第19話 会合
ー/ー「すみません、お待たせしてしまって……」
少しぐったりした様子のイヴリンが応接室にコリンを伴って入る。応接室には既に来客予定の人物が全員揃っていた。
ヴィンセントとその私兵五名、ガルドと、冒険者。
大森林の探索に参加した面々が集合していた。
「イヴリン様……お疲れのご様子ですが、何かあったのでしょうか」
イヴリンの様子にいの一番にヴィンセントが声を上げる。
「いえ……件の子に先程までじゃれつかれていまして」
その言葉は本当か、と言いたげな視線をヴィンセントはコリンに向ける。それを受けたコリンは頷いて、補足説明を加える。
「飛びつかれて毛だらけになって、顔とか首とか……いろんなところを舐められて、髪とかもぐしゃぐしゃにされてました」
その言葉に客人の全員が眼前のイヴリンの体格を見て、その後にあの狼の姿を思い浮かべたのは想像に難くない。
成人女性の平均的な身長よりも少しばかり背の高いイヴリンと、立ち上がればそのイヴリンよりほんの僅かに鼻先が低い狼。その四肢は太く、対峙した時にも力が強いであろうことは明らかだと理解できた。
その狼がイヴリンに飛びかかってじゃれついて。
体の線が出ないローブを身に纏っているとはいえ、イヴリンの体の薄さ、華奢さは誰もが見て分かるほどのものだ。筋肉量も推して知るべしだろう。本気でじゃれつかれては全身ぐしゃぐしゃにされるのも仕方のないことかもしれないと全員がイヴリンに憐れみの目を向ける。そしてその視線は直前まで身支度を整える手伝いをしていたであろうコリンにも向けられた。
「……では、本日お集まりいただいた件なのですが……」
ひとつ咳払いをして、イヴリンは切り出した。
今回発見された屍石を転用した魔石のこと、それによって魔物にどんな影響が出たか。そして、どのように対応したか。周囲の環境や原生生物への影響。それらを王都におわす国王陛下へ報告の必要がある。そして前例があるかどうかも王宮の資料庫の資料を調べてもらわなければならない。
そのために、全員の見たものや聞いたものなどのすべての情報を統合して情報に齟齬がないか、漏れがないかの確認をするために集まってもらった。
もちろん、イヴリンにはそれ以外の目的もあってのことだったが。
会合はつつがなく、そして全員の協力のもと比較的スムーズに情報の精査が行われた。
「──ありがとうございます。これで報告に必要なものはほとんど出揃ったかと……」
全員の情報を一纏めに書き記したものに目を通してイヴリンは頷く。あとはこれを丁寧に纏めて王宮へ送り届けてもらうだけ。
今夜は夜ふかしをして纏めないと。そんな事を考えながらイヴリンはテーブルでとんとんと紙束を整えて一つ息をついた。
「魔女さんよ。俺からもいいか」
イヴリンの用事が一段落ついたと判断したところでガルドが前のめりになって鋭い眼光を向ける。イヴリンはその視線ににこやかに微笑んで、続きを促すように右手を差し出した。
「あんたが魔女だってことは国王陛下が認めてる。それは疑いようもないことだ。だが、俺らが見たものは何だ」
イヴリンの隣でソファに腰掛けているコリンの肩が揺れる。
聞かれないで済むはずがなかった。あの時、全員が確実に見ていた。イヴリンが男であるということを。
どうしよう。コリンの中に再び自責の念が湧く。
そんなコリンをなだめるようにイヴリンは優しく背中を撫でる。背中に伝わる温もりにコリンが頭を上げると、イヴリンは変わらず柔らかく微笑んでいた。
大丈夫。そう言わんばかりに。
「あんたは男、なのか」
その言葉にヴィンセントが咎めるような、刺すような視線をガルドに向ける。ヴィンセント以外の客人の全員が、イヴリンをじっと見つめていた。
「──ええ、そうです」
長い沈黙の後に、イヴリンはそれだけを答えた。いつもと変わらない、穏やかな微笑みが真実だということを全員に言外に伝える。あまりにも穏やかに答えるイヴリンに面食らったのは客人たちだった。
「男で魔法使い、魔女なんてものはありえねぇ。それは世界の常識だ」
「はい、仰る通りです」
「だったらなんであんたは魔法を扱う。場合によっては俺はあんたを疑ってかからなきゃならねぇ」
「疑うとは?」
「──あんたが、人に化けた魔物なんじゃねぇかってことをだ」
その言葉が響いた瞬間、ヴィンセントが大きな音を立てて立ち上がった。その額には青筋が浮かんでおり、ガルドの衣服の胸ぐらを掴み上げる。普段は冷静なヴィンセントの混じり気のない怒りに、兵士達はもちろんのことガルドもうろたえる。
「貴様……口を慎め……!」
「お、おいおい。落ち着けよ。普通に考えてありえねぇって言ってんだ。お前もそうだろ」
「イヴリン様のこれまでの行動を疑うのか!貴様は!!」
「へ、辺境伯……!」
殺気にも似た怒りを滲ませてヴィンセントは怒鳴る。それに驚いた兵士達が慌ててヴィンセントをなだめるが、一度怒りに火のついたヴィンセントは止まらなかった。
「イヴリン様がどれほどこの西の土地にお心を砕き、王国の繁栄を願っていたかなど貴様にも分かるだろう!そこにイヴリン様が何者であるかは関係のないことだ!!」
整った顔を歪めて、ヴィンセントはまくし立てる。完全に気圧されたガルドはその後に言葉を紡ぐことができずに、口をはくはくと動かすだけで意味のない音を漏らしていた。
「──バルトロメオ辺境伯」
イヴリンの静かな声が応接室に響く。その声にはっと我に返ったようにヴィンセントがイヴリンの方へと顔を向ける。ヴィンセントの視界に映ったイヴリンは困ったように笑っていた。
「バルトロメオ辺境伯、ありがとうございます。あなたご自身のことではないのに」
「な……何を仰いますか、イヴリン様……!私は、私自身のことよりもイヴリン様を悪しざまに言われることのほうが耐えられません!」
「ありがとうございます。ですが、ボルター支部長の懸念も尤もです。……まずは、手を離していただけますか?私も、お話できることはお話をしようと……今回、皆さん全員をお呼びしたのですから」
そう言って微笑むイヴリンに、ヴィンセントはばつが悪そうにガルドの胸ぐらを掴んでいた手を離したのだった。
少しぐったりした様子のイヴリンが応接室にコリンを伴って入る。応接室には既に来客予定の人物が全員揃っていた。
ヴィンセントとその私兵五名、ガルドと、冒険者。
大森林の探索に参加した面々が集合していた。
「イヴリン様……お疲れのご様子ですが、何かあったのでしょうか」
イヴリンの様子にいの一番にヴィンセントが声を上げる。
「いえ……件の子に先程までじゃれつかれていまして」
その言葉は本当か、と言いたげな視線をヴィンセントはコリンに向ける。それを受けたコリンは頷いて、補足説明を加える。
「飛びつかれて毛だらけになって、顔とか首とか……いろんなところを舐められて、髪とかもぐしゃぐしゃにされてました」
その言葉に客人の全員が眼前のイヴリンの体格を見て、その後にあの狼の姿を思い浮かべたのは想像に難くない。
成人女性の平均的な身長よりも少しばかり背の高いイヴリンと、立ち上がればそのイヴリンよりほんの僅かに鼻先が低い狼。その四肢は太く、対峙した時にも力が強いであろうことは明らかだと理解できた。
その狼がイヴリンに飛びかかってじゃれついて。
体の線が出ないローブを身に纏っているとはいえ、イヴリンの体の薄さ、華奢さは誰もが見て分かるほどのものだ。筋肉量も推して知るべしだろう。本気でじゃれつかれては全身ぐしゃぐしゃにされるのも仕方のないことかもしれないと全員がイヴリンに憐れみの目を向ける。そしてその視線は直前まで身支度を整える手伝いをしていたであろうコリンにも向けられた。
「……では、本日お集まりいただいた件なのですが……」
ひとつ咳払いをして、イヴリンは切り出した。
今回発見された屍石を転用した魔石のこと、それによって魔物にどんな影響が出たか。そして、どのように対応したか。周囲の環境や原生生物への影響。それらを王都におわす国王陛下へ報告の必要がある。そして前例があるかどうかも王宮の資料庫の資料を調べてもらわなければならない。
そのために、全員の見たものや聞いたものなどのすべての情報を統合して情報に齟齬がないか、漏れがないかの確認をするために集まってもらった。
もちろん、イヴリンにはそれ以外の目的もあってのことだったが。
会合はつつがなく、そして全員の協力のもと比較的スムーズに情報の精査が行われた。
「──ありがとうございます。これで報告に必要なものはほとんど出揃ったかと……」
全員の情報を一纏めに書き記したものに目を通してイヴリンは頷く。あとはこれを丁寧に纏めて王宮へ送り届けてもらうだけ。
今夜は夜ふかしをして纏めないと。そんな事を考えながらイヴリンはテーブルでとんとんと紙束を整えて一つ息をついた。
「魔女さんよ。俺からもいいか」
イヴリンの用事が一段落ついたと判断したところでガルドが前のめりになって鋭い眼光を向ける。イヴリンはその視線ににこやかに微笑んで、続きを促すように右手を差し出した。
「あんたが魔女だってことは国王陛下が認めてる。それは疑いようもないことだ。だが、俺らが見たものは何だ」
イヴリンの隣でソファに腰掛けているコリンの肩が揺れる。
聞かれないで済むはずがなかった。あの時、全員が確実に見ていた。イヴリンが男であるということを。
どうしよう。コリンの中に再び自責の念が湧く。
そんなコリンをなだめるようにイヴリンは優しく背中を撫でる。背中に伝わる温もりにコリンが頭を上げると、イヴリンは変わらず柔らかく微笑んでいた。
大丈夫。そう言わんばかりに。
「あんたは男、なのか」
その言葉にヴィンセントが咎めるような、刺すような視線をガルドに向ける。ヴィンセント以外の客人の全員が、イヴリンをじっと見つめていた。
「──ええ、そうです」
長い沈黙の後に、イヴリンはそれだけを答えた。いつもと変わらない、穏やかな微笑みが真実だということを全員に言外に伝える。あまりにも穏やかに答えるイヴリンに面食らったのは客人たちだった。
「男で魔法使い、魔女なんてものはありえねぇ。それは世界の常識だ」
「はい、仰る通りです」
「だったらなんであんたは魔法を扱う。場合によっては俺はあんたを疑ってかからなきゃならねぇ」
「疑うとは?」
「──あんたが、人に化けた魔物なんじゃねぇかってことをだ」
その言葉が響いた瞬間、ヴィンセントが大きな音を立てて立ち上がった。その額には青筋が浮かんでおり、ガルドの衣服の胸ぐらを掴み上げる。普段は冷静なヴィンセントの混じり気のない怒りに、兵士達はもちろんのことガルドもうろたえる。
「貴様……口を慎め……!」
「お、おいおい。落ち着けよ。普通に考えてありえねぇって言ってんだ。お前もそうだろ」
「イヴリン様のこれまでの行動を疑うのか!貴様は!!」
「へ、辺境伯……!」
殺気にも似た怒りを滲ませてヴィンセントは怒鳴る。それに驚いた兵士達が慌ててヴィンセントをなだめるが、一度怒りに火のついたヴィンセントは止まらなかった。
「イヴリン様がどれほどこの西の土地にお心を砕き、王国の繁栄を願っていたかなど貴様にも分かるだろう!そこにイヴリン様が何者であるかは関係のないことだ!!」
整った顔を歪めて、ヴィンセントはまくし立てる。完全に気圧されたガルドはその後に言葉を紡ぐことができずに、口をはくはくと動かすだけで意味のない音を漏らしていた。
「──バルトロメオ辺境伯」
イヴリンの静かな声が応接室に響く。その声にはっと我に返ったようにヴィンセントがイヴリンの方へと顔を向ける。ヴィンセントの視界に映ったイヴリンは困ったように笑っていた。
「バルトロメオ辺境伯、ありがとうございます。あなたご自身のことではないのに」
「な……何を仰いますか、イヴリン様……!私は、私自身のことよりもイヴリン様を悪しざまに言われることのほうが耐えられません!」
「ありがとうございます。ですが、ボルター支部長の懸念も尤もです。……まずは、手を離していただけますか?私も、お話できることはお話をしようと……今回、皆さん全員をお呼びしたのですから」
そう言って微笑むイヴリンに、ヴィンセントはばつが悪そうにガルドの胸ぐらを掴んでいた手を離したのだった。
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