【3】
ー/ー
「私の両親は、所謂政略結婚だったらしいの。母は短大を出てすぐに、十歳も年上の父に嫁いだのよ。家同士の関係で、ほんの子どもの頃から決まってた、みたいに聞いたことあるから」
ホームの外来者向け喫茶室で。
藍は貴幸に、自分が知る事情を淡々と話した。
「私と貴幸さんも、両親みたいな『許嫁』じゃないけど、略式のお見合いみたいなものだったじゃない? パーティで紹介されて、って自然を装ってたけど両方の家にそういう思惑があったのよね? 私は婿入りしてくれる人じゃないと無理なんだし」
貴幸は四人兄妹の三男なのだ。一人娘の藍が家を継ぐために、家柄が釣り合う中から婿養子に来てくれる相手を見繕っていたのは容易に想像できる。
大学に入学してすぐ、当時大学四年生だった貴幸と引き合わされた。おそらくは藍の世界が広がって、高校までとは違い男性と関わりが増えることを危惧してのことだろう。……父というよりは親族が。
しかし藍自身、自分の置かれた状況は重々承知している。
何不自由なく大切に育てられたのも、『そういう家』に生まれたからこそだと運命を受け入れていた。
貴幸と想いが通じ合えたのは、結果として幸いだったに過ぎないのだと。
「藍は嫌だったの? もし家とか親のために我慢してるんだったら、そんな必要ないんだ。藍が言い出せないんだったら、僕が気が変わったってことにして破談にするよ」
藍は何の含みもなく話したのだが、貴幸はそうは受け取らなかったらしく気遣わし気に申し出て来た。
「違うの! 私は貴幸さんとはたまたま出会いが紹介だっただけで、普通に恋愛して結婚すると思ってる」
彼の誤解だけは解かなければ、と慌てて貴幸の言葉を否定する。
「だって父も、しつこいくらいに『家のことは考えなくていい。お嫁に行ってもいいんだ。自分の思い通りにすればいい』って。……あ、それも母とのこと、後悔してる、から?」
「藍、また暴走しかかってる。勝手に人の気持ちを決めつけない方がいい」
また思わぬ方向へ転がり始める藍の思考に、彼は冷静に釘を刺して来た。
「でも。戸籍の通り私が両親の実の子だったとしても、もしかしたら母は私なんか欲しくなかったのかもしれないわ。……好きでもない人の子どもなんて、要らないと思っても仕方ない、し。だから、誰かに預けてた、とか」
疑心暗鬼に囚われて、次から次へと悪い予想ばかりが湧き出てしまう。
「それが『母ちゃん』? でも、それもおかしいよ」
堂々巡りにも根気良く付き合ってくれる貴幸は、内心は窺い知れないものの表面上は相変わらず落ち着いていた。
「たとえお母さんが育てたくないって言っても、大事な子どもを手放す筈ないんじゃないか? 実際、藍は一人娘で新藤の家の跡取りなんだしさ。逆にそういう話になったら、えっとごめん、子どもが生まれたんだから用はないって、いっそお母さんの方を外に出すのはあり得そうだけどね」
僕がそう思ってるわけじゃないよ、と断りながら貴幸が持論を述べる。
頭の中が飽和状態だ。
所詮一人で、あるいは貴幸と二人では答えを出せない問題に翻弄され、藍は疲れ果ててしまった。
「こんな風に考えてたってどうにもならないから、思い切って父に訊いてみる。母の本当の気持ちなんて、どこまで探れるかわからないけど」
「……藍がどうしても気になるって言うんなら、それしかないだろうね」
とりあえずの結論を出した藍に、貴幸は諦めたように呟いた。
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「私の両親は、所謂政略結婚だったらしいの。母は短大を出てすぐに、十歳も年上の父に嫁いだのよ。家同士の関係で、ほんの子どもの頃から決まってた、みたいに聞いたことあるから」
ホームの外来者向け喫茶室で。
藍は貴幸に、自分が知る事情を淡々と話した。
「私と貴幸さんも、両親みたいな『|許嫁《いいなずけ》』じゃないけど、略式のお見合いみたいなものだったじゃない? パーティで紹介されて、って自然を装ってたけど両方の家にそういう思惑があったのよね? 私は婿入りしてくれる人じゃないと無理なんだし」
貴幸は四人兄妹の三男なのだ。一人娘の藍が家を継ぐために、家柄が釣り合う中から婿養子に来てくれる相手を見繕っていたのは容易に想像できる。
大学に入学してすぐ、当時大学四年生だった貴幸と引き合わされた。おそらくは藍の世界が広がって、高校までとは違い男性と関わりが増えることを危惧してのことだろう。……父というよりは親族が。
しかし藍自身、自分の置かれた状況は重々承知している。
何不自由なく大切に育てられたのも、『そういう家』に生まれたからこそだと運命を受け入れていた。
貴幸と想いが通じ合えたのは、結果として幸いだったに過ぎないのだと。
「藍は嫌だったの? もし家とか親のために我慢してるんだったら、そんな必要ないんだ。藍が言い出せないんだったら、僕が気が変わったってことにして破談にするよ」
藍は何の含みもなく話したのだが、貴幸はそうは受け取らなかったらしく気遣わし気に申し出て来た。
「違うの! 私は貴幸さんとはたまたま出会いが紹介だっただけで、普通に恋愛して結婚すると思ってる」
彼の誤解だけは解かなければ、と慌てて貴幸の言葉を否定する。
「だって父も、しつこいくらいに『家のことは考えなくていい。お嫁に行ってもいいんだ。自分の思い通りにすればいい』って。……あ、それも母とのこと、後悔してる、から?」
「藍、また暴走しかかってる。勝手に人の気持ちを決めつけない方がいい」
また思わぬ方向へ転がり始める藍の思考に、彼は冷静に釘を刺して来た。
「でも。戸籍の通り私が両親の実の子だったとしても、もしかしたら母は私なんか欲しくなかったのかもしれないわ。……好きでもない人の子どもなんて、要らないと思っても仕方ない、し。だから、誰かに預けてた、とか」
疑心暗鬼に囚われて、次から次へと悪い予想ばかりが湧き出てしまう。
「それが『母ちゃん』? でも、それもおかしいよ」
堂々巡りにも根気良く付き合ってくれる貴幸は、内心は窺い知れないものの表面上は相変わらず落ち着いていた。
「たとえお母さんが育てたくないって言っても、大事な子どもを手放す筈ないんじゃないか? 実際、藍は一人娘で新藤の家の跡取りなんだしさ。逆にそういう話になったら、えっとごめん、子どもが生まれたんだから用はないって、いっそお母さんの方を外に出すのはあり得そうだけどね」
僕がそう思ってるわけじゃないよ、と断りながら貴幸が持論を述べる。
頭の中が飽和状態だ。
所詮一人で、あるいは貴幸と二人では答えを出せない問題に翻弄され、藍は疲れ果ててしまった。
「こんな風に考えてたってどうにもならないから、思い切って父に訊いてみる。母の本当の気持ちなんて、どこまで探れるかわからないけど」
「……藍がどうしても気になるって言うんなら、それしかないだろうね」
とりあえずの結論を出した藍に、貴幸は諦めたように呟いた。