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2話 ブルー・オブリ(2)

ー/ー



 分厚い装甲のせいで機体が重い。挙動の動き始めも、メインブースターを吹かしてスピードに乗るまでも、どしっとした重さが機体にかかっている。

 そのくせ一度スピードに乗ってしまえば、軽量機に勝るとも劣らない最高速を叩き出してしまう。減速への反応も過敏だが、なにぶん小回りが利きにくい。

 そして何よりも、生身であるパイロットなどお構いなく振りまわす凶暴性。

(クソ……これが、完全に修理を終えたクルセイダ《こいつ》の力か……!)

 ぐんぐん加速していく機体に比例して、コクピットシートへの圧力は高まっていく。震える手が操縦桿から離れないよう必死に堪え、ぶれる視界でHUDの表示されるターゲットマーカーを追う。

「目標、高度同じ、距離八百。キャリバー、離されないで」

 機体を加速、距離を狭めていく。

「目標、射程圏に入った」

 通信の声を頼りに、照準システムを呼び出す。二つの円形の表示が重なり、ぴたりと定まってからトリガーを引く。「キャリバー、ライフル発射」

 その瞬間、ターゲットマーカーが急激に上方へと昇る。ぼわっとエーテルの風を突き破り、金色の輪を空に描かせて、後方へと流れていく。

 捕捉されたという警報。「キャリバー、ロックオンされた」

「こなくそっ!」

 機体をひねらせ、照準に頼らずトリガーを引く。

 当然、弾は明後日の方向へ飛んで当たらず、代わりに軽い衝撃が機体を揺らした。

「キャリバー被弾、撃墜判定。訓練終了、帰投してください」

「へへん。いい反応だったが、俺様もまだまだやられてやるわけにはいかないね。ペナルティのトイレ掃除番、よろしく頼むぜスレイ」

 軍技研の滑走路に着陸し、コクピットから降りる。チェックに取りかかる整備士たちとすれ違い、いまだ排熱で空気を歪ませている機体を見上げた。胴体から左肩部にかけて、鮮やかな青色をしたペイント弾が数発命中していた。

「空中機動はまずまずですね。問題は、射撃まで時間がかかりすぎていることでしょうか」

 ミーティングルームでは先程のロックロックとの模擬戦映像を確認しながら、ダリルとクーナが話し合っていた。スクリーンに投影されている映像は、時おりスロー再生となったり、停止されている。

「射撃の才能がないわけではないが……ふむ、少し見劣りするな。これなら、持ち前のセンスと機体の頑強さを活かした格闘戦に振り切ってもいいかもしれん。クルセイダ自体、そういう思想で設計されているのだしな」

「設計したというより、元々そうされていたと、大尉から聞いたことがありましたけど、隊長のご意見には賛同できます。保管されているスペアも含めて、艦に搬入するよう手配しておきましょう」

「まぁ、あんなどデカい実体剣なんぞ、他に使う機体もおらんしな。ついでに、試作中に凍結された武装も引き取ろう。アデル氏なら形にしてくれるだろう」

 端末で連絡を取り始めたクーナと目が合ったが、彼女はすぐに部屋の隅で通話を始めた。技研のスタッフと武装の件でやり取りをしているのだろう。

 ダリルがこちらに気付いた。敬礼をすると、彼も敬礼で返す。長身でよく鍛えられた軍人らしい肉体は、それだけで威圧感がある。

「ご苦労だったな。話は聞こえていただろう? そういうことになるが、危険性の度合いもそれ相応に高まることだけは伝えておく。まぁ、不確かな射撃戦をするよりも生き残る確率は高いだろうがな」

 なんとなく、そっちの方が性に合っている気がしていた。いちいち標準システムを呼び出し、相対位置や弾道、残弾諸々の管理なんて頭が混乱するだけだ。

 近づいて、叩き斬る。シンプルだが、敵を屠るには一番確実な方法に違いない。

「いえ、大丈夫です。そっちの方が、俺には合っている気がします」

「面白いヤツだ。普通のパイロットは肉薄する格闘戦は嫌がるものだが。その気質は、父親譲りなんだろう」

「親父の……? 隊長は親父を知ってるんですか」

「ああ。前の部隊だが、大尉殿が戦技教導官としていらしてくれた時からな。俺もみっちり鍛えてもらったよ。大尉の機体制御には、何度も舌を巻いたもんだった」

 腰に手を当てて語るその姿は、本当に当時を懐かしんでいるようだった。

「お前はまだまだ粗削りだが、機体の扱いには大尉を思わせる部分がある。しっかり励めよ」

「……ありがとうございます」

「さて、意気込みを新たにしたところで、通達のあった任務について説明する。すまんが連中を集めてきてくれ」



 ◆   ◆   ◆



 国際救助機甲隊は、ソルボレ連合共和国の軍に属している。二つの小大陸と、大小いくもの島国が寄り添ってできたこの国は、海を隔てて北西にあるテレイア連邦と、もう一か国を含めた三国同盟の関係にあった。

 国土面積こそ小さいが、比較的安全で、高い技術力のあるソルボレと、国土の大半を黒霧に飲み込まれ南部の半島に追いやられたテレイア。しかしテレイアには、黒霧から出現するビーストへの対抗を続けることができるほど、国力にはまだ余裕がある。

 それを実現させている一端に、同盟相手である二か国の援助があるのだが、それとは別に元から産業大国であったという背景がある。

 テレイア領海ぎりぎりに建設されている、海上採掘プラントも国力の維持には欠かせないのだった。

「そのプラント近海に黒霧が噴き出しちまって、うじゃうじゃと湧いて出たビーストども相手にテレイア軍が交戦。戦況は劣勢だが、施設の放棄はできない。そこで救援要請として白羽の矢が立ったのが、技研に駐留していた俺様たちって寸法だな」

 たしかに、ソルボレ領内からプラントに一番近い軍施設となればそうなる。

「それに、こういう同盟国の救援に即応するための部隊だからな。俺様たちは、お偉方の了承一つで戦場行きさ……どうしたよ、スレイ。今更怖気づいちまったか?」

「そんなじゃないですけど、なんとなく、落ち着かなくて」

 それぞれがドールズに搭乗しての出撃待機中だったが、シートに座る感覚が妙にぞわぞわとして、何度も足や手を動かしていた。それでつい、ロックロックに話かけてしまったのだ。

「まぁ、前回のお守つきとは違って、お前も立派な前衛としてカウントされてる。流石に気が気ではいられないか」

「……ロック兄さんは、こういう時、どうしてたんです? 軍に入ってもう長いんでしょう?」

「そうだな。従軍したのは十八で、ドールズに乗ったのは二十二の頃だから、もう五年はパイロットをしてる計算になるな。まぁ、そこそこ飛んだもんだよ。それでもまだ、出撃前には気が滅入ることもあるんだぜ。そんな時はどうして飛ぶのか、それを考える」

「どうして、飛ぶ……。戦う理由ってことですか」

「ま、そういうこったな。それを考えれば、怖いなんて言ってられねぇのさ。スレイ、お前の理由はなんだ?」

(俺の、戦う理由。そんなの決まってる。入隊契約にサインをした時から、変わっていない)

「俺は、ビーストどもを一匹でも多く狩りたい。突然現れて、あんなふうに人を殺していく生き物なんて、この世界から消し去ってやりたい」

 圧し潰されて炎上する屋敷。下敷きになった姉。脳裏によぎる映像に、操縦桿を強く握りしめる。

「……お前の故郷のことは、残念だったよ。復讐だって別に悪いもんじゃない。誰だってあんな目に遭えば、そう思いもするだろうし、戦うための原動力にだってなる。ただ、最後までそれに飲まれちまってもいけない。それを、忘れないことだ」

 ロックロックの声色は、いつもとまったく変わらない。説教をするのでもなく、ただ淡々と自分を振り返っているようにも聞こえた。

「……ロック兄さんは、何のために戦ってるんです? 故郷のため、ですか?」

 ぽん、とすぐに聞こえてくる返答に間が開く。通信が途切れたかな。そう思うほどに時間を置いてから、再びロックロックの声が聞こえてくる。

「いや、俺様の話ならそのうち教えてやるよ。それよりも、緊張してるなら歌を聞かせてやろう」

 遠慮します、という返事も待たずに歌い出してしまう。意外にも、哀愁すら感じさせるフォークソングだった。

 ———この大空のした、歩んだ旅路。
 風に吹かれ、雨に打たれた、荒れ道のうえ。
倒れず進んだ道を、お前は振り返えるだろう。
 見えるか。お前が置いてきた希望が。
 愛する故郷と恋人に残してきた光が。
 いつかお前が空に還って、誰かが生き方を笑ったとしても。
誰かがその光を拾って歩くだろう。
 だから進み続けろ。振り返らなくていい。
 喜びも苦しみも、きっとお前を導いて、背中を押すだろう。
 道の先は、きっと繋がっている———。

「……なんというか、イメージとは違いますよね。ロック兄さんの歌って、もっとこう、情熱的というか、激しめのやつだと思い込んでました」

「バカだな。歌っていうのはな、こういうもんで良いんだよ。シンプルで、ギターだけで歌えるもんが心に響くのさ」

「いーや。それは異議ありだね」

 割り込んできたのは、レドナだった。そういえば、隊全体のチャンネルで会話していたことを忘れていた。

「音楽ってのは、もっと情熱的で情愛的でないとダメなのさ。そこのとこだけ、アンタとは気が合わないねぇ」

「そうだな。それにお前、作詞作曲が自分ばっかりじゃないか。何度も聞かされるこっちの身にもなってくれよ。たまにはトップチャートを頼むぜ」

 他の隊員も会話に交じる。「うるせぇな。俺様はスレイの為に歌ってやってんだから、外野は黙ってろい」と喚く。

 その様子に、思わず肩の力が抜ける。浅くなっていた呼吸が戻り、身体中を空気が巡っていくような気がした。

「キャリバー」

 クーナの透き通る声。

「今回の作戦では貴方は前衛で、私は後方からの射撃要員になります。ですが、貴方の周りには仲間たちがいる。決して無茶をしてはいけません。単機でできることなど、たかが知れていますからね。危なくなったら、私を頼ってください。私も、貴方を頼りにしています」

「……はい! 了解です、少尉」

 艦内にブザー音が響く。「戦闘空域突入まで、残り三百。ドールズ部隊は、発進準備」整備士が離れていく。その一角で、じっと機体を見上げているおやっさんの姿を見つけた。

(大丈夫、俺はちゃんと戦って、生きて帰ってくる)

 見えていないことは分かっているが、軽く手を上げて視線に応える。

 機体を固定するレールが、カタパルトへと誘導していった。

———それに俺が生き残れば証明できる。

 少尉は、死神なんかじゃない。



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 そのくせ一度スピードに乗ってしまえば、軽量機に勝るとも劣らない最高速を叩き出してしまう。減速への反応も過敏だが、なにぶん小回りが利きにくい。
 そして何よりも、生身であるパイロットなどお構いなく振りまわす凶暴性。
(クソ……これが、完全に修理を終えたクルセイダ《こいつ》の力か……!)
 ぐんぐん加速していく機体に比例して、コクピットシートへの圧力は高まっていく。震える手が操縦桿から離れないよう必死に堪え、ぶれる視界でHUDの表示されるターゲットマーカーを追う。
「目標、高度同じ、距離八百。キャリバー、離されないで」
 機体を加速、距離を狭めていく。
「目標、射程圏に入った」
 通信の声を頼りに、照準システムを呼び出す。二つの円形の表示が重なり、ぴたりと定まってからトリガーを引く。「キャリバー、ライフル発射」
 その瞬間、ターゲットマーカーが急激に上方へと昇る。ぼわっとエーテルの風を突き破り、金色の輪を空に描かせて、後方へと流れていく。
 捕捉されたという警報。「キャリバー、ロックオンされた」
「こなくそっ!」
 機体をひねらせ、照準に頼らずトリガーを引く。
 当然、弾は明後日の方向へ飛んで当たらず、代わりに軽い衝撃が機体を揺らした。
「キャリバー被弾、撃墜判定。訓練終了、帰投してください」
「へへん。いい反応だったが、俺様もまだまだやられてやるわけにはいかないね。ペナルティのトイレ掃除番、よろしく頼むぜスレイ」
 軍技研の滑走路に着陸し、コクピットから降りる。チェックに取りかかる整備士たちとすれ違い、いまだ排熱で空気を歪ませている機体を見上げた。胴体から左肩部にかけて、鮮やかな青色をしたペイント弾が数発命中していた。
「空中機動はまずまずですね。問題は、射撃まで時間がかかりすぎていることでしょうか」
 ミーティングルームでは先程のロックロックとの模擬戦映像を確認しながら、ダリルとクーナが話し合っていた。スクリーンに投影されている映像は、時おりスロー再生となったり、停止されている。
「射撃の才能がないわけではないが……ふむ、少し見劣りするな。これなら、持ち前のセンスと機体の頑強さを活かした格闘戦に振り切ってもいいかもしれん。クルセイダ自体、そういう思想で設計されているのだしな」
「設計したというより、元々そうされていたと、大尉から聞いたことがありましたけど、隊長のご意見には賛同できます。保管されているスペアも含めて、艦に搬入するよう手配しておきましょう」
「まぁ、あんなどデカい実体剣なんぞ、他に使う機体もおらんしな。ついでに、試作中に凍結された武装も引き取ろう。アデル氏なら形にしてくれるだろう」
 端末で連絡を取り始めたクーナと目が合ったが、彼女はすぐに部屋の隅で通話を始めた。技研のスタッフと武装の件でやり取りをしているのだろう。
 ダリルがこちらに気付いた。敬礼をすると、彼も敬礼で返す。長身でよく鍛えられた軍人らしい肉体は、それだけで威圧感がある。
「ご苦労だったな。話は聞こえていただろう? そういうことになるが、危険性の度合いもそれ相応に高まることだけは伝えておく。まぁ、不確かな射撃戦をするよりも生き残る確率は高いだろうがな」
 なんとなく、そっちの方が性に合っている気がしていた。いちいち標準システムを呼び出し、相対位置や弾道、残弾諸々の管理なんて頭が混乱するだけだ。
 近づいて、叩き斬る。シンプルだが、敵を屠るには一番確実な方法に違いない。
「いえ、大丈夫です。そっちの方が、俺には合っている気がします」
「面白いヤツだ。普通のパイロットは肉薄する格闘戦は嫌がるものだが。その気質は、父親譲りなんだろう」
「親父の……? 隊長は親父を知ってるんですか」
「ああ。前の部隊だが、大尉殿が戦技教導官としていらしてくれた時からな。俺もみっちり鍛えてもらったよ。大尉の機体制御には、何度も舌を巻いたもんだった」
 腰に手を当てて語るその姿は、本当に当時を懐かしんでいるようだった。
「お前はまだまだ粗削りだが、機体の扱いには大尉を思わせる部分がある。しっかり励めよ」
「……ありがとうございます」
「さて、意気込みを新たにしたところで、通達のあった任務について説明する。すまんが連中を集めてきてくれ」
 ◆   ◆   ◆
 国際救助機甲隊は、ソルボレ連合共和国の軍に属している。二つの小大陸と、大小いくもの島国が寄り添ってできたこの国は、海を隔てて北西にあるテレイア連邦と、もう一か国を含めた三国同盟の関係にあった。
 国土面積こそ小さいが、比較的安全で、高い技術力のあるソルボレと、国土の大半を黒霧に飲み込まれ南部の半島に追いやられたテレイア。しかしテレイアには、黒霧から出現するビーストへの対抗を続けることができるほど、国力にはまだ余裕がある。
 それを実現させている一端に、同盟相手である二か国の援助があるのだが、それとは別に元から産業大国であったという背景がある。
 テレイア領海ぎりぎりに建設されている、海上採掘プラントも国力の維持には欠かせないのだった。
「そのプラント近海に黒霧が噴き出しちまって、うじゃうじゃと湧いて出たビーストども相手にテレイア軍が交戦。戦況は劣勢だが、施設の放棄はできない。そこで救援要請として白羽の矢が立ったのが、技研に駐留していた俺様たちって寸法だな」
 たしかに、ソルボレ領内からプラントに一番近い軍施設となればそうなる。
「それに、こういう同盟国の救援に即応するための部隊だからな。俺様たちは、お偉方の了承一つで戦場行きさ……どうしたよ、スレイ。今更怖気づいちまったか?」
「そんなじゃないですけど、なんとなく、落ち着かなくて」
 それぞれがドールズに搭乗しての出撃待機中だったが、シートに座る感覚が妙にぞわぞわとして、何度も足や手を動かしていた。それでつい、ロックロックに話かけてしまったのだ。
「まぁ、前回のお守つきとは違って、お前も立派な前衛としてカウントされてる。流石に気が気ではいられないか」
「……ロック兄さんは、こういう時、どうしてたんです? 軍に入ってもう長いんでしょう?」
「そうだな。従軍したのは十八で、ドールズに乗ったのは二十二の頃だから、もう五年はパイロットをしてる計算になるな。まぁ、そこそこ飛んだもんだよ。それでもまだ、出撃前には気が滅入ることもあるんだぜ。そんな時はどうして飛ぶのか、それを考える」
「どうして、飛ぶ……。戦う理由ってことですか」
「ま、そういうこったな。それを考えれば、怖いなんて言ってられねぇのさ。スレイ、お前の理由はなんだ?」
(俺の、戦う理由。そんなの決まってる。入隊契約にサインをした時から、変わっていない)
「俺は、ビーストどもを一匹でも多く狩りたい。突然現れて、あんなふうに人を殺していく生き物なんて、この世界から消し去ってやりたい」
 圧し潰されて炎上する屋敷。下敷きになった姉。脳裏によぎる映像に、操縦桿を強く握りしめる。
「……お前の故郷のことは、残念だったよ。復讐だって別に悪いもんじゃない。誰だってあんな目に遭えば、そう思いもするだろうし、戦うための原動力にだってなる。ただ、最後までそれに飲まれちまってもいけない。それを、忘れないことだ」
 ロックロックの声色は、いつもとまったく変わらない。説教をするのでもなく、ただ淡々と自分を振り返っているようにも聞こえた。
「……ロック兄さんは、何のために戦ってるんです? 故郷のため、ですか?」
 ぽん、とすぐに聞こえてくる返答に間が開く。通信が途切れたかな。そう思うほどに時間を置いてから、再びロックロックの声が聞こえてくる。
「いや、俺様の話ならそのうち教えてやるよ。それよりも、緊張してるなら歌を聞かせてやろう」
 遠慮します、という返事も待たずに歌い出してしまう。意外にも、哀愁すら感じさせるフォークソングだった。
 ———この大空のした、歩んだ旅路。
 風に吹かれ、雨に打たれた、荒れ道のうえ。
倒れず進んだ道を、お前は振り返えるだろう。
 見えるか。お前が置いてきた希望が。
 愛する故郷と恋人に残してきた光が。
 いつかお前が空に還って、誰かが生き方を笑ったとしても。
誰かがその光を拾って歩くだろう。
 だから進み続けろ。振り返らなくていい。
 喜びも苦しみも、きっとお前を導いて、背中を押すだろう。
 道の先は、きっと繋がっている———。
「……なんというか、イメージとは違いますよね。ロック兄さんの歌って、もっとこう、情熱的というか、激しめのやつだと思い込んでました」
「バカだな。歌っていうのはな、こういうもんで良いんだよ。シンプルで、ギターだけで歌えるもんが心に響くのさ」
「いーや。それは異議ありだね」
 割り込んできたのは、レドナだった。そういえば、隊全体のチャンネルで会話していたことを忘れていた。
「音楽ってのは、もっと情熱的で情愛的でないとダメなのさ。そこのとこだけ、アンタとは気が合わないねぇ」
「そうだな。それにお前、作詞作曲が自分ばっかりじゃないか。何度も聞かされるこっちの身にもなってくれよ。たまにはトップチャートを頼むぜ」
 他の隊員も会話に交じる。「うるせぇな。俺様はスレイの為に歌ってやってんだから、外野は黙ってろい」と喚く。
 その様子に、思わず肩の力が抜ける。浅くなっていた呼吸が戻り、身体中を空気が巡っていくような気がした。
「キャリバー」
 クーナの透き通る声。
「今回の作戦では貴方は前衛で、私は後方からの射撃要員になります。ですが、貴方の周りには仲間たちがいる。決して無茶をしてはいけません。単機でできることなど、たかが知れていますからね。危なくなったら、私を頼ってください。私も、貴方を頼りにしています」
「……はい! 了解です、少尉」
 艦内にブザー音が響く。「戦闘空域突入まで、残り三百。ドールズ部隊は、発進準備」整備士が離れていく。その一角で、じっと機体を見上げているおやっさんの姿を見つけた。
(大丈夫、俺はちゃんと戦って、生きて帰ってくる)
 見えていないことは分かっているが、軽く手を上げて視線に応える。
 機体を固定するレールが、カタパルトへと誘導していった。
———それに俺が生き残れば証明できる。
 少尉は、死神なんかじゃない。