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洗礼式

ー/ー



視界が白く、弾けた。
無影灯の、目が眩むような白だ。
「ペアン、…鑷子と針ちょうだい」
「はい」
パシッ
耳元で鳴り響く電子音。消毒液の匂い。医師の声。手袋越しの体液と器械の触感。
(私はあの日、怒涛のようなオペ予定をこなし、明け方の帰り道で——?)


「神に感謝を捧げなさい」
低く、厳かな声に引き戻される。
跪き胸の前で組んでいた手を開く。目を開ければ、そこは清潔な手術室ではなく、煤けた石造りの礼拝堂だった。
目の前には、白地に金の刺繍が入った法衣を纏った司教が立っている。私の手には、使い古された孤児院の服の感触。
(…今の私は孤児のシェラ。そして今日は、私の7歳の洗礼式だ)
「さあ、1人ずつ祭壇へ。偉大なる神から授かりし魔力の適性を見極めるのです」
司教の言葉に1人ずつ順番に祭壇に登って行く。周囲には、同じように洗礼を受ける孤児たちが並んでいる。
祭壇には水晶が置かれている。1人目の子が祭壇の上にいる司祭に促され、水晶に手を当てると薄い水色に光る。
「適性は水だな、次!」
司祭は早く終わらせたいのだろう、業務的に進めていく。
 
(心臓の鼓動が速い。頻脈だ)
こんな様子を見ながら私は、前世の記憶が濁流のように脳内を駆け巡っていた。
7年間の看護師としてのキャリア。解剖学、生理学、薬理学。同僚、先輩達とのやりとり。多数の術式。
(…29歳。まだ、やりたいことがたくさんあったのに)
「大丈夫?顔色悪いよ」
隣に並んでいた良く一緒にいるレラが声をかけてくる。
「うん、大丈夫」
感傷を振り払い、軽く微笑む。
「次」
順番がやってきた私は祭壇の水晶に手を触れた。
瞬間、水晶が柔らかな緑色に発光する。
「……ほう。適性は『癒し』。珍しいが、平民にも稀に出る型だな。魔力量は、まあ、並よりは少し多い程度か」
司祭の声には、期待も落胆もなかった。
この世界では、魔力の量は血筋で決まる。孤児の私に大きな力があるはずがない、と彼は最初から決めつけているのだ。
だが、私の視界には、彼には見えていないものが映っていた。
 
自分の手を見つめる。
皮膚が透け、その下を走る橈骨(とうこつ)動脈がドクドクと拍動しているのが見える。神経の束、筋肉の線維、血液の流れる速度。
それは、前世で何度も開いた教科書よりも鮮明な、生きた「人体図」だった。
(なにこれ…。血管の走行?)
「おい、早く降りろ、邪魔だ」
少しぼうっとしてしまった為、司祭に怒られてしまった。
「申し訳ありません。」
素早く謝り、私は素早く祭壇をおりる。
司祭を怒らすと懲罰室行きでご飯を抜かれてしまうので、従順であることが重要である。
「……手なんか見つめてどうしたの?」
私の後であったレラに袖を引かれ、私は思考を戻す。
「なんでもない…お腹すいたなって」
礼拝室の冷たい冷たい空気がほつれた服を通り抜ける。
「ほんとだよね…」
レラと言葉を交わしながら元いた位置に戻る。


洗礼が終わり、並んでいる孤児たちの前に司教が出てくる。
「神に感謝を祈りなさい。適性を世のために使いなさい。」
司教の言葉に全員で神に祈る。
神に祈るポーズを取りながら私は先程見えた人体図について考えていた。


司教と司祭が礼拝室から退出し、私達も孤児院へ帰る。
「ねえ、シェラ今日も森へ行くんでしょ?」
「うん。孤児院のご飯だけじゃ足りないし。この間仕掛けた罠を確認しようと思って」
私は、いつも通りの返事をした。
 
何故、この世界に生まれたのか、記憶が戻ったのかは分からない。
でも、私は今を生きていくしかないのだ。
(せっかく前世の記憶が戻ったんだから、生かさないと意味がないよね。
ハードな世界だけど、前世より長生きしたいな)


私はそう思いながら孤児院への道を歩いた。


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視界が白く、弾けた。
無影灯の、目が眩むような白だ。
「ペアン、…鑷子と針ちょうだい」
「はい」
パシッ
耳元で鳴り響く電子音。消毒液の匂い。医師の声。手袋越しの体液と器械の触感。
(私はあの日、怒涛のようなオペ予定をこなし、明け方の帰り道で——?)
「神に感謝を捧げなさい」
低く、厳かな声に引き戻される。
跪き胸の前で組んでいた手を開く。目を開ければ、そこは清潔な手術室ではなく、煤けた石造りの礼拝堂だった。
目の前には、白地に金の刺繍が入った法衣を纏った司教が立っている。私の手には、使い古された孤児院の服の感触。
(…今の私は孤児のシェラ。そして今日は、私の7歳の洗礼式だ)
「さあ、1人ずつ祭壇へ。偉大なる神から授かりし魔力の適性を見極めるのです」
司教の言葉に1人ずつ順番に祭壇に登って行く。周囲には、同じように洗礼を受ける孤児たちが並んでいる。
祭壇には水晶が置かれている。1人目の子が祭壇の上にいる司祭に促され、水晶に手を当てると薄い水色に光る。
「適性は水だな、次!」
司祭は早く終わらせたいのだろう、業務的に進めていく。
(心臓の鼓動が速い。頻脈だ)
こんな様子を見ながら私は、前世の記憶が濁流のように脳内を駆け巡っていた。
7年間の看護師としてのキャリア。解剖学、生理学、薬理学。同僚、先輩達とのやりとり。多数の術式。
(…29歳。まだ、やりたいことがたくさんあったのに)
「大丈夫?顔色悪いよ」
隣に並んでいた良く一緒にいるレラが声をかけてくる。
「うん、大丈夫」
感傷を振り払い、軽く微笑む。
「次」
順番がやってきた私は祭壇の水晶に手を触れた。
瞬間、水晶が柔らかな緑色に発光する。
「……ほう。適性は『癒し』。珍しいが、平民にも稀に出る型だな。魔力量は、まあ、並よりは少し多い程度か」
司祭の声には、期待も落胆もなかった。
この世界では、魔力の量は血筋で決まる。孤児の私に大きな力があるはずがない、と彼は最初から決めつけているのだ。
だが、私の視界には、彼には見えていないものが映っていた。
自分の手を見つめる。
皮膚が透け、その下を走る橈骨《とうこつ》動脈がドクドクと拍動しているのが見える。神経の束、筋肉の線維、血液の流れる速度。
それは、前世で何度も開いた教科書よりも鮮明な、生きた「人体図」だった。
(なにこれ…。血管の走行?)
「おい、早く降りろ、邪魔だ」
少しぼうっとしてしまった為、司祭に怒られてしまった。
「申し訳ありません。」
素早く謝り、私は素早く祭壇をおりる。
司祭を怒らすと懲罰室行きでご飯を抜かれてしまうので、従順であることが重要である。
「……手なんか見つめてどうしたの?」
私の後であったレラに袖を引かれ、私は思考を戻す。
「なんでもない…お腹すいたなって」
礼拝室の冷たい冷たい空気がほつれた服を通り抜ける。
「ほんとだよね…」
レラと言葉を交わしながら元いた位置に戻る。
洗礼が終わり、並んでいる孤児たちの前に司教が出てくる。
「神に感謝を祈りなさい。適性を世のために使いなさい。」
司教の言葉に全員で神に祈る。
神に祈るポーズを取りながら私は先程見えた人体図について考えていた。
司教と司祭が礼拝室から退出し、私達も孤児院へ帰る。
「ねえ、シェラ今日も森へ行くんでしょ?」
「うん。孤児院のご飯だけじゃ足りないし。この間仕掛けた罠を確認しようと思って」
私は、いつも通りの返事をした。
何故、この世界に生まれたのか、記憶が戻ったのかは分からない。
でも、私は今を生きていくしかないのだ。
(せっかく前世の記憶が戻ったんだから、生かさないと意味がないよね。
ハードな世界だけど、前世より長生きしたいな)
私はそう思いながら孤児院への道を歩いた。