第39話_冥府八駅会合③
ー/ー室内に、重い沈黙が落ちる。
誰も、すぐには言葉を発さなかった。
燈の一言が――
その場の空気を、完全に変えていた。
燈は、しっかりときさらぎへ視線をぶつけている。
足はわずかに震えている。
呼吸も、まだ浅い。
それでも――
瞳だけは、一切の揺らぎを見せなかった。
(逃げない……)
自分に言い聞かせるように、奥歯を噛みしめる。
つきのみやは、そんな燈を見ていた。
何も言わずに、ただじっと。
その横顔には、迷いが浮かんでいた。
彼女の選択を――
止めるべきか。
それとも。
受け入れるべきか。
一瞬の葛藤。
拳が、わずかに握られる。
そして、重い口を開く。
「……わかった」
きさらぎの口元が、ゆっくりと歪む。
「決まりね」
扇子を肩に当てながら、軽く首を傾げる。
「じゃあ――場所を移しましょうか」
きさらぎはくるりと首を向け、長い黒髪が、ぬるりと遅れて揺れる。
その視線は、あまがたきへ向く。
「ねぇ、あまがたきちゃん。あの空間、借りてもいいかしら?」
扇子で口元を隠しながら、楽しげに目を細める。
あまがたきは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに理解したように頷いた。
「うん……あそこだね」
あまがたきは一瞬心配そうに燈へ視線を向け、足元に置いていた鞄を引き寄せた。
鞄の中へ手を差し入れ――
キーリングにつられた鍵束を取り出す。
薄汚れ黄ばんだ鍵。
ギラギラと虹色に輝く鍵。
ぼろぼろに錆びついた鍵。
どれも、異様な気配を纏っている。
その中から、細かな黒線が碁盤の目のように走った白い鍵を掴む。
燈の視線が、その鍵に吸い寄せられる。
あまがたきは立ち上がり、管理室のドアへ歩み寄る。
普段、燈が出入りしていたあの扉だ。
その取っ手の下にある鍵穴へ――
ためらいなく、その鍵を差し込んだ。
そして、ゆっくりと捻る。
あまがたきはそのままノブに手をかけると、振り返る。
「じゃあ、どうぞ」
軽く笑って、扉を開いた。
――その瞬間。
燈の視界が、一瞬で塗り替わった。
見慣れた管理室の向こうではなかった。
そこに広がっていたのは――
見知らぬ空間。
どこまでも続くような、真っ白なタイル。
規則的に並ぶ柱。
そして、床一面に広がる――水。
浅く、静かな水面が、天井の光をぼんやりと反射している。
天井は見上げるほど高く、均一な照明が延々と続いていた。
きさらぎは、満足げに周囲を見渡す。
「いいわね、ここなら十分」
足元の水を、わざと軽く踏む。
対照的に、とこわが顔をしかめる。
「はぁ……なーんでこんな湿気臭いところにしたのさー」
自分の義腕を軽く叩きながら、ぶつぶつと文句を言う。
「サビたらどうすんのこれ……」
燈は、無意識に一歩後ずさる。
(……なに、ここ……)
視界の奥が、くらりと揺れる。
どこかで、見たことがある。
(……あ)
思い出した。
ネットで見たことがある、不気味な空間。
人は存在せず、静寂が支配する世界。
「……リミナル……スペース……?」
ぽつりと、口からこぼれる。
「へぇ、よく知ってるじゃない」
きさらぎの声が、すぐ後ろで響く。
扇子で、その空間を指し示す。
「ここなら逃げ場も……隠れる場所も無い」
「あんたの覚悟を示す場所には、ちょうどいいでしょう?」
燈は、足元の水を見つめる。
自分の姿が、ぼんやりと歪んで映っていた。
その姿は――
あまりにも、頼りなく見えた。
誰も、すぐには言葉を発さなかった。
燈の一言が――
その場の空気を、完全に変えていた。
燈は、しっかりときさらぎへ視線をぶつけている。
足はわずかに震えている。
呼吸も、まだ浅い。
それでも――
瞳だけは、一切の揺らぎを見せなかった。
(逃げない……)
自分に言い聞かせるように、奥歯を噛みしめる。
つきのみやは、そんな燈を見ていた。
何も言わずに、ただじっと。
その横顔には、迷いが浮かんでいた。
彼女の選択を――
止めるべきか。
それとも。
受け入れるべきか。
一瞬の葛藤。
拳が、わずかに握られる。
そして、重い口を開く。
「……わかった」
きさらぎの口元が、ゆっくりと歪む。
「決まりね」
扇子を肩に当てながら、軽く首を傾げる。
「じゃあ――場所を移しましょうか」
きさらぎはくるりと首を向け、長い黒髪が、ぬるりと遅れて揺れる。
その視線は、あまがたきへ向く。
「ねぇ、あまがたきちゃん。あの空間、借りてもいいかしら?」
扇子で口元を隠しながら、楽しげに目を細める。
あまがたきは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに理解したように頷いた。
「うん……あそこだね」
あまがたきは一瞬心配そうに燈へ視線を向け、足元に置いていた鞄を引き寄せた。
鞄の中へ手を差し入れ――
キーリングにつられた鍵束を取り出す。
薄汚れ黄ばんだ鍵。
ギラギラと虹色に輝く鍵。
ぼろぼろに錆びついた鍵。
どれも、異様な気配を纏っている。
その中から、細かな黒線が碁盤の目のように走った白い鍵を掴む。
燈の視線が、その鍵に吸い寄せられる。
あまがたきは立ち上がり、管理室のドアへ歩み寄る。
普段、燈が出入りしていたあの扉だ。
その取っ手の下にある鍵穴へ――
ためらいなく、その鍵を差し込んだ。
そして、ゆっくりと捻る。
あまがたきはそのままノブに手をかけると、振り返る。
「じゃあ、どうぞ」
軽く笑って、扉を開いた。
――その瞬間。
燈の視界が、一瞬で塗り替わった。
見慣れた管理室の向こうではなかった。
そこに広がっていたのは――
見知らぬ空間。
どこまでも続くような、真っ白なタイル。
規則的に並ぶ柱。
そして、床一面に広がる――水。
浅く、静かな水面が、天井の光をぼんやりと反射している。
天井は見上げるほど高く、均一な照明が延々と続いていた。
きさらぎは、満足げに周囲を見渡す。
「いいわね、ここなら十分」
足元の水を、わざと軽く踏む。
対照的に、とこわが顔をしかめる。
「はぁ……なーんでこんな湿気臭いところにしたのさー」
自分の義腕を軽く叩きながら、ぶつぶつと文句を言う。
「サビたらどうすんのこれ……」
燈は、無意識に一歩後ずさる。
(……なに、ここ……)
視界の奥が、くらりと揺れる。
どこかで、見たことがある。
(……あ)
思い出した。
ネットで見たことがある、不気味な空間。
人は存在せず、静寂が支配する世界。
「……リミナル……スペース……?」
ぽつりと、口からこぼれる。
「へぇ、よく知ってるじゃない」
きさらぎの声が、すぐ後ろで響く。
扇子で、その空間を指し示す。
「ここなら逃げ場も……隠れる場所も無い」
「あんたの覚悟を示す場所には、ちょうどいいでしょう?」
燈は、足元の水を見つめる。
自分の姿が、ぼんやりと歪んで映っていた。
その姿は――
あまりにも、頼りなく見えた。
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