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第21話 一件落着……?

ー/ー



 うつむいたまま握り拳を固く震わせているヴィンセントを見てやはりイヴリンは困ったように微笑んだ。
 
「そ……そうです、魔女様!」
「あなたが男性であろうとなんであろうと、我らはあなたに救われました!」
 
 口々にヴィンセントの兵たちがイヴリンへの感謝を口にする。その勢いに圧倒されたかのようにイヴリンが目を瞬かせた。そして、僅かにはにかんだ。
 
「……ありがとう、ございます」
 
 魔女様、と口々に声を上げる兵士達を眺めていたガルドと冒険者も視線を交わらせた後にひとつ頷き合う。
 
「……確かに、今回のことだけじゃねぇ。あんたの功績は疑いようもねぇ」
「あなたがどれだけこの街とその住民、家畜に至るまで慈しみを向けてきたかも我々は見てきたつもりです」
「正直に言えば驚いたがよ。陛下もご存知だってんなら俺からとやかく言うことはねぇよ」
「……ありがとうございます」
 
 二人の言葉に、僅かに瞠目したイヴリンはようやく安心したように微笑んだ。その表情を見て、コリンも知らず知らずのうちに入っていた全身の力がふっと抜けていく。
 
 ご主人様が嫌われなくて、よかった。それだけがコリンの胸を満たしていく。
 
「とはいえよ。辺境伯には教えといて俺には教えてくれなかったのはどういう了見だ?俺も長いことこの街にいて、一緒に仕事をしてきたつもりだったが信用されてなかったのか?」
 
 意地悪そうな笑みを浮かべたガルドがイヴリンに問いかける。ヴィンセントが再びガルドをじとりと睨みつけるがイヴリンはその質問にたじろぐことなく、微笑んで答えた。
 
「冒険者組合は人の入れ替わりが激しいから、というのが一番大きなところでしょうか。場所によっては一年を待たずして、支部長やその補佐の方々が入れ替わるというようなことも聞いていましたから……念には念を、と。その点は本当に申し訳ありません」
「まあ、そんなこったろうな」
  
 予想はしていたと言わんばかりにガルドが腕を組んで、ふんと鼻を鳴らす。
 
「だが、今後は信用してくれるってことだな?」
「信用をしていなかったわけではないのですが……ですがそうですね、ボルター支部長さえよければ、ルウシャから動くことがないように王都の本部に掛け合うこともできますが」
「そりゃいい。ここの暮らしは気に入ってるしな」
 
 わはは、と笑うガルドには先程までの剣呑さはもうない。ガルドに険しい視線を向けていたヴィンセントもやれやれといったような顔で椅子の背もたれに体を預ける。
 先程までの張り詰めた空気が和らいで、全員の肩の力が抜けようかというところで応接室の扉が外からかりかりと引っかかれているような音を立てた。扉の向こうからはきゅうきゅうと切なそうな鳴き声も聞こえてくる。
 
「あ……」
 
 コリンが扉を振り返ってから、イヴリンに視線を向ける。イヴリンが微笑んでひとつ頷くと、コリンは応接室の扉を開けるために扉に近付いた。
 
 結果は、大惨事だった。
 
 コリンが扉の向こうでうろうろしていた仔狼を招き入れた途端にイヴリンに猛然と駆け寄り、再び毛だらけの涎まみれのぐしゃぐしゃにされた。犬とは比較にならないほど体も大きく力もあるためにイヴリンは突撃してきた仔狼によってソファに押し倒され、そのままもみくちゃになった。
 もちろん、ヴィンセントの悲鳴のような絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。
 
「……すみません……では、ボルター支部長に関しては先程のお話のとおりに……」
 
 もみくちゃにされ、髪もローブもぐしゃぐしゃになったイヴリンがそのままソファに横になったまま、疲れた顔だけをガルドに向ける。ソファに横たわっているイヴリンの薄い体の上には満足したとでも言うように、尾をぱたぱたと揺らしながら伏せの姿勢でのしかかっている仔狼。時たまイヴリンの顎先に鼻を寄せてふんふんと匂いを嗅いだあと、また何度かイヴリンの顎をぺろぺろと舐めた。
 
「……そいつ、もっとデカくなんのか」
「先程、獣の魔女に見ていただきましたが……上位種の仔狼だそうです。恐らくはもっともっと大きくなるでしょう。鼻もまだ短いようですし……」
 
 ねぇ、とイヴリンが仔狼の鼻先をかりかりと掻いてやると、仔狼は気持ちよさそうに目を細めた。
 
「その仔狼は今後どうするのですか、イヴリン様」
 
 ヴィンセントが仔狼に対して羨望を含んだような、嫉妬を滲ませたような、なんとも表現のしがたい表情を浮かべる。鼻先を掻き続けているイヴリンは少し考えた後に微笑んだ。
 
「もうこの子は外に帰すことは難しいと思っています。額の屍石を取り除いた時に私の魔石で生命力の維持を半分請け負っているような状態になっています。……それほどまでにきりきりのところでこの子は耐えていました」
 
 応接室に沈黙が流れる。
 
「この子を外に帰すとなれば私の魔石は取り除かなければいけませんが……そんな事をしては死んでしまいます。……なにより、私の魔力で生かしているということは半分使い魔のようなものになっているのです。であればこのままここで過ごしてもらうか……正式に使い魔となるか。この子に残された道は二つです」
 
 イヴリンの言葉にコリンの胸が締め付けられる。助かったことが嬉しかった。怪我もどんどん治って、元気になったらまた森に帰っていくものだと思っていた。けれど、それができないほど弱っていて、イヴリンの魔力がなければ生きられない。
 
 この子は、ぼくと同じ。
 
 大森林で対峙したときよりもより強く、そう思った。
 
「そうですか……人を襲うようなことはないのですね?」
「大丈夫でしょう。この子は賢い子のようですし……元々の気性も大人しくて人懐こいようです」
「わかんねぇな。その賢い魔物がなんだってあんな危険な魔石を撃ち込まれて、大森林の奥地をうろついてたんだ?」
 
 ガルドの言葉に冒険者も同意を示す。イヴリンの上にのしかかっている仔狼に視線を向けながら片手を上げて話し始めた。
 
「あの後大森林の様子を観察しに再度奥地へ立ち入りましたが、同様の種の存在は確認できませんでした。そもそもその仔狼の生息域もこのあたりではないのでは?」
「そうですね、獣の魔女も同じ事を言っていました。とはいえ上位種もそこまで情報は多くはありませんから、生息域に関しては断定できません。……ですがこの辺りに生息していないということであれば魔石の影響で苦しんでここまで逃れてきたか、悪意を持って送り込まれたか。……どちらにしても可哀想なことです」
 
 悪意。その言葉に穏やかだった応接室の空気が再び張り詰めた。


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 うつむいたまま握り拳を固く震わせているヴィンセントを見てやはりイヴリンは困ったように微笑んだ。
「そ……そうです、魔女様!」
「あなたが男性であろうとなんであろうと、我らはあなたに救われました!」
 口々にヴィンセントの兵たちがイヴリンへの感謝を口にする。その勢いに圧倒されたかのようにイヴリンが目を瞬かせた。そして、僅かにはにかんだ。
「……ありがとう、ございます」
 魔女様、と口々に声を上げる兵士達を眺めていたガルドと冒険者も視線を交わらせた後にひとつ頷き合う。
「……確かに、今回のことだけじゃねぇ。あんたの功績は疑いようもねぇ」
「あなたがどれだけこの街とその住民、家畜に至るまで慈しみを向けてきたかも我々は見てきたつもりです」
「正直に言えば驚いたがよ。陛下もご存知だってんなら俺からとやかく言うことはねぇよ」
「……ありがとうございます」
 二人の言葉に、僅かに瞠目したイヴリンはようやく安心したように微笑んだ。その表情を見て、コリンも知らず知らずのうちに入っていた全身の力がふっと抜けていく。
 ご主人様が嫌われなくて、よかった。それだけがコリンの胸を満たしていく。
「とはいえよ。辺境伯には教えといて俺には教えてくれなかったのはどういう了見だ?俺も長いことこの街にいて、一緒に仕事をしてきたつもりだったが信用されてなかったのか?」
 意地悪そうな笑みを浮かべたガルドがイヴリンに問いかける。ヴィンセントが再びガルドをじとりと睨みつけるがイヴリンはその質問にたじろぐことなく、微笑んで答えた。
「冒険者組合は人の入れ替わりが激しいから、というのが一番大きなところでしょうか。場所によっては一年を待たずして、支部長やその補佐の方々が入れ替わるというようなことも聞いていましたから……念には念を、と。その点は本当に申し訳ありません」
「まあ、そんなこったろうな」
 予想はしていたと言わんばかりにガルドが腕を組んで、ふんと鼻を鳴らす。
「だが、今後は信用してくれるってことだな?」
「信用をしていなかったわけではないのですが……ですがそうですね、ボルター支部長さえよければ、ルウシャから動くことがないように王都の本部に掛け合うこともできますが」
「そりゃいい。ここの暮らしは気に入ってるしな」
 わはは、と笑うガルドには先程までの剣呑さはもうない。ガルドに険しい視線を向けていたヴィンセントもやれやれといったような顔で椅子の背もたれに体を預ける。
 先程までの張り詰めた空気が和らいで、全員の肩の力が抜けようかというところで応接室の扉が外からかりかりと引っかかれているような音を立てた。扉の向こうからはきゅうきゅうと切なそうな鳴き声も聞こえてくる。
「あ……」
 コリンが扉を振り返ってから、イヴリンに視線を向ける。イヴリンが微笑んでひとつ頷くと、コリンは応接室の扉を開けるために扉に近付いた。
 結果は、大惨事だった。
 コリンが扉の向こうでうろうろしていた仔狼を招き入れた途端にイヴリンに猛然と駆け寄り、再び毛だらけの涎まみれのぐしゃぐしゃにされた。犬とは比較にならないほど体も大きく力もあるためにイヴリンは突撃してきた仔狼によってソファに押し倒され、そのままもみくちゃになった。
 もちろん、ヴィンセントの悲鳴のような絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。
「……すみません……では、ボルター支部長に関しては先程のお話のとおりに……」
 もみくちゃにされ、髪もローブもぐしゃぐしゃになったイヴリンがそのままソファに横になったまま、疲れた顔だけをガルドに向ける。ソファに横たわっているイヴリンの薄い体の上には満足したとでも言うように、尾をぱたぱたと揺らしながら伏せの姿勢でのしかかっている仔狼。時たまイヴリンの顎先に鼻を寄せてふんふんと匂いを嗅いだあと、また何度かイヴリンの顎をぺろぺろと舐めた。
「……そいつ、もっとデカくなんのか」
「先程、獣の魔女に見ていただきましたが……上位種の仔狼だそうです。恐らくはもっともっと大きくなるでしょう。鼻もまだ短いようですし……」
 ねぇ、とイヴリンが仔狼の鼻先をかりかりと掻いてやると、仔狼は気持ちよさそうに目を細めた。
「その仔狼は今後どうするのですか、イヴリン様」
 ヴィンセントが仔狼に対して羨望を含んだような、嫉妬を滲ませたような、なんとも表現のしがたい表情を浮かべる。鼻先を掻き続けているイヴリンは少し考えた後に微笑んだ。
「もうこの子は外に帰すことは難しいと思っています。額の屍石を取り除いた時に私の魔石で生命力の維持を半分請け負っているような状態になっています。……それほどまでにきりきりのところでこの子は耐えていました」
 応接室に沈黙が流れる。
「この子を外に帰すとなれば私の魔石は取り除かなければいけませんが……そんな事をしては死んでしまいます。……なにより、私の魔力で生かしているということは半分使い魔のようなものになっているのです。であればこのままここで過ごしてもらうか……正式に使い魔となるか。この子に残された道は二つです」
 イヴリンの言葉にコリンの胸が締め付けられる。助かったことが嬉しかった。怪我もどんどん治って、元気になったらまた森に帰っていくものだと思っていた。けれど、それができないほど弱っていて、イヴリンの魔力がなければ生きられない。
 この子は、ぼくと同じ。
 大森林で対峙したときよりもより強く、そう思った。
「そうですか……人を襲うようなことはないのですね?」
「大丈夫でしょう。この子は賢い子のようですし……元々の気性も大人しくて人懐こいようです」
「わかんねぇな。その賢い魔物がなんだってあんな危険な魔石を撃ち込まれて、大森林の奥地をうろついてたんだ?」
 ガルドの言葉に冒険者も同意を示す。イヴリンの上にのしかかっている仔狼に視線を向けながら片手を上げて話し始めた。
「あの後大森林の様子を観察しに再度奥地へ立ち入りましたが、同様の種の存在は確認できませんでした。そもそもその仔狼の生息域もこのあたりではないのでは?」
「そうですね、獣の魔女も同じ事を言っていました。とはいえ上位種もそこまで情報は多くはありませんから、生息域に関しては断定できません。……ですがこの辺りに生息していないということであれば魔石の影響で苦しんでここまで逃れてきたか、悪意を持って送り込まれたか。……どちらにしても可哀想なことです」
 悪意。その言葉に穏やかだった応接室の空気が再び張り詰めた。