上へ!
ー/ーノートではライとフェニックスの戦闘がまだ続いているようだった。
僕は階段を上りながら羽根ペンを執ると、空いている行に書き込もうとした。でもすぐに行は埋まってしまう。仕方がないので少し先のページに、『僕もう治ったよ! 今最上階に向かってちょっとずつ登ってるけど、間に合わないかもなんだ!』と書き込んだ。
すぐに物語は僕のコメントまで追いついた。
『よし! あとは俺がなんとかする!』
ライからの返答は走り書きで、字が崩れていた。たぶん、フェニックスと戦いながら必死に答えてくれたんだろう。でも、どういうことなんだ? こうしている間にもゆっくりと、着実に、塔は沈んでいる。急がなくちゃ。僕は階段を駆け上りながら羽根ペンに書き込ませる。
『霊薬でしょ?! でもねもう、僕大丈夫なんだ!』
返事はない。再生を繰り返すフェニックスに、ライは雷光斬を容赦なく叩き込んでいる。火の粉を散らしながら、フェニックスは触れたものを全て灰にする火炎を吐いている。髪から焦げた匂いがする。嫌な予感がして、髪を触ると、髪の先が灰になっていた。待ってよ、これ僕も作中ダメージ受けるの? せっかく五体満足に戻ったのに! 早くライを止めないと……
『ストップストップ。お願いだから、ライ!』
僕は必死に何度もノート越しに呼び掛ける。ライは相変わらずだんまりを決め込んでいる。塔だって沈んでるのに。今どれくらい沈んでるんだろう。沈み始めて10分は経っていると思う。5階くらいを一気に駆け上って、息が切れる。心臓が暴れて、もう走れそうになかった。ヤバい。全然上が見えない。ライ! 答えてよ……!
『さっきから誰だ? 余と貴様の戦いに水を差すのは』
フェニックスは翼を大きく広げて火炎の竜巻を起こした。たぶん、作中で聞こえる僕の声を警戒してるんだ。
『俺の……友達だ』
ライは一言呟いて、電光石火――僕の声の出元を探して警戒を散らしていたであろう、フェニックスの懐に潜り込んで胸を切り裂いた。赤、橙、黄緑。極彩色の羽根が舞い散る。仰向けに倒れるフェニックスの目には……喜びの色が浮かんでいた。
『カッカッカ……余の注意散漫を見逃さんか――この猛者よ』
フェニックスはすぐに再生すると、羽根をはためかせて興奮していた。長寿故に暇を持て余していた聖獣、という設定だ。ライは剣を下ろして、フェニックスに問う。
『で、そろそろ満足か?』
『まあ、よいだろう。約束だったな。――乗れ』
フェニックスは、ライに背中を差し出した。
『ユウ! 穴に行け! 早く!』
『わ、分かった!』
僕は半ば這いつくばる様に手も使って階段を何とか登りきり、ウィズの声で解けたままの床の穴に近づいた。
『俺の合図で、穴に飛び込め』
『え、』
何階分あるんだろうか? という高さの穴に足がすくむ。轟音。1階に砂が押し寄せて埋もれていっているのがみえる。さっきのは1階の壁が崩れた音なんだろう。これ、上手く息が合わなかったら、あれに飲み込まれるんだろ……? 脂汗が滲む。でも、時間が、ない。
『ユウ、飛べ!』
やるしかない。僕は目を瞑って、穴に飛び込んだ。耳に風の音が打ち付ける。落ちてる、落ちてる! と思ったのも束の間、ふわり、と浮いた。ノートを見ると、フェニックスがライを乗せて羽ばたいているようだった。
『もしかして、ライ、このために……?』
『最初っからそうだ』
ライは剣を鞘に納めながら、フェニックスに叫んだ。
『フェニックス、頼む、上へ! それもとびっきり、上へ!』
『……相分かった』
僕は上へ上へと浮かび始めた。風が気持ちいい。上を見ると……天井が迫ってきている。そうか、僕らが落とされた階より上には、ウィズが僕を落とすために開けた穴が開いてないのか。
『ライ! 天井破れる!? さっき僕らが霧の中戦った階より上は天井が残ってる!』
『天井? 何の話だ』
フェニックスが割り込んでくる。フェニックスの筆記体みたいな独特な筆跡は、罫線をはみ出していた。尊大さが字にも現れている。すかさずライが状況を説明してくれる。
『俺たちは今、見えない塔の中にいて、塔の最上階に向かって飛んでる、って感じなんだ』
ライからするとそんな感じなんだ。でも、フェニックスはピンと来ないんじゃないか……?
『はあ。よく分からんが人間の構造物程度、余がぶち抜いてくれるわ!』
僕は天井に向かって加速する。ああ、力ずくで破るつもりなんだ。祈るしかない。と思った次の瞬間、衝撃音とともに次の階が見える。
『すごい! すごいよ!』
僕はどんどん天井を突き破って、塔の上へと飛んでいく。
『行こう! 上へ!』
ライの字が書き込まれる。轟音が真下から迫ってくる。すれ違う床や壁がどんどん速くなっていて、塔が沈むスピードが上がっているのがわかる。僕は直感的に、塔が沈み切るまで僅かしかない、と悟った。でも、上に向かって飛んでる限り、絶対沈むまでには塔の最上階に辿り着けるはずだ――
視界が、開ける。
広くて明るい――
青い、雲ひとつない、空。
ついに僕たちは最上階を突き破った。強い日差しにヒリヒリする肌の感触が愛おしかった。眼下には果てしなく砂漠が広がっている。
『やった! 登りきった!』
僕たちはゆっくりと空を旋回しながら、沈んでいく塔を眺めた。最初はスーベニアの使い方すら分からなかった。ライに、何のために生まれてどこに行くべきなのか――問われて、すぐに答えられなかった。霧の中で身体を切り刻まれて、やっと文章と向き合った。1階まで落とされて、沈む塔の中で、レオンに、三島さんに、ライに、助けられた。
すがすがしい気持ちとともに、柔らかな風がジャージや頬の上を通り抜けていく。三島さんの待つ、『涯て』が見えないだろうか、と思って辺りを見渡した。それらしい景色は見つけられなかったけど……遠くには、なにか大きい生き物の骨が横たわっているのが見えた。
砂煙がおさまった頃、僕とライはフェニックスの背中から下ろしてもらった。僕がお礼を書くと、フェニックスのあの罫線をはみ出した癖のある字で、
『余の気まぐれだ。そこの雷のが力を示したから乗せてやったまでだ』
と書き込まれた。やがて地の文が勝手に浮かび上がり、フェニックスが飛び去ったことを僕に伝えた。
「合格だ」
パチパチパチ、と拍手をしながら、どこからかウィズが現れた。
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