第20話 告白
ー/ー 姿勢を正して、揃えた膝の上に緩やかに手を重ねたイヴリンが頭を下げる。
「──まずは、この身が男であったことを隠していたこと。それをお詫びさせてください」
その行動にヴィンセントがなにか言葉を発そうと体を動かすが、寸でのところで声を発するのを思いとどまった。
まずはイヴリンが全てを話すのが先だ。そう自身に言い聞かせるように。
「……とはいえ、男である私がどうして魔法を扱う事ができるのか……それは私にもわからないのです。強いて言えば、幼い頃からマナを視認できていたこと以外は特におかしいと思うこともないのです」
「あんたの先代の魔女さんは……」
「私の性別を知ったうえで、弟子として育ててくださいました。ですが、男であることを知られてはいけないからと私に今のような立ち居振る舞いを教えていただきました」
ガルドはイヴリンの普段の仕草を思い返す。
中性的な容姿、男にしては少々高く、女にしては少々低い声。
常に穏やかで微笑みを絶やさず、笑うときには口元に手を添えて、決して大口では笑わない。歩幅も常に小さく、長いローブの袖から覗く指先も常に揃えられている。一度、祭りかなにかの集まりで食卓を共にしたときにも一口が異様に小さく、魔女になる前は深窓のご令嬢だったのかと考えを巡らせたこともある。
だが、今にして思えば確かに隠されているものが多すぎるようにも思えた。華奢な体とその体の線を覆い隠すかのように常に身に纏っているローブ。首元まで隠せる衣服。その上から首に巻かれている大振りな石の揺れるチョーカー。指先だけが出るような長さのローブの袖。さらにその下の衣服さえも、手の骨格を隠すような長さの手の甲までを覆う長袖。
最初は貧相な体を隠すためかと下品な想像をしたものだった。
だが、それらが全て己の性差を隠すための鎧だった。その考えに辿り着いたガルドは気まずそうにぼり、と頭を掻いた。
「……先代の魔女さんはなんだってあんたを弟子に?」
「……私の師は、女性だけが魔法使いとなるこの世界の常識に疑問を持ち続けていました。……こんなにも異常な存在である私を、存在してくれてありがとうと……育てさせてほしいと言ってくださいました」
イヴリンの柔らかな蜂蜜色の瞳に懐古の色が滲む。その表情を見て、コリンはほんの少しだけ胸のあたりがちくりと刺すような感覚を感じた。
「……?」
どうしてこんな感覚になるんだろう。コリンの頭に疑問符がいくつも浮かぶ。
ご主人様の昔の話が聞けて、知らないご主人様のことが知れて。ぼくにとっては新しいことで、それを知ることができるのはいつもわくわくすることのはずなのに。今回は、なんだか胸が変な感覚になっている。
なんだか奇妙な居心地の悪さを覚えてしまって、コリンはそっと自分の胸を撫でた。
「……私は師に助けられました。もし男の身で魔法を扱う事ができるなどということが知られてしまっては……それこそボルター支部長の仰るように魔物として扱われ、処分されていたでしょう」
「そんなことは……!」
ヴィンセントが思わず声を上げて腰を浮かせる。だがイヴリンの困ったような微笑みを見て、すとんと椅子に腰を落とす。
ヴィンセントとて、魔女となってからのイヴリンしか知らないのだ。それ以前のことに対しては上辺だけの否定しかできないと、理解している。その歯がゆさに、奥歯を噛み締める。
「……私の身体のことはコリンはもちろん、陛下もご存知です。バルトロメオ辺境伯にも、以前お伝えしていました。お二人以外で私のことを知っているのは他の四魔女の三人のみで……いえ、中央の貴族院の何名かも……いつどこで漏れたのか分かりませんが」
「それはそれで不味いんじゃねぇのか」
「ええ。本来は誰にも知られてはいけないことです。……そのせいで、と言うと師には大変申し訳ないのですが……中央で師に学んでいた頃から随分と嫌味を言われてきました。十年以上も言われ続けることになるとは思いもしませんでしたが」
十年以上。その言葉に応接室の空気が重くなる。誰も何も言い出せない空気になってしまったことを察知したイヴリンが申し訳なさそうに視線を巡らせる。
コリンはイヴリンの言葉に自分の膝をずっと見つめていた。十年といえば、コリンがイヴリンに助けてもらってからの時間。誰にも届かないと思っていた声を聞いて、すくい上げてくれた時からの時間。それよりも長い間、男で魔法を扱う能力を持っていることに対して嫌味を言われていた。それは少なからずコリンの胸にも暗い影を落とした。
そんなことをされていて、どうしてご主人様は優しく笑っていられるんだろう。
そんな疑問も同時に浮かんだのだった。
「……すみません。困らせたかったわけでは……いえ、何をお伝えしても言い訳のようなことになってしまうのは承知しています。……ただ、私は異端の身ではありますが、魔女という立場に誇りを持っていますし、私を信じてくださった師や陛下、四魔女の三人、バルトロメオ辺境伯に報いたいと……王国の繁栄を願っていることだけは……お伝えしたかったんです」
纏まりがなくなってしまいましたね。と困ったように微笑むイヴリン。その言葉に膝のうえできつく握りこぶしを握っていたヴィンセントが体を震わせてうつむきながら声を絞り出す。
「……報いるのは……私の……私達の方です」
ガルドと冒険者の視線がヴィンセントに注がれる。ヴィンセントの背後に控えている兵たちは互いに顔を見合わせて頷き合っている。
「北の……北の戦線で、敵兵に挟み撃ちに遭っていた私達を救ってくださったのは……貴方様なのです、イヴリン様」
「バルトロメオ辺境伯……」
ヴィンセントの胸に去来するのはかつて自分が立っていた王国北部での戦場での光景。援軍として従軍し、力の魔女の率いる本隊とは別の部隊として戦場に身を置いていた。
青かったのだと思う。相手を侮っていたのだと思う。師と仰いだ北の辺境伯に、功績を早く見せねばと焦っていたのだと思う。
その結果が、挟撃だった。
多勢に無勢、挟み撃ち。己の未熟さが招いた窮地に兵らを巻き込んだ。本隊からの救援も到底見込めず、無力さに打ちひしがれ、これまでかと己の命運を定めたその瞬間。たった一人の魔女が、一瞬で戦況を押し戻したのだった。
大地を隆起させて壁を作り、自在に操る蔦で敵兵をなぎ倒していく。
その圧倒的な強さに寒気を覚えた。そして同時に、近付きたいと焦がれた。
生還した別働隊は手厚い手当を受け、自身は酷く叱責された。だがそれも未熟さと受け止めた。そして二度と同じ轍は踏むまいとあらゆる戦術を頭に叩き込んだ。鍛錬も誰よりも密度の濃いものを行ってきた。
全ては己の命を、兵らの命を救ってくれた魔女──イヴリン・オルブライトに報いるために。
だからこそヴィンセントは北の辺境伯への婿入りの話を断り、イヴリンの守護する西の土地の辺境伯になることを望み、イヴリンに命さえも捧げる覚悟で職務に励んだ。
そんなヴィンセントにとってイヴリンが男であるということは、本当に些細なことでしかなかったのだった。
「──まずは、この身が男であったことを隠していたこと。それをお詫びさせてください」
その行動にヴィンセントがなにか言葉を発そうと体を動かすが、寸でのところで声を発するのを思いとどまった。
まずはイヴリンが全てを話すのが先だ。そう自身に言い聞かせるように。
「……とはいえ、男である私がどうして魔法を扱う事ができるのか……それは私にもわからないのです。強いて言えば、幼い頃からマナを視認できていたこと以外は特におかしいと思うこともないのです」
「あんたの先代の魔女さんは……」
「私の性別を知ったうえで、弟子として育ててくださいました。ですが、男であることを知られてはいけないからと私に今のような立ち居振る舞いを教えていただきました」
ガルドはイヴリンの普段の仕草を思い返す。
中性的な容姿、男にしては少々高く、女にしては少々低い声。
常に穏やかで微笑みを絶やさず、笑うときには口元に手を添えて、決して大口では笑わない。歩幅も常に小さく、長いローブの袖から覗く指先も常に揃えられている。一度、祭りかなにかの集まりで食卓を共にしたときにも一口が異様に小さく、魔女になる前は深窓のご令嬢だったのかと考えを巡らせたこともある。
だが、今にして思えば確かに隠されているものが多すぎるようにも思えた。華奢な体とその体の線を覆い隠すかのように常に身に纏っているローブ。首元まで隠せる衣服。その上から首に巻かれている大振りな石の揺れるチョーカー。指先だけが出るような長さのローブの袖。さらにその下の衣服さえも、手の骨格を隠すような長さの手の甲までを覆う長袖。
最初は貧相な体を隠すためかと下品な想像をしたものだった。
だが、それらが全て己の性差を隠すための鎧だった。その考えに辿り着いたガルドは気まずそうにぼり、と頭を掻いた。
「……先代の魔女さんはなんだってあんたを弟子に?」
「……私の師は、女性だけが魔法使いとなるこの世界の常識に疑問を持ち続けていました。……こんなにも異常な存在である私を、存在してくれてありがとうと……育てさせてほしいと言ってくださいました」
イヴリンの柔らかな蜂蜜色の瞳に懐古の色が滲む。その表情を見て、コリンはほんの少しだけ胸のあたりがちくりと刺すような感覚を感じた。
「……?」
どうしてこんな感覚になるんだろう。コリンの頭に疑問符がいくつも浮かぶ。
ご主人様の昔の話が聞けて、知らないご主人様のことが知れて。ぼくにとっては新しいことで、それを知ることができるのはいつもわくわくすることのはずなのに。今回は、なんだか胸が変な感覚になっている。
なんだか奇妙な居心地の悪さを覚えてしまって、コリンはそっと自分の胸を撫でた。
「……私は師に助けられました。もし男の身で魔法を扱う事ができるなどということが知られてしまっては……それこそボルター支部長の仰るように魔物として扱われ、処分されていたでしょう」
「そんなことは……!」
ヴィンセントが思わず声を上げて腰を浮かせる。だがイヴリンの困ったような微笑みを見て、すとんと椅子に腰を落とす。
ヴィンセントとて、魔女となってからのイヴリンしか知らないのだ。それ以前のことに対しては上辺だけの否定しかできないと、理解している。その歯がゆさに、奥歯を噛み締める。
「……私の身体のことはコリンはもちろん、陛下もご存知です。バルトロメオ辺境伯にも、以前お伝えしていました。お二人以外で私のことを知っているのは他の四魔女の三人のみで……いえ、中央の貴族院の何名かも……いつどこで漏れたのか分かりませんが」
「それはそれで不味いんじゃねぇのか」
「ええ。本来は誰にも知られてはいけないことです。……そのせいで、と言うと師には大変申し訳ないのですが……中央で師に学んでいた頃から随分と嫌味を言われてきました。十年以上も言われ続けることになるとは思いもしませんでしたが」
十年以上。その言葉に応接室の空気が重くなる。誰も何も言い出せない空気になってしまったことを察知したイヴリンが申し訳なさそうに視線を巡らせる。
コリンはイヴリンの言葉に自分の膝をずっと見つめていた。十年といえば、コリンがイヴリンに助けてもらってからの時間。誰にも届かないと思っていた声を聞いて、すくい上げてくれた時からの時間。それよりも長い間、男で魔法を扱う能力を持っていることに対して嫌味を言われていた。それは少なからずコリンの胸にも暗い影を落とした。
そんなことをされていて、どうしてご主人様は優しく笑っていられるんだろう。
そんな疑問も同時に浮かんだのだった。
「……すみません。困らせたかったわけでは……いえ、何をお伝えしても言い訳のようなことになってしまうのは承知しています。……ただ、私は異端の身ではありますが、魔女という立場に誇りを持っていますし、私を信じてくださった師や陛下、四魔女の三人、バルトロメオ辺境伯に報いたいと……王国の繁栄を願っていることだけは……お伝えしたかったんです」
纏まりがなくなってしまいましたね。と困ったように微笑むイヴリン。その言葉に膝のうえできつく握りこぶしを握っていたヴィンセントが体を震わせてうつむきながら声を絞り出す。
「……報いるのは……私の……私達の方です」
ガルドと冒険者の視線がヴィンセントに注がれる。ヴィンセントの背後に控えている兵たちは互いに顔を見合わせて頷き合っている。
「北の……北の戦線で、敵兵に挟み撃ちに遭っていた私達を救ってくださったのは……貴方様なのです、イヴリン様」
「バルトロメオ辺境伯……」
ヴィンセントの胸に去来するのはかつて自分が立っていた王国北部での戦場での光景。援軍として従軍し、力の魔女の率いる本隊とは別の部隊として戦場に身を置いていた。
青かったのだと思う。相手を侮っていたのだと思う。師と仰いだ北の辺境伯に、功績を早く見せねばと焦っていたのだと思う。
その結果が、挟撃だった。
多勢に無勢、挟み撃ち。己の未熟さが招いた窮地に兵らを巻き込んだ。本隊からの救援も到底見込めず、無力さに打ちひしがれ、これまでかと己の命運を定めたその瞬間。たった一人の魔女が、一瞬で戦況を押し戻したのだった。
大地を隆起させて壁を作り、自在に操る蔦で敵兵をなぎ倒していく。
その圧倒的な強さに寒気を覚えた。そして同時に、近付きたいと焦がれた。
生還した別働隊は手厚い手当を受け、自身は酷く叱責された。だがそれも未熟さと受け止めた。そして二度と同じ轍は踏むまいとあらゆる戦術を頭に叩き込んだ。鍛錬も誰よりも密度の濃いものを行ってきた。
全ては己の命を、兵らの命を救ってくれた魔女──イヴリン・オルブライトに報いるために。
だからこそヴィンセントは北の辺境伯への婿入りの話を断り、イヴリンの守護する西の土地の辺境伯になることを望み、イヴリンに命さえも捧げる覚悟で職務に励んだ。
そんなヴィンセントにとってイヴリンが男であるということは、本当に些細なことでしかなかったのだった。
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