表示設定
表示設定
目次 目次




第07話 走る密売列車

ー/ー



 今回の目的は、走り出した貨物列車へ取りつき、違法同期薬の中核車両まで生きて辿り着くことだった。

 湾岸貨物区画で列車を押さえ損ねれば、`Y-09` と `S-08` に繋がる線は、そのまま夜のどこかへ消える。

 だから零とノアは、止まるのを待たなかった。

 零は最後尾車両の手すりへ飛びついた。

 片手で縁を取り、濡れた金属へブーツを引っかける。
 滑る。
 だがそのまま腕力で身体を持ち上げ、最後尾車両のフレームへ身体を乗せた。

 すぐ後ろで、ノアも別のハシゴへ手をかける。
 肩のPMXが一瞬だけ街灯を弾き、そのまま彼女も音なく列車へ上がった。

 夜の海風が一気に強くなる。
 湾岸の灯りが線みたいに流れ、足元では連結部が低く鳴っている。

「高いな」

 零が言う。

「落ちると死ぬ」

 ノアが返す。

「今さら言う?」

「確認」

 その確認は早かった。

 前方の平床車両、そのコンテナ陰から銃口が三つ出る。

 未来線が走る。
 喉。
 右肩。
 左太腿。
 ノアの脇。

「下がれ!」

 零が怒鳴るより先に、PX4を抜く。

 三点バースト気味の乱射が夜へ開く。
 正確さより先に弾幕で押す、密売人の撃ち方だった。

 零は一歩右へ流れ、二発返す。

 一発目は左の男の頬。
 二発目は中央の男の手首。

 顔が砕け、銃が跳ぶ。

 同時にノアのPMXが短く鳴る。
 残り一人の肘へ、短い連射が吸い込まれた。

 その一拍で、零は距離を詰めた。

 屋根の継ぎ目を蹴る。
 しゃがみ込んでいた男の胸ぐらを掴み、そのまま横へ投げる。

 男の身体は車両の縁を越え、闇へ消えた。

「うわ」

 零が言う。

「今日は景気がいいな」

「褒めてる?」

「してない」

 残った二人が、すぐに後退する。
 逃げるのではない。
 次の車両へ誘導するみたいに、連結部の上を撃ちながら下がっていく。

「前方二」

 ノアが言う。

「あと下の車内にも複数」

「そんなことまで見えるのか」

「少し」

「便利だな」

「褒めてないなら言い直して」

 零は小さく笑い、連結部へ飛ぶ。

 その上は狭い。
 足を滑らせれば、そのまま車輪だ。

 未来線がまた増える。
 喉。
 膝。
 連結ラッチ。
 ハッチの縁。

 零は三発目をラッチへ、四発目をハッチの縁へ入れる。
 金属が弾ける。
 前方へ退いた男の足場が半拍だけ揺れる。

 そこへノアの追撃。
 短い制御射。肩。
 男がコンテナ屋根へ転がる。

「助かる」

「前見て」

 次の車両はコンテナ車だった。
 側面のスライドハッチが半開きになっていて、そこから血と薬品の匂いが吹き出している。

「中だな」

「うん」

 零は屋根の縁から身体を滑らせ、ハッチへ飛びついた。
 縁を掴み、そのまま車内へ滑り込む。

 狭い。
 薬箱の列。
 固定バンド。
 冷却用の白い蒸気。

 そして、すぐ近くに男がいた。

 ナイフ。
 短い呼吸。
 焦点の定まらない目。

 零は反射で二発。

 五発目、腹。
 六発目、肩。

 男の勢いが止まる。
 だがその奥、薬箱の陰にいた二人が同時に注入器を首へ突き立てた。

「おい」

 透明な液体が身体へ流れ込む。
 違法同期薬(先走り)

 片方は口元だけが先に笑った。
 もう片方は首を傾けたまま、肩の動きだけが半拍遅れる。

「ほんとに現場で打つのかよ」

「品がない」

 ノアが連結部から言う。
 そのまま半身だけ車内へ入れ、PMXを撃つ。

 最初の連射は左の男の膝。
 二回目は右の男の喉の少し下。

 当たる。
 だが止まらない。

 半壊した二人は、人間の読み筋から外れていた。
 踏み込みの途中だけが抜ける。
 肩が遅れて、刃物だけが先に来る。
 脚はもつれるのに、上半身だけが一歩先へ借りられている。

 零は七発目を胸へ、八発目を喉へ、九発目を眼窩へ入れる。

 肉は裂ける。
 黒ずんだ液が飛ぶ。
 でも止まらない。

「効きが浅い」

「痛覚が遅れてる」

「それだけじゃねえな」

 薬箱の奥、冷却ケースの扉が内側から膨らんだ。
 ラッチが歪む。
 白い蒸気が外へ漏れる。

 零の眉が寄る。

「ノア」

「見えてる」

「中、何人だ」

「人間の歩き方じゃない反応、四」

「うわ」

 零が本気で嫌そうに言う。

「それ、次の車両でやってくれない?」

「たぶん無理」

 その返答と同時に、半壊した一人が跳ぶ。

 零は一歩だけ横へ流れ、男の手首を左手で払う。
 肩を入れる。
 壁へ叩き込む。
 近い。

 拳銃の距離じゃない。
 零はPX4のグリップエンドで鼻梁を打ち抜いた。
 男の顔が潰れる。
 そのまま肘を喉へ叩き込み、膝で腹を割るように押し返す。

「まだ人間寄りなら寝てろ!」

 返す銃口で十発目。
 顎下。

 男が止まる。

 だがもう一人は、さっきまでそこにいた高さを狙って振ってきた。
 刃物だけが遅れて追いつく。

 零はその腕を内から絡め取り、腰を切った。
 列車の揺れごと借りて身体を半回転させる。

 CQCの崩し。

 男の背中が薬箱の角へ叩きつけられる。
 そこへノアの一連射。肩口。
 さらに零の十一発目。眼窩。

 ようやく、そいつも落ちた。

 車両の中が一瞬だけ静かになる。

 零はPX4の重さで残弾を読む。

「あと四、五」

「半端」

「知ってる」

 零は迷わずマガジンを抜いた。
 残弾はまだある。
 だが半端な残りを抱えたまま次へ行く気はない。

 床へ落ちたマガジンが乾いた音を立てるより先に、胸元から新しいマガジンが抜かれ、グリップへ叩き込まれる。

 タクティカルリロード。

 視線はずっと、膨らむ冷却ケースのラッチに置いたままだ。

「見せたがり」

 ノアが言う。

「足りるかもしれないで進む気はねえ」

「賛成」

 零はPX4を戻し、1301 Tactical Mod.2を前へ回す。

 冷却ケースのラッチが、みしりと鳴った。

 中で何かが動く。
 人間より重い音。
 爪か、骨か、金属か、区別のつかない引っかき音。

「……棺桶だな、これ」

 零が言う。

「題名みたい」

「今それ言う?」

「少し落ち着いた」

「お前の落ち着き方、毎回変だよ」

 零はショットガンのグリップを握り直し、冷却ケースの正面へ半歩出る。

 車両の奥では、もうひとつ黒い端末が明滅していた。
 輸送管理用だ。
 その画面の一番下で、見覚えのある文字列が二つだけ見える。

 `Y-09`

 `S-08`

「出たな」

「うん」

「当たり車両でいいらしい」

「嬉しくない」

 その時だった。

 冷却ケースの扉が内側から吹き飛ぶ。
 白い蒸気が車両いっぱいに広がる。

 その向こうで、人の形だったものが四つ、ゆっくり起き上がった。

 零は息を吐く。

「……よし」

「どうしたの」

 ノアが聞く。

「ここから先、拳銃の出番が減る」

 列車はまだ止まらない。
 夜の海風が、半開きのハッチから容赦なく吹き込んでくる。

 そして零たちは、その冷えた車両の中で、本当に棺桶みたいなものと向き合うことになった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第08話 車両の棺桶


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 今回の目的は、走り出した貨物列車へ取りつき、違法同期薬の中核車両まで生きて辿り着くことだった。
 湾岸貨物区画で列車を押さえ損ねれば、`Y-09` と `S-08` に繋がる線は、そのまま夜のどこかへ消える。
 だから零とノアは、止まるのを待たなかった。
 零は最後尾車両の手すりへ飛びついた。
 片手で縁を取り、濡れた金属へブーツを引っかける。
 滑る。
 だがそのまま腕力で身体を持ち上げ、最後尾車両のフレームへ身体を乗せた。
 すぐ後ろで、ノアも別のハシゴへ手をかける。
 肩のPMXが一瞬だけ街灯を弾き、そのまま彼女も音なく列車へ上がった。
 夜の海風が一気に強くなる。
 湾岸の灯りが線みたいに流れ、足元では連結部が低く鳴っている。
「高いな」
 零が言う。
「落ちると死ぬ」
 ノアが返す。
「今さら言う?」
「確認」
 その確認は早かった。
 前方の平床車両、そのコンテナ陰から銃口が三つ出る。
 未来線が走る。
 喉。
 右肩。
 左太腿。
 ノアの脇。
「下がれ!」
 零が怒鳴るより先に、PX4を抜く。
 三点バースト気味の乱射が夜へ開く。
 正確さより先に弾幕で押す、密売人の撃ち方だった。
 零は一歩右へ流れ、二発返す。
 一発目は左の男の頬。
 二発目は中央の男の手首。
 顔が砕け、銃が跳ぶ。
 同時にノアのPMXが短く鳴る。
 残り一人の肘へ、短い連射が吸い込まれた。
 その一拍で、零は距離を詰めた。
 屋根の継ぎ目を蹴る。
 しゃがみ込んでいた男の胸ぐらを掴み、そのまま横へ投げる。
 男の身体は車両の縁を越え、闇へ消えた。
「うわ」
 零が言う。
「今日は景気がいいな」
「褒めてる?」
「してない」
 残った二人が、すぐに後退する。
 逃げるのではない。
 次の車両へ誘導するみたいに、連結部の上を撃ちながら下がっていく。
「前方二」
 ノアが言う。
「あと下の車内にも複数」
「そんなことまで見えるのか」
「少し」
「便利だな」
「褒めてないなら言い直して」
 零は小さく笑い、連結部へ飛ぶ。
 その上は狭い。
 足を滑らせれば、そのまま車輪だ。
 未来線がまた増える。
 喉。
 膝。
 連結ラッチ。
 ハッチの縁。
 零は三発目をラッチへ、四発目をハッチの縁へ入れる。
 金属が弾ける。
 前方へ退いた男の足場が半拍だけ揺れる。
 そこへノアの追撃。
 短い制御射。肩。
 男がコンテナ屋根へ転がる。
「助かる」
「前見て」
 次の車両はコンテナ車だった。
 側面のスライドハッチが半開きになっていて、そこから血と薬品の匂いが吹き出している。
「中だな」
「うん」
 零は屋根の縁から身体を滑らせ、ハッチへ飛びついた。
 縁を掴み、そのまま車内へ滑り込む。
 狭い。
 薬箱の列。
 固定バンド。
 冷却用の白い蒸気。
 そして、すぐ近くに男がいた。
 ナイフ。
 短い呼吸。
 焦点の定まらない目。
 零は反射で二発。
 五発目、腹。
 六発目、肩。
 男の勢いが止まる。
 だがその奥、薬箱の陰にいた二人が同時に注入器を首へ突き立てた。
「おい」
 透明な液体が身体へ流れ込む。
 違法同期薬《先走り》。
 片方は口元だけが先に笑った。
 もう片方は首を傾けたまま、肩の動きだけが半拍遅れる。
「ほんとに現場で打つのかよ」
「品がない」
 ノアが連結部から言う。
 そのまま半身だけ車内へ入れ、PMXを撃つ。
 最初の連射は左の男の膝。
 二回目は右の男の喉の少し下。
 当たる。
 だが止まらない。
 半壊した二人は、人間の読み筋から外れていた。
 踏み込みの途中だけが抜ける。
 肩が遅れて、刃物だけが先に来る。
 脚はもつれるのに、上半身だけが一歩先へ借りられている。
 零は七発目を胸へ、八発目を喉へ、九発目を眼窩へ入れる。
 肉は裂ける。
 黒ずんだ液が飛ぶ。
 でも止まらない。
「効きが浅い」
「痛覚が遅れてる」
「それだけじゃねえな」
 薬箱の奥、冷却ケースの扉が内側から膨らんだ。
 ラッチが歪む。
 白い蒸気が外へ漏れる。
 零の眉が寄る。
「ノア」
「見えてる」
「中、何人だ」
「人間の歩き方じゃない反応、四」
「うわ」
 零が本気で嫌そうに言う。
「それ、次の車両でやってくれない?」
「たぶん無理」
 その返答と同時に、半壊した一人が跳ぶ。
 零は一歩だけ横へ流れ、男の手首を左手で払う。
 肩を入れる。
 壁へ叩き込む。
 近い。
 拳銃の距離じゃない。
 零はPX4のグリップエンドで鼻梁を打ち抜いた。
 男の顔が潰れる。
 そのまま肘を喉へ叩き込み、膝で腹を割るように押し返す。
「まだ人間寄りなら寝てろ!」
 返す銃口で十発目。
 顎下。
 男が止まる。
 だがもう一人は、さっきまでそこにいた高さを狙って振ってきた。
 刃物だけが遅れて追いつく。
 零はその腕を内から絡め取り、腰を切った。
 列車の揺れごと借りて身体を半回転させる。
 CQCの崩し。
 男の背中が薬箱の角へ叩きつけられる。
 そこへノアの一連射。肩口。
 さらに零の十一発目。眼窩。
 ようやく、そいつも落ちた。
 車両の中が一瞬だけ静かになる。
 零はPX4の重さで残弾を読む。
「あと四、五」
「半端」
「知ってる」
 零は迷わずマガジンを抜いた。
 残弾はまだある。
 だが半端な残りを抱えたまま次へ行く気はない。
 床へ落ちたマガジンが乾いた音を立てるより先に、胸元から新しいマガジンが抜かれ、グリップへ叩き込まれる。
 タクティカルリロード。
 視線はずっと、膨らむ冷却ケースのラッチに置いたままだ。
「見せたがり」
 ノアが言う。
「足りるかもしれないで進む気はねえ」
「賛成」
 零はPX4を戻し、1301 Tactical Mod.2を前へ回す。
 冷却ケースのラッチが、みしりと鳴った。
 中で何かが動く。
 人間より重い音。
 爪か、骨か、金属か、区別のつかない引っかき音。
「……棺桶だな、これ」
 零が言う。
「題名みたい」
「今それ言う?」
「少し落ち着いた」
「お前の落ち着き方、毎回変だよ」
 零はショットガンのグリップを握り直し、冷却ケースの正面へ半歩出る。
 車両の奥では、もうひとつ黒い端末が明滅していた。
 輸送管理用だ。
 その画面の一番下で、見覚えのある文字列が二つだけ見える。
 `Y-09`
 `S-08`
「出たな」
「うん」
「当たり車両でいいらしい」
「嬉しくない」
 その時だった。
 冷却ケースの扉が内側から吹き飛ぶ。
 白い蒸気が車両いっぱいに広がる。
 その向こうで、人の形だったものが四つ、ゆっくり起き上がった。
 零は息を吐く。
「……よし」
「どうしたの」
 ノアが聞く。
「ここから先、拳銃の出番が減る」
 列車はまだ止まらない。
 夜の海風が、半開きのハッチから容赦なく吹き込んでくる。
 そして零たちは、その冷えた車両の中で、本当に棺桶みたいなものと向き合うことになった。