第4話【余拍】
ー/ー カーテンの隙間から僅かな光が部屋に射し込んでいた。
今現在7時30分を指している時計の秒針が動く音と、ふたりの少女の寝息が、静かにビートを刻んでいる。
「……ん……」
最初に目覚めたのは蒼だった。
蒼は小さくうめきながら緋を抱きしめ、布団に引き摺り込む。
そしてそこから1時間近く経ってから、緋も目を覚ました。
「おはよう、緋」
「……ぁぉぃ……」
蒼のおはように、緋は本当に小さな掠れた声で反応した。
「まだ眠たい?」
「……ぅぅ…」
「……可愛い。寝てていいわよ。土曜日だもの」
そこから緋がちゃんと起きるまでには約30分かかり、その間、蒼は緋を撫で続けた。
◇◇◇
起きて顔を洗い、緋と蒼は遅い朝食。
冷凍されていたご飯を電子レンジで解凍し茶碗に盛り、お茶漬けの素をかけ、やかんで沸かしていた熱湯を注げば完成。
「ごめんなさい、簡単なものしか用意できなくて。食材を使い切ってたところなのよ」
「いいよ。お茶漬け好きだし。それに、蒼に文句とか言えないよ」
「ありがとう。……いただきます」
「ん。いただきます」
ふぅーっと息を吹きかけて冷ましながら口に運ぶ。
「……ん」
美味しさに口角が上がる。
緋はしばらくは少しづつ口に運び、ある程度食べやすい温かさになるとかき込んだ。
「ご馳走様でした」
「ええ。足りなくなかった?大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう」
2人とも食べ終え、茶碗を流しへ。
「私が洗うわ。緋は好きにしてて」
「ん。ありがとう」
とりあえず歯を磨くことにした。
◇◇◇
「……ねぇ緋」
「んゅ?」
緋がリビングに戻ると、蒼が両手の指を合わせながら寄ってきた。
「なに?」
「……これからも、一緒に暮らさない?」
「……ここで?」
「ええ」
緋は少し考えようと間を置いたが、結局即決だった。
「……うん。わかった。一緒に暮らそう、蒼」
「本当!?ありがとう!嬉しい……」
「私も嬉しい。蒼が誘ってくれて。……でもそうだな……一旦荷物取りに家帰らないと。着替えとかも必要だし」
「そうよね」
◇◇◇
県境を跨ぎ相模原へ。
都市部からは少し外れた所に、かなり大きな家があった。敷地は塀に囲まれており、鉄の門の先に少しの通路を経て玄関がある。
「ここが緋の家?」
「うん。……音立てずにね」
門の鍵を開け、緋は蒼と共にそっと中へ入る。
玄関の鍵は空いていた。できるだけゆっくり扉を開く。靴は、女物のブーツやスニーカーがあるだけ。
「お父さんはいないみたいだけど、お母さんはいるっぽい」
緋は囁き声で蒼に伝えた。
「……多分部屋にいると思うけど……私の部屋、2階の1番奥で、お母さんの部屋がその1個手前なの……バレずに行けると思う?」
「バレたらマズい?……って、マズいわよね」
なんとなく察した蒼は呟く。
「……そうね、正直バレそうなものだと思うけど」
「そっか。蒼を嫌な気持ちにさせたくないし……外で待っててくれる?必ず戻るから」
「……大丈夫なの?」
「大丈夫。すぐ戻ってくるから」
靴を脱いで中へ。
少し進むと開けたリビング。クラシカルな内装で、天井には綺麗なシャンデリアがつり下がっている。
その横の階段を、できるだけ足音を立てないように気を付けながら登る。
廊下を奥まで進み、緋の部屋へ。
扉を開けるときに少し軋む音がしてビビる。
「……?」
そして部屋に入った時、緋は少し混乱した。
緋の記憶の中では、部屋は雑に散らかった状態だった。中学校の制服のセイラー服も脱ぎ捨てたままで、登校用のカバンも投げ捨てるように部屋の真ん中に置いた。机の上は書きなぐっては没にしてきた楽譜が散乱していたはず。
それが、綺麗に片づけられていた。
制服はハンガーにかけられており、汚れやシワも消えていた。ベッドの布団も綺麗に整えられていた。
「……」
緋はタンスを開け、洋服などをカバンに詰める。そして小型のシンセサイザー、部屋の隅にあるアコースティックギターもケースに入れて背負い、制服とカバンも持つ。
「……よし。いこ」
緋は部屋を出る。
「——緋?」
「っ……!」
――廊下にでると、そこには緋と瓜二つの母『茜』の姿があった。
「どこ行ってたの…?」
「別にどこ行ったっていいでしょ」
「よくないよ、私心配で――」
「——助けてくれないくせに口ばっかり。お望み通り私出てくから。どいて」
「あっ……緋っ……!」
緋は茜の手を振り払い、駆け足で玄関まで逃げ、靴を履いて家を出る。
「蒼、おまたせ。いこ!」
「え、ええ」
緋は蒼の手を引いて走り出した。
◇◇◇
──土日が過ぎ去り、月曜日。天気は快晴。
緋と蒼は別々の制服に着替え、中学校へと登校しようとしていた。
「離れたくないけど、仕方ないわね」
「うん。……でも、高校は同じところに行くから。それまでの辛抱……かな」
「ええ」
家を出て少しの間一緒に歩き、緋は電車に乗るために蒼と別れた。
「……」
ホームに来た緋は視線を落とし、唇をかみしめながら、電車が来るのを待った。
◇◇◇
「──おはようゴミカス。そのスッカスカな脳みそでも入れる高校は見つかった?」
教室に入れば、無駄に態度の大きなクラスメイトたち6人に囲まれた。
「……うるさい」
「うるさくないし。立場弁えて口聞けよゴミ」
「ぁッ……」
誰の目にも留まる教室の入口付近で、緋は肩を捕まれて壁際に押され、乱暴に叩きつけられた。
見ている人は何も言わない。これがいつも通りの光景であり、何の疑問も抱かない。
「なんだっけ?シンガーソングライター?なるんだっけ?誰にも聴いて貰えない惨めな歌歌ってんでしょ?いい加減諦めたら?」
「……」
緋は無反応を決め込んだ。ただ飛んでくる暴力を、唇を噛み締めながら、なんとか痛くないように腕でガードするのみの抵抗。
「みんな、そろそろチャイムなるよ」
「お、そっか。碧ナイス。座ろ座ろ」
取り巻きのうちの一人、碧の一言で、緋を囲んでいたいじめっ子たちは解散し、自分の席へ戻っていく。
緋はその場でへたり込んだ。
そしてチャイムがなり、担任の教師が教室に入ってくる。
「終。席に着け。遅刻扱いにするぞ」
「……」
────これが、中学校での終緋だった。
◇◇◇
学校を終え、緋は蒼の家に帰ってきた。玄関の扉を開け、中へ入る。
「緋!おかえりなさい」
その音が聞こえたのか、蒼が玄関まで早足でやってきた。
「うん。……ただいま」
「緋……どうしたのよ、それ……!」
玄関まで来た蒼は、緋の姿を見て驚いた顔をした。
今日は一日中晴れていたにも関わらず、緋は水に濡れていた。若干乾いてはいるがそれでも濡れたまま。水を吸った制服のセイラー服は緋の体に張り付いて、12月の冷たい空気と協力して緋の体温を奪い続けていた。
「……ちょっとね」
「……ちょっとねじゃないわよ。……とにかくまず着替えましょ。お風呂もすぐ沸かしてくるから。風邪を引いちゃうわ」
「ごめん、ありがとう」
靴を脱いで上がり、脱衣所でセイラー服を脱ぎ、体をタオルで拭く。
「……ねぇ緋、それ……」
蒼は、緋の脇腹の辺りにあるアザを見て聞いた。
「……後で話すね」
緋が着替えている間に、蒼は風呂を洗いお湯張りのボタンを押した。
「……話して、緋」
「……うん」
リビングに戻り、緋は蒼に話し始めた。
「まぁ……簡単に言うと、いじめ。私嫌われ者だからさ」
「……」
蒼の表情も曇る。
「……いつから?」
「蒼がいなくなった時くらいから。……私、興味が無いことにはとことん無関心だからさ。……だから、浮いてたんだと思う」
「……誰か、味方は……?」
「いない」
「……そう……」
「……でも、大丈夫だから。心配してくれてありがとう、蒼」
「だめよ。私は許せない。誰がいじめたの?なんで教員は助けてくれないの?……誰かを傷つけて…そんな人間がのうのうと生きてていいわけがないわ。何か……何かできないの?」
「ありがと、怒ってくれて。……でも、できることはあるから。私次第なんだけど」
「なに?」
「私が大スターになって、全員見返す。私を見下してきた奴ら全員、私は大きなステージに立って見下してやるの。だから大丈夫。私は負けてないから」
「……緋……」
「……ふふっ。心配してくれてありがと蒼。ほんとに私は大丈夫だから。ね?」
「……ええ。貴女が大丈夫だって言うなら信じるけど、辛い時は辛いって言うのよ?嘘つきは泥棒の始まりなんだから」
「うん」
緋は静かに頷き、蒼にもたれかかった。
余拍【on the 0th beat】
──End
今現在7時30分を指している時計の秒針が動く音と、ふたりの少女の寝息が、静かにビートを刻んでいる。
「……ん……」
最初に目覚めたのは蒼だった。
蒼は小さくうめきながら緋を抱きしめ、布団に引き摺り込む。
そしてそこから1時間近く経ってから、緋も目を覚ました。
「おはよう、緋」
「……ぁぉぃ……」
蒼のおはように、緋は本当に小さな掠れた声で反応した。
「まだ眠たい?」
「……ぅぅ…」
「……可愛い。寝てていいわよ。土曜日だもの」
そこから緋がちゃんと起きるまでには約30分かかり、その間、蒼は緋を撫で続けた。
◇◇◇
起きて顔を洗い、緋と蒼は遅い朝食。
冷凍されていたご飯を電子レンジで解凍し茶碗に盛り、お茶漬けの素をかけ、やかんで沸かしていた熱湯を注げば完成。
「ごめんなさい、簡単なものしか用意できなくて。食材を使い切ってたところなのよ」
「いいよ。お茶漬け好きだし。それに、蒼に文句とか言えないよ」
「ありがとう。……いただきます」
「ん。いただきます」
ふぅーっと息を吹きかけて冷ましながら口に運ぶ。
「……ん」
美味しさに口角が上がる。
緋はしばらくは少しづつ口に運び、ある程度食べやすい温かさになるとかき込んだ。
「ご馳走様でした」
「ええ。足りなくなかった?大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう」
2人とも食べ終え、茶碗を流しへ。
「私が洗うわ。緋は好きにしてて」
「ん。ありがとう」
とりあえず歯を磨くことにした。
◇◇◇
「……ねぇ緋」
「んゅ?」
緋がリビングに戻ると、蒼が両手の指を合わせながら寄ってきた。
「なに?」
「……これからも、一緒に暮らさない?」
「……ここで?」
「ええ」
緋は少し考えようと間を置いたが、結局即決だった。
「……うん。わかった。一緒に暮らそう、蒼」
「本当!?ありがとう!嬉しい……」
「私も嬉しい。蒼が誘ってくれて。……でもそうだな……一旦荷物取りに家帰らないと。着替えとかも必要だし」
「そうよね」
◇◇◇
県境を跨ぎ相模原へ。
都市部からは少し外れた所に、かなり大きな家があった。敷地は塀に囲まれており、鉄の門の先に少しの通路を経て玄関がある。
「ここが緋の家?」
「うん。……音立てずにね」
門の鍵を開け、緋は蒼と共にそっと中へ入る。
玄関の鍵は空いていた。できるだけゆっくり扉を開く。靴は、女物のブーツやスニーカーがあるだけ。
「お父さんはいないみたいだけど、お母さんはいるっぽい」
緋は囁き声で蒼に伝えた。
「……多分部屋にいると思うけど……私の部屋、2階の1番奥で、お母さんの部屋がその1個手前なの……バレずに行けると思う?」
「バレたらマズい?……って、マズいわよね」
なんとなく察した蒼は呟く。
「……そうね、正直バレそうなものだと思うけど」
「そっか。蒼を嫌な気持ちにさせたくないし……外で待っててくれる?必ず戻るから」
「……大丈夫なの?」
「大丈夫。すぐ戻ってくるから」
靴を脱いで中へ。
少し進むと開けたリビング。クラシカルな内装で、天井には綺麗なシャンデリアがつり下がっている。
その横の階段を、できるだけ足音を立てないように気を付けながら登る。
廊下を奥まで進み、緋の部屋へ。
扉を開けるときに少し軋む音がしてビビる。
「……?」
そして部屋に入った時、緋は少し混乱した。
緋の記憶の中では、部屋は雑に散らかった状態だった。中学校の制服のセイラー服も脱ぎ捨てたままで、登校用のカバンも投げ捨てるように部屋の真ん中に置いた。机の上は書きなぐっては没にしてきた楽譜が散乱していたはず。
それが、綺麗に片づけられていた。
制服はハンガーにかけられており、汚れやシワも消えていた。ベッドの布団も綺麗に整えられていた。
「……」
緋はタンスを開け、洋服などをカバンに詰める。そして小型のシンセサイザー、部屋の隅にあるアコースティックギターもケースに入れて背負い、制服とカバンも持つ。
「……よし。いこ」
緋は部屋を出る。
「——緋?」
「っ……!」
――廊下にでると、そこには緋と瓜二つの母『茜』の姿があった。
「どこ行ってたの…?」
「別にどこ行ったっていいでしょ」
「よくないよ、私心配で――」
「——助けてくれないくせに口ばっかり。お望み通り私出てくから。どいて」
「あっ……緋っ……!」
緋は茜の手を振り払い、駆け足で玄関まで逃げ、靴を履いて家を出る。
「蒼、おまたせ。いこ!」
「え、ええ」
緋は蒼の手を引いて走り出した。
◇◇◇
──土日が過ぎ去り、月曜日。天気は快晴。
緋と蒼は別々の制服に着替え、中学校へと登校しようとしていた。
「離れたくないけど、仕方ないわね」
「うん。……でも、高校は同じところに行くから。それまでの辛抱……かな」
「ええ」
家を出て少しの間一緒に歩き、緋は電車に乗るために蒼と別れた。
「……」
ホームに来た緋は視線を落とし、唇をかみしめながら、電車が来るのを待った。
◇◇◇
「──おはようゴミカス。そのスッカスカな脳みそでも入れる高校は見つかった?」
教室に入れば、無駄に態度の大きなクラスメイトたち6人に囲まれた。
「……うるさい」
「うるさくないし。立場弁えて口聞けよゴミ」
「ぁッ……」
誰の目にも留まる教室の入口付近で、緋は肩を捕まれて壁際に押され、乱暴に叩きつけられた。
見ている人は何も言わない。これがいつも通りの光景であり、何の疑問も抱かない。
「なんだっけ?シンガーソングライター?なるんだっけ?誰にも聴いて貰えない惨めな歌歌ってんでしょ?いい加減諦めたら?」
「……」
緋は無反応を決め込んだ。ただ飛んでくる暴力を、唇を噛み締めながら、なんとか痛くないように腕でガードするのみの抵抗。
「みんな、そろそろチャイムなるよ」
「お、そっか。碧ナイス。座ろ座ろ」
取り巻きのうちの一人、碧の一言で、緋を囲んでいたいじめっ子たちは解散し、自分の席へ戻っていく。
緋はその場でへたり込んだ。
そしてチャイムがなり、担任の教師が教室に入ってくる。
「終。席に着け。遅刻扱いにするぞ」
「……」
────これが、中学校での終緋だった。
◇◇◇
学校を終え、緋は蒼の家に帰ってきた。玄関の扉を開け、中へ入る。
「緋!おかえりなさい」
その音が聞こえたのか、蒼が玄関まで早足でやってきた。
「うん。……ただいま」
「緋……どうしたのよ、それ……!」
玄関まで来た蒼は、緋の姿を見て驚いた顔をした。
今日は一日中晴れていたにも関わらず、緋は水に濡れていた。若干乾いてはいるがそれでも濡れたまま。水を吸った制服のセイラー服は緋の体に張り付いて、12月の冷たい空気と協力して緋の体温を奪い続けていた。
「……ちょっとね」
「……ちょっとねじゃないわよ。……とにかくまず着替えましょ。お風呂もすぐ沸かしてくるから。風邪を引いちゃうわ」
「ごめん、ありがとう」
靴を脱いで上がり、脱衣所でセイラー服を脱ぎ、体をタオルで拭く。
「……ねぇ緋、それ……」
蒼は、緋の脇腹の辺りにあるアザを見て聞いた。
「……後で話すね」
緋が着替えている間に、蒼は風呂を洗いお湯張りのボタンを押した。
「……話して、緋」
「……うん」
リビングに戻り、緋は蒼に話し始めた。
「まぁ……簡単に言うと、いじめ。私嫌われ者だからさ」
「……」
蒼の表情も曇る。
「……いつから?」
「蒼がいなくなった時くらいから。……私、興味が無いことにはとことん無関心だからさ。……だから、浮いてたんだと思う」
「……誰か、味方は……?」
「いない」
「……そう……」
「……でも、大丈夫だから。心配してくれてありがとう、蒼」
「だめよ。私は許せない。誰がいじめたの?なんで教員は助けてくれないの?……誰かを傷つけて…そんな人間がのうのうと生きてていいわけがないわ。何か……何かできないの?」
「ありがと、怒ってくれて。……でも、できることはあるから。私次第なんだけど」
「なに?」
「私が大スターになって、全員見返す。私を見下してきた奴ら全員、私は大きなステージに立って見下してやるの。だから大丈夫。私は負けてないから」
「……緋……」
「……ふふっ。心配してくれてありがと蒼。ほんとに私は大丈夫だから。ね?」
「……ええ。貴女が大丈夫だって言うなら信じるけど、辛い時は辛いって言うのよ?嘘つきは泥棒の始まりなんだから」
「うん」
緋は静かに頷き、蒼にもたれかかった。
余拍【on the 0th beat】
──End
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