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最接近5日後 コンビニ

ー/ー



薄い光が、物置小屋の入り口から差し込み、ユウゴはゆっくりと目を開けた。
寒さで体が強張っている。
ポンチョの下で丸まっていたせいで、足が少し痺れていた。
隣では、ユズが上体を起こし眠そうに目をこすっている。
「おはようございます…」

ユズの声は、寝起きで少し掠れている。
その気の抜けた姿がどこか新鮮で、ユウゴは妙にこそばゆい気持ちになった。
なんでだろう、と自分でもよくわからないまま、つられて同じ言い方を返した。
「おはようございます…
 …なんか、全然寝た気しないな…」

ユズは苦笑しながら頷いた。
「うん。
 でも起きなきゃだよね」

二人はポンチョをたたみ、サバイバルシートの上に座り直した。
ユズは登山用リュックを開け、乾パンの缶と羊羹を取り出した。

「朝ごはんは…
 乾パン三つずつと、羊羹半分こ…でいいよね」

「まあ、それしかないしな」

二人はぽりぽりと乾パンを噛みながら、冷たい空気の中で朝食を摂った。
羊羹の甘さが、少しだけ頭をはっきりさせてくれる。

食べながら、ユズが真剣な顔で言った。
「今日の一番の目標は、やっぱり水だよね」

「だな。
 これだけじゃ、もたないよな」
ユウゴは、残りが1/3ほどになったペットボトルを軽く振った。ちゃぷ…と、心細い音を立てる。

「川とか、貯水タンクとか…どこかに残ってるかもしれないし、探してみよう」

ユウゴは頷き、少し考えてから言った。
「あとさ、ライトとか、寝袋とか…そういうのも欲しいよな」

ユズが目を輝かせる。
「うん…!
 あったらすごく助かる。どこで探すの?」

「ホームセンター。
 あそこなら、アウトドア用品とかいっぱいあるし。
 ライトも寝袋も、絶対あるだろ。
 …瓦礫に埋まってるかもだけど」

ユズはほっとしたように息をついた。
「そっか…佐野くん、よく知ってるね」

「父さんとたまに行ってたから。場所も分かる」

二人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。
乾パンと羊羹の食事を終え、少しの水で喉を湿らせた頃、ユズがペットボトルを見つめたまま言った。
「お母さんたち、どこにいるんだろうね…」

ユウゴは胸がぎゅっと締めつけられた。
「…分かんね。
 でも、どっかに避難してるはずだろ?
 ここじゃない、もっと…遠くとか」

「うん…そうだよね…
 きっと、どこかにいるよね…」

二人とも、“この街にはもういない”という予感を、言葉にしないまま胸の奥に抱えていた。

だからこそ、今日の行動は大事だった。
水を確保して、装備を整えて、もっと遠くへ行けるようにする。
それが、母親たちに近づく唯一の道だった。

ユウゴはロングテールバイクを起こし、昨日と同じように荷台にポンチョを巻き付けた。
ユズはリュックを背負い直し、そこに座る。
「…じゃあ、行こうか」

「おう。
 まずは水。
 それからホームセンターだ」

朝の冷たい空気の中、二人はロングテールバイクにまたがり、ゆっくりと物置小屋を後にした。

二人は中学校脇の道を進みながら、所々倒れた街路樹越しに校庭を見渡す。
校庭の手洗い場は、遠くから見ても完全に倒壊している。
コンクリートの台は粉々で、水道管らしき金属パイプがむき出しになっている。
ユズが小さく首を振った。
「あれじゃ、水…絶対出ないね」

「だな。もう完全に壊れてる」

二人は水を探して、とりあえずスーパーを目指すことにした。
ユウゴはロングテールバイクのハンドルを握り、ユズはリュックを背負い直す。
スーパーへ向かう道は、昨日と同じく荒れ果てていた。
辛うじて建っている鉄骨、瓦礫の上になぜか屋根だけがきれいに残っている建物の跡、根元を掘り起こすようにして倒れている信号機-

ユズが不安そうに言う。
「どこもめちゃくちゃだね…」

「でも…どっか一つくらい店、残ってるだろ」

そう言いながらも、ユウゴの胸からも不安は消えない。

しばらく進むと、一軒だけ、かろうじて形を保っているコンビニがあった。
看板は傾き、窓ガラスは割れているが、建物自体は倒れていない。

ユズが小さく息を呑む。
「ここ…!潰れてない…!」

二人は自転車を止め、店の前でしばらく建物を見上げた。
割れたガラスの向こうは薄暗く、風が吹くたびに何かがカタカタ揺れる音がする。
ユウゴは店内に向かって、恐る恐る声を掛ける。
「誰かいますかあ…?」

返事はない。

ユウゴは小さく息を吸い直した。
「…入ってみよう」

二人はロングテールを店の少し前に立てかけ、建物の具合を確かめるように、足元に気を配りながらゆっくりと中へ入った。
店内はめちゃくちゃだった。
棚は倒れ、壁や床の破片が足元に散乱し、レジ周りは崩れた天井材で埋まっている。
水や食べ物は、当然のように何一つ残っていなかった。
ユズが落胆した声で言う。
「やっぱり、水もパンも…全部ない…」

「まあ…そうだよな…」

だが、店の奥の倒れた棚の下に、ユウゴは何かが挟まっているのを見つけた。
「おっ、これ…」

棚を少し持ち上げると、袋に入った乾燥パスタが2袋、さらに塩と砂糖の袋が瓦礫の隙間に挟まっている。
「おお…!
 食べ物、あった!」

ユズの顔がぱっと明るくなる。
「ほんとだ!
 これ、茹でたら食べられるよね!」

「水さえあればな」
塩と砂糖の袋は破れ、瓦礫の隙間から拾い上げると少しこぼれたが、二人分としては大量だった。
二人は慎重にそれらを登山用リュックにしまった。
さらに雑誌が散らばる通路を通りかかった時、ユズは倒れた棚の隙間を覗き込み、小さく声を上げた。

「あっ…!歯ブラシ!タオルもある!」

それを見て、ユウゴは小さく笑う。
「気にしてたもんな」

「歯は大事なんだよ」
ユズは拾った歯ブラシを胸の前でぎゅっと握りしめ、少しムキになって言った。

さらに、二人がレジ前を通ろうとした時、床に散乱した小物の中から、100円ライターを見つけた。

「これっ、ライター!お湯沸かせるよ!」

「おお…マジか!
 さっきのパスタ、食べれるな!」

ユズは嬉しそうに頷いた。
瓦礫や商品棚を踏み越えてさらに店内を探索し、ユウゴはアイスケースの前で足を止めた。

ケースの蓋は割れており、当然冷気は無い。
アイスが解けて染み出したのか、ケース内を数匹の羽虫が飛び回っている。
瓦礫で包装紙が破れたり、潰れているものがほとんどだったが、その中に一つだけ、無傷のアイスキャンディーの袋を見つけた。
「あれ、これ…」

ユズが覗き込む。
「アイス?」

「いや、もうジュースだな」
袋を持ち上げると、中でとろりとした液体が揺れた。
「…ジュースみたいなもんだし、飲めるよな?」

二人は思わず顔を見合わせた。
ユウゴは袋の端を慎重に開け、鼻を近づけた。
甘い匂いがふわっと広がる。
「…うん、アイスの匂いはする」

ユズが少しだけ顔をほころばせた。
「本当にジュースだね」

「だな。
 飲んでみる?」
ユズは一瞬ためらったが、喉を押さえて小さく頷いた。
「うん、ちょっとだけ…」

ユウゴは袋を両手で持ち、慎重にユズへ差し出した。
「貝塚、先に」

「…ありがとう」

ユズは袋の口と端をそっとつまみ、慎重に傾けて口をつけた。
「…っあま…」

驚いたように目を瞬かせ、でもすぐにもう一口だけ飲んだ。
「おいしい…けど、なんか変な感じ。
 アイスなのに、ぬるい…」

ユウゴは思わず笑った。
「そりゃそうだろ。
 全部溶けてんだから」

ユズは袋をユウゴに返した。
「佐野くんも、飲んで」

「おう」
ユウゴは袋を受け取り、口をつけた。

甘い。
そして、ぬるい。
ただ溶けただけで、味はアイスと同じはずなのに、やけに甘ったるく感じる。
「なんか…アイスの幽霊みたいだな」

ユズがくすっと笑った。
「…ちょっと分かる」

二人は交互に少しずつ飲み、袋の底に残った甘い液体を飲みきった。
飲み終えた袋を見つめながら、ユズが小さく言った。
「ちょっとだけど喉の渇き、楽になったね」

「まあ…水じゃないけど、無いよりマシだな」
二人は顔を見合わせ、ほんの少しだけ笑った。

ユズがペットボトルを握りしめながら言う。
「…でもやっぱり水、見つけないと…」

ユウゴは頷いた。
「スーパーに行ってみよう。
 …何か残ってるかもしれない」

「うん」

二人は、少しだけ重くなった荷物と共にロングテールバイクに乗り、再び街の中へと漕ぎ出した。


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薄い光が、物置小屋の入り口から差し込み、ユウゴはゆっくりと目を開けた。寒さで体が強張っている。
ポンチョの下で丸まっていたせいで、足が少し痺れていた。
隣では、ユズが上体を起こし眠そうに目をこすっている。
「おはようございます…」
ユズの声は、寝起きで少し掠れている。
その気の抜けた姿がどこか新鮮で、ユウゴは妙にこそばゆい気持ちになった。
なんでだろう、と自分でもよくわからないまま、つられて同じ言い方を返した。
「おはようございます…
 …なんか、全然寝た気しないな…」
ユズは苦笑しながら頷いた。
「うん。
 でも起きなきゃだよね」
二人はポンチョをたたみ、サバイバルシートの上に座り直した。
ユズは登山用リュックを開け、乾パンの缶と羊羹を取り出した。
「朝ごはんは…
 乾パン三つずつと、羊羹半分こ…でいいよね」
「まあ、それしかないしな」
二人はぽりぽりと乾パンを噛みながら、冷たい空気の中で朝食を摂った。
羊羹の甘さが、少しだけ頭をはっきりさせてくれる。
食べながら、ユズが真剣な顔で言った。
「今日の一番の目標は、やっぱり水だよね」
「だな。
 これだけじゃ、もたないよな」
ユウゴは、残りが1/3ほどになったペットボトルを軽く振った。ちゃぷ…と、心細い音を立てる。
「川とか、貯水タンクとか…どこかに残ってるかもしれないし、探してみよう」
ユウゴは頷き、少し考えてから言った。
「あとさ、ライトとか、寝袋とか…そういうのも欲しいよな」
ユズが目を輝かせる。
「うん…!
 あったらすごく助かる。どこで探すの?」
「ホームセンター。
 あそこなら、アウトドア用品とかいっぱいあるし。
 ライトも寝袋も、絶対あるだろ。
 …瓦礫に埋まってるかもだけど」
ユズはほっとしたように息をついた。
「そっか…佐野くん、よく知ってるね」
「父さんとたまに行ってたから。場所も分かる」
二人は顔を見合わせ、小さく頷き合った。
乾パンと羊羹の食事を終え、少しの水で喉を湿らせた頃、ユズがペットボトルを見つめたまま言った。
「お母さんたち、どこにいるんだろうね…」
ユウゴは胸がぎゅっと締めつけられた。
「…分かんね。
 でも、どっかに避難してるはずだろ?
 ここじゃない、もっと…遠くとか」
「うん…そうだよね…
 きっと、どこかにいるよね…」
二人とも、“この街にはもういない”という予感を、言葉にしないまま胸の奥に抱えていた。
だからこそ、今日の行動は大事だった。
水を確保して、装備を整えて、もっと遠くへ行けるようにする。
それが、母親たちに近づく唯一の道だった。
ユウゴはロングテールバイクを起こし、昨日と同じように荷台にポンチョを巻き付けた。
ユズはリュックを背負い直し、そこに座る。
「…じゃあ、行こうか」
「おう。
 まずは水。
 それからホームセンターだ」
朝の冷たい空気の中、二人はロングテールバイクにまたがり、ゆっくりと物置小屋を後にした。
二人は中学校脇の道を進みながら、所々倒れた街路樹越しに校庭を見渡す。
校庭の手洗い場は、遠くから見ても完全に倒壊している。
コンクリートの台は粉々で、水道管らしき金属パイプがむき出しになっている。
ユズが小さく首を振った。
「あれじゃ、水…絶対出ないね」
「だな。もう完全に壊れてる」
二人は水を探して、とりあえずスーパーを目指すことにした。
ユウゴはロングテールバイクのハンドルを握り、ユズはリュックを背負い直す。
スーパーへ向かう道は、昨日と同じく荒れ果てていた。
辛うじて建っている鉄骨、瓦礫の上になぜか屋根だけがきれいに残っている建物の跡、根元を掘り起こすようにして倒れている信号機-
ユズが不安そうに言う。
「どこもめちゃくちゃだね…」
「でも…どっか一つくらい店、残ってるだろ」
そう言いながらも、ユウゴの胸からも不安は消えない。
しばらく進むと、一軒だけ、かろうじて形を保っているコンビニがあった。
看板は傾き、窓ガラスは割れているが、建物自体は倒れていない。
ユズが小さく息を呑む。
「ここ…!潰れてない…!」
二人は自転車を止め、店の前でしばらく建物を見上げた。
割れたガラスの向こうは薄暗く、風が吹くたびに何かがカタカタ揺れる音がする。
ユウゴは店内に向かって、恐る恐る声を掛ける。
「誰かいますかあ…?」
返事はない。
ユウゴは小さく息を吸い直した。
「…入ってみよう」
二人はロングテールを店の少し前に立てかけ、建物の具合を確かめるように、足元に気を配りながらゆっくりと中へ入った。
店内はめちゃくちゃだった。
棚は倒れ、壁や床の破片が足元に散乱し、レジ周りは崩れた天井材で埋まっている。
水や食べ物は、当然のように何一つ残っていなかった。
ユズが落胆した声で言う。
「やっぱり、水もパンも…全部ない…」
「まあ…そうだよな…」
だが、店の奥の倒れた棚の下に、ユウゴは何かが挟まっているのを見つけた。
「おっ、これ…」
棚を少し持ち上げると、袋に入った乾燥パスタが2袋、さらに塩と砂糖の袋が瓦礫の隙間に挟まっている。
「おお…!
 食べ物、あった!」
ユズの顔がぱっと明るくなる。
「ほんとだ!
 これ、茹でたら食べられるよね!」
「水さえあればな」
塩と砂糖の袋は破れ、瓦礫の隙間から拾い上げると少しこぼれたが、二人分としては大量だった。
二人は慎重にそれらを登山用リュックにしまった。
さらに雑誌が散らばる通路を通りかかった時、ユズは倒れた棚の隙間を覗き込み、小さく声を上げた。
「あっ…!歯ブラシ!タオルもある!」
それを見て、ユウゴは小さく笑う。
「気にしてたもんな」
「歯は大事なんだよ」
ユズは拾った歯ブラシを胸の前でぎゅっと握りしめ、少しムキになって言った。
さらに、二人がレジ前を通ろうとした時、床に散乱した小物の中から、100円ライターを見つけた。
「これっ、ライター!お湯沸かせるよ!」
「おお…マジか!
 さっきのパスタ、食べれるな!」
ユズは嬉しそうに頷いた。
瓦礫や商品棚を踏み越えてさらに店内を探索し、ユウゴはアイスケースの前で足を止めた。
ケースの蓋は割れており、当然冷気は無い。
アイスが解けて染み出したのか、ケース内を数匹の羽虫が飛び回っている。
瓦礫で包装紙が破れたり、潰れているものがほとんどだったが、その中に一つだけ、無傷のアイスキャンディーの袋を見つけた。
「あれ、これ…」
ユズが覗き込む。
「アイス?」
「いや、もうジュースだな」
袋を持ち上げると、中でとろりとした液体が揺れた。
「…ジュースみたいなもんだし、飲めるよな?」
二人は思わず顔を見合わせた。
ユウゴは袋の端を慎重に開け、鼻を近づけた。
甘い匂いがふわっと広がる。
「…うん、アイスの匂いはする」
ユズが少しだけ顔をほころばせた。
「本当にジュースだね」
「だな。
 飲んでみる?」
ユズは一瞬ためらったが、喉を押さえて小さく頷いた。
「うん、ちょっとだけ…」
ユウゴは袋を両手で持ち、慎重にユズへ差し出した。
「貝塚、先に」
「…ありがとう」
ユズは袋の口と端をそっとつまみ、慎重に傾けて口をつけた。
「…っあま…」
驚いたように目を瞬かせ、でもすぐにもう一口だけ飲んだ。
「おいしい…けど、なんか変な感じ。
 アイスなのに、ぬるい…」
ユウゴは思わず笑った。
「そりゃそうだろ。
 全部溶けてんだから」
ユズは袋をユウゴに返した。
「佐野くんも、飲んで」
「おう」
ユウゴは袋を受け取り、口をつけた。
甘い。
そして、ぬるい。
ただ溶けただけで、味はアイスと同じはずなのに、やけに甘ったるく感じる。
「なんか…アイスの幽霊みたいだな」
ユズがくすっと笑った。
「…ちょっと分かる」
二人は交互に少しずつ飲み、袋の底に残った甘い液体を飲みきった。
飲み終えた袋を見つめながら、ユズが小さく言った。
「ちょっとだけど喉の渇き、楽になったね」
「まあ…水じゃないけど、無いよりマシだな」
二人は顔を見合わせ、ほんの少しだけ笑った。
ユズがペットボトルを握りしめながら言う。
「…でもやっぱり水、見つけないと…」
ユウゴは頷いた。
「スーパーに行ってみよう。
 …何か残ってるかもしれない」
「うん」
二人は、少しだけ重くなった荷物と共にロングテールバイクに乗り、再び街の中へと漕ぎ出した。