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第09話 未来を売る男

ー/ー



 今回の目的は、貨物列車の首謀者を生きたまま押さえ、`Y-09` と `S-08` に繋がる搬送の口を割らせることだった。

 違法同期薬(先走り)の積み荷と、冷蔵車の棺桶みたいな積み荷は処理した。
 残るのは、この列車そのものを回しているやつだけだ。

 冷蔵車の先、先頭側へ続く扉の向こうで、何か重いものを引きずる音がした。

「次は人間でいてくれると助かる」

 零が言う。

「この列車でそれ言うの、だいぶ楽観的」

 ノアが返す。

「便利に使うな、その台詞」

「使いやすいから」

 零は1301 Tactical Mod.2を構えたまま、先頭側の扉へ近づく。
 ノアはPMXを胸の前へ上げ、零の半歩後ろにつく。
 この距離が、二人のいつもの戦い方だった。

 零が扉のロックへ銃口を向ける。

 一発。

 轟音。

 ロックが吹き飛び、分厚い扉が内側へ歪む。
 冷たい空気ではなく、油と電子機器の熱を混ぜた匂いが流れ出てきた。

 その奥は、貨物の管理車だった。

 壁一面のモニタ。
 搬送ログ。
 同期薬の在庫表。
 違法照会履歴。
 床へ転がる注入器。

 そしてその中央に、男がひとり立っていた。

 三十代後半くらい。
 痩せている。
 髪は後ろへ撫でつけ、顔立ちは妙に整っていた。
 その整い方だけが、逆に胡散臭い。

 白いシャツの袖を肘まで捲り、左手にはまだ注入器のケースを持っている。

「遅かったな」

 男が言う。

「こっちはもう、売り切るつもりだった」

「客の死に方が雑すぎる店だな」

「売れる薬ほど、客の使い方は下品になる」

 男は平然と笑った。

「未来を先に見たがる馬鹿って、思ったより多いんだよ」

 零は眉を寄せる。

「その結果があれか」

 後ろの車両を顎で示す。
 棺桶。
 化け物。
 半壊した運び屋。

 男は肩をすくめる。

「副作用だな」

「趣味悪いな」

「需要があるんだよ」

 ノアが低く言う。

「`Y-09` と `S-08` はどこ」

 男の目が、そこで初めて少しだけ細くなった。

「そこまで掘ったのか」

「答えろ」

「嫌だね」

 男は端末卓の上を指で叩いた。

「番号を追ってるのは、お前らだけじゃない」

「知ってる」

 零が返す。

「だからここまで来た」

 男は少し笑う。

「機関に飼われてるくせに、よく動く」

「その言い方だと、お前は飼われる側じゃないらしいな」

「売る側だからね」

 その時、零の視界に短い線が走った。

 喉。
 右手。
 机の縁。

「ノア」

「見えてる」

 男が机の横の黒いケースへ手を伸ばす。
 零より先にノアのPMXが鳴った。

 短い連射。
 手首。
 ケースのロック。

 火花が散る。
 黒いケースが床へ落ちる。
 だが男は痛みより先に笑った。

「優秀だな」

 その左手には、もう別の注入器があった。

 中身が違う。
 透明じゃない。
 濁った黒だ。

「おい待て」

「待たない」

 男はそのまま、自分の首へ突き立てた。

 黒い液体が身体へ入る。

 一拍だけ、静かになる。

 次の瞬間、男の姿がぶれた。

 未来線がずれる。
 零が見た位置より、もう半歩近い。

「っ」

 零がPX4を抜くより先に、男の拳が来る。

 喉ではない。
 銃を持つ右手。

 零は腕を引く。
 だが遅い。
 拳の結果が先に手首へ入る。
 遅れて、男の踏み込みが追いついた。

「うわ」

 零が吐く。

「理性残したままそれやるのかよ」

 男は笑ったまま距離を切る。

「お前みたいに、見える側は嫌いでね」

 今度は床を蹴る。
 いや、蹴った過程は見えない。
 数秒後に本来立つはずの位置だけを先に持ってきている。

 未来前借り。
 しかも、今までの雑魚よりずっと綺麗だ。

「零、ずらされてる」

 ノアが言う。

「分かってる」

 零は二発。

 一発目、胸。
 二発目、膝。

 当たる。
 だが男は、当たる前にもう体勢を半分変えていた。
 致命線だけが薄く外れる。

「惜しい」

「言い方が腹立つな」

 男が机を蹴る。
 端末が倒れ、モニタが乱れる。
 同時に男の身体が、未来の位置へ半歩だけ飛ぶ。

 零の視界に線が増える。
 喉。
 腹。
 ノアの頬。

「下!」

 零が叫ぶ。

 ノアは連結部脇の手すりへ身体を預けるように沈んだ。
 その頭上を、男の投げたナイフが抜ける。

 ナイフの軌道は読めた。
 だがナイフを放る動作の途中が見えなかった。

「気持ち悪いな、ほんと」

「そう言われると嬉しい」

 男はもう一度踏み込む。
 今度は零の左側。

 零は読んだ位置へ肘を合わせる。
 男の前借り着地と、零の肘がちょうどぶつかる。

 鈍い音。
 男の鼻梁が折れる。

「っ」

「読めるなら殴れるだろ」

 零は続けざまに肩を入れる。
 CQC。
 腕を払う。
 喉元へ掌底。
 腹へ膝。

 男は半歩だけ後ろへ飛ぶ。
 逃げたのではない。
 数秒先の退避位置を先に借りた。

「そこまでやると、さすがに面倒だな」

「商売で覚えたからね」

「最悪だ」

 ノアのPMXがまた鳴る。

 肩。
 肘。
 腰。

 致命傷ではない。
 だが男の前借り先を狭めるように、関節だけを切っていく。

「零」

「なんだ」

「前借り先、減ってる」

「助かる」

 男の目が、そこで初めて本気で苛立った。

「君、邪魔だな」

「知ってる」

 ノアの返しは平坦だ。
 だが、その直後の連射は平坦じゃなかった。
 机の端。モニタの支柱。床ラッチ。逃げ場を一つずつ殺していく。

 零はそこでようやく笑う。

「お前、そういうとこ好きだぞ」

「今言う?」

「少し楽しくなってきた」

「性格悪い」

「知ってる」

 男は舌打ちした。
 次の前借りが荒れる。
 位置は合っている。
 だが関節が遅れて軋む。

 副作用が出始めていた。

「無理してるな」

 零が言う。

「理性で握れる時間、短いだろ」

 男は答えない。
 代わりに、また黒い注入器を取り出した。

「おい」

「待たないって言っただろ」

 自分の胸へ突き立てる。

 今度は一拍で変化が来た。

 肩が膨らむ。
 肋骨が浮く。
 背骨が外へ押し上がる。
 右腕が盾みたいに太く硬化し、左腕だけが逆に痩せて長くなる。

 腹の中央が裂け、その中で灰色の繊維束が花みたいに開く。
 それでも目だけはまだ理性を残していた。

「……売り切りだ」

 男の声が濁る。

「最後まで、な」

「うわ」

 零が本音で言う。

「本当にそこまで行くのかよ」

「最悪の客寄せ」

 ノアが言う。

 化け物が動く。

 今までより重い。
 なのに、まだ前借りを使う。
 巨体が半拍だけ抜けて、零の目前へ来る。

 零は1301へ持ち替えた。

「こっからは壊す」

「賛成」

 一発目。
 右腕の付け根。

 轟音。

 肉が裂ける。
 だが止まらない。
 硬化した腕ごと、管制卓へ叩きつけてくる。

 零は半歩ずれて直撃を外す。
 卓が潰れる。
 火花。
 モニタが白く飛ぶ。

 ノアが横へ滑り、PMXを撃つ。

 膝。
 腹の裂け目の縁。

「中心が浅い」

「見えてる」

 零の視界に、未来線が一点へ寄る。
 腹の奥。
 灰色の塊の芯。

 だがその途中で、化け物がまた半歩だけ未来を借りた。
 零の照準がずれる。

「まだ使うのか!」

 返す銃床で顎を殴る。
 化け物の頭が跳ねる。
 零はそのまま懐へ飛び込んだ。

 近い。
 近すぎる。

 CQC。
 硬化していない左腕を絡め取る。
 肩を入れる。
 腰を切る。
 列車の揺れごと使って体勢を崩す。

 巨体が半回転し、管制卓の残骸へぶつかる。

「まだ関節してるなら、折れるだろ!」

 零は膝を腹へめり込ませ、空いた右手でPX4を抜く。

 一発。
 二発。
 三発。

 腹の裂け目へ撃ち込む。

 灰色の束がぶれる。
 だがまだ足りない。

「零!」

 ノアが叫ぶ。

「今」

 PMXの連射が、化け物の膝裏へ入る。
 重心が沈む。
 未来前借りの次位置が、ほんの一拍だけ遅れる。

 そこだ。

 零は1301を引き戻す。
 腹の裂け目へ、ほとんど銃身を突っ込む距離まで入る。

 四発目。

 轟音。

 灰色の塊が腹の中からまとめて吹き飛ぶ。
 血と繊維と骨片が、管制車の壁へ扇みたいに広がった。

 化け物の身体が一瞬だけ静止する。

 間を置かず、五発目。
 顎下から頭蓋。

 巨体がその場で止まり、遅れて膝から崩れた。

 管理車が静かになる。

 残ったのは、散弾の残響と、火花の弾ける音と、走り続ける列車の低い唸りだけだった。

「……終わったか」

 零が荒い息を吐く。

 ノアはすぐに端末卓へ寄った。
 手が少しだけ速い。
 平坦な顔のまま、こういう時だけ人間っぽく焦る。

「ログ、吸う」

「吸え」

 零は1301を腹の前で斜めへ返した。
 左手がシェルキャリアから散弾を四本まとめて抜く。
 二本、二本。
 一息で押し込む。

 クアッドリロード。

 乾いた音が四つ、静まり返った管制車へ小さく続いた。

 ノアが画面を読み上げる。

「搬送先、旧小児研究棟第七区画」

「やっぱりそこか」

「子供識別コードが複数。`Y-09` `S-08` の他にもある」

 零は机へ寄る。
 黒い端末を抜き取り、内ポケットへ押し込む。

「勝ちでいいか」

「一応」

「一応って言い方、好きじゃねえな」

「列車がまだ止まってない」

「たしかに」

 零はようやく小さく笑った。

「じゃあ半分勝ちだ」

「珍しく前向き」

「今日は一回くらい褒めろよ」

「無理」

「冷てえな」

 それでも二人は、ほんの一瞬だけ息をついた。

 貨物列車の上で、ようやく勝ちかけた顔をしていた。



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次のエピソードへ進む 第10話 白い仮面、黒い着弾


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 今回の目的は、貨物列車の首謀者を生きたまま押さえ、`Y-09` と `S-08` に繋がる搬送の口を割らせることだった。
 違法同期薬《先走り》の積み荷と、冷蔵車の棺桶みたいな積み荷は処理した。
 残るのは、この列車そのものを回しているやつだけだ。
 冷蔵車の先、先頭側へ続く扉の向こうで、何か重いものを引きずる音がした。
「次は人間でいてくれると助かる」
 零が言う。
「この列車でそれ言うの、だいぶ楽観的」
 ノアが返す。
「便利に使うな、その台詞」
「使いやすいから」
 零は1301 Tactical Mod.2を構えたまま、先頭側の扉へ近づく。
 ノアはPMXを胸の前へ上げ、零の半歩後ろにつく。
 この距離が、二人のいつもの戦い方だった。
 零が扉のロックへ銃口を向ける。
 一発。
 轟音。
 ロックが吹き飛び、分厚い扉が内側へ歪む。
 冷たい空気ではなく、油と電子機器の熱を混ぜた匂いが流れ出てきた。
 その奥は、貨物の管理車だった。
 壁一面のモニタ。
 搬送ログ。
 同期薬の在庫表。
 違法照会履歴。
 床へ転がる注入器。
 そしてその中央に、男がひとり立っていた。
 三十代後半くらい。
 痩せている。
 髪は後ろへ撫でつけ、顔立ちは妙に整っていた。
 その整い方だけが、逆に胡散臭い。
 白いシャツの袖を肘まで捲り、左手にはまだ注入器のケースを持っている。
「遅かったな」
 男が言う。
「こっちはもう、売り切るつもりだった」
「客の死に方が雑すぎる店だな」
「売れる薬ほど、客の使い方は下品になる」
 男は平然と笑った。
「未来を先に見たがる馬鹿って、思ったより多いんだよ」
 零は眉を寄せる。
「その結果があれか」
 後ろの車両を顎で示す。
 棺桶。
 化け物。
 半壊した運び屋。
 男は肩をすくめる。
「副作用だな」
「趣味悪いな」
「需要があるんだよ」
 ノアが低く言う。
「`Y-09` と `S-08` はどこ」
 男の目が、そこで初めて少しだけ細くなった。
「そこまで掘ったのか」
「答えろ」
「嫌だね」
 男は端末卓の上を指で叩いた。
「番号を追ってるのは、お前らだけじゃない」
「知ってる」
 零が返す。
「だからここまで来た」
 男は少し笑う。
「機関に飼われてるくせに、よく動く」
「その言い方だと、お前は飼われる側じゃないらしいな」
「売る側だからね」
 その時、零の視界に短い線が走った。
 喉。
 右手。
 机の縁。
「ノア」
「見えてる」
 男が机の横の黒いケースへ手を伸ばす。
 零より先にノアのPMXが鳴った。
 短い連射。
 手首。
 ケースのロック。
 火花が散る。
 黒いケースが床へ落ちる。
 だが男は痛みより先に笑った。
「優秀だな」
 その左手には、もう別の注入器があった。
 中身が違う。
 透明じゃない。
 濁った黒だ。
「おい待て」
「待たない」
 男はそのまま、自分の首へ突き立てた。
 黒い液体が身体へ入る。
 一拍だけ、静かになる。
 次の瞬間、男の姿がぶれた。
 未来線がずれる。
 零が見た位置より、もう半歩近い。
「っ」
 零がPX4を抜くより先に、男の拳が来る。
 喉ではない。
 銃を持つ右手。
 零は腕を引く。
 だが遅い。
 拳の結果が先に手首へ入る。
 遅れて、男の踏み込みが追いついた。
「うわ」
 零が吐く。
「理性残したままそれやるのかよ」
 男は笑ったまま距離を切る。
「お前みたいに、見える側は嫌いでね」
 今度は床を蹴る。
 いや、蹴った過程は見えない。
 数秒後に本来立つはずの位置だけを先に持ってきている。
 未来前借り。
 しかも、今までの雑魚よりずっと綺麗だ。
「零、ずらされてる」
 ノアが言う。
「分かってる」
 零は二発。
 一発目、胸。
 二発目、膝。
 当たる。
 だが男は、当たる前にもう体勢を半分変えていた。
 致命線だけが薄く外れる。
「惜しい」
「言い方が腹立つな」
 男が机を蹴る。
 端末が倒れ、モニタが乱れる。
 同時に男の身体が、未来の位置へ半歩だけ飛ぶ。
 零の視界に線が増える。
 喉。
 腹。
 ノアの頬。
「下!」
 零が叫ぶ。
 ノアは連結部脇の手すりへ身体を預けるように沈んだ。
 その頭上を、男の投げたナイフが抜ける。
 ナイフの軌道は読めた。
 だがナイフを放る動作の途中が見えなかった。
「気持ち悪いな、ほんと」
「そう言われると嬉しい」
 男はもう一度踏み込む。
 今度は零の左側。
 零は読んだ位置へ肘を合わせる。
 男の前借り着地と、零の肘がちょうどぶつかる。
 鈍い音。
 男の鼻梁が折れる。
「っ」
「読めるなら殴れるだろ」
 零は続けざまに肩を入れる。
 CQC。
 腕を払う。
 喉元へ掌底。
 腹へ膝。
 男は半歩だけ後ろへ飛ぶ。
 逃げたのではない。
 数秒先の退避位置を先に借りた。
「そこまでやると、さすがに面倒だな」
「商売で覚えたからね」
「最悪だ」
 ノアのPMXがまた鳴る。
 肩。
 肘。
 腰。
 致命傷ではない。
 だが男の前借り先を狭めるように、関節だけを切っていく。
「零」
「なんだ」
「前借り先、減ってる」
「助かる」
 男の目が、そこで初めて本気で苛立った。
「君、邪魔だな」
「知ってる」
 ノアの返しは平坦だ。
 だが、その直後の連射は平坦じゃなかった。
 机の端。モニタの支柱。床ラッチ。逃げ場を一つずつ殺していく。
 零はそこでようやく笑う。
「お前、そういうとこ好きだぞ」
「今言う?」
「少し楽しくなってきた」
「性格悪い」
「知ってる」
 男は舌打ちした。
 次の前借りが荒れる。
 位置は合っている。
 だが関節が遅れて軋む。
 副作用が出始めていた。
「無理してるな」
 零が言う。
「理性で握れる時間、短いだろ」
 男は答えない。
 代わりに、また黒い注入器を取り出した。
「おい」
「待たないって言っただろ」
 自分の胸へ突き立てる。
 今度は一拍で変化が来た。
 肩が膨らむ。
 肋骨が浮く。
 背骨が外へ押し上がる。
 右腕が盾みたいに太く硬化し、左腕だけが逆に痩せて長くなる。
 腹の中央が裂け、その中で灰色の繊維束が花みたいに開く。
 それでも目だけはまだ理性を残していた。
「……売り切りだ」
 男の声が濁る。
「最後まで、な」
「うわ」
 零が本音で言う。
「本当にそこまで行くのかよ」
「最悪の客寄せ」
 ノアが言う。
 化け物が動く。
 今までより重い。
 なのに、まだ前借りを使う。
 巨体が半拍だけ抜けて、零の目前へ来る。
 零は1301へ持ち替えた。
「こっからは壊す」
「賛成」
 一発目。
 右腕の付け根。
 轟音。
 肉が裂ける。
 だが止まらない。
 硬化した腕ごと、管制卓へ叩きつけてくる。
 零は半歩ずれて直撃を外す。
 卓が潰れる。
 火花。
 モニタが白く飛ぶ。
 ノアが横へ滑り、PMXを撃つ。
 膝。
 腹の裂け目の縁。
「中心が浅い」
「見えてる」
 零の視界に、未来線が一点へ寄る。
 腹の奥。
 灰色の塊の芯。
 だがその途中で、化け物がまた半歩だけ未来を借りた。
 零の照準がずれる。
「まだ使うのか!」
 返す銃床で顎を殴る。
 化け物の頭が跳ねる。
 零はそのまま懐へ飛び込んだ。
 近い。
 近すぎる。
 CQC。
 硬化していない左腕を絡め取る。
 肩を入れる。
 腰を切る。
 列車の揺れごと使って体勢を崩す。
 巨体が半回転し、管制卓の残骸へぶつかる。
「まだ関節してるなら、折れるだろ!」
 零は膝を腹へめり込ませ、空いた右手でPX4を抜く。
 一発。
 二発。
 三発。
 腹の裂け目へ撃ち込む。
 灰色の束がぶれる。
 だがまだ足りない。
「零!」
 ノアが叫ぶ。
「今」
 PMXの連射が、化け物の膝裏へ入る。
 重心が沈む。
 未来前借りの次位置が、ほんの一拍だけ遅れる。
 そこだ。
 零は1301を引き戻す。
 腹の裂け目へ、ほとんど銃身を突っ込む距離まで入る。
 四発目。
 轟音。
 灰色の塊が腹の中からまとめて吹き飛ぶ。
 血と繊維と骨片が、管制車の壁へ扇みたいに広がった。
 化け物の身体が一瞬だけ静止する。
 間を置かず、五発目。
 顎下から頭蓋。
 巨体がその場で止まり、遅れて膝から崩れた。
 管理車が静かになる。
 残ったのは、散弾の残響と、火花の弾ける音と、走り続ける列車の低い唸りだけだった。
「……終わったか」
 零が荒い息を吐く。
 ノアはすぐに端末卓へ寄った。
 手が少しだけ速い。
 平坦な顔のまま、こういう時だけ人間っぽく焦る。
「ログ、吸う」
「吸え」
 零は1301を腹の前で斜めへ返した。
 左手がシェルキャリアから散弾を四本まとめて抜く。
 二本、二本。
 一息で押し込む。
 クアッドリロード。
 乾いた音が四つ、静まり返った管制車へ小さく続いた。
 ノアが画面を読み上げる。
「搬送先、旧小児研究棟第七区画」
「やっぱりそこか」
「子供識別コードが複数。`Y-09` `S-08` の他にもある」
 零は机へ寄る。
 黒い端末を抜き取り、内ポケットへ押し込む。
「勝ちでいいか」
「一応」
「一応って言い方、好きじゃねえな」
「列車がまだ止まってない」
「たしかに」
 零はようやく小さく笑った。
「じゃあ半分勝ちだ」
「珍しく前向き」
「今日は一回くらい褒めろよ」
「無理」
「冷てえな」
 それでも二人は、ほんの一瞬だけ息をついた。
 貨物列車の上で、ようやく勝ちかけた顔をしていた。