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第17話 救出

ー/ー



「お……おいおい、助けるなんてことできるのかよ?」
 
 ガルドが声を上げる。イヴリンの突然の言葉に動揺を隠せないのは他の面々も同じようで、一様に驚きの表情を浮かべている。コリンの傍にいたヴィンセントも同じように疑問の声を上げた。
 
「イヴリン様、どのようにあの魔物を救おうとお考えなのですか」
「あの額の石は取り除きます。その後で魔素を浄化して慎重に砕きましょう。ただし、ただ単純に取り除いただけではあの子の命に関わるかもしれませんから、念の為に私の魔石であの子の生命力を補助します」
「そ、そのようなことが……可能なのですか」
 
 ヴィンセントの戸惑ったような声にイヴリンは微笑みで答える。
 
「もちろんあの子次第ですが……コリンのお願いですからね。やれるだけの事はやりましょう。……コリン、予備の魔晶石はあるかな」
「は……っ、はい……!」
 
 コリンが鞄をごそごそと漁る。すぐに取り出されたのは透明な石。石を受け取ったイヴリンはその石をかざして透明度を確認する。
 
「うん、純度の高いものを持ってきてくれていたんだね。ありがとう」
 
 微笑んだイヴリンがコリンの頭を撫でる。コリンの体の震えは完全に収まっていた。
 余談を許さない状況とはいえ、コリンが落ち着きを取り戻したことを確認したヴィンセントは、ひとまずはよかったと安堵の息を漏らした。
 
「……助けられるんですかね、本当に」
 
 拘束されている魔物の様子を見張っていたガルドのところへ冒険者が歩み寄り、こそりと話しかける。
 
「やるって言ってんだから納得するまでやらせてやれ。それで無理なら諦めもつくだろうよ。……無理だったときは、わかってんな」
 
 ガルドの言葉に冒険者は頷いて答えた。
 
「──うん、できた」
 
 イヴリンの手の中にはコリンから受け取った魔晶石。
 マナの伝導率の高い鉱石を魔晶石と呼び、魔法使いがその石に魔力で回路を物理的に刻んだものが魔法石。魔女が魔力で石の中に回路を刻んだものが魔石と区分されている。今回コリンが持ってきていた透明な魔晶石はイヴリンの魔力を受けて一度強い光を放った後に透明な緑色へと染まっており、石の内部には葉脈のような模様が走っていた。
 
「さて、あの子を助けようね。……まずはあの子の額の石を取り除かないとだけれど……暴れないでくれると助かるなぁ」
 
 イヴリンが拘束されたままの魔物に視線を向ける。蔦に拘束されたままの魔物は変わらず悲痛な声を上げながらもがいていた。尻尾は丸まり、全身が震えている。恐怖に支配されているのは明らかだった。
 
「ご……ご主人様……あの、ぼく……」
 
 コリンがおずおずとイヴリンのローブの裾を掴む。コリンの視線とイヴリンの視線がかち合い、そして優しく微笑んだ。
 
「うん、行っておあげ。コリンなら大丈夫。拘束も強めてあるから次は切られないと思うし、靄は私の魔力で散らしているから大丈夫だよ」
「は……はい……!」
 
 イヴリンの言葉を受けてコリンは魔物にそろそろと近付く。コリンと魔物の距離が近付くにつれて魔物から悲鳴のような鳴き声が上がる。蔦の拘束から逃れよう、距離を離そうと後ろ足に力が入っていて、爪や足先が地面にめり込んでいる。
 
「だいじょうぶ……だいじょうぶですよ……ぼく、助けたいんです……」
 
 コリンが話しかけるだけで恐怖が最高潮に達したかのように闇雲に吠える魔物。その悲鳴にコリンの足が少しだけすくむ。それでも、ここで怖気づいてしまってはその気持ちが魔物にも伝わってしまうと自身を奮い立たせる。
 
 一歩一歩、コリンはゆっくりと近付いた。
 
 ついに、コリンが魔物の目の前に立つ。恐怖で混乱して闇雲に吠える魔物に対して、コリンは首元にぎゅっと抱きついた。
 
 ごわごわした毛の感触。さっきまで涎を垂らしながら牙をむき出しにしてイヴリンに襲いかかり、闇雲に吠えていたせいで口周りはべちゃべちゃで、コリンの耳元や首元あたりにぬるりとした感触がする。魔物はコリンから逃れようとして首を振り、腕を振りほどこうとする。
 それでも、コリンは腕に力を込めて振りほどかれないようにしがみついて、きつく目を閉じた。
 
 ああ、あったかい。
 
 どれほどしがみついていたか。ふとコリンは全身が温かくなるのを感じて薄目を開いた。
 コリンの全身を駆け巡るイヴリンの柔らかくて暖かい、優しい魔力を感じる。コリンの胸のあたりに組み込まれている魔力回路から、イヴリンの魔力がコリンを経由して直接魔物に流れ込んでいる。その温かさが魔物にも伝わったのか、暴れたり吠えたりといった拒絶を示す行動が徐々に失われていく。
 
 ──あったかい。
 
 コリンの耳に届くのは、先程まで苦しんでいた魔物の声。
 木に頭を打ち付けていたときとはまるで違う、落ち着きを取り戻した子供の声。
 
 ──こわいよ。


 怖くないですよ。
 
 ──しにたくないよ。
 
 どんな生き物だって、そうです。まだ、助かります。
 
 ──たすけて。
 
 大丈夫です。絶対に助けます。……ぼくにできることは、あんまりないですけど。
 
 守りたい。救いたい。コリンのその意志がイヴリンの魔力を通じて伝わったのかもしれない。ついには、魔物は自ら後ろ足を折り曲げてぺたりと座り込んだ。
 完全に抵抗がなくなった魔物の首から離れたコリンは毛だらけの涎まみれになっていたが、そんなことは全く気にならなかった。大人しくなった魔物が離れたコリンの服や手の匂いをふんふんと嗅いで、そしてコリンの手を恐る恐るぺろりと舐めた。
 
「っ……」
 
 コリンの息が詰まる。やっと通じた。伝わってくれた。これならきっと、だいじょうぶ。安心すると同時に、膝から力が抜ける。尻餅をつく寸前で両脇を抱えられて、見上げればにやりと笑ったガルドの顔が視界に入った。
 
「頑張ったな、おちび」
「わ、ぁ……」
 
 ゆっくりと地面にコリンの腰を下ろさせたガルドがコリンの頭をぐしゃぐしゃに撫でくりまわす。しばらく撫でくりまわされて、やっと解放されたコリンが次に目にしたのは、魔物の目の前で魔石を手にしているイヴリンの背中。
 
「大丈夫。もう苦しまなくていいんだよ。痛いのはこれで最後。助けてあげようね」
 
 イヴリンが魔物の首周りや耳の後ろを優しく撫でる。魔物は気持ちいいとでも言うかのように目を細めてその手を受け入れていた。
 
 風が吹いていないのに、イヴリンの髪やローブがふわりとたなびく。
 
 イヴリンの手が、魔物の額に添えられた。優しく額を撫でていると、魔物の体がびくりと震えて痛みか恐怖か、あるいはその両方が入り混じったかのような悲痛な叫び声が上がる。
 イヴリンが額からゆっくりと手を浮かせると、それに引っ張られるようにして赤黒い魔石が血を滴らせながら浮いていた。魔石が剥離したことで魔物の額からは血が流れ落ち、痛みに甲高い悲鳴を上げる。暴れようとする魔物の首をヴィンセントの兵士達が押さえつけ、血を流している額にイヴリンが自らの魔石を添える。魔石が一度淡い光を放った直後、魔物の額には緑色の魔石が埋め込まれ、きらりと優しく輝いた。
 
 兵士達は魔物が悲鳴を上げなくなったことを確認してから離れたものの、依然として魔物に対しての警戒を解くことなく、いつでも剣を抜けるようにと柄に手をかけていた。
 
 だが、それらは無用な警戒に終わった。
 
 完全に悲鳴を上げなくなった魔物は座り込んだままイヴリンの手の匂いを嗅ぎ、ややあってその太い尻尾を左右にゆらゆらと揺らめかせた。
 
「……落ち着いてくれたかな。いい子だね」
 
 魔物は完全に落ち着きを取り戻しており、くりくりとした目で人懐こい表情を浮かべていた。その表情を見たイヴリンがようやく魔物の体を拘束していた蔦を解き、本当の意味で魔物は解放された。


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「お……おいおい、助けるなんてことできるのかよ?」
 ガルドが声を上げる。イヴリンの突然の言葉に動揺を隠せないのは他の面々も同じようで、一様に驚きの表情を浮かべている。コリンの傍にいたヴィンセントも同じように疑問の声を上げた。
「イヴリン様、どのようにあの魔物を救おうとお考えなのですか」
「あの額の石は取り除きます。その後で魔素を浄化して慎重に砕きましょう。ただし、ただ単純に取り除いただけではあの子の命に関わるかもしれませんから、念の為に私の魔石であの子の生命力を補助します」
「そ、そのようなことが……可能なのですか」
 ヴィンセントの戸惑ったような声にイヴリンは微笑みで答える。
「もちろんあの子次第ですが……コリンのお願いですからね。やれるだけの事はやりましょう。……コリン、予備の魔晶石はあるかな」
「は……っ、はい……!」
 コリンが鞄をごそごそと漁る。すぐに取り出されたのは透明な石。石を受け取ったイヴリンはその石をかざして透明度を確認する。
「うん、純度の高いものを持ってきてくれていたんだね。ありがとう」
 微笑んだイヴリンがコリンの頭を撫でる。コリンの体の震えは完全に収まっていた。
 余談を許さない状況とはいえ、コリンが落ち着きを取り戻したことを確認したヴィンセントは、ひとまずはよかったと安堵の息を漏らした。
「……助けられるんですかね、本当に」
 拘束されている魔物の様子を見張っていたガルドのところへ冒険者が歩み寄り、こそりと話しかける。
「やるって言ってんだから納得するまでやらせてやれ。それで無理なら諦めもつくだろうよ。……無理だったときは、わかってんな」
 ガルドの言葉に冒険者は頷いて答えた。
「──うん、できた」
 イヴリンの手の中にはコリンから受け取った魔晶石。
 マナの伝導率の高い鉱石を魔晶石と呼び、魔法使いがその石に魔力で回路を物理的に刻んだものが魔法石。魔女が魔力で石の中に回路を刻んだものが魔石と区分されている。今回コリンが持ってきていた透明な魔晶石はイヴリンの魔力を受けて一度強い光を放った後に透明な緑色へと染まっており、石の内部には葉脈のような模様が走っていた。
「さて、あの子を助けようね。……まずはあの子の額の石を取り除かないとだけれど……暴れないでくれると助かるなぁ」
 イヴリンが拘束されたままの魔物に視線を向ける。蔦に拘束されたままの魔物は変わらず悲痛な声を上げながらもがいていた。尻尾は丸まり、全身が震えている。恐怖に支配されているのは明らかだった。
「ご……ご主人様……あの、ぼく……」
 コリンがおずおずとイヴリンのローブの裾を掴む。コリンの視線とイヴリンの視線がかち合い、そして優しく微笑んだ。
「うん、行っておあげ。コリンなら大丈夫。拘束も強めてあるから次は切られないと思うし、靄は私の魔力で散らしているから大丈夫だよ」
「は……はい……!」
 イヴリンの言葉を受けてコリンは魔物にそろそろと近付く。コリンと魔物の距離が近付くにつれて魔物から悲鳴のような鳴き声が上がる。蔦の拘束から逃れよう、距離を離そうと後ろ足に力が入っていて、爪や足先が地面にめり込んでいる。
「だいじょうぶ……だいじょうぶですよ……ぼく、助けたいんです……」
 コリンが話しかけるだけで恐怖が最高潮に達したかのように闇雲に吠える魔物。その悲鳴にコリンの足が少しだけすくむ。それでも、ここで怖気づいてしまってはその気持ちが魔物にも伝わってしまうと自身を奮い立たせる。
 一歩一歩、コリンはゆっくりと近付いた。
 ついに、コリンが魔物の目の前に立つ。恐怖で混乱して闇雲に吠える魔物に対して、コリンは首元にぎゅっと抱きついた。
 ごわごわした毛の感触。さっきまで涎を垂らしながら牙をむき出しにしてイヴリンに襲いかかり、闇雲に吠えていたせいで口周りはべちゃべちゃで、コリンの耳元や首元あたりにぬるりとした感触がする。魔物はコリンから逃れようとして首を振り、腕を振りほどこうとする。
 それでも、コリンは腕に力を込めて振りほどかれないようにしがみついて、きつく目を閉じた。
 ああ、あったかい。
 どれほどしがみついていたか。ふとコリンは全身が温かくなるのを感じて薄目を開いた。
 コリンの全身を駆け巡るイヴリンの柔らかくて暖かい、優しい魔力を感じる。コリンの胸のあたりに組み込まれている魔力回路から、イヴリンの魔力がコリンを経由して直接魔物に流れ込んでいる。その温かさが魔物にも伝わったのか、暴れたり吠えたりといった拒絶を示す行動が徐々に失われていく。
 ──あったかい。
 コリンの耳に届くのは、先程まで苦しんでいた魔物の声。
 木に頭を打ち付けていたときとはまるで違う、落ち着きを取り戻した子供の声。
 ──こわいよ。
 怖くないですよ。
 ──しにたくないよ。
 どんな生き物だって、そうです。まだ、助かります。
 ──たすけて。
 大丈夫です。絶対に助けます。……ぼくにできることは、あんまりないですけど。
 守りたい。救いたい。コリンのその意志がイヴリンの魔力を通じて伝わったのかもしれない。ついには、魔物は自ら後ろ足を折り曲げてぺたりと座り込んだ。
 完全に抵抗がなくなった魔物の首から離れたコリンは毛だらけの涎まみれになっていたが、そんなことは全く気にならなかった。大人しくなった魔物が離れたコリンの服や手の匂いをふんふんと嗅いで、そしてコリンの手を恐る恐るぺろりと舐めた。
「っ……」
 コリンの息が詰まる。やっと通じた。伝わってくれた。これならきっと、だいじょうぶ。安心すると同時に、膝から力が抜ける。尻餅をつく寸前で両脇を抱えられて、見上げればにやりと笑ったガルドの顔が視界に入った。
「頑張ったな、おちび」
「わ、ぁ……」
 ゆっくりと地面にコリンの腰を下ろさせたガルドがコリンの頭をぐしゃぐしゃに撫でくりまわす。しばらく撫でくりまわされて、やっと解放されたコリンが次に目にしたのは、魔物の目の前で魔石を手にしているイヴリンの背中。
「大丈夫。もう苦しまなくていいんだよ。痛いのはこれで最後。助けてあげようね」
 イヴリンが魔物の首周りや耳の後ろを優しく撫でる。魔物は気持ちいいとでも言うかのように目を細めてその手を受け入れていた。
 風が吹いていないのに、イヴリンの髪やローブがふわりとたなびく。
 イヴリンの手が、魔物の額に添えられた。優しく額を撫でていると、魔物の体がびくりと震えて痛みか恐怖か、あるいはその両方が入り混じったかのような悲痛な叫び声が上がる。
 イヴリンが額からゆっくりと手を浮かせると、それに引っ張られるようにして赤黒い魔石が血を滴らせながら浮いていた。魔石が剥離したことで魔物の額からは血が流れ落ち、痛みに甲高い悲鳴を上げる。暴れようとする魔物の首をヴィンセントの兵士達が押さえつけ、血を流している額にイヴリンが自らの魔石を添える。魔石が一度淡い光を放った直後、魔物の額には緑色の魔石が埋め込まれ、きらりと優しく輝いた。
 兵士達は魔物が悲鳴を上げなくなったことを確認してから離れたものの、依然として魔物に対しての警戒を解くことなく、いつでも剣を抜けるようにと柄に手をかけていた。
 だが、それらは無用な警戒に終わった。
 完全に悲鳴を上げなくなった魔物は座り込んだままイヴリンの手の匂いを嗅ぎ、ややあってその太い尻尾を左右にゆらゆらと揺らめかせた。
「……落ち着いてくれたかな。いい子だね」
 魔物は完全に落ち着きを取り戻しており、くりくりとした目で人懐こい表情を浮かべていた。その表情を見たイヴリンがようやく魔物の体を拘束していた蔦を解き、本当の意味で魔物は解放された。