第08話 車両の棺桶
ー/ー 今回の目的は、冷蔵車両の中で動き出した積み荷を処理し、先頭側車両までの道をこじ開けることだった。
違法同期薬を運んでいるだけなら、まだ最悪の下限で済む。
問題は、それを打たれた人間まで一緒に運んでいたことだった。
冷却ケースの扉が内側から吹き飛ぶ。
白い蒸気が車両いっぱいに広がる。
その向こうで、人の形だったものが四つ、ゆっくり起き上がった。
「……よし」
零は息を吐く。
「ここから先、拳銃の出番が減る」
ノアが連結部の脇でPMXを構えたまま聞く。
「すごく嫌な宣言」
「私も好きで言ってるわけじゃねえよ」
起き上がった四つは、それぞれ壊れ方が違っていた。
最初の一体は、運び屋の制服を着たまま胸の中央が裂けていた。裂け目の奥で、灰色の繊維束が心臓みたいに脈打っている。
二体目は細い。肩から先だけがやけに長く、指が配線みたいに何本も分かれていた。
三体目は、腰から下が二重になっている。膝が四つあるのか、脚が二人分混ざっているのか、見ているだけで気持ち悪い。
最後の一体は、ケースの天井側に逆さで張りついていた。顔だけが人間のままで、そこだけが余計に嫌だった。
零の視界に未来線が走る。
喉。
肩。
膝。
ノアの手首。
車両の床ラッチ。
多い。
しかも、途中が飛ぶ。
「零」
ノアが低く言う。
「来る」
「見えてる」
最初の一体が踏み込んだ。
いや、踏み込んだところを見ていない。
さっきまで冷却ケースの前にいたはずなのに、次の瞬間にはもう半歩近い。
走ったわけでも、跳んだわけでもない。
数秒後の位置だけ先に借りてきたみたいに、いきなりそこにいる。
「うわ」
零が言う。
「それ、雑魚のやる移動じゃねえだろ」
「理性がないから加減もない」
「最悪」
零は1301を撃つ。
一発目。
胸の裂け目。
轟音。
灰色の束が半分吹き飛び、化け物の身体が後ろへ仰け反る。
だがそのまま終わらない。
仰け反った姿勢から、次の一歩だけが先に来る。
結果だけが、また近い。
「しつこいな!」
二発目。
今度は脚の付け根。
膝の向きがひしゃげ、ようやく半分沈む。
その横を、細い二体目が滑る。
床を蹴った音より先に、爪だけが零の首へ届いていた。
零は半歩だけ沈み、爪を肩の上で外す。
返す銃床で顔を殴る。
顔面の皮膚が裂ける。
それでも細い一体は、結果だけを零の横へ残して消えるみたいに後ろへ回る。
「後ろ」
ノアのPMXが鳴る。
短い制御連射。
肩。
肘。
腰。
細い一体の軌道が崩れる。
零はその一拍で振り向きざま、ほとんど押し当てる距離で撃つ。
三発目。
胴。
轟音。
細い身体が半分に裂け、薬箱の列へ叩きつけられた。
「助かる」
「前」
ノアの声は短い。
だがそれで足りる。
四脚みたいな三体目が、今度は床を走った。
いや、走っていない。
床、壁、床、と三つ先の位置だけを抜き出して持ってきたみたいな動きだった。
途中の姿勢が見えない。
見えた時には、もう跳び上がる結果に入っている。
零は視界の線を追う。
喉。
腹。
ノアの膝。
「そっち行く!」
零が叫ぶ。
ノアはもう動いていた。
連結部の金具へ片足をかけ、身体を横へ逃がす。
同時にPMXを撃つ。
膝。
喉。
肩。
全部入る。
でも止まらない。
「効きが浅い」
「分かってる」
零は工具箱の上を踏み、四脚へ真正面から入った。
近い。
ショットガンの距離だ。
四発目。
胸の継ぎ目。
轟音。
上半身が浮く。
だが四本の脚だけが、その浮いた身体を無理やりまだ前へ送る。
「まだ来るのかよ!」
「胸の奥」
ノアが言う。
「見える」
零の視界に、短い線が一点へ集まる。
胸の奥。
灰色の束の中心。
五発目。
ほとんど接射。
灰色の塊がまとめて吹き飛び、ようやく四脚は薬箱の列へ崩れた。
その瞬間、天井側に張りついていた最後の一体が落ちてくる。
結果が先だった。
零の頬が裂ける。
遅れて風が鳴る。
そのあとで、爪の軌道が見えた。
「っ……」
「零!」
「浅い!」
言いながら、零は1301を腹前で斜めへ返す。
左手がサイドシェルキャリアから散弾を四本まとめて引き抜く。
二本、二本。
指の間で揃えたまま、ローディングポートへ一息に押し込む。
クアッドリロード。
乾いた装填音が四つ、冷たい車両の壁へ反響した。
「今のは見せてた」
ノアが言う。
「生きる方を優先してるだけだ」
「半分見せてる」
「細けえな」
最後の一体は、天井から床、床から壁、壁から零の真横へと、過程を食いちぎりながら移る。
瞬間移動みたいだ。
だがよく見ると違う。
無理やり前借りした反動で、関節が遅れて外れている。
遅れて血が噴く。
遅れて肉が裂ける。
理性がないぶん、借りた先で壊れていく。
「要するに」
零が息を吐く。
「速いけど馬鹿ってことだな」
「そう」
零は一歩だけ誘うように下がった。
化け物が詰める。
次の結果が零の喉へ来る。
その一瞬前、ノアが短く言う。
「右、半歩」
零は従う。
爪が空を切る。
化け物の身体が、借りすぎた未来の反動でほんの一拍だけ固まる。
そこへ六発目。
顎下から頭蓋。
轟音。
壁と一緒に頭が砕け、最後の一体もようやく止まった。
冷蔵車が静かになる。
白い蒸気。
焦げた血の匂い。
散弾の残響。
「……棺桶、開封終了」
零が言う。
「言い方」
ノアが返す。
「でも合ってる」
零は頬の血を親指で拭った。
浅い。
だが、結果が先に届く攻撃はやっぱり嫌だ。
「傷」
ノアが言う。
「浅い」
「さっきも聞いた」
「毎回言うぞ、お前」
「必要だから」
ノアはPMXを肩へかけ直し、車両奥の端末へ寄った。
零も1301を構えたまま、その背を追う。
輸送管理用の黒い端末には、まだログが残っていた。
冷蔵指定。
未登録タグ。
焼損認証部。
その下に、見覚えのある文字列が並んでいる。
`Y-09`
`S-08`
ノアの指が止まった。
「当たり」
「それはさっき聞いた」
「もっと当たり」
「嫌な言い方するな」
画面を送る。
搬送車両番号。
冷蔵指定。
照会履歴。
そして、先頭側に近い管理車の識別コード。
「ここ」
ノアが言う。
「先頭寄りの管制車。濃い」
「首謀者か」
「たぶん、まだ人間」
「その前置きほんと嫌いだな」
「便利だから」
零は小さく笑った。
「第九話の題名みたいなこと言うな」
「今それ言う?」
「少し落ち着いた」
「やっぱり変」
端末のもう一段下に、貨物の注記があった。
`完全投与用 / 管理車保管`。
零の目が細くなる。
「……ろくでもねえ」
「うん」
「先走りの本命は前か」
「たぶん」
車両全体が一段だけ強く揺れた。
列車の速度がさらに上がる。
零は1301の機関部を軽く叩いた。
まだ熱い。
あと何発壊せるかを、指先で確かめるみたいに。
「行くぞ」
「うん」
「次は人間でいてくれると助かる」
「この列車でそれ言うの、だいぶ楽観的」
零は小さく舌打ちする。
「便利に使うな、その台詞」
「使いやすいから」
冷蔵車の先、先頭側へ続く扉の向こうで、何か重いものを引きずる音がした。
死んだ積み荷の次は、生きている首謀者だ。
たぶんまだ。
そして、たぶんそれも長くはない。
零はショットガンを構えたまま、次の車両へ続く扉の前へ立った。
違法同期薬を売るだけでは終わらないやつが、この先にいる。
違法同期薬を運んでいるだけなら、まだ最悪の下限で済む。
問題は、それを打たれた人間まで一緒に運んでいたことだった。
冷却ケースの扉が内側から吹き飛ぶ。
白い蒸気が車両いっぱいに広がる。
その向こうで、人の形だったものが四つ、ゆっくり起き上がった。
「……よし」
零は息を吐く。
「ここから先、拳銃の出番が減る」
ノアが連結部の脇でPMXを構えたまま聞く。
「すごく嫌な宣言」
「私も好きで言ってるわけじゃねえよ」
起き上がった四つは、それぞれ壊れ方が違っていた。
最初の一体は、運び屋の制服を着たまま胸の中央が裂けていた。裂け目の奥で、灰色の繊維束が心臓みたいに脈打っている。
二体目は細い。肩から先だけがやけに長く、指が配線みたいに何本も分かれていた。
三体目は、腰から下が二重になっている。膝が四つあるのか、脚が二人分混ざっているのか、見ているだけで気持ち悪い。
最後の一体は、ケースの天井側に逆さで張りついていた。顔だけが人間のままで、そこだけが余計に嫌だった。
零の視界に未来線が走る。
喉。
肩。
膝。
ノアの手首。
車両の床ラッチ。
多い。
しかも、途中が飛ぶ。
「零」
ノアが低く言う。
「来る」
「見えてる」
最初の一体が踏み込んだ。
いや、踏み込んだところを見ていない。
さっきまで冷却ケースの前にいたはずなのに、次の瞬間にはもう半歩近い。
走ったわけでも、跳んだわけでもない。
数秒後の位置だけ先に借りてきたみたいに、いきなりそこにいる。
「うわ」
零が言う。
「それ、雑魚のやる移動じゃねえだろ」
「理性がないから加減もない」
「最悪」
零は1301を撃つ。
一発目。
胸の裂け目。
轟音。
灰色の束が半分吹き飛び、化け物の身体が後ろへ仰け反る。
だがそのまま終わらない。
仰け反った姿勢から、次の一歩だけが先に来る。
結果だけが、また近い。
「しつこいな!」
二発目。
今度は脚の付け根。
膝の向きがひしゃげ、ようやく半分沈む。
その横を、細い二体目が滑る。
床を蹴った音より先に、爪だけが零の首へ届いていた。
零は半歩だけ沈み、爪を肩の上で外す。
返す銃床で顔を殴る。
顔面の皮膚が裂ける。
それでも細い一体は、結果だけを零の横へ残して消えるみたいに後ろへ回る。
「後ろ」
ノアのPMXが鳴る。
短い制御連射。
肩。
肘。
腰。
細い一体の軌道が崩れる。
零はその一拍で振り向きざま、ほとんど押し当てる距離で撃つ。
三発目。
胴。
轟音。
細い身体が半分に裂け、薬箱の列へ叩きつけられた。
「助かる」
「前」
ノアの声は短い。
だがそれで足りる。
四脚みたいな三体目が、今度は床を走った。
いや、走っていない。
床、壁、床、と三つ先の位置だけを抜き出して持ってきたみたいな動きだった。
途中の姿勢が見えない。
見えた時には、もう跳び上がる結果に入っている。
零は視界の線を追う。
喉。
腹。
ノアの膝。
「そっち行く!」
零が叫ぶ。
ノアはもう動いていた。
連結部の金具へ片足をかけ、身体を横へ逃がす。
同時にPMXを撃つ。
膝。
喉。
肩。
全部入る。
でも止まらない。
「効きが浅い」
「分かってる」
零は工具箱の上を踏み、四脚へ真正面から入った。
近い。
ショットガンの距離だ。
四発目。
胸の継ぎ目。
轟音。
上半身が浮く。
だが四本の脚だけが、その浮いた身体を無理やりまだ前へ送る。
「まだ来るのかよ!」
「胸の奥」
ノアが言う。
「見える」
零の視界に、短い線が一点へ集まる。
胸の奥。
灰色の束の中心。
五発目。
ほとんど接射。
灰色の塊がまとめて吹き飛び、ようやく四脚は薬箱の列へ崩れた。
その瞬間、天井側に張りついていた最後の一体が落ちてくる。
結果が先だった。
零の頬が裂ける。
遅れて風が鳴る。
そのあとで、爪の軌道が見えた。
「っ……」
「零!」
「浅い!」
言いながら、零は1301を腹前で斜めへ返す。
左手がサイドシェルキャリアから散弾を四本まとめて引き抜く。
二本、二本。
指の間で揃えたまま、ローディングポートへ一息に押し込む。
クアッドリロード。
乾いた装填音が四つ、冷たい車両の壁へ反響した。
「今のは見せてた」
ノアが言う。
「生きる方を優先してるだけだ」
「半分見せてる」
「細けえな」
最後の一体は、天井から床、床から壁、壁から零の真横へと、過程を食いちぎりながら移る。
瞬間移動みたいだ。
だがよく見ると違う。
無理やり前借りした反動で、関節が遅れて外れている。
遅れて血が噴く。
遅れて肉が裂ける。
理性がないぶん、借りた先で壊れていく。
「要するに」
零が息を吐く。
「速いけど馬鹿ってことだな」
「そう」
零は一歩だけ誘うように下がった。
化け物が詰める。
次の結果が零の喉へ来る。
その一瞬前、ノアが短く言う。
「右、半歩」
零は従う。
爪が空を切る。
化け物の身体が、借りすぎた未来の反動でほんの一拍だけ固まる。
そこへ六発目。
顎下から頭蓋。
轟音。
壁と一緒に頭が砕け、最後の一体もようやく止まった。
冷蔵車が静かになる。
白い蒸気。
焦げた血の匂い。
散弾の残響。
「……棺桶、開封終了」
零が言う。
「言い方」
ノアが返す。
「でも合ってる」
零は頬の血を親指で拭った。
浅い。
だが、結果が先に届く攻撃はやっぱり嫌だ。
「傷」
ノアが言う。
「浅い」
「さっきも聞いた」
「毎回言うぞ、お前」
「必要だから」
ノアはPMXを肩へかけ直し、車両奥の端末へ寄った。
零も1301を構えたまま、その背を追う。
輸送管理用の黒い端末には、まだログが残っていた。
冷蔵指定。
未登録タグ。
焼損認証部。
その下に、見覚えのある文字列が並んでいる。
`Y-09`
`S-08`
ノアの指が止まった。
「当たり」
「それはさっき聞いた」
「もっと当たり」
「嫌な言い方するな」
画面を送る。
搬送車両番号。
冷蔵指定。
照会履歴。
そして、先頭側に近い管理車の識別コード。
「ここ」
ノアが言う。
「先頭寄りの管制車。濃い」
「首謀者か」
「たぶん、まだ人間」
「その前置きほんと嫌いだな」
「便利だから」
零は小さく笑った。
「第九話の題名みたいなこと言うな」
「今それ言う?」
「少し落ち着いた」
「やっぱり変」
端末のもう一段下に、貨物の注記があった。
`完全投与用 / 管理車保管`。
零の目が細くなる。
「……ろくでもねえ」
「うん」
「先走りの本命は前か」
「たぶん」
車両全体が一段だけ強く揺れた。
列車の速度がさらに上がる。
零は1301の機関部を軽く叩いた。
まだ熱い。
あと何発壊せるかを、指先で確かめるみたいに。
「行くぞ」
「うん」
「次は人間でいてくれると助かる」
「この列車でそれ言うの、だいぶ楽観的」
零は小さく舌打ちする。
「便利に使うな、その台詞」
「使いやすいから」
冷蔵車の先、先頭側へ続く扉の向こうで、何か重いものを引きずる音がした。
死んだ積み荷の次は、生きている首謀者だ。
たぶんまだ。
そして、たぶんそれも長くはない。
零はショットガンを構えたまま、次の車両へ続く扉の前へ立った。
違法同期薬を売るだけでは終わらないやつが、この先にいる。
みんなのリアクション
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