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【1】②

ー/ー



「それにしても世の中いろんな需要があって、それに合わせた供給もあるってことなのね〜。正直私にはまったく理解できないけど! 世の中ってそんなに不倫してる人多いのかしら。ま、気休め程度にはなるみたいだし、行きたきゃ行けば?」
 流石に取り繕う気も薄れたのか、裕美子の台詞が明らかに突き放す色を帯びて来た。
 それでも今は、顔色を窺ってでも彼女に頼るしかない。
 綾の交友関係で、他に助けを求められる当てなどないのだから。
「占いなんて、──いやもう、それでもいいわ。どこなの!? 教えて!」
 なんでもいいから「良いアドバイス」が欲しい!
 藁にもすがる思いで訊いた綾に、彼女は軽く顎を引いて承諾を示しスマートフォンを取り出した。
「はい、これ。サークルの後輩の友達が行ったらしいよ。その子に訊いてもらったの」
 誰かとメッセージのやり取りをしていたらしい裕美子が、無雑作にディスプレイをこちらに向けて来る。
「駅向こうのメイプルビルディング三階。『(ジェイ)のかん』?」
「『(やかた)』じゃないの? メッセージで要予約、だってさ」
 見るからに気の入らない彼女の様子に文句をつける余裕もなく、綾は予約を取るべくスマートフォンを操作し始めた。
 今付き合っている四十代の男は、「家に居場所がない」「綾だけ愛してる、お前が一番だ」と囁いてくれる。
 そして『前』もそうだった、と改めて思い返した。
 少しくらい見た目がよくても、高卒で三十手前(アラサー)の兼業主婦など現役女子大学生(JD)の綾の敵ではなかった、と。
 ──あたしの方がずっと若いもんね。あんなオバサンに負けるわけないのよ。今度も。

    ◇  ◇  ◇
「えっと、この辺のはずだけど……。あ、あった! メ、メイプル、ビルディング」
 大学からは、最寄り駅を挟んで反対側に位置する古いビル。
 入口の文字を確かめて、綾は少しの躊躇いののち思い切ってドアもない建物の内部へと踏み入った。
 暗く狭い階段を上がって辿り着いた先。
 最後の一段から三階の廊下に足を下ろした途端に、目の前のドアに貼られた『Crystal gazer “J”の館』のプレートが目に飛び込んで来る。
 Crystal gazer(クリスタルゲイザー)は水晶占い師という意味だ、と裕美子に訊いて教えられていた。
「あの、……占い、ってココでいいの? えっと、ふ、ふり──」
 半開きのドアの隙間から、綾は恐る恐る目だけで中を覗き込む。
 外と変わらぬ薄闇に投げ掛けた問いに、内部から男の声が応えた。
「ええ、こちらが『不適切な関係に陥った方々のためのCrystal gazer “J”の館』でございます」
 思わず安堵の溜息を吐いて、綾はドアを押し開く。
「あ、あたし十九時に予約したAYA(アヤ)だけど」
「AYAさま。お待ち申し上げておりました。申し訳ありませんが、扉を閉めていただけますか? 中へどうぞ」
 感情の窺えない静かな声で“J”が告げるのを聞いて、綾は室内に入り奥へと歩を進めた。
 狭いビルの一室は、窓が暗幕のような黒いカーテンで覆い隠されている。
 日も暮れ掛けて、たとえ開けていても日差しが入り込むことはないだろう。
 唯一の明かりは、水晶玉とそれを支える台座だけが載った小さな丸テーブルを真上から照らすスポットライト。
『Crystal gazer』挿絵
 壁は淡色のクロス貼りで、テーブルの向こうには目隠しのパーテーションが置かれていた。
 テーブルの横に男が立っている。
 頭から足首にまで達するほどの黒い布を被り、顔の下半分は黒いマスクで覆われたこの男が“J”か。
 いかにもな胡散臭い風体も、「占い師」という肩書ですべて納得させられてしまった。
「ではこちらにお掛けください。お飲み物は珈琲でよろしいですか?」
 テーブルの手前の椅子を指し示しながらの“J”の問い掛けに、綾は意味が掴めずに動きを止めた。目が泳いでしまったのがわかる。
 ──飲み物? カフェでもあるまいしなんで?
「占いは神聖なものです。できれば熱い珈琲でこのドアの向こうからお連れになった邪念を払っていただきたいのです」
「あ、うん、わかった。じゃあコーヒーで」
 まったく理解はできなかったが「そういうもの」なのだろう。
 考えることを放棄して、綾は背もたれのついたクラシカルな木製椅子に腰を下ろした。
 答えた綾に無言で頷き、“J”は背後のパーテーションで区切られた奥のスペースに消える。
 ほどなくして、コーヒーを載せたトレイを持って戻って来た。
「お待たせいたしました。どうぞお召し上がりください」
「あ、どうも……」
 もごもごと曖昧に呟いて、綾は目の前に置かれたコーヒーカップを手に取り口をつける。
 思ったほど熱くはない中身を半分ほど一気に煽った。
 それをじっと見守っていたらしい“J”が、ゆっくりと発した言葉が耳に届く。

「ようやくだ。この日を待ってたよ」


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「それにしても世の中いろんな需要があって、それに合わせた供給もあるってことなのね〜。正直私にはまったく理解できないけど! 世の中ってそんなに不倫してる人多いのかしら。ま、気休め程度にはなるみたいだし、行きたきゃ行けば?」
 流石に取り繕う気も薄れたのか、裕美子の台詞が明らかに突き放す色を帯びて来た。
 それでも今は、顔色を窺ってでも彼女に頼るしかない。
 綾の交友関係で、他に助けを求められる当てなどないのだから。
「占いなんて、──いやもう、それでもいいわ。どこなの!? 教えて!」
 なんでもいいから「良いアドバイス」が欲しい!
 藁にもすがる思いで訊いた綾に、彼女は軽く顎を引いて承諾を示しスマートフォンを取り出した。
「はい、これ。サークルの後輩の友達が行ったらしいよ。その子に訊いてもらったの」
 誰かとメッセージのやり取りをしていたらしい裕美子が、無雑作にディスプレイをこちらに向けて来る。
「駅向こうのメイプルビルディング三階。『|J《ジェイ》のかん』?」
「『|館《やかた》』じゃないの? メッセージで要予約、だってさ」
 見るからに気の入らない彼女の様子に文句をつける余裕もなく、綾は予約を取るべくスマートフォンを操作し始めた。
 今付き合っている四十代の男は、「家に居場所がない」「綾だけ愛してる、お前が一番だ」と囁いてくれる。
 そして『前』もそうだった、と改めて思い返した。
 少しくらい見た目がよくても、高卒で|三十手前《アラサー》の兼業主婦など現役|女子大学生《JD》の綾の敵ではなかった、と。
 ──あたしの方がずっと若いもんね。あんなオバサンに負けるわけないのよ。今度も。
    ◇  ◇  ◇
「えっと、この辺のはずだけど……。あ、あった! メ、メイプル、ビルディング」
 大学からは、最寄り駅を挟んで反対側に位置する古いビル。
 入口の文字を確かめて、綾は少しの躊躇いののち思い切ってドアもない建物の内部へと踏み入った。
 暗く狭い階段を上がって辿り着いた先。
 最後の一段から三階の廊下に足を下ろした途端に、目の前のドアに貼られた『Crystal gazer “J”の館』のプレートが目に飛び込んで来る。
 |Crystal gazer《クリスタルゲイザー》は水晶占い師という意味だ、と裕美子に訊いて教えられていた。
「あの、……占い、ってココでいいの? えっと、ふ、ふり──」
 半開きのドアの隙間から、綾は恐る恐る目だけで中を覗き込む。
 外と変わらぬ薄闇に投げ掛けた問いに、内部から男の声が応えた。
「ええ、こちらが『不適切な関係に陥った方々のためのCrystal gazer “J”の館』でございます」
 思わず安堵の溜息を吐いて、綾はドアを押し開く。
「あ、あたし十九時に予約した|AYA《アヤ》だけど」
「AYAさま。お待ち申し上げておりました。申し訳ありませんが、扉を閉めていただけますか? 中へどうぞ」
 感情の窺えない静かな声で“J”が告げるのを聞いて、綾は室内に入り奥へと歩を進めた。
 狭いビルの一室は、窓が暗幕のような黒いカーテンで覆い隠されている。
 日も暮れ掛けて、たとえ開けていても日差しが入り込むことはないだろう。
 唯一の明かりは、水晶玉とそれを支える台座だけが載った小さな丸テーブルを真上から照らすスポットライト。
 壁は淡色のクロス貼りで、テーブルの向こうには目隠しのパーテーションが置かれていた。
 テーブルの横に男が立っている。
 頭から足首にまで達するほどの黒い布を被り、顔の下半分は黒いマスクで覆われたこの男が“J”か。
 いかにもな胡散臭い風体も、「占い師」という肩書ですべて納得させられてしまった。
「ではこちらにお掛けください。お飲み物は珈琲でよろしいですか?」
 テーブルの手前の椅子を指し示しながらの“J”の問い掛けに、綾は意味が掴めずに動きを止めた。目が泳いでしまったのがわかる。
 ──飲み物? カフェでもあるまいしなんで?
「占いは神聖なものです。できれば熱い珈琲でこのドアの向こうからお連れになった邪念を払っていただきたいのです」
「あ、うん、わかった。じゃあコーヒーで」
 まったく理解はできなかったが「そういうもの」なのだろう。
 考えることを放棄して、綾は背もたれのついたクラシカルな木製椅子に腰を下ろした。
 答えた綾に無言で頷き、“J”は背後のパーテーションで区切られた奥のスペースに消える。
 ほどなくして、コーヒーを載せたトレイを持って戻って来た。
「お待たせいたしました。どうぞお召し上がりください」
「あ、どうも……」
 もごもごと曖昧に呟いて、綾は目の前に置かれたコーヒーカップを手に取り口をつける。
 思ったほど熱くはない中身を半分ほど一気に煽った。
 それをじっと見守っていたらしい“J”が、ゆっくりと発した言葉が耳に届く。
「ようやくだ。この日を待ってたよ」