第7話【卒業】
ー/ー 霜夜家のリビング。蒼は携帯を取りLINEを開くと『霜夜空』の名前をタップして会話画面を開く。
『お母さん、卒業式来る?』
『ごめんね。行けない』
「…………」
蒼は『わかった』とだけメッセージを送ると、携帯の画面を消してテーブルの上に雑に置いた。
「蒼?」
リビング横の畳の部屋でこたつに入っている緋は、戻ってくる蒼に声をかけた。
「……お母さん、来てくれないって」
「……そっか」
蒼は畳に上がると、緋の隣に座りこたつに足を入れた。そして無言のまま緋の肩に頭を乗せた。
「……娘の卒業式よ」
「……そうだね」
緋は優しく蒼を抱き寄せた。
「……別に、来て欲しいとか思ってないけど、少し寂しいわ」
「……そうだね」
「……私、もういらないのかしら」
「そんなことはないと思うけど」
緋の幼い頃の記憶にも、蒼の母の記憶はある。よく蒼の家に遊びに行って、その度に良くしてくれた。蒼によく似ており、温かく優しい人だったのを覚えている。
「……私、妹がいるみたいなのよ」
「妹?」
緋も初耳だった。
「……まだ0歳。一度もあったことないの。……そっちに関心が行って、私の事なんかどうでもいいとか……いえ、どうでもいいとさえ思われてなかったら……ちょっと怖い」
「……」
「贅沢させてもらってるっていうのは分かってるの。立派な一軒家をひとりで使わせてもらって、毎月、積み上がっていく程の生活費も送って貰って。……だけど……そうじゃなくて」
「うん」
「……ごめんなさい。貴女にこんなこと言って」
「いいよ、全然」
そう蒼をなだめつつ緋は自分の母についても少し考えた。
娘を第1に考え、守ってくれるという母親像。終茜は緋にとってのそんなものに当てはまるような人間ではなかった。小学3年生の娘が傷を作って帰ってきた時でさえ、何も聞いてこなかった。
勇気を振り絞って「私学校行きたくない」と、そう母に伝えた時、返答は「行きたくなくても行かなきゃ」だけだった。
それで感じたのは、失望とも言いきれない、もっと悲しい気持ち。自分は母に大切に思われていない、と気付くと同時に、母親なら助けてくれるという望みが絶たれた瞬間だった。そして、「こんな奴に心を許してやるもんか」と思うようになっていって今に至る。
「……私のは……私のせいかもしれないし」
「……」
会話は途切れた。
静かな空間。
エアコンの音と、服が擦れる音。ほんの少しの耳鳴り。
「……明日さ。ふたりで写真撮ろうよ」
「ええ。そうね」
◇◇◇
よく晴れた午後。
さらさらの緋色の髪が揺れていた。
イヤホンを耳につけ、お気に入りの曲を聴きながら歩く。
終緋、中学3年生最後の日。
校門前には『卒業式』と書かれた看板が立てられていた。赤と白の花の装飾でおめでたさはあるが、緋自身、中学生活に大した思い入れもないので特に写真を撮るようなこともなくスルー。その際付近にいた同級生から陰口を言われた気がしたが、両耳を塞ぐイヤホンの中のオアシスの偉大さにより、他の声は霞んで消えた。
ただ校舎の中での携帯電話使用は校則的にあまり良くない……というか原則禁止なので、携帯の画面をつけ、巻き戻しとスキップの間にある一時停止をタップしイヤホンを外す。
玄関前では、後輩から胸の辺りに付ける赤い花の紀章を渡された。
「……ねぇ今の先輩めっちゃ可愛くなかった?」
「ね」
緋に紀章を渡した女生徒がそう隣の子に話しかけるのは緋にも聞こえていた。先入観無しの後輩ちゃんは見る目があるなと思いながら玄関へと入る。
3年A組の列の下駄箱へ。『終緋』というネームプレートの剥がれた名も無き扉を開く。
「……飽きないのかな」
下駄箱の中はゴミ箱の中身を詰めたような状態だった。嫌な匂いがする。
「靴ないし」
緋は「ゴミ漬けの靴を履かなくていいのはまあいいか」と思いながら、土足のまま上がることにした。下しか見てないこの学校の人間にはすぐに気付かれそうだが、皮肉は皮肉であってほしい。気づかれたら気づかれたで最終日ということで見逃して欲しい。
小汚い廊下を歩き、階段を上り2階へ。
教室に入ると、まあいつも通りの嫌な顔が並んでいた。
「……」
緋は無言のまま席についた。
──そして背後に誰か来たと思えば、冷たい液体を頭からかけられた。
「うぃ~緋ぉ卒業おめ~」
緋は振り向く。
声の主は、所謂一軍グループのリーダー的存在である『真優』。緋にかけられた液体の正体は、彼女が持つペットボトルのサイダーだった。炭酸の泡が弾ける音がする。
「なにすんの……」
「何って、卒業祝い的な?」
「……そう」
祝ってくれてどうもありがとうと心の中で憎悪しながら、緋は下を向いたまま、長い前髪の下から彼女を睨み付けていた。
ホームルームが始まり、乾いていく砂糖のベタつきがイラつきを加速させた。
式の直前、ほんの少しの時間で手洗い場に行き髪を洗った。
濡れた髪を頬に張り付けながら、緋は卒業式を過ごした。
送辞も答辞も全部詭弁だった。
『旅立ちの日に』の合唱は不貞腐れながら、それでもアーティストを目指すものとしてのプライドで本気で歌ってやった。自分をリアム・ギャラガーだと思いながら。
教室にて最後の別れの挨拶をすると、緋はそそくさと教室から抜け出した。
元々土足であり靴を履き替える必要もなかったため、玄関を突っ切り外の世界へと飛び出す。
「今に見てろ、私は夢を叶える!ファッキュぅぅうッ!!」
蒼空の下を駆けながら、シャウトした。
……To be continued
『お母さん、卒業式来る?』
『ごめんね。行けない』
「…………」
蒼は『わかった』とだけメッセージを送ると、携帯の画面を消してテーブルの上に雑に置いた。
「蒼?」
リビング横の畳の部屋でこたつに入っている緋は、戻ってくる蒼に声をかけた。
「……お母さん、来てくれないって」
「……そっか」
蒼は畳に上がると、緋の隣に座りこたつに足を入れた。そして無言のまま緋の肩に頭を乗せた。
「……娘の卒業式よ」
「……そうだね」
緋は優しく蒼を抱き寄せた。
「……別に、来て欲しいとか思ってないけど、少し寂しいわ」
「……そうだね」
「……私、もういらないのかしら」
「そんなことはないと思うけど」
緋の幼い頃の記憶にも、蒼の母の記憶はある。よく蒼の家に遊びに行って、その度に良くしてくれた。蒼によく似ており、温かく優しい人だったのを覚えている。
「……私、妹がいるみたいなのよ」
「妹?」
緋も初耳だった。
「……まだ0歳。一度もあったことないの。……そっちに関心が行って、私の事なんかどうでもいいとか……いえ、どうでもいいとさえ思われてなかったら……ちょっと怖い」
「……」
「贅沢させてもらってるっていうのは分かってるの。立派な一軒家をひとりで使わせてもらって、毎月、積み上がっていく程の生活費も送って貰って。……だけど……そうじゃなくて」
「うん」
「……ごめんなさい。貴女にこんなこと言って」
「いいよ、全然」
そう蒼をなだめつつ緋は自分の母についても少し考えた。
娘を第1に考え、守ってくれるという母親像。終茜は緋にとってのそんなものに当てはまるような人間ではなかった。小学3年生の娘が傷を作って帰ってきた時でさえ、何も聞いてこなかった。
勇気を振り絞って「私学校行きたくない」と、そう母に伝えた時、返答は「行きたくなくても行かなきゃ」だけだった。
それで感じたのは、失望とも言いきれない、もっと悲しい気持ち。自分は母に大切に思われていない、と気付くと同時に、母親なら助けてくれるという望みが絶たれた瞬間だった。そして、「こんな奴に心を許してやるもんか」と思うようになっていって今に至る。
「……私のは……私のせいかもしれないし」
「……」
会話は途切れた。
静かな空間。
エアコンの音と、服が擦れる音。ほんの少しの耳鳴り。
「……明日さ。ふたりで写真撮ろうよ」
「ええ。そうね」
◇◇◇
よく晴れた午後。
さらさらの緋色の髪が揺れていた。
イヤホンを耳につけ、お気に入りの曲を聴きながら歩く。
終緋、中学3年生最後の日。
校門前には『卒業式』と書かれた看板が立てられていた。赤と白の花の装飾でおめでたさはあるが、緋自身、中学生活に大した思い入れもないので特に写真を撮るようなこともなくスルー。その際付近にいた同級生から陰口を言われた気がしたが、両耳を塞ぐイヤホンの中のオアシスの偉大さにより、他の声は霞んで消えた。
ただ校舎の中での携帯電話使用は校則的にあまり良くない……というか原則禁止なので、携帯の画面をつけ、巻き戻しとスキップの間にある一時停止をタップしイヤホンを外す。
玄関前では、後輩から胸の辺りに付ける赤い花の紀章を渡された。
「……ねぇ今の先輩めっちゃ可愛くなかった?」
「ね」
緋に紀章を渡した女生徒がそう隣の子に話しかけるのは緋にも聞こえていた。先入観無しの後輩ちゃんは見る目があるなと思いながら玄関へと入る。
3年A組の列の下駄箱へ。『終緋』というネームプレートの剥がれた名も無き扉を開く。
「……飽きないのかな」
下駄箱の中はゴミ箱の中身を詰めたような状態だった。嫌な匂いがする。
「靴ないし」
緋は「ゴミ漬けの靴を履かなくていいのはまあいいか」と思いながら、土足のまま上がることにした。下しか見てないこの学校の人間にはすぐに気付かれそうだが、皮肉は皮肉であってほしい。気づかれたら気づかれたで最終日ということで見逃して欲しい。
小汚い廊下を歩き、階段を上り2階へ。
教室に入ると、まあいつも通りの嫌な顔が並んでいた。
「……」
緋は無言のまま席についた。
──そして背後に誰か来たと思えば、冷たい液体を頭からかけられた。
「うぃ~緋ぉ卒業おめ~」
緋は振り向く。
声の主は、所謂一軍グループのリーダー的存在である『真優』。緋にかけられた液体の正体は、彼女が持つペットボトルのサイダーだった。炭酸の泡が弾ける音がする。
「なにすんの……」
「何って、卒業祝い的な?」
「……そう」
祝ってくれてどうもありがとうと心の中で憎悪しながら、緋は下を向いたまま、長い前髪の下から彼女を睨み付けていた。
ホームルームが始まり、乾いていく砂糖のベタつきがイラつきを加速させた。
式の直前、ほんの少しの時間で手洗い場に行き髪を洗った。
濡れた髪を頬に張り付けながら、緋は卒業式を過ごした。
送辞も答辞も全部詭弁だった。
『旅立ちの日に』の合唱は不貞腐れながら、それでもアーティストを目指すものとしてのプライドで本気で歌ってやった。自分をリアム・ギャラガーだと思いながら。
教室にて最後の別れの挨拶をすると、緋はそそくさと教室から抜け出した。
元々土足であり靴を履き替える必要もなかったため、玄関を突っ切り外の世界へと飛び出す。
「今に見てろ、私は夢を叶える!ファッキュぅぅうッ!!」
蒼空の下を駆けながら、シャウトした。
……To be continued
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