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64.降り注ぐ赤、母の愛

ー/ー



 熱風が町に渦巻き、燃やし尽くそうとしている。
 グリゼルダの炎は、鍛冶屋にももちろん火の手を上げさせている。
 大きな爆発音が各所から聞こえてくる……追加で作らせていた、投てき爆弾の材料の火薬が誘爆し、被害の拡大を加速させていた。

 瞬く間に、町はその姿を変えていた。

「くぅっ……自分の身も危ないか……逃げるぞミウ!」
「……あにっぃ!」

 聞く耳を持たない。
 なぜここまで、自分の声が届かないのか分からないままアダルヘルムに手を引かれ走るしかないミウ。

 そして、強く思い、願い……心の中で、ゼンの名をを何度も何度も呼んでいた。

「っ……は……ゼン……」
「あれは……ふっ……遅すぎるぞゼン・セクズ」

 ふと見上げた空にアダルヘルムとミウは、待ち望んでいた者の姿を見た。

 町の様子には目もくれず、一直線に火球へ飛んでいくゼン。ティオは、王都に劣らないほどの悲惨な有様に目を細め町を眺めながら後をついて行く。

「いったいなにがあったというのだろう……」
「表向きは魔族と人間の戦争だ、こうなる事くらい予想はできるだろ」
「それはそうなのだけれどね……異常ではあるだろう?」
「そう、だな」

 数メートル離れていても、焼かれてしまいそうな火球の熱波。ひとつの小さな町を焼くにしては、大きすぎる力。

「おいグリゼルダ!!」

 あまり出さない大声で、火球の中で小さく体を縮め、沈むグリゼルダの影に向かって叫ぶゼン。

「……ゼン」
「ああ」
「私たちを……『破壊』して……楽しいか?」
「なに?」
「お前の娯楽と快楽……私たちを肴にして……酒を飲み、アダルヘルムと笑っておったのだろう?」

 元々反抗的であり、手を繋ぎ、笑い合うような間柄では無いことは、承知している。それでもゼンは、アダルヘルムとグリゼルダの関係を否定し、その思いを蔑ろにするつもりはなかった。

「そんなまずい酒、あいつと飲むわけねぇだろ」
「……聞いた手前ではあるが、信じる要素も余地もない……私は愚かだ……ねえアデル……ごめんね……」

 紅く眩しい火球の中で、何かを抱く仕草をする。そこには何もないというのに、愛おしさと悲しみが伝わってくる。

「……死んだのか」
「死んだ……?殺したの間違いだろう!!貴様のせいだ!すべて!!なにが……なにが最期の時を共にと?貴様はやはり嘘つきで下品で醜悪な……心を持たぬバケモノではないか!」

 ひどく罵倒を受けながら、更に溶岩のようなドロドロとした液体を飛ばすグリゼルダ。狙いなど、でたらめだ。ただ振り乱し、振りまくだけ。

 いくつかの雫がゼンの体を焼いた。

「ゼクス……っ」
「いい、なにもするな」

 焼けただれた肌を見て、ティオは心配して声をかけた。痛みに耐えている……少しだけ苦しそうな声でゼンはティオが前に出るのを止めた。

「お前たちが持ちたがっていた心は、確かに俺は持ち合わせちゃいねぇよ。バケモノなことだって、力を持ってしまった時点で自分を人間だとも思っちゃいねぇよ」
「わかってやっているというのだな?たちが悪いにも程がある……」
「なら、これから俺がお前にすることに文句は言わせねぇからな」

 一瞬にして火球が消え、グリゼルダを剥き出しにした。

「…………」
「綺麗な赤じゃねぇか」
「……」
「一緒に逝け」

 ゼンが『破壊』の条件を口にしようとした。

「……っう……えっあひ!ぁぁあああ?!」

 ボコボコとグリゼルダの下腹部が波打つ。

「いや……なに?な……この痛み……」

 どんどん膨れ上がる腹部は、まるで妊婦のように丸く大きくなっていく。突然のことに、ゼンの思考も停止している。

「ゼクス……?」
「俺じゃ、ねぇ」

 バツンッ!と風船がはじけるように破裂するグリゼルダの腹。飛び出したのは正確な形を持たない、グリゼルダの持つ熱に耐えきれず体のほとんどが溶けている魔物の胎児。

「あか……ちゃん……あぁ……そうなの……」

 飛ぶ力を無くし、おびただしいほどの赤い血を流しながら胎児とともに炎の中に落ちていくグリゼルダ。

「あれも、アダルヘルムの子か」
「え、えぇ?!あの人グリゼルダさんとそんな関係なのかい?!」
「それは見てなかったのか」
「そんなの必要ないからね……それより、助けないのかい?」
「俺ができることは……俺がしていいことは、もう無い」

 炎の中で、グリゼルダは胎児に押しつぶされながら体が焼かれるのを感じていた。炎竜の血を引いている体は本来燃え焼かれることはない。自分の意思で、そうしている。

「あの顔……ゼン……お前は……ははははは」

 のたうち、苦しむ胎児を撫でるグリゼルダ。

「お前も……愚かであったのだな……ふふ……あの女……ゼンよりよっぽど……っ」

 全身から火を吹き出し始め、徐々に周りの焼けた木材と同じ姿に変わっていく。

「あ、あ……ちゃんと産んであげられなくて……ごめんね……見せてあげられなくて……ごめん……なさ……アダ……――」

 炎に抱かれ、愛されながら、グリゼルダは我が子と共に火の海の一部になっていった。

「……」
「ゼク……っ」

 ゼンは、ただ一点を見つめているだけ。なにかを考えているのかも知れない。
 それをティオは『見る』ことが出来る……だが、それはしてはいけないのだ、と……静かに待つしかなかった。

 居た堪れない空気に耐えようとしたが、視線を逸らさずにはいられなかった。周囲を見渡し、町のすぐ外に人が集まっているのを発見した。残っていた鍛冶職人や、わずかな住人……冒険者は、集まる魔物を退治しながら退路を開いていた。

この炎の中から、無事脱出できた者がいた事が嬉しく、ティオは、表情を少し緩ませた。

「消すか」
「え……あぁ!そうだね!」

 ゼンの声に応え視線を戻し、地上に降りて消火作業を始めた。

「水の魔法も、ばっちり『見た』から完璧だよ!」

 自慢気に話すティオは、ゼンの返事は期待はしていなかった。この行動は、意味を持たない無駄なことだから。今さらこの火を消したとしても、町の姿は戻らない。戻すための復興の時間も、与えられはしない。

 それでも、ゼンが望むなら、と……綺麗な水を炎に浴びせ、確実に消火をしていくティオ。

ふわりと包む様に水を空高く広げた時、見覚えのある蒼い光が一瞬……反射して見えた気がした。

「ん……気のせい……?」
「どうした?」
「なんでもないさ!ゼンは見ててくれてかまわないからね!」
「はっ!頼もしいこった」

 ティオの心にチクリと。その蒼を認めることになれば自分は恐らく……言いようの無いその不安は、覚悟と決意を決めるようにと、強く投げかけているようだと、ティオは感じてしまった。
 消火に集中することで、その不安をごまかしながら……ゼンに笑顔を向けていた。


「火球が……消えた……」
「や、やった!」
「あとは残党の魔物だけだ!」
「いくぞ!」

 町の火は消えてはいないが、降り注いでいた火の玉も、熱く息苦しい熱波も収まり、安堵する人々。

「町民の方はかたまってください!ギルドの者守ります!!」

 ミウはイーリカの声に気づき、アダルヘルムから離れ駆け寄っていく。

「ミウさん!良かった……おと……ギルド長は……はぁ……良かったぁ」
「違うの」
「え?」
「あにぃ、おかしいの……助けて、声を届けて……」

 必死に訴えるミウの姿に、ただ事ではないと察したイーリカはミウと共にアダルヘルムの元へ。

「一旦無事のようだな?」
「は、はい……あの……大丈夫……ですか?」
「ん?特に問題はない。ゼン・セクズも加勢したとなれば……我々は見ているだけで――」

 冷静に、いつもと変わらぬ口調。どこもおかしなところはないと……ミウの顔を見て、不思議そうにしているイーリカ。

「だめ、違う……親子として、お話しなきゃ……おねが――」

 悲鳴が聞こえ始めた。

 老若男女、町民も、冒険者も含めた人々の、悲痛な叫び。

「なに……?」

 魔物の群れの数が薄くなっているのは目に見えてわかる。不利なことだけではない……なにかに怯え、慌ててこちら側に逃げてきているような……不可思議な様子が伝わる、挙動。

「……誰か、いるの?」

 少しずつ近づく。
 切り刻まれた魔物と……人間の破片が宙に舞っている。また新たな魔族が出現したのかと、身構える……だが、ゆっくりと姿を現したそれは……――。

「邪魔、しないでくれよ」


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次のエピソードへ進む 65-①.異彩色の、バージンロード


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 熱風が町に渦巻き、燃やし尽くそうとしている。 グリゼルダの炎は、鍛冶屋にももちろん火の手を上げさせている。
 大きな爆発音が各所から聞こえてくる……追加で作らせていた、投てき爆弾の材料の火薬が誘爆し、被害の拡大を加速させていた。
 瞬く間に、町はその姿を変えていた。
「くぅっ……自分の身も危ないか……逃げるぞミウ!」
「……あにっぃ!」
 聞く耳を持たない。
 なぜここまで、自分の声が届かないのか分からないままアダルヘルムに手を引かれ走るしかないミウ。
 そして、強く思い、願い……心の中で、ゼンの名をを何度も何度も呼んでいた。
「っ……は……ゼン……」
「あれは……ふっ……遅すぎるぞゼン・セクズ」
 ふと見上げた空にアダルヘルムとミウは、待ち望んでいた者の姿を見た。
 町の様子には目もくれず、一直線に火球へ飛んでいくゼン。ティオは、王都に劣らないほどの悲惨な有様に目を細め町を眺めながら後をついて行く。
「いったいなにがあったというのだろう……」
「表向きは魔族と人間の戦争だ、こうなる事くらい予想はできるだろ」
「それはそうなのだけれどね……異常ではあるだろう?」
「そう、だな」
 数メートル離れていても、焼かれてしまいそうな火球の熱波。ひとつの小さな町を焼くにしては、大きすぎる力。
「おいグリゼルダ!!」
 あまり出さない大声で、火球の中で小さく体を縮め、沈むグリゼルダの影に向かって叫ぶゼン。
「……ゼン」
「ああ」
「私たちを……『破壊』して……楽しいか?」
「なに?」
「お前の娯楽と快楽……私たちを肴にして……酒を飲み、アダルヘルムと笑っておったのだろう?」
 元々反抗的であり、手を繋ぎ、笑い合うような間柄では無いことは、承知している。それでもゼンは、アダルヘルムとグリゼルダの関係を否定し、その思いを蔑ろにするつもりはなかった。
「そんなまずい酒、あいつと飲むわけねぇだろ」
「……聞いた手前ではあるが、信じる要素も余地もない……私は愚かだ……ねえアデル……ごめんね……」
 紅く眩しい火球の中で、何かを抱く仕草をする。そこには何もないというのに、愛おしさと悲しみが伝わってくる。
「……死んだのか」
「死んだ……?殺したの間違いだろう!!貴様のせいだ!すべて!!なにが……なにが最期の時を共にと?貴様はやはり嘘つきで下品で醜悪な……心を持たぬバケモノではないか!」
 ひどく罵倒を受けながら、更に溶岩のようなドロドロとした液体を飛ばすグリゼルダ。狙いなど、でたらめだ。ただ振り乱し、振りまくだけ。
 いくつかの雫がゼンの体を焼いた。
「ゼクス……っ」
「いい、なにもするな」
 焼けただれた肌を見て、ティオは心配して声をかけた。痛みに耐えている……少しだけ苦しそうな声でゼンはティオが前に出るのを止めた。
「お前たちが持ちたがっていた心は、確かに俺は持ち合わせちゃいねぇよ。バケモノなことだって、力を持ってしまった時点で自分を人間だとも思っちゃいねぇよ」
「わかってやっているというのだな?たちが悪いにも程がある……」
「なら、これから俺がお前にすることに文句は言わせねぇからな」
 一瞬にして火球が消え、グリゼルダを剥き出しにした。
「…………」
「綺麗な赤じゃねぇか」
「……」
「一緒に逝け」
 ゼンが『破壊』の条件を口にしようとした。
「……っう……えっあひ!ぁぁあああ?!」
 ボコボコとグリゼルダの下腹部が波打つ。
「いや……なに?な……この痛み……」
 どんどん膨れ上がる腹部は、まるで妊婦のように丸く大きくなっていく。突然のことに、ゼンの思考も停止している。
「ゼクス……?」
「俺じゃ、ねぇ」
 バツンッ!と風船がはじけるように破裂するグリゼルダの腹。飛び出したのは正確な形を持たない、グリゼルダの持つ熱に耐えきれず体のほとんどが溶けている魔物の胎児。
「あか……ちゃん……あぁ……そうなの……」
 飛ぶ力を無くし、おびただしいほどの赤い血を流しながら胎児とともに炎の中に落ちていくグリゼルダ。
「あれも、アダルヘルムの子か」
「え、えぇ?!あの人グリゼルダさんとそんな関係なのかい?!」
「それは見てなかったのか」
「そんなの必要ないからね……それより、助けないのかい?」
「俺ができることは……俺がしていいことは、もう無い」
 炎の中で、グリゼルダは胎児に押しつぶされながら体が焼かれるのを感じていた。炎竜の血を引いている体は本来燃え焼かれることはない。自分の意思で、そうしている。
「あの顔……ゼン……お前は……ははははは」
 のたうち、苦しむ胎児を撫でるグリゼルダ。
「お前も……愚かであったのだな……ふふ……あの女……ゼンよりよっぽど……っ」
 全身から火を吹き出し始め、徐々に周りの焼けた木材と同じ姿に変わっていく。
「あ、あ……ちゃんと産んであげられなくて……ごめんね……見せてあげられなくて……ごめん……なさ……アダ……――」
 炎に抱かれ、愛されながら、グリゼルダは我が子と共に火の海の一部になっていった。
「……」
「ゼク……っ」
 ゼンは、ただ一点を見つめているだけ。なにかを考えているのかも知れない。
 それをティオは『見る』ことが出来る……だが、それはしてはいけないのだ、と……静かに待つしかなかった。
 居た堪れない空気に耐えようとしたが、視線を逸らさずにはいられなかった。周囲を見渡し、町のすぐ外に人が集まっているのを発見した。残っていた鍛冶職人や、わずかな住人……冒険者は、集まる魔物を退治しながら退路を開いていた。
この炎の中から、無事脱出できた者がいた事が嬉しく、ティオは、表情を少し緩ませた。
「消すか」
「え……あぁ!そうだね!」
 ゼンの声に応え視線を戻し、地上に降りて消火作業を始めた。
「水の魔法も、ばっちり『見た』から完璧だよ!」
 自慢気に話すティオは、ゼンの返事は期待はしていなかった。この行動は、意味を持たない無駄なことだから。今さらこの火を消したとしても、町の姿は戻らない。戻すための復興の時間も、与えられはしない。
 それでも、ゼンが望むなら、と……綺麗な水を炎に浴びせ、確実に消火をしていくティオ。
ふわりと包む様に水を空高く広げた時、見覚えのある蒼い光が一瞬……反射して見えた気がした。
「ん……気のせい……?」
「どうした?」
「なんでもないさ!ゼンは見ててくれてかまわないからね!」
「はっ!頼もしいこった」
 ティオの心にチクリと。その蒼を認めることになれば自分は恐らく……言いようの無いその不安は、覚悟と決意を決めるようにと、強く投げかけているようだと、ティオは感じてしまった。
 消火に集中することで、その不安をごまかしながら……ゼンに笑顔を向けていた。
「火球が……消えた……」
「や、やった!」
「あとは残党の魔物だけだ!」
「いくぞ!」
 町の火は消えてはいないが、降り注いでいた火の玉も、熱く息苦しい熱波も収まり、安堵する人々。
「町民の方はかたまってください!ギルドの者守ります!!」
 ミウはイーリカの声に気づき、アダルヘルムから離れ駆け寄っていく。
「ミウさん!良かった……おと……ギルド長は……はぁ……良かったぁ」
「違うの」
「え?」
「あにぃ、おかしいの……助けて、声を届けて……」
 必死に訴えるミウの姿に、ただ事ではないと察したイーリカはミウと共にアダルヘルムの元へ。
「一旦無事のようだな?」
「は、はい……あの……大丈夫……ですか?」
「ん?特に問題はない。ゼン・セクズも加勢したとなれば……我々は見ているだけで――」
 冷静に、いつもと変わらぬ口調。どこもおかしなところはないと……ミウの顔を見て、不思議そうにしているイーリカ。
「だめ、違う……親子として、お話しなきゃ……おねが――」
 悲鳴が聞こえ始めた。
 老若男女、町民も、冒険者も含めた人々の、悲痛な叫び。
「なに……?」
 魔物の群れの数が薄くなっているのは目に見えてわかる。不利なことだけではない……なにかに怯え、慌ててこちら側に逃げてきているような……不可思議な様子が伝わる、挙動。
「……誰か、いるの?」
 少しずつ近づく。
 切り刻まれた魔物と……人間の破片が宙に舞っている。また新たな魔族が出現したのかと、身構える……だが、ゆっくりと姿を現したそれは……――。
「邪魔、しないでくれよ」