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最接近4日後 物置小屋

ー/ー



中学校の体育館の前に立ち尽くしたまま、二人はしばらく動けなかった。
風が冷たくなり、気温が急激に下がってきたようだった。
ユズが小さく震えながら言った。
「どこか安全な場所、探さないと」

ユウゴはしばらく間をおいてから頷いた。
「瓦礫が飛んでこない場所を探そう」
昼間、飛んできた瓦礫に潰されそうになった恐怖が、脳裏に焼き付いている。

二人はロングテールバイクを押しながら、校舎の崩落を警戒して距離をとりつつ、外周をゆっくりと歩いた。
校舎の壁には大きな亀裂がいくつも走り、窓ガラスは全て割れている。
ユズが不安そうに言う。
「もう、安全な場所なんてないのかな…」

「建物の近くは、やめとこう」
二人は校舎を遠巻きに、倒壊の危険が少ない場所を探した。
校舎の裏手に回ると、植え込みを隔てて職員の駐車場らしき空き地があった。
その空き地の奥に、物置小屋のような建物が見える。
ユズが指をさす。
「あれ、物置?」

二人は植え込みの間をすり抜け、近づいてみた。
物置小屋は壁が少し歪んでいるが、建物自体が軽く頑丈そうで、校舎からも距離があり比較的安全に見えた。
両開きの引き戸は半分外れている。
ユウゴは恐る恐る中を窺う。激しくシャッフルされた荷物はよく分からないが、どうやら用務員用の倉庫らしかった。
「…ここなら、安全かも」

ユズがほっと息をついた。
「よかった。風も防げるね。
 扉、半分無いけど」

二人ははロングテールバイクを物置の前に横たえ、中の雑多な物を手当たり次第に外に出す。埃が舞い上がったが、今更気にならなかった。
もし地震が来ても、怪我につながるものが無くなったと思えた頃、ユウゴはクッション代わりに肥料の大袋をいくつか並べ、その上にサバイバルシートを広げた。
「どう?
 ちょっと…肥料クサいけど」

ユズは小さく微笑む。
「大丈夫だよ。ありがとう」

正確な時間を知る術はないが、夜がやって来る。
―明かりがあればな
とユウゴは思う。物置小屋の中は暗く、風が吹くたびに壁がギシッと鳴る。

半開きの扉から、うっすらと月明かりが差し込む暗闇の中で、ユウゴは登山用リュックを開ける。
中から、乾パンの缶と羊羹の箱を取り出し、自分とユズの間に置いた。

「思ったんだけどさ…」
ユウゴは少し照れくさそうに頭をかいた。
「これ、いつどれくらい食べるかは、貝塚が決めた方がいいと思うんだよな。
 オレより貝塚の方が、頭良いし」

ユズは面食らったように目を見開く。
「そ、そんなことないよ!
 それにこれは、佐野くんの物だし…」

ユウゴは首を横に振った。
「オレ、こういうの、気づいたら全部食べちゃうタイプなんだよ」

「そんなことないよ。
 佐野くん、ちゃんと考えてるよ」
ユズは困ったように小さく笑う。

「いや、貝塚の方が絶対うまくやれるって。
 だから、頼むよ」

ユズはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「…分かった。
 じゃあ、今日は…」

ユズは乾パンの缶の中から、慎重に数を数えて取り出す。
「乾パンを四つと…氷砂糖、一つずつ食べよう。
 羊羹は…明日の朝かな」

ユウゴは素直に頷いた。
「了解。それでいこう」

二人は乾パンを一つずつ、ゆっくりと口に運んだ。
乾パンは固くて、口の中の水分を全部持っていくようだったが、それでも二人にとっては大事な夕食だった。
ユズが缶の底の方から氷砂糖を取り出し、ユウゴに差し出す。

「はい、佐野くんの分」

「ありがとう」

二人は無言で、氷砂糖を口の中で転がす。
甘さが、疲れた身体にじんわりと染みていく。

乾パンと氷砂糖を食べ終えた後、二人はサバイバルシートの上に並んで座り直し、壁に背中を預けた。
ユウゴはポンチョを広げ、二人の足先から腰に毛布のように掛けた。
「これかけとけば、ちょっとはマシになるだろ」

ユズは小さく頷き、ポンチョの端を握った。
「うん、ありがとう」

二人は肩をすくめながら、壁にもたれてじっとしていた。
外では風が吹き、どこか遠くで瓦礫が崩れる音がした。
ユズが小さく身を縮める。半開きの入り口の方を見つめながら、呟くように言った。
「今、何時かな」

「八時くらい…かなあ。
 時計もだけど、ライトが欲しいよな」
ユウゴは先ほどから思っていたことを口にした。ユズが頷く。
「家に色々取りに行きたいけど、無理だよね…」

ユウゴはポンチョを握り直しながら言った。
「…まあ、無理だろな。
 オレも家に帰りたいけど、崩れてるだろうし。
 地震のこと考えると、建物の近くには行きたくないよな」

ユズはポンチョ越しに膝を抱えた。
「私、着替えも、歯ブラシも、全部置いてきちゃった…
 だって…みんな大丈夫って言ってたのに」

ユウゴは小さく息をついた。
「オレもだよ。学校から帰ってきて、そのまんま。
 …リュックは持って来れたけど」

二人はしばらく黙った。

―着の身着のまま。

その事実が、今になってじわじわと胸にのしかかってくる。
ユズが、ペットボトルを見つめながら言った。
「…だから明日、まずは水、探そうよ」

ユウゴは頷いた。
「おう。
 水がないと、どうにもならないもんな。
 残りの量とか、気にしないで飲みたいなあ」

「うん…」
風がまた吹き込み、二人はポンチョを引き寄せて身を縮めた。
時折、物置の壁がギシッと鳴る。
ユウゴのカラ元気も、すぐに沈黙に飲まれた。

二人とも、心の奥底にうっすらと予感があった。
今日、二か所の避難所を巡り、その両方がもぬけの殻だった。

―この街には、もう自分たち以外いないかもしれない。

だが、それを口に出すのは怖かった。言ってしまったら、それが決定的な事実になる気がした。
だから二人は黙ったまま、ただ風の音を聞いていた。


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中学校の体育館の前に立ち尽くしたまま、二人はしばらく動けなかった。
風が冷たくなり、気温が急激に下がってきたようだった。
ユズが小さく震えながら言った。
「どこか安全な場所、探さないと」
ユウゴはしばらく間をおいてから頷いた。
「瓦礫が飛んでこない場所を探そう」
昼間、飛んできた瓦礫に潰されそうになった恐怖が、脳裏に焼き付いている。
二人はロングテールバイクを押しながら、校舎の崩落を警戒して距離をとりつつ、外周をゆっくりと歩いた。
校舎の壁には大きな亀裂がいくつも走り、窓ガラスは全て割れている。
ユズが不安そうに言う。
「もう、安全な場所なんてないのかな…」
「建物の近くは、やめとこう」
二人は校舎を遠巻きに、倒壊の危険が少ない場所を探した。
校舎の裏手に回ると、植え込みを隔てて職員の駐車場らしき空き地があった。
その空き地の奥に、物置小屋のような建物が見える。
ユズが指をさす。
「あれ、物置?」
二人は植え込みの間をすり抜け、近づいてみた。
物置小屋は壁が少し歪んでいるが、建物自体が軽く頑丈そうで、校舎からも距離があり比較的安全に見えた。
両開きの引き戸は半分外れている。
ユウゴは恐る恐る中を窺う。激しくシャッフルされた荷物はよく分からないが、どうやら用務員用の倉庫らしかった。
「…ここなら、安全かも」
ユズがほっと息をついた。
「よかった。風も防げるね。
 扉、半分無いけど」
二人ははロングテールバイクを物置の前に横たえ、中の雑多な物を手当たり次第に外に出す。埃が舞い上がったが、今更気にならなかった。
もし地震が来ても、怪我につながるものが無くなったと思えた頃、ユウゴはクッション代わりに肥料の大袋をいくつか並べ、その上にサバイバルシートを広げた。
「どう?
 ちょっと…肥料クサいけど」
ユズは小さく微笑む。
「大丈夫だよ。ありがとう」
正確な時間を知る術はないが、夜がやって来る。
―明かりがあればな
とユウゴは思う。物置小屋の中は暗く、風が吹くたびに壁がギシッと鳴る。
半開きの扉から、うっすらと月明かりが差し込む暗闇の中で、ユウゴは登山用リュックを開ける。
中から、乾パンの缶と羊羹の箱を取り出し、自分とユズの間に置いた。
「思ったんだけどさ…」
ユウゴは少し照れくさそうに頭をかいた。
「これ、いつどれくらい食べるかは、貝塚が決めた方がいいと思うんだよな。
 オレより貝塚の方が、頭良いし」
ユズは面食らったように目を見開く。
「そ、そんなことないよ!
 それにこれは、佐野くんの物だし…」
ユウゴは首を横に振った。
「オレ、こういうの、気づいたら全部食べちゃうタイプなんだよ」
「そんなことないよ。
 佐野くん、ちゃんと考えてるよ」
ユズは困ったように小さく笑う。
「いや、貝塚の方が絶対うまくやれるって。
 だから、頼むよ」
ユズはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「…分かった。
 じゃあ、今日は…」
ユズは乾パンの缶の中から、慎重に数を数えて取り出す。
「乾パンを四つと…氷砂糖、一つずつ食べよう。
 羊羹は…明日の朝かな」
ユウゴは素直に頷いた。
「了解。それでいこう」
二人は乾パンを一つずつ、ゆっくりと口に運んだ。
乾パンは固くて、口の中の水分を全部持っていくようだったが、それでも二人にとっては大事な夕食だった。
ユズが缶の底の方から氷砂糖を取り出し、ユウゴに差し出す。
「はい、佐野くんの分」
「ありがとう」
二人は無言で、氷砂糖を口の中で転がす。
甘さが、疲れた身体にじんわりと染みていく。
乾パンと氷砂糖を食べ終えた後、二人はサバイバルシートの上に並んで座り直し、壁に背中を預けた。
ユウゴはポンチョを広げ、二人の足先から腰に毛布のように掛けた。
「これかけとけば、ちょっとはマシになるだろ」
ユズは小さく頷き、ポンチョの端を握った。
「うん、ありがとう」
二人は肩をすくめながら、壁にもたれてじっとしていた。
外では風が吹き、どこか遠くで瓦礫が崩れる音がした。
ユズが小さく身を縮める。半開きの入り口の方を見つめながら、呟くように言った。
「今、何時かな」
「八時くらい…かなあ。
 時計もだけど、ライトが欲しいよな」
ユウゴは先ほどから思っていたことを口にした。ユズが頷く。
「家に色々取りに行きたいけど、無理だよね…」
ユウゴはポンチョを握り直しながら言った。
「…まあ、無理だろな。
 オレも家に帰りたいけど、崩れてるだろうし。
 地震のこと考えると、建物の近くには行きたくないよな」
ユズはポンチョ越しに膝を抱えた。
「私、着替えも、歯ブラシも、全部置いてきちゃった…
 だって…みんな大丈夫って言ってたのに」
ユウゴは小さく息をついた。
「オレもだよ。学校から帰ってきて、そのまんま。
 …リュックは持って来れたけど」
二人はしばらく黙った。
―着の身着のまま。
その事実が、今になってじわじわと胸にのしかかってくる。
ユズが、ペットボトルを見つめながら言った。
「…だから明日、まずは水、探そうよ」
ユウゴは頷いた。
「おう。
 水がないと、どうにもならないもんな。
 残りの量とか、気にしないで飲みたいなあ」
「うん…」
風がまた吹き込み、二人はポンチョを引き寄せて身を縮めた。
時折、物置の壁がギシッと鳴る。
ユウゴのカラ元気も、すぐに沈黙に飲まれた。
二人とも、心の奥底にうっすらと予感があった。
今日、二か所の避難所を巡り、その両方がもぬけの殻だった。
―この街には、もう自分たち以外いないかもしれない。
だが、それを口に出すのは怖かった。言ってしまったら、それが決定的な事実になる気がした。
だから二人は黙ったまま、ただ風の音を聞いていた。