第10話 白い仮面、黒い着弾
ー/ー 管理車の天井が、こつりと鳴った。
首謀者は倒した。
`Y-09` と `S-08` の搬送ログも抜いた。
普通なら、ここで終わりだ。
問題は、勝ち切る寸前に限って、前に一度だけ会って、それでも十分すぎるほど記憶に残った最悪の二人が来ることだった。
「……なあ」
零が言う。
「今の、設備不良ってことにできるか」
「前にクラウンが出た時も似たようなこと言ってた」
「嫌な記憶を丁寧に掘り返すな」
ノアが顔を上げる。
その直後、管理車の非常ハッチが外から静かに回った。
白いものが、ゆっくり傾く。
仮面だ。
笑った口だけが大きく描かれた、白い仮面。
「やっと一息つけた?」
妙に楽しそうな声が、上から落ちてくる。
ハッチの縁に立っていたのは、白い仮面の男だった。
長い外套。
両手の拳銃。
雨でもないのに濡れて見える、軽すぎる立ち方。
クラウン。
その少し後ろ、屋根の上には細い影がもうひとつ立っていた。
長い髪。
感情の薄い顔。
片手の拳銃。
レム。
零は小さく舌打ちした。
「やっぱりお前らかよ」
ノアの声が低くなる。
「クラウンが中に来る。レムは上から切る」
「分かってる」
「片方、今すぐ来る」
「どっちだ」
「両方」
クラウンが楽しそうに首を傾げた。
「覚えててくれたんだ」
「忘れる方法があったら教えろ」
レムが屋根の上から、平坦な声で言う。
「ノアもいる。面倒」
「そっちは相変わらず初手で補助輪から外しに来るな」
「効くから」
その瞬間、クラウンが管理車の中へ落ちてきた。
跳んだ、ではない。
ハッチの縁にいたはずなのに、次の瞬間にはもう間合いの内側だ。
零の視界に線が走る。
喉。
右手。
ノアの腹。
端末卓。
「下!」
零が叫ぶより先に、クラウンの拳銃が光る。
三発。
音と着弾の順番は普通だ。
嫌なのは、その次だった。
撃った位置から、クラウンの身体がもう半歩先へいる。
撃ったあとに詰めたんじゃない。
そのはずなのに、もうそこにいる。
零は拳銃で返した。
一発目、胸。
二発目、右肩。
当たる。
なのに薄い。
致命線だけが、また半拍ずれている。
「前より良くなってる」
クラウンが笑う。
「そりゃどうも。褒められても全然嬉しくない」
ノアのPMXが短く鳴る。
肩。
肘。
床ラッチ。
立てる場所だけを切っていく。
「零」
「見えてる」
零は机を蹴ってクラウンとの距離を潰した。
近い。
拳銃を撃ち合う距離じゃない。
右手首を払う。
左肘を内へ打つ。
肩を入れる。
CQC。
だがクラウンは、そこで消えるように半歩抜けた。
逃げたんじゃない。
さっきまで見えていた外の角度へ、もういる。
「近いのも好きなんだ」
「知ってる。だから余計に会いたくなかった」
その時、レムが撃った。
いや、まだ撃っていない。
先に結果が来た。
管理車の窓枠が弾ける。
ノアが寄った端末卓の支柱に、いきなりひびが入る。
遅れて銃声が追いついた。
「っ」
ノアが一歩ずれる。
「やっぱり足場から殺しに来る」
「ノア、止まるから」
「褒められてないな、それ」
ノアは即座に連結部側へ滑る。
PMXで上を撃つ。
短い連射。
ハッチの縁。
屋根の手すり。
レム本人の肩。
だがレムは、そこにいない。
当たる位置より少し先に立っている。
いや、立っていた結果だけが残っている。
「……うざい」
珍しく、ノアがはっきり嫌そうに言う。
「相性最悪だな」
「前から知ってる」
その一拍を、クラウンは逃さない。
零の視界にまた線が増える。
喉。
肋骨。
顎。
近い。
銃撃じゃない。
完全に殴り合いの距離だ。
クラウンの右手が伸びる。
零は手首を外から払う。
返しの左を前腕で流す。
グリップエンドで仮面の顎を殴る。
白い破片が小さく飛ぶ。
「うわ、本当にまた殴るんだ」
「お前相手に遠慮する理由がねえ」
クラウンの膝が腹へ来る。
零は腰を引かず、逆に前へ詰めて足払いをかけた。
列車の揺れごと借りた崩し。
クラウンの体勢が半歩だけ崩れる。
そこへ零の拳銃が喉へ向く。
だが喉だけが半拍ずれ、銃口だけが空を切る。
「ほんと面倒だな、お前!」
「再会の感想としては悪くない」
その横で、レムの弾だけが執拗にノアを追った。
ノアが寄ろうとした手すりが、先に破断する。
身を預けた壁面が、先に削れている。
次に踏む床ラッチが、銃声より前に弾ける。
「っ……」
ノアが体勢を崩す。
それでもPMXを上げる。
連結部のフレームへ半身を預け、レムへ三点。
肩。
腹。
頭。
その全部が、わずかに外れる。
レムは当たる未来から半歩だけ外れた位置に、もういる。
「そういう撃ち方、まだしてるんだ」
レムが言う。
「嫌い?」
「嫌い。だから潰す」
次の瞬間、ノアの右足元のフレームが弾けた。
結果が先。
遅れて銃声。
ノアは片足を落としかけながら、手すりを掴んで持ち直す。
「ノア!」
「見なくていい」
返ってくる声は短い。
だが硬い。
レムは今度こそノア自身を撃った。
左肩に、穴が空く。
遅れて音が来る。
ノアの身体が連結部の壁へ叩きつけられた。
「っ……」
それでもPMXは落とさない。
右手だけで持ち替え、短く撃ち返す。
レムの足場。
ハッチの縁。
照明フレーム。
零はその一瞬だけ、少し安心しかけた。
次の結果が、すぐ来た。
レムの弾がノアの右手首のすぐ横へ着いた。
銃そのものではない。
手を支えていたフレームが先に割れる。
PMXがわずかにぶれる。
そこへ二発目。
今度は右腿。
着弾が先。
遅れて音。
ノアの身体が完全に沈む。
壁に背を打ちつけ、片膝をついたまま動きが止まった。
「……ほんと最悪」
ノアが吐く。
「もうあんまり動けない」
零の腹の奥が冷えた。
だが、その一拍をクラウンは待たない。
また間合いへ入る。
前借りで、半歩。
さらに半歩。
零は拳銃を戻し、1301を引いた。
「近い方が好きなんだろ」
「うん」
「じゃあ付き合ってやる」
一発。
轟音。
クラウンの脇腹が裂ける。
だが止まらない。
裂けた結果だけを置いて、次の位置へ入っている。
零は銃身を返し、仮面ごと顔面を殴る。
クラウンも肘を返す。
CQC。
散弾を撃つより先に、殴り合いの距離が詰まる。
零は左手で相手の外套を掴み、膝を腹へ叩き込む。
クラウンは腰を引かない。
引かずに、数秒先の横位置だけを借りて零の側面へ滑る。
遅れて腹の痛みが来る。
「読みづらくなった?」
「だいぶな」
「嬉しい」
「腹立つ!」
零は壁を蹴って半身を返す。
ショットガンの銃口ではなく、銃床。
仮面の首元へ叩き込む。
クラウンが初めて大きく体勢を崩す。
そこへ零が踏み込む。
喉。
胸。
顎。
未来線が収束する。
あと半歩で届く。
その時、ノアがかすれた声で言った。
「右」
零は従う。
クラウンの前借り着地が、ほんのわずかにずれる。
零の肩が内側へ入る。
首元まで、あと一歩。
「届く」
零が低く言う。
クラウンの向こうで、レムの銃口が上がる。
零は見た。
額。
脳。
夜。
避けきれない。
ノアが何か叫ぶ。
だがその声は、列車の風で千切れる。
レムの結果先行が、零の「届く未来」に割り込んだ。
銃声の前に、頭の中へ熱が入る。
世界が横へ滑った。
クラウンだけが、妙に近い。
白い口が、大きく笑っている。
「やっと死んだ」
そう聞こえた気がした。
管理車の床が遠ざかる。
夜の海。
湾岸の灯。
白い仮面。
全部がひっくり返る。
零は、貨物列車の上で一度死んだ。
首謀者は倒した。
`Y-09` と `S-08` の搬送ログも抜いた。
普通なら、ここで終わりだ。
問題は、勝ち切る寸前に限って、前に一度だけ会って、それでも十分すぎるほど記憶に残った最悪の二人が来ることだった。
「……なあ」
零が言う。
「今の、設備不良ってことにできるか」
「前にクラウンが出た時も似たようなこと言ってた」
「嫌な記憶を丁寧に掘り返すな」
ノアが顔を上げる。
その直後、管理車の非常ハッチが外から静かに回った。
白いものが、ゆっくり傾く。
仮面だ。
笑った口だけが大きく描かれた、白い仮面。
「やっと一息つけた?」
妙に楽しそうな声が、上から落ちてくる。
ハッチの縁に立っていたのは、白い仮面の男だった。
長い外套。
両手の拳銃。
雨でもないのに濡れて見える、軽すぎる立ち方。
クラウン。
その少し後ろ、屋根の上には細い影がもうひとつ立っていた。
長い髪。
感情の薄い顔。
片手の拳銃。
レム。
零は小さく舌打ちした。
「やっぱりお前らかよ」
ノアの声が低くなる。
「クラウンが中に来る。レムは上から切る」
「分かってる」
「片方、今すぐ来る」
「どっちだ」
「両方」
クラウンが楽しそうに首を傾げた。
「覚えててくれたんだ」
「忘れる方法があったら教えろ」
レムが屋根の上から、平坦な声で言う。
「ノアもいる。面倒」
「そっちは相変わらず初手で補助輪から外しに来るな」
「効くから」
その瞬間、クラウンが管理車の中へ落ちてきた。
跳んだ、ではない。
ハッチの縁にいたはずなのに、次の瞬間にはもう間合いの内側だ。
零の視界に線が走る。
喉。
右手。
ノアの腹。
端末卓。
「下!」
零が叫ぶより先に、クラウンの拳銃が光る。
三発。
音と着弾の順番は普通だ。
嫌なのは、その次だった。
撃った位置から、クラウンの身体がもう半歩先へいる。
撃ったあとに詰めたんじゃない。
そのはずなのに、もうそこにいる。
零は拳銃で返した。
一発目、胸。
二発目、右肩。
当たる。
なのに薄い。
致命線だけが、また半拍ずれている。
「前より良くなってる」
クラウンが笑う。
「そりゃどうも。褒められても全然嬉しくない」
ノアのPMXが短く鳴る。
肩。
肘。
床ラッチ。
立てる場所だけを切っていく。
「零」
「見えてる」
零は机を蹴ってクラウンとの距離を潰した。
近い。
拳銃を撃ち合う距離じゃない。
右手首を払う。
左肘を内へ打つ。
肩を入れる。
CQC。
だがクラウンは、そこで消えるように半歩抜けた。
逃げたんじゃない。
さっきまで見えていた外の角度へ、もういる。
「近いのも好きなんだ」
「知ってる。だから余計に会いたくなかった」
その時、レムが撃った。
いや、まだ撃っていない。
先に結果が来た。
管理車の窓枠が弾ける。
ノアが寄った端末卓の支柱に、いきなりひびが入る。
遅れて銃声が追いついた。
「っ」
ノアが一歩ずれる。
「やっぱり足場から殺しに来る」
「ノア、止まるから」
「褒められてないな、それ」
ノアは即座に連結部側へ滑る。
PMXで上を撃つ。
短い連射。
ハッチの縁。
屋根の手すり。
レム本人の肩。
だがレムは、そこにいない。
当たる位置より少し先に立っている。
いや、立っていた結果だけが残っている。
「……うざい」
珍しく、ノアがはっきり嫌そうに言う。
「相性最悪だな」
「前から知ってる」
その一拍を、クラウンは逃さない。
零の視界にまた線が増える。
喉。
肋骨。
顎。
近い。
銃撃じゃない。
完全に殴り合いの距離だ。
クラウンの右手が伸びる。
零は手首を外から払う。
返しの左を前腕で流す。
グリップエンドで仮面の顎を殴る。
白い破片が小さく飛ぶ。
「うわ、本当にまた殴るんだ」
「お前相手に遠慮する理由がねえ」
クラウンの膝が腹へ来る。
零は腰を引かず、逆に前へ詰めて足払いをかけた。
列車の揺れごと借りた崩し。
クラウンの体勢が半歩だけ崩れる。
そこへ零の拳銃が喉へ向く。
だが喉だけが半拍ずれ、銃口だけが空を切る。
「ほんと面倒だな、お前!」
「再会の感想としては悪くない」
その横で、レムの弾だけが執拗にノアを追った。
ノアが寄ろうとした手すりが、先に破断する。
身を預けた壁面が、先に削れている。
次に踏む床ラッチが、銃声より前に弾ける。
「っ……」
ノアが体勢を崩す。
それでもPMXを上げる。
連結部のフレームへ半身を預け、レムへ三点。
肩。
腹。
頭。
その全部が、わずかに外れる。
レムは当たる未来から半歩だけ外れた位置に、もういる。
「そういう撃ち方、まだしてるんだ」
レムが言う。
「嫌い?」
「嫌い。だから潰す」
次の瞬間、ノアの右足元のフレームが弾けた。
結果が先。
遅れて銃声。
ノアは片足を落としかけながら、手すりを掴んで持ち直す。
「ノア!」
「見なくていい」
返ってくる声は短い。
だが硬い。
レムは今度こそノア自身を撃った。
左肩に、穴が空く。
遅れて音が来る。
ノアの身体が連結部の壁へ叩きつけられた。
「っ……」
それでもPMXは落とさない。
右手だけで持ち替え、短く撃ち返す。
レムの足場。
ハッチの縁。
照明フレーム。
零はその一瞬だけ、少し安心しかけた。
次の結果が、すぐ来た。
レムの弾がノアの右手首のすぐ横へ着いた。
銃そのものではない。
手を支えていたフレームが先に割れる。
PMXがわずかにぶれる。
そこへ二発目。
今度は右腿。
着弾が先。
遅れて音。
ノアの身体が完全に沈む。
壁に背を打ちつけ、片膝をついたまま動きが止まった。
「……ほんと最悪」
ノアが吐く。
「もうあんまり動けない」
零の腹の奥が冷えた。
だが、その一拍をクラウンは待たない。
また間合いへ入る。
前借りで、半歩。
さらに半歩。
零は拳銃を戻し、1301を引いた。
「近い方が好きなんだろ」
「うん」
「じゃあ付き合ってやる」
一発。
轟音。
クラウンの脇腹が裂ける。
だが止まらない。
裂けた結果だけを置いて、次の位置へ入っている。
零は銃身を返し、仮面ごと顔面を殴る。
クラウンも肘を返す。
CQC。
散弾を撃つより先に、殴り合いの距離が詰まる。
零は左手で相手の外套を掴み、膝を腹へ叩き込む。
クラウンは腰を引かない。
引かずに、数秒先の横位置だけを借りて零の側面へ滑る。
遅れて腹の痛みが来る。
「読みづらくなった?」
「だいぶな」
「嬉しい」
「腹立つ!」
零は壁を蹴って半身を返す。
ショットガンの銃口ではなく、銃床。
仮面の首元へ叩き込む。
クラウンが初めて大きく体勢を崩す。
そこへ零が踏み込む。
喉。
胸。
顎。
未来線が収束する。
あと半歩で届く。
その時、ノアがかすれた声で言った。
「右」
零は従う。
クラウンの前借り着地が、ほんのわずかにずれる。
零の肩が内側へ入る。
首元まで、あと一歩。
「届く」
零が低く言う。
クラウンの向こうで、レムの銃口が上がる。
零は見た。
額。
脳。
夜。
避けきれない。
ノアが何か叫ぶ。
だがその声は、列車の風で千切れる。
レムの結果先行が、零の「届く未来」に割り込んだ。
銃声の前に、頭の中へ熱が入る。
世界が横へ滑った。
クラウンだけが、妙に近い。
白い口が、大きく笑っている。
「やっと死んだ」
そう聞こえた気がした。
管理車の床が遠ざかる。
夜の海。
湾岸の灯。
白い仮面。
全部がひっくり返る。
零は、貨物列車の上で一度死んだ。
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