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【5】②

ー/ー



    ◇  ◇  ◇
 部屋で勉強しているところへ、伯母が焼いたというスコーンとお茶を差し入れてくれた。
「あ、ありがとうございます。すごい、お菓子まで作られるんですね」
「こういう細々したこと好きなのよ。時間だけはあるし。素人の趣味だけどね~」
 伯母の謙遜に、瑛璃は首を左右に振る。
「すごく美味しそうです!」
 クロテッドクリームと緩めのジャムが添えられた焼き菓子に、表向きではない感嘆が漏れた。
 母は仕事もあり、食事はともかく菓子作りまでは到底手が回らない。
 言うまでもなく、それについて不満を持っているわけではなかった。そこまで幼稚ではない、つもりだ。
 味わって食べたスコーンと紅茶の空いた皿とカップを手に部屋を出る。
「航いる~? 夕刊取って来てよ」
 そのまま階段へ向かおうとした瑛璃に、階下から航を呼んでいる伯母の声が聞こえて来た。
 いつもは帰って来ている時間なのだが、今日は彼の帰宅はまだのようだ。航の部屋へは必ず瑛璃の部屋の前を通るので、二階に戻っていたらわかる。
 そして、伯母が二階に呼び掛けている以上、一階にはいないということだ。
「あ、私取って来ます! 航くん、ちょっと遅いですね。居残り練習してるのかな」
 応えながら食器をシンクに置こうとキッチンに入った瑛璃に、彼女は「あら、あの子まだなの?」と呟いた。
「悪いわね、瑛璃ちゃん。ああ、お皿は放っといて。伯母さん洗うから」
 それこそ「すごく美味しかったです。すみません」と頭を下げてその場をあとにする。
 玄関ドアを出て門の郵便受けに向かった瑛璃は、その向こう側から聞こえてくる話し声に足を止めた。
 航と、確かこの間の佐野、だ。
 ちらりと窺った二人の姿に、瑛璃は慌てて建物の方に後退った。
 こちらなど気にしてないようでも、もし気づかれれば立ち聞きしていたと思われてしまう。
 ……いや、まさに立ち聞きでしかない。こんなこと。
「──の子、どうせ夏だけで東京帰っちゃうんでしょ? そうなったらここやあんたのことなんかすぐ忘れるに決まってんじゃん。都会から来る子って結局そう」
「『普通の旅行者』ならな。でも瑛璃ちゃんは俺の従妹なんだから全然違う。他人じゃないんだから」
 瑛璃のことを話している航と佐野に、心臓を掴まれたような気がする。
 いったい何故? この二人の間にどうして瑛璃の話が出るというのだろう。
「へえ、従妹。従妹ねえ。そうだよね~。東京なんてカッコいい人いっぱいいるから、航なんて『ただの従兄』でしかないって。他人じゃないから拗れないようにいい顔見せてるだけよ。あんなオシャレっぽい、……キレイな子があんたなんか相手にするわけない」
「……実際『ただの従兄』なんだからそれでいいんだよ。あと、お前こそ『田舎もんのそういうとこがイヤ』って言われてもしょーがないんじゃねえの!?」
 航のその言葉が気に障ったのか、佐野が走り去る気配がした。
 ただの従兄、で従妹。
 その通りだ。航は何も変なことは言っていない。
 寂しいと感じるのは瑛璃の勝手でしかない。きっとそうなのだ。
 それよりこのまま突っ立っていたら、家に入ろうとする航と鉢合わせしてしまう。「会う」ことではなく、ここで立っていた、……二人の話をこっそり聞いていたことを知られたくない。
 瑛璃はどうにか笑みを作ると、何事もなかったかのように郵便受けに向かって踏み出した。
 頭の中に「おかえり」という言葉を用意して、自然に彼を迎えられるように。


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みんなのリアクション

    ◇  ◇  ◇
 部屋で勉強しているところへ、伯母が焼いたというスコーンとお茶を差し入れてくれた。
「あ、ありがとうございます。すごい、お菓子まで作られるんですね」
「こういう細々したこと好きなのよ。時間だけはあるし。素人の趣味だけどね~」
 伯母の謙遜に、瑛璃は首を左右に振る。
「すごく美味しそうです!」
 クロテッドクリームと緩めのジャムが添えられた焼き菓子に、表向きではない感嘆が漏れた。
 母は仕事もあり、食事はともかく菓子作りまでは到底手が回らない。
 言うまでもなく、それについて不満を持っているわけではなかった。そこまで幼稚ではない、つもりだ。
 味わって食べたスコーンと紅茶の空いた皿とカップを手に部屋を出る。
「航いる~? 夕刊取って来てよ」
 そのまま階段へ向かおうとした瑛璃に、階下から航を呼んでいる伯母の声が聞こえて来た。
 いつもは帰って来ている時間なのだが、今日は彼の帰宅はまだのようだ。航の部屋へは必ず瑛璃の部屋の前を通るので、二階に戻っていたらわかる。
 そして、伯母が二階に呼び掛けている以上、一階にはいないということだ。
「あ、私取って来ます! 航くん、ちょっと遅いですね。居残り練習してるのかな」
 応えながら食器をシンクに置こうとキッチンに入った瑛璃に、彼女は「あら、あの子まだなの?」と呟いた。
「悪いわね、瑛璃ちゃん。ああ、お皿は放っといて。伯母さん洗うから」
 それこそ「すごく美味しかったです。すみません」と頭を下げてその場をあとにする。
 玄関ドアを出て門の郵便受けに向かった瑛璃は、その向こう側から聞こえてくる話し声に足を止めた。
 航と、確かこの間の佐野、だ。
 ちらりと窺った二人の姿に、瑛璃は慌てて建物の方に後退った。
 こちらなど気にしてないようでも、もし気づかれれば立ち聞きしていたと思われてしまう。
 ……いや、まさに立ち聞きでしかない。こんなこと。
「──の子、どうせ夏だけで東京帰っちゃうんでしょ? そうなったらここやあんたのことなんかすぐ忘れるに決まってんじゃん。都会から来る子って結局そう」
「『普通の旅行者』ならな。でも瑛璃ちゃんは俺の従妹なんだから全然違う。他人じゃないんだから」
 瑛璃のことを話している航と佐野に、心臓を掴まれたような気がする。
 いったい何故? この二人の間にどうして瑛璃の話が出るというのだろう。
「へえ、従妹。従妹ねえ。そうだよね~。東京なんてカッコいい人いっぱいいるから、航なんて『ただの従兄』でしかないって。他人じゃないから拗れないようにいい顔見せてるだけよ。あんなオシャレっぽい、……キレイな子があんたなんか相手にするわけない」
「……実際『ただの従兄』なんだからそれでいいんだよ。あと、お前こそ『田舎もんのそういうとこがイヤ』って言われてもしょーがないんじゃねえの!?」
 航のその言葉が気に障ったのか、佐野が走り去る気配がした。
 ただの従兄、で従妹。
 その通りだ。航は何も変なことは言っていない。
 寂しいと感じるのは瑛璃の勝手でしかない。きっとそうなのだ。
 それよりこのまま突っ立っていたら、家に入ろうとする航と鉢合わせしてしまう。「会う」ことではなく、ここで立っていた、……二人の話をこっそり聞いていたことを知られたくない。
 瑛璃はどうにか笑みを作ると、何事もなかったかのように郵便受けに向かって踏み出した。
 頭の中に「おかえり」という言葉を用意して、自然に彼を迎えられるように。