風の少女だった。少し癖のある黒髪をショートカットにしている。
色合いがあの写真の航と同じだ。つまり同じ高校の制服ということかもしれない。
「佐野。何ってお前、これが潮干狩りでもしてるように見えんのかよ」
「そうじゃなくて! 誰? 旅行で来た人?」
大きなバッグを肩から掛けた彼女が、自転車を道端に停めて一直線に砂の上を駆けて来た。
「従妹! あと、それ本人目の前にして訊く事か!? 相変わらず雑だよな」
「あ、従妹来るって言ってたっけ? でももっと小さい子かと思ってたからさあ。年下って聞いたよ」
佐野と呼ばれた彼女は、従兄の苦言など完全に聞き流して何食わぬ顔で話を繋ぐ。
「年下だよ。高一」
どこかうんざりしたような、……けれど航は本気で嫌がっている感じもしなかった。同級生だろうか?
「あ、あの! 航く、んの従妹の浅香 瑛璃です」
テンポのいい掛け合いに口を挟めないでいたのだが、瑛璃はふと我に返って従兄の友人らしい少女に挨拶する。
「こんにちは。あたし佐野 めぐみですー。航とは同い年で、幼稚園から高校までずっと一緒なの」
やはりそうなのだ。これほど親しそうなのだから。どこか棒読みに聞こえるのは、やはりこの町では瑛璃は「余所者」だからだろうか。
「お前制服で学校行ってたのか? 部活?」
「うん。バレー部は夏休み中も登下校は制服って決まってんの。いや、他の部も全部そうじゃない? いいよね、男バス練習着のままって自由でさあ。弱いから?」
「あーはいはい。そうだよ。弱いから厳しくしたら部員集まんねえの」
瑛璃にはわからない会話に、一歩下がって海に目をやった。
ここは航の生まれ育った町で、小さい頃からの知り合いがいるのなど当然ではないか。
「じゃあな! もう帰れよ」
航に追い払われるようにして、不満そうにしながらも彼女はふいと背中を向けて道路の自転車の方へと歩き出した。
「東京から従妹が来るって聞いてさ、田舎を見下すような子じゃないといいなと思ってたんだ」
従妹がいるのは知ってたけど、会ったこともないしどういう子かわからないじゃん? と航がようやく聞こえるような小声で話す。
先程の佐野とのやり取りからの流れだろうか。「一時的に訪れては去っていく人々」に対する言い分は、地元の彼らにあって当然かも知れない。
「そんなこと──」
「あ、そう思ったけど違ったなって! だから言ったんだ」
咄嗟に否定しようとした瑛璃に彼も早口になった。
「最初、……最初はさ、『遠くから来てくれるんだから、初めて会う従妹だしなんとか上手くやんないと』って気負ってたよ。それは悪いけどホント」
知っている。聞いてしまったから。
けれど、今は違うというのならそれを信じたい。
航と過ごした長くはない時間の中で、彼の人となりもある程度までは把握できているつもりでいた。
これが彼の本音なのは確実だ。それ以外にわざわざ都合の悪いことを瑛璃に暴露する意味も必要もないからだ。
航はおそらく、瑛璃へのそういう初期の感情を悔いているのだろう。口を拭っていればそれで済むのに。
それだけこの従兄の言動は疑いなど抱く余地もないものだった。
「なんか俺も偏見持ってたよな」
目を伏せる彼の素直な気持ちに応えたい。
「すごくいいところ。来て良かったよ。伯父さんも伯母さんも、……航くんもいい人で嬉しい」
瑛璃が伯父の家の人たちにとって、押し付けられた邪魔者だという自覚くらいは今も変わらずあった。甘え過ぎてはいけない、と自戒してはいても心地いい。
「俺もよかった! あのさ、他にもどこか行きたいとこあったら考えといて。いや、都会から来た人連れて行ける観光地なんてないけど。遊びに来る人はだいたい海目当てだし。でも『東京にはない』ものはたぶんいっぱいあるから」
ありがとう、と視線を合わせて告げた瑛璃に、航は右手を額に当てて照れたように笑った。
航と二人、いつもの浜で遊んでいるときに掛けられた声。
振り向くと、自転車に跨った白い半袖ブラウスに紺のボックスプリーツスカートの制服の高校生風の少女だった。少し癖のある黒髪をショートカットにしている。
色合いがあの写真の航と同じだ。つまり同じ高校の制服ということかもしれない。
「佐野。何ってお前、これが潮干狩りでもしてるように見えんのかよ」
「そうじゃなくて! 誰? 旅行で来た人?」
大きなバッグを肩から掛けた彼女が、自転車を道端に停めて一直線に砂の上を駆けて来た。
「従妹! あと、それ本人目の前にして訊く事か!? 相変わらず雑だよな」
「あ、従妹来るって言ってたっけ? でももっと小さい子かと思ってたからさあ。年下って聞いたよ」
佐野と呼ばれた彼女は、従兄の苦言など完全に聞き流して何食わぬ顔で話を繋ぐ。
「年下だよ。高一」
どこかうんざりしたような、……けれど航は本気で嫌がっている感じもしなかった。同級生だろうか?
「あ、あの! 航く、んの従妹の浅香 瑛璃です」
テンポのいい掛け合いに口を挟めないでいたのだが、瑛璃はふと我に返って従兄の友人らしい少女に挨拶する。
「こんにちは。あたし佐野 めぐみですー。航とは同い年で、幼稚園から高校までずっと一緒なの」
やはりそうなのだ。これほど親しそうなのだから。どこか棒読みに聞こえるのは、やはりこの町では瑛璃は「余所者」だからだろうか。
「お前制服で学校行ってたのか? 部活?」
「うん。バレー部は夏休み中も登下校は制服って決まってんの。いや、他の部も全部そうじゃない? いいよね、男バス練習着のままって自由でさあ。弱いから?」
「あーはいはい。そうだよ。弱いから厳しくしたら部員集まんねえの」
瑛璃にはわからない会話に、一歩下がって海に目をやった。
ここは航の生まれ育った町で、小さい頃からの知り合いがいるのなど当然ではないか。
「じゃあな! もう帰れよ」
航に追い払われるようにして、不満そうにしながらも彼女はふいと背中を向けて道路の自転車の方へと歩き出した。
「東京から従妹が来るって聞いてさ、田舎を見下すような子じゃないといいなと思ってたんだ」
従妹がいるのは知ってたけど、会ったこともないしどういう子かわからないじゃん? と航がようやく聞こえるような小声で話す。
先程の佐野とのやり取りからの流れだろうか。「一時的に訪れては去っていく人々」に対する言い分は、地元の彼らにあって当然かも知れない。
「そんなこと──」
「あ、そう思ったけど違ったなって! だから言ったんだ」
咄嗟に否定しようとした瑛璃に彼も早口になった。
「最初、……最初はさ、『遠くから来てくれるんだから、初めて会う従妹だしなんとか上手くやんないと』って気負ってたよ。それは悪いけどホント」
知っている。聞いてしまったから。
けれど、今は違うというのならそれを信じたい。
航と過ごした長くはない時間の中で、彼の人となりもある程度までは把握できているつもりでいた。
これが彼の本音なのは確実だ。それ以外にわざわざ都合の悪いことを瑛璃に暴露する意味も必要もないからだ。
航はおそらく、瑛璃へのそういう初期の感情を悔いているのだろう。口を拭っていればそれで済むのに。
それだけこの従兄の言動は疑いなど抱く余地もないものだった。
「なんか俺も偏見持ってたよな」
目を伏せる彼の素直な気持ちに応えたい。
「すごくいいところ。来て良かったよ。伯父さんも伯母さんも、……航くんもいい人で嬉しい」
瑛璃が伯父の家の人たちにとって、押し付けられた邪魔者だという自覚くらいは今も変わらずあった。甘え過ぎてはいけない、と自戒してはいても心地いい。
「俺もよかった! あのさ、他にもどこか行きたいとこあったら考えといて。いや、都会から来た人連れて行ける観光地なんてないけど。遊びに来る人はだいたい海目当てだし。でも『東京にはない』ものはたぶんいっぱいあるから」
ありがとう、と視線を合わせて告げた瑛璃に、航は右手を額に当てて照れたように笑った。
みんなのリアクション
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「|航《わたる》ぅ! 何やってんのー!?」
航と二人、いつもの浜で遊んでいるときに掛けられた声。
振り向くと、自転車に跨った白い半袖ブラウスに紺のボックスプリーツスカートの制服の高校生風の少女だった。少し癖のある黒髪をショートカットにしている。
色合いがあの写真の航と同じだ。つまり同じ高校の制服ということかもしれない。
「|佐野《さの》。何ってお前、これが潮干狩りでもしてるように見えんのかよ」
「そうじゃなくて! 誰? 旅行で来た人?」
大きなバッグを肩から掛けた彼女が、自転車を道端に停めて一直線に砂の上を駆けて来た。
「従妹! あと、それ本人目の前にして訊く事か!? 相変わらず雑だよな」
「あ、従妹来るって言ってたっけ? でももっと小さい子かと思ってたからさあ。年下って聞いたよ」
佐野と呼ばれた彼女は、従兄の苦言など完全に聞き流して何食わぬ顔で話を繋ぐ。
「年下だよ。高一」
どこかうんざりしたような、……けれど航は本気で嫌がっている感じもしなかった。同級生だろうか?
「あ、あの! 航く、んの従妹の|浅香《あさか》 |瑛璃《えいり》です」
テンポのいい掛け合いに口を挟めないでいたのだが、瑛璃はふと我に返って従兄の友人らしい少女に挨拶する。
「こんにちは。あたし佐野 めぐみですー。航とは同い年で、幼稚園から高校までずっと一緒なの」
やはりそうなのだ。これほど親しそうなのだから。どこか棒読みに聞こえるのは、やはりこの町では瑛璃は「余所者」だからだろうか。
「お前制服で学校行ってたのか? 部活?」
「うん。|バレー部《ウチ》は夏休み中も登下校は制服って決まってんの。いや、他の部も全部そうじゃない? いいよね、男バス練習着のままって自由でさあ。弱いから?」
「あーはいはい。そうだよ。弱いから厳しくしたら部員集まんねえの」
瑛璃にはわからない会話に、一歩下がって海に目をやった。
ここは航の生まれ育った町で、小さい頃からの知り合いがいるのなど当然ではないか。
「じゃあな! もう帰れよ」
航に追い払われるようにして、不満そうにしながらも彼女はふいと背中を向けて道路の自転車の方へと歩き出した。
「東京から従妹が来るって聞いてさ、田舎を見下すような子じゃないといいなと思ってたんだ」
従妹がいるのは知ってたけど、会ったこともないしどういう子かわからないじゃん? と航がようやく聞こえるような小声で話す。
先程の佐野とのやり取りからの流れだろうか。「一時的に訪れては去っていく人々」に対する言い分は、地元の彼らにあって当然かも知れない。
「そんなこと──」
「あ、そう思ったけど違ったなって! だから言ったんだ」
咄嗟に否定しようとした瑛璃に彼も早口になった。
「最初、……最初はさ、『遠くから来てくれるんだから、初めて会う従妹だしなんとか上手くやんないと』って気負ってたよ。それは悪いけどホント」
知っている。聞いてしまったから。
けれど、今は違うというのならそれを信じたい。
航と過ごした長くはない時間の中で、彼の人となりもある程度までは把握できているつもりでいた。
これが彼の本音なのは確実だ。それ以外にわざわざ都合の悪いことを瑛璃に暴露する意味も必要もないからだ。
航はおそらく、瑛璃へのそういう初期の感情を悔いているのだろう。口を拭っていればそれで済むのに。
それだけこの従兄の言動は疑いなど抱く余地もないものだった。
「なんか俺も偏見持ってたよな」
目を伏せる彼の素直な気持ちに応えたい。
「すごくいいところ。来て良かったよ。伯父さんも伯母さんも、……航くんもいい人で嬉しい」
瑛璃が伯父の家の人たちにとって、押し付けられた邪魔者だという自覚くらいは今も変わらずあった。甘え過ぎてはいけない、と自戒してはいても心地いい。
「俺もよかった! あのさ、他にもどこか行きたいとこあったら考えといて。いや、都会から来た人連れて行ける観光地なんてないけど。遊びに来る人はだいたい海目当てだし。でも『東京にはない』ものはたぶんいっぱいあるから」
ありがとう、と視線を合わせて告げた瑛璃に、航は右手を額に当てて照れたように笑った。
航と二人、いつもの浜で遊んでいるときに掛けられた声。
振り向くと、自転車に跨った白い半袖ブラウスに紺のボックスプリーツスカートの制服の高校生風の少女だった。少し癖のある黒髪をショートカットにしている。
色合いがあの写真の航と同じだ。つまり同じ高校の制服ということかもしれない。
「|佐野《さの》。何ってお前、これが潮干狩りでもしてるように見えんのかよ」
「そうじゃなくて! 誰? 旅行で来た人?」
大きなバッグを肩から掛けた彼女が、自転車を道端に停めて一直線に砂の上を駆けて来た。
「従妹! あと、それ本人目の前にして訊く事か!? 相変わらず雑だよな」
「あ、従妹来るって言ってたっけ? でももっと小さい子かと思ってたからさあ。年下って聞いたよ」
佐野と呼ばれた彼女は、従兄の苦言など完全に聞き流して何食わぬ顔で話を繋ぐ。
「年下だよ。高一」
どこかうんざりしたような、……けれど航は本気で嫌がっている感じもしなかった。同級生だろうか?
「あ、あの! 航く、んの従妹の|浅香《あさか》 |瑛璃《えいり》です」
テンポのいい掛け合いに口を挟めないでいたのだが、瑛璃はふと我に返って従兄の友人らしい少女に挨拶する。
「こんにちは。あたし佐野 めぐみですー。航とは同い年で、幼稚園から高校までずっと一緒なの」
やはりそうなのだ。これほど親しそうなのだから。どこか棒読みに聞こえるのは、やはりこの町では瑛璃は「余所者」だからだろうか。
「お前制服で学校行ってたのか? 部活?」
「うん。|バレー部《ウチ》は夏休み中も登下校は制服って決まってんの。いや、他の部も全部そうじゃない? いいよね、男バス練習着のままって自由でさあ。弱いから?」
「あーはいはい。そうだよ。弱いから厳しくしたら部員集まんねえの」
瑛璃にはわからない会話に、一歩下がって海に目をやった。
ここは航の生まれ育った町で、小さい頃からの知り合いがいるのなど当然ではないか。
「じゃあな! もう帰れよ」
航に追い払われるようにして、不満そうにしながらも彼女はふいと背中を向けて道路の自転車の方へと歩き出した。
「東京から従妹が来るって聞いてさ、田舎を見下すような子じゃないといいなと思ってたんだ」
従妹がいるのは知ってたけど、会ったこともないしどういう子かわからないじゃん? と航がようやく聞こえるような小声で話す。
先程の佐野とのやり取りからの流れだろうか。「一時的に訪れては去っていく人々」に対する言い分は、地元の彼らにあって当然かも知れない。
「そんなこと──」
「あ、そう思ったけど違ったなって! だから言ったんだ」
咄嗟に否定しようとした瑛璃に彼も早口になった。
「最初、……最初はさ、『遠くから来てくれるんだから、初めて会う従妹だしなんとか上手くやんないと』って気負ってたよ。それは悪いけどホント」
知っている。聞いてしまったから。
けれど、今は違うというのならそれを信じたい。
航と過ごした長くはない時間の中で、彼の人となりもある程度までは把握できているつもりでいた。
これが彼の本音なのは確実だ。それ以外にわざわざ都合の悪いことを瑛璃に暴露する意味も必要もないからだ。
航はおそらく、瑛璃へのそういう初期の感情を悔いているのだろう。口を拭っていればそれで済むのに。
それだけこの従兄の言動は疑いなど抱く余地もないものだった。
「なんか俺も偏見持ってたよな」
目を伏せる彼の素直な気持ちに応えたい。
「すごくいいところ。来て良かったよ。伯父さんも伯母さんも、……航くんもいい人で嬉しい」
瑛璃が伯父の家の人たちにとって、押し付けられた邪魔者だという自覚くらいは今も変わらずあった。甘え過ぎてはいけない、と自戒してはいても心地いい。
「俺もよかった! あのさ、他にもどこか行きたいとこあったら考えといて。いや、都会から来た人連れて行ける観光地なんてないけど。遊びに来る人はだいたい海目当てだし。でも『東京にはない』ものはたぶんいっぱいあるから」
ありがとう、と視線を合わせて告げた瑛璃に、航は右手を額に当てて照れたように笑った。