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第3話【結成】

ー/ー



 洗い合いっこでそこそこ時間が溶けていたため、洗濯は乾燥含め終わっていた。

 緋は蒼の部屋着を貸してもらい、それを着る。ELLEGARDENのバンドTシャツだった。

「蒼、そういえば昔からエルレ好きだったよね」
「ええ。まあ、お母さんが好きだったのを私も聴いてた、ってだけなんだけど。……でも好きよ」
「今もまだ聴くの?」
「ええ。音楽の趣味は変わらないわ。貴女と細美さんだけ」
「大変恐れ多い……」
「お世辞じゃないわよ。貴女の歌に惹かれたのは事実なんだから」
「会ったときの話?」
「そうよ。保育所の部屋の隅っこで貴女が歌っていた」
「蒼が寄ってきてくれたんだよね」
「でも、私はいつまでたっても話しかけられなくて。最初に話しかけてくれたのは貴女だった。……すごく可愛かったわ」
「もう。……あの時の私が死ぬほど緊張してたこと知らないでしょ」
「すごく可愛かった」
「……」

 蒼に何度も可愛いと言われ、緋は照れくさそうに目をキョロキョロさせた。

「……さ、夜ご飯にしましょ。本当はできたてを食べさせてあげたいんだけど、残り物とインスタントでもいいかしら」
「いいよ。ごはんまでごちそうになっちゃって悪いね」
「いいのよ。貴女といられることが何よりうれしいの」
「ありがと。手伝えることがあったら言ってよ。手伝うから」
「ありがとう」

 ふたりで準備を進める。
 蒼が冷蔵庫から取り出したタッパーの中身の唐揚げを皿に盛り付け、電子レンジで加熱。ご飯も同様。インスタントの味噌汁は熱湯を注いで出来上がりだ。

「すぐできたね」
「ええ。いただきましょ」
「うん。いただきます」

 ふたりで食卓を囲み、手を合わせる。

「おいしい」
「おいしい?よかった」

 残り物とインスタントでも十分美味しい。緋はすぐに平らげてしまった。

「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」

 蒼も少し遅れて完食し、ふたりは食器を片付ける。

「私が洗うから、緋はゆっくりしてて」
「いいの?」
「ええ。たった2人分だしすぐ終わるわ」
「わかった」

 緋はダイニングキッチンの前にある畳の部屋へ行くと、座布団の上に座る。

「……あ、そうだ携帯」

 蒼と会えたことが嬉しすぎて、全く触っていなかった。
 上着のポケットから携帯を取り出し、画面を付ける。すると、LINEのメッセージが何通か来ていた。

「…………」

 送り主は、『茜(あかね)』。緋の母だった。

『どこにいるの?』
『帰り遅くなる?』
『不在着信』
『返事して』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『お願い』

「……なんなの今更。母親ぶっても遅いんだから」

 緋は『天気悪いから友達の家に泊まることにした』とだけ伝え、携帯の電源を切った。

「はぁ……」

 緋は大きくため息をついた。

 するとそこへ、皿洗いを終えた蒼が戻ってきた。

「……疲れた?」
「……まあ、うん」
「……もう9時半だものね」
「え、もうそんな時間?」

 緋は壁にかけてある時計を見た。確かに、時計は9時30分を指していた。

「……時間気にしてなかった」
「仕方ないわ。私もさっき皿洗い中に気づいたんだもの。……楽しい時間って、一瞬で過ぎていくわね」
「だね。……もっと蒼といたい」
「これからもいられるわよ。そのための約束でしょ」
「うん」
「……少しゆっくりしたら、歯を磨いて寝ましょ」
「うん」


◇◇◇


 玄関から見えていた階段から2階へと上がり、すぐ右の部屋が蒼の部屋だった。

「入って」
「ん」

 蒼の部屋は、あまり物が置かれておらずシンプルだった。目立った家具はベッドと勉強机くらい。棚もスカスカで、ELLEGARDENのアルバムが飾ってあるくらい。しかしそんな部屋で、隅(すみ)の方ではなく絨毯(じゅうたん)のすぐ横の手に取りやすい位置に置かれたベースが存在感を放っていた。ブルーメタリックカラーの、ジャズベースタイプのエレキベースだった。

「え、蒼のベース?」
「ええ。驚いた?」
「うん。ベース……蒼にピッタリだと思う」
「そう?ありがとう。とはいっても、部屋でひとりで弾いてるだけなんだけど」
「それでも、かっこいい。……ねぇ、なんか弾いてよ」
「ルート弾きしかできないわよ?」
「十分だよ」
「……そうね。じゃあ、少しだけ」

 蒼はジャズベースを手に取り、ストラップを肩にかける。ストラップはかなり長く、ベースのボディは太もものあたりに位置していた。
 シールドでアンプと繋ぎ、アンプの電源を入れる。ヘッドにくっ付けてあるチューナーを見ながら、4本ある弦を順番にチューニングしていく。

「……」

 蒼は目を閉じ、だらんと下げた右手の細い指で弦を弾く。
 中指と人差し指を使う、シンプルなルート弾きで、A、D、Eを中心とした8ビートを刻む。
 疾走感とメロディアスさを両立したベースライン。

 心臓にまで響く低音。ただ、優しい音色。

 優しく寄り添ってくれるような、そんな音色。

 時々入る細かいフィルイン。

 指弾きでは難易度が高めな高速刻みをもやってのけ、そして全体を通して勢いを保ちながら、最後まで正確に弾ききってみせた。

「……どう?」

「上手い!蒼凄いよ!?」

「そんな褒められると少し照れるわね。……さ、もう寝ましょ」

 蒼はアンプの電源を切り、シールドを外しジャズベースをスタンドに置く。

「……少し狭いかもしれないけど、一緒に寝ましょ。先に入って。私は明かり消すから」
「うん」

 緋は蒼のベッドに上がる。
 蒼の匂いがする。

 部屋の照明が落とされ、そこへ蒼もやってきた。

「……やっぱり少し狭いわね」
「いいよ。……くっつけばいい」
「……ええ」

 ふたりで向かい合って布団に潜る。緋は蒼の胸の中へ。

「……あったかい」
「ええ」

 蒼に抱きしめられた緋は、その体温を全身で感じていた。


「……あのさ、蒼」
「なに?緋」

 緋は囁き声で蒼に話しかけ、蒼も囁き声で返した。

「蒼は、夢ってある?」

「……そうね。貴女とずっと一緒にいること。これだけ」

「そっか。……私はさ。……もちろん蒼と一緒にいたいって気持ちもあるんだけど、もうひとつ。スターになりたいって夢があって」

「だから、シンガーソングライターに?」

「うん。……だけど、やっぱり少し難しくて。私ひとりじゃ、ちょっと辛くて」

「緋……」

「だから……だからね?……もしよかったら、私と……バンド……組んでくれないかな」

「……バンド……?」

「うん。私ひとりじゃ正直きつい。けど、蒼と一緒なら……。……蒼のベース、趣味で終わらせるのはもったいないよ。……それにさ。約束のことも……バンドで叶えようよ。高校も、その先……仕事も。同じにして、ずっと一緒にいようって約束。バンドなら、ずっと一緒にいられる」

「…………」

 蒼の抱きしめる手に、少し力が入った。

「……そうね。いいわよ。やりましょ、バンド」

「ほんと……!?」

「ええ。他にやりたいことも無いし。それに、緋からの誘いだもの。断るなんて、そんなこと、絶対にしちゃいけないわ」

「蒼……!」

「……貴女がいてくれさえすれば、私は何だってできる。私からもお願いするわ。貴女の隣でベースを弾かせてくれないかしら」

「うん。ありがとう。……これからもよろしく、蒼っ」
「ええ。よろしく、緋……」

 ふたりは、お互いに強く抱き締め合った。

「じゃぁ……おやすみ、緋」
「ん。……おやすみ、蒼」

 そして誘われてゆく。

 温かいまどろみの中へ。



……To be continued


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 洗い合いっこでそこそこ時間が溶けていたため、洗濯は乾燥含め終わっていた。
 緋は蒼の部屋着を貸してもらい、それを着る。ELLEGARDENのバンドTシャツだった。
「蒼、そういえば昔からエルレ好きだったよね」
「ええ。まあ、お母さんが好きだったのを私も聴いてた、ってだけなんだけど。……でも好きよ」
「今もまだ聴くの?」
「ええ。音楽の趣味は変わらないわ。貴女と細美さんだけ」
「大変恐れ多い……」
「お世辞じゃないわよ。貴女の歌に惹かれたのは事実なんだから」
「会ったときの話?」
「そうよ。保育所の部屋の隅っこで貴女が歌っていた」
「蒼が寄ってきてくれたんだよね」
「でも、私はいつまでたっても話しかけられなくて。最初に話しかけてくれたのは貴女だった。……すごく可愛かったわ」
「もう。……あの時の私が死ぬほど緊張してたこと知らないでしょ」
「すごく可愛かった」
「……」
 蒼に何度も可愛いと言われ、緋は照れくさそうに目をキョロキョロさせた。
「……さ、夜ご飯にしましょ。本当はできたてを食べさせてあげたいんだけど、残り物とインスタントでもいいかしら」
「いいよ。ごはんまでごちそうになっちゃって悪いね」
「いいのよ。貴女といられることが何よりうれしいの」
「ありがと。手伝えることがあったら言ってよ。手伝うから」
「ありがとう」
 ふたりで準備を進める。
 蒼が冷蔵庫から取り出したタッパーの中身の唐揚げを皿に盛り付け、電子レンジで加熱。ご飯も同様。インスタントの味噌汁は熱湯を注いで出来上がりだ。
「すぐできたね」
「ええ。いただきましょ」
「うん。いただきます」
 ふたりで食卓を囲み、手を合わせる。
「おいしい」
「おいしい?よかった」
 残り物とインスタントでも十分美味しい。緋はすぐに平らげてしまった。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
 蒼も少し遅れて完食し、ふたりは食器を片付ける。
「私が洗うから、緋はゆっくりしてて」
「いいの?」
「ええ。たった2人分だしすぐ終わるわ」
「わかった」
 緋はダイニングキッチンの前にある畳の部屋へ行くと、座布団の上に座る。
「……あ、そうだ携帯」
 蒼と会えたことが嬉しすぎて、全く触っていなかった。
 上着のポケットから携帯を取り出し、画面を付ける。すると、LINEのメッセージが何通か来ていた。
「…………」
 送り主は、『茜《あかね》』。緋の母だった。
『どこにいるの?』
『帰り遅くなる?』
『不在着信』
『返事して』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『お願い』
「……なんなの今更。母親ぶっても遅いんだから」
 緋は『天気悪いから友達の家に泊まることにした』とだけ伝え、携帯の電源を切った。
「はぁ……」
 緋は大きくため息をついた。
 するとそこへ、皿洗いを終えた蒼が戻ってきた。
「……疲れた?」
「……まあ、うん」
「……もう9時半だものね」
「え、もうそんな時間?」
 緋は壁にかけてある時計を見た。確かに、時計は9時30分を指していた。
「……時間気にしてなかった」
「仕方ないわ。私もさっき皿洗い中に気づいたんだもの。……楽しい時間って、一瞬で過ぎていくわね」
「だね。……もっと蒼といたい」
「これからもいられるわよ。そのための約束でしょ」
「うん」
「……少しゆっくりしたら、歯を磨いて寝ましょ」
「うん」
◇◇◇
 玄関から見えていた階段から2階へと上がり、すぐ右の部屋が蒼の部屋だった。
「入って」
「ん」
 蒼の部屋は、あまり物が置かれておらずシンプルだった。目立った家具はベッドと勉強机くらい。棚もスカスカで、ELLEGARDENのアルバムが飾ってあるくらい。しかしそんな部屋で、隅《すみ》の方ではなく絨毯《じゅうたん》のすぐ横の手に取りやすい位置に置かれたベースが存在感を放っていた。ブルーメタリックカラーの、ジャズベースタイプのエレキベースだった。
「え、蒼のベース?」
「ええ。驚いた?」
「うん。ベース……蒼にピッタリだと思う」
「そう?ありがとう。とはいっても、部屋でひとりで弾いてるだけなんだけど」
「それでも、かっこいい。……ねぇ、なんか弾いてよ」
「ルート弾きしかできないわよ?」
「十分だよ」
「……そうね。じゃあ、少しだけ」
 蒼はジャズベースを手に取り、ストラップを肩にかける。ストラップはかなり長く、ベースのボディは太もものあたりに位置していた。
 シールドでアンプと繋ぎ、アンプの電源を入れる。ヘッドにくっ付けてあるチューナーを見ながら、4本ある弦を順番にチューニングしていく。
「……」
 蒼は目を閉じ、だらんと下げた右手の細い指で弦を弾く。
 中指と人差し指を使う、シンプルなルート弾きで、A、D、Eを中心とした8ビートを刻む。
 疾走感とメロディアスさを両立したベースライン。
 心臓にまで響く低音。ただ、優しい音色。
 優しく寄り添ってくれるような、そんな音色。
 時々入る細かいフィルイン。
 指弾きでは難易度が高めな高速刻みをもやってのけ、そして全体を通して勢いを保ちながら、最後まで正確に弾ききってみせた。
「……どう?」
「上手い!蒼凄いよ!?」
「そんな褒められると少し照れるわね。……さ、もう寝ましょ」
 蒼はアンプの電源を切り、シールドを外しジャズベースをスタンドに置く。
「……少し狭いかもしれないけど、一緒に寝ましょ。先に入って。私は明かり消すから」
「うん」
 緋は蒼のベッドに上がる。
 蒼の匂いがする。
 部屋の照明が落とされ、そこへ蒼もやってきた。
「……やっぱり少し狭いわね」
「いいよ。……くっつけばいい」
「……ええ」
 ふたりで向かい合って布団に潜る。緋は蒼の胸の中へ。
「……あったかい」
「ええ」
 蒼に抱きしめられた緋は、その体温を全身で感じていた。
「……あのさ、蒼」
「なに?緋」
 緋は囁き声で蒼に話しかけ、蒼も囁き声で返した。
「蒼は、夢ってある?」
「……そうね。貴女とずっと一緒にいること。これだけ」
「そっか。……私はさ。……もちろん蒼と一緒にいたいって気持ちもあるんだけど、もうひとつ。スターになりたいって夢があって」
「だから、シンガーソングライターに?」
「うん。……だけど、やっぱり少し難しくて。私ひとりじゃ、ちょっと辛くて」
「緋……」
「だから……だからね?……もしよかったら、私と……バンド……組んでくれないかな」
「……バンド……?」
「うん。私ひとりじゃ正直きつい。けど、蒼と一緒なら……。……蒼のベース、趣味で終わらせるのはもったいないよ。……それにさ。約束のことも……バンドで叶えようよ。高校も、その先……仕事も。同じにして、ずっと一緒にいようって約束。バンドなら、ずっと一緒にいられる」
「…………」
 蒼の抱きしめる手に、少し力が入った。
「……そうね。いいわよ。やりましょ、バンド」
「ほんと……!?」
「ええ。他にやりたいことも無いし。それに、緋からの誘いだもの。断るなんて、そんなこと、絶対にしちゃいけないわ」
「蒼……!」
「……貴女がいてくれさえすれば、私は何だってできる。私からもお願いするわ。貴女の隣でベースを弾かせてくれないかしら」
「うん。ありがとう。……これからもよろしく、蒼っ」
「ええ。よろしく、緋……」
 ふたりは、お互いに強く抱き締め合った。
「じゃぁ……おやすみ、緋」
「ん。……おやすみ、蒼」
 そして誘われてゆく。
 温かいまどろみの中へ。
……To be continued