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【3】

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「お母さん、いきなりごめんね」
「気にしなくていいわ。なんならこっちで寝かせるから。……まーちゃん、じーじとばーばと遊ぼうね」
「うん!」
 真斗を連れて隣の実家を訪ねた沙織に、母は素知らぬ風に微笑んでくれる。
「そうね、もしかしたらお願いするかも。泊めてもらうなら朝迎えに来るから。どうするかはまた連絡するわ」
「はいはい」
 再度感謝を述べて、沙織は自宅に引き返した。
「おかえり。お義父さんとお義母さんには面倒掛けちゃうな」
「大丈夫よ」
 素っ気なく返した沙織に、夫は真剣な目を向けて来る。
「沙織。僕からも話すことあるんだ。先に聞いてもらってもいいか?」
「……わかった」
 これが二人の、家族の、最後になるかもしれない。声が震えそうになるのが止められなかった。

「沙織が気にしてるのって、土曜の病院だよね? ──誰かに、会った?」
「ええ。男の子連れた、若い女の人」
 喉が乾いて張り付くようだ。どうにか絞り出した返事に、彼は微かに頷いて話を続ける。
「そうか、やっぱり。礼したいって言ってたし。あの子は、……美保ちゃんは僕の異母妹(いもうと)だよ。──クズ親父が浮気して生まれた子」
 異母妹。
 蒼良が真斗の()ではなく、洋介と美保が兄妹(・・)だった?
「そんな大事なこと。──なんで今まで話してくれなかったの!?」
 衝撃のあまり問い詰めるような口調になった沙織に、夫は苦しそうに顔を歪める。
「……怖かったんだ。君にもだけど、君のご両親に顔向けできない気がして。僕が母子家庭育ちだって知ってもまったく態度変えなかったよね。今だって本当に良くしてくれてる。『普通のおうち』がすごく羨ましくて、居心地よくて、──失くしたくなかった」
 彼の気持ちもわからなくはない。片親で理不尽な思いも飽きるほどして来たといつか話していた。
 だから、沙織の両親の自然な対応がとても嬉しい、とも。
 義母が健在の間は、洋介も美保と会うことはなかったという。
 母を苦しめた女の娘。異母妹に対する感情とは無関係に、母に寄り添いたかったのだと。
 幼少時から互いの存在は知っていたらしい。……美保の母親が娘を連れて洋介の家を訪ねて来ていたようだ。
 結果として、洋介の両親は離婚し彼は母親に引き取られた。
 しかしその後、美保の母と洋介の父は同居した時期もあったようだが何故か結婚はしていない。
 洋介の父は亡くなり、美保の母は姿を消して生死さえ不明。これからも、少なくとも洋介の耳に真相が入ることはないだろう。

 義母を亡くしてから、洋介は美保が若くして未婚のままシングルマザーになったことを知って会いに行ったそうだ。
 沙織と同い年の洋介より五歳年下の美保は二十七、蒼良はやはり保育園児で五歳だとか。
 洋介の甥で真斗の従兄に当たる蒼良。
 初めて伯父と甥が顔を合わせてから二年も経たない。沙織も知るように、洋介には自由時間はさほどなかった。
 縛った覚えなどないが、彼自身が何よりも家庭第一だったからだ。
 今も口にしたように、両親と子どもで仲良く過ごすことが一番の望みだったのだと俯き加減で呟く夫。
 その通りだ。
 洋介は父親としてはもちろん、沙織の夫としても申し分なかった。『証拠』を突き付けられたとはいえ、疑ったことを今更申し訳なく思うくらいに。
「洋介。もしよかったら、あ、向こうがね。……私、美保さんと蒼良くんに会ってみたいわ。親戚だもの」
 弾かれたように顔を上げた夫に、敢えて謝罪の言葉ではなく沙織は笑って見せた。


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みんなのリアクション

「お母さん、いきなりごめんね」
「気にしなくていいわ。なんならこっちで寝かせるから。……まーちゃん、じーじとばーばと遊ぼうね」
「うん!」
 真斗を連れて隣の実家を訪ねた沙織に、母は素知らぬ風に微笑んでくれる。
「そうね、もしかしたらお願いするかも。泊めてもらうなら朝迎えに来るから。どうするかはまた連絡するわ」
「はいはい」
 再度感謝を述べて、沙織は自宅に引き返した。
「おかえり。お義父さんとお義母さんには面倒掛けちゃうな」
「大丈夫よ」
 素っ気なく返した沙織に、夫は真剣な目を向けて来る。
「沙織。僕からも話すことあるんだ。先に聞いてもらってもいいか?」
「……わかった」
 これが二人の、家族の、最後になるかもしれない。声が震えそうになるのが止められなかった。
「沙織が気にしてるのって、土曜の病院だよね? ──誰かに、会った?」
「ええ。男の子連れた、若い女の人」
 喉が乾いて張り付くようだ。どうにか絞り出した返事に、彼は微かに頷いて話を続ける。
「そうか、やっぱり。礼したいって言ってたし。あの子は、……美保ちゃんは僕の|異母妹《いもうと》だよ。──クズ親父が浮気して生まれた子」
 異母妹。
 蒼良が真斗の|兄《・》ではなく、洋介と美保が|兄妹《・・》だった?
「そんな大事なこと。──なんで今まで話してくれなかったの!?」
 衝撃のあまり問い詰めるような口調になった沙織に、夫は苦しそうに顔を歪める。
「……怖かったんだ。君にもだけど、君のご両親に顔向けできない気がして。僕が母子家庭育ちだって知ってもまったく態度変えなかったよね。今だって本当に良くしてくれてる。『普通のおうち』がすごく羨ましくて、居心地よくて、──失くしたくなかった」
 彼の気持ちもわからなくはない。片親で理不尽な思いも飽きるほどして来たといつか話していた。
 だから、沙織の両親の自然な対応がとても嬉しい、とも。
 義母が健在の間は、洋介も美保と会うことはなかったという。
 母を苦しめた女の娘。異母妹に対する感情とは無関係に、母に寄り添いたかったのだと。
 幼少時から互いの存在は知っていたらしい。……美保の母親が娘を連れて洋介の家を訪ねて来ていたようだ。
 結果として、洋介の両親は離婚し彼は母親に引き取られた。
 しかしその後、美保の母と洋介の父は同居した時期もあったようだが何故か結婚はしていない。
 洋介の父は亡くなり、美保の母は姿を消して生死さえ不明。これからも、少なくとも洋介の耳に真相が入ることはないだろう。
 義母を亡くしてから、洋介は美保が若くして未婚のままシングルマザーになったことを知って会いに行ったそうだ。
 沙織と同い年の洋介より五歳年下の美保は二十七、蒼良はやはり保育園児で五歳だとか。
 洋介の甥で真斗の従兄に当たる蒼良。
 初めて伯父と甥が顔を合わせてから二年も経たない。沙織も知るように、洋介には自由時間はさほどなかった。
 縛った覚えなどないが、彼自身が何よりも家庭第一だったからだ。
 今も口にしたように、両親と子どもで仲良く過ごすことが一番の望みだったのだと俯き加減で呟く夫。
 その通りだ。
 洋介は父親としてはもちろん、沙織の夫としても申し分なかった。『証拠』を突き付けられたとはいえ、疑ったことを今更申し訳なく思うくらいに。
「洋介。もしよかったら、あ、向こうがね。……私、美保さんと蒼良くんに会ってみたいわ。親戚だもの」
 弾かれたように顔を上げた夫に、敢えて謝罪の言葉ではなく沙織は笑って見せた。