表示設定
表示設定
目次 目次




第06話 夜行貨物ヤード

ー/ー



 今回の目的は、`Y-09` と `S-08` に繋がる搬送ルートを、湾岸貨物区画で押さえることだった。

 旧小児研究棟第七区画は終点だ。
 だが、終点だけ見ても途中で何を積み、誰が流しているかは分からない。

 だから今夜は、走り出す前の列車を掴む。

 迅の案内は、湾岸貨物区画の外縁までだった。

 高架下の補修通路を抜けた先、海沿いの夜気が一気に開ける。
 巨大クレーンの骨組みが黒く浮き、積み上がったコンテナの列のあいだを、無人搬送車の赤い警告灯だけが静かに行き来していた。

 そしてその中央で、貨物列車が低く唸っている。

「うわ」

 零が言った。

「遠目で見てもろくでもないな」

「ここでろくでもなくないもの、海風くらいよ」

 朱璃が白衣の裾を押さえながら答える。
 だがその海風ですら、今夜は鉄粉と油と血の匂いを混ぜて運んできていた。

 ノアは零の少し後ろ、手が届く距離で立っている。
 肩にかけたPMXを胸の前へ引き寄せたまま、視線だけでヤード全体をなぞっていた。

「右前のクレーン脚。上に一」

 零が顔を上げる。

 いた。
 警備員の制服。安全帯に引っかかったまま、首が折れてぶら下がっている。

「左のレール脇にもう一」

 そちらには、制圧盾ごと半分ひしゃげた警備員が倒れていた。顔が潰れ、左手首のタグだけが、焼けたみたいに黒く沈んでいる。

 零は小さく舌打ちする。

「軽い積み替え確認じゃなかったな」

「シール街の時点でもう終わってた」

 ノアの返しは平坦だ。
 だがその平坦さの中に、ちゃんと嫌悪が混じっていることを零は知っている。

 朱璃はレール脇の死体へしゃがみ込むと、躊躇なく手袋越しにタグを裏返した。

「焼けてる」

「見りゃ分かる」

「確認よ」

 朱璃は楽しそうに唇を歪める。

「あと、死体が二つで済んでる匂いじゃない」

「鼻がいいの、こういう時だけありがたくないな」

「褒めてる?」

「してない」

 耳内通信へ、灰堂の声が割り込んだ。

『現着したか』

「した。景気悪い歓迎つきでな」

『主目的は貨物列車の確保だ。積み荷を逃がすな』

「人より貨物、ね」

『貨物が広がれば人が増えて死ぬ』

「毎回思うけど、お前の言い方は腹立つな」

『感想は不要だ』

 灰堂は相変わらずだった。
 だが今回ばかりは、零も完全に否定しきれない。

 この列車が運んでいるのは、ただの違法同期薬じゃない。
 人を壊しながら未来を励起する、街にとって最悪寄りの近道だ。

「零」

 ノアが小さく呼ぶ。

「前方コンテナ列の陰、人が四。うち二は銃」

「残りは」

「歩き方が崩れてる」

「また半壊済みか」

「たぶん」

 零はPX4へ手をかけた。
 十五発。予備三本。背中には1301 Tactical Mod.2。
 今夜は最初から、その両方がいる気配しかしない。

「朱璃」

「なあに」

「死体の解説はあとだ。今は下がってろ」

「善処するわ」

「それ下がらないやつの返事なんだよ」

 ばれている。
 だが今それを言い合っている暇はない。

 コンテナ列の陰から、光が二つ閃いた。

 未来線が走る。
 喉。
 右肩。
 ノアの脇。
 朱璃の足元のレール。

「伏せろ!」

 零が叫ぶより先に、PX4が火を噴いた。

 一発目。
 左の銃口。

 二発目。
 その少し右、手首。

 火花。銃が跳ぶ。男が悲鳴もなくコンテナへ肩からぶつかる。

 同時にノアのPMXが短く鳴る。
 もう一人の銃持ちの肘へ入る。

 そこまでは、人間だった。

 残り二人が、遅れて出てくる。

 作業着姿の搬送員。
 片方は首の注入痕がまだ生々しく、もう片方は右肩から灰色の繊維束みたいなものが浮き上がっていた。

 どちらも、肩が遅れる。
 目だけが先に来る。

「うわ、もう出来上がってる」

「賛成」

 零は三発目を膝へ、四発目を肩へ、五発目を喉へ入れる。

 当たる。
 だが止まらない。

 半壊した搬送員は、足を折られても地面を這うように進む。もう一人は肩の繊維束を震わせながら、コンテナ壁を蹴って妙な角度で飛んできた。

「拳銃じゃ足りねえな」

「あと左から一」

 ノアが言う。

 遅れて、まだ生きていた銃持ちがレールの陰からPX4へ向けて撃ってくる。
 零の視界に線が増える。

 喉。
 膝。
 床の固定ボルト。

 零は半歩だけ沈み、六発目を固定ボルトへ入れた。
 レール脇の作業灯が傾き、銃持ちの視界を塞ぐ。

「助かる」

「まだ」

 ノアの声と同時に、半壊搬送員が飛び込んできた。

 零はPX4を戻す。
 背中のスリングを引く。
 1301 Tactical Mod.2。

 狭いヤードの通路と、コンテナの反響をまとめて握るみたいに銃口を上げる。

「壊すぞ」

「知ってる」

 一発。

 轟音。

 飛び込んできた搬送員の胸が弾ける。灰色の繊維束ごと背中へ抜け、身体がコンテナ壁へ叩きつけられた。

 返す銃口で二発目。
 這ってきた方の顎下。

 頭が後ろへ折れ、ようやく止まる。

 残っていた銃持ちが、逃げるより先に何かを叫んだ。

「発車だ!」

 その瞬間、列車全体が低く唸りを増した。

 レールが鳴る。
 連結部が鳴る。
 巨大な鉄の塊が、ゆっくりと前へ滑り始める。

「うわ、最悪」

 零が吐く。

「いちいちタイミングがいいな」

「悪い方にだけね」

 ノアはすでに端末へ走査をかけていた。

「最後尾近くの冷蔵車両に反応が濃い」

「首謀者か?」

「まだ人間反応」

「その前置きやめろ」

「でも中に半壊反応が四」

「そっちはやめなくていい」

 朱璃が、死体のタグをもぎ取ったまま立ち上がる。

「これ、列車の荷受け側タグよ」

 焦げた認証部の裏に、細い刻印が残っている。

 `QBX-NULL`

 その下。

 `Y-09`

 零の目が細くなる。

「当たりだ」

「でしょ?」

 朱璃は嬉しそうだ。

「つまり、この列車は今夜の正解」

「お前ほんとに当たりを引くと機嫌いいな」

「だって見たくなるもの」

「見終わったら黙ってろよ」

「善処する」

「信用できねえ」

 貨物列車がじわじわ速度を上げていく。
 まだ間に合う。
 だが、もう迷ってる暇はない。

 零はショットガンの機関部を腹の前で斜めへ返した。
 左手がサイドシェルキャリアから散弾を四本まとめて引き抜く。

 二本、二本。

 ローディングポートへ一息に押し込む。

 クアッドリロード。

 乾いた装填音が四つ、夜のヤードへ鋭く続いた。

 ノアが横で言う。

「見せたがり」

「見せてない。間に合わせてる」

「今のは半分見せてた」

「細けえな」

 零はショットガンを背へ戻し、PX4を抜く。

「ノア」

「うん」

「跳ぶぞ」

「知ってる」

「朱璃、お前は下がれ」

「いやよ」

「いやよじゃねえんだよ!」

「だってあなた一回死にかけたじゃない」

「まだ死んでねえよ」

「今はね」

 最低だ。
 だが、こんな時にいつも通り最低なのは、妙に安心もする。

 迅がコンテナ列の陰から低く言った。

「左の保守足場。そこから最後尾に届く」

「助かる」

「勘違いするな。機関を助ける気はない」

「知ってる」

「ガキを運ぶ列車が気に食わないだけだ」

 零は小さく頷く。

 十分だ。

 列車の最後尾が、ちょうど保守足場の前を通り過ぎようとしている。
 コンテナの隙間を縫えば届く距離だ。

「行くか」

「うん」

 ノアが返す。

「最悪の方へ」

「いつも通り」

 零は保守足場を蹴った。

 濡れた金属を踏む。
 レール脇を走る。
 積み上がったパレットを越える。

 その横を、湾岸貨物線の列車が速度を乗せながら滑っていく。

 次の瞬間、零は最後尾車両の手すりへ飛びついた。

 片手で縁を取る。
 反動で身体を持ち上げる。

 その少し後ろで、ノアも別のハシゴへ手をかけた。

 夜の海風が、一気に強くなる。

 貨物列車編が、ようやく本気で始まる。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第07話 走る密売列車


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 今回の目的は、`Y-09` と `S-08` に繋がる搬送ルートを、湾岸貨物区画で押さえることだった。
 旧小児研究棟第七区画は終点だ。
 だが、終点だけ見ても途中で何を積み、誰が流しているかは分からない。
 だから今夜は、走り出す前の列車を掴む。
 迅の案内は、湾岸貨物区画の外縁までだった。
 高架下の補修通路を抜けた先、海沿いの夜気が一気に開ける。
 巨大クレーンの骨組みが黒く浮き、積み上がったコンテナの列のあいだを、無人搬送車の赤い警告灯だけが静かに行き来していた。
 そしてその中央で、貨物列車が低く唸っている。
「うわ」
 零が言った。
「遠目で見てもろくでもないな」
「ここでろくでもなくないもの、海風くらいよ」
 朱璃が白衣の裾を押さえながら答える。
 だがその海風ですら、今夜は鉄粉と油と血の匂いを混ぜて運んできていた。
 ノアは零の少し後ろ、手が届く距離で立っている。
 肩にかけたPMXを胸の前へ引き寄せたまま、視線だけでヤード全体をなぞっていた。
「右前のクレーン脚。上に一」
 零が顔を上げる。
 いた。
 警備員の制服。安全帯に引っかかったまま、首が折れてぶら下がっている。
「左のレール脇にもう一」
 そちらには、制圧盾ごと半分ひしゃげた警備員が倒れていた。顔が潰れ、左手首のタグだけが、焼けたみたいに黒く沈んでいる。
 零は小さく舌打ちする。
「軽い積み替え確認じゃなかったな」
「シール街の時点でもう終わってた」
 ノアの返しは平坦だ。
 だがその平坦さの中に、ちゃんと嫌悪が混じっていることを零は知っている。
 朱璃はレール脇の死体へしゃがみ込むと、躊躇なく手袋越しにタグを裏返した。
「焼けてる」
「見りゃ分かる」
「確認よ」
 朱璃は楽しそうに唇を歪める。
「あと、死体が二つで済んでる匂いじゃない」
「鼻がいいの、こういう時だけありがたくないな」
「褒めてる?」
「してない」
 耳内通信へ、灰堂の声が割り込んだ。
『現着したか』
「した。景気悪い歓迎つきでな」
『主目的は貨物列車の確保だ。積み荷を逃がすな』
「人より貨物、ね」
『貨物が広がれば人が増えて死ぬ』
「毎回思うけど、お前の言い方は腹立つな」
『感想は不要だ』
 灰堂は相変わらずだった。
 だが今回ばかりは、零も完全に否定しきれない。
 この列車が運んでいるのは、ただの違法同期薬じゃない。
 人を壊しながら未来を励起する、街にとって最悪寄りの近道だ。
「零」
 ノアが小さく呼ぶ。
「前方コンテナ列の陰、人が四。うち二は銃」
「残りは」
「歩き方が崩れてる」
「また半壊済みか」
「たぶん」
 零はPX4へ手をかけた。
 十五発。予備三本。背中には1301 Tactical Mod.2。
 今夜は最初から、その両方がいる気配しかしない。
「朱璃」
「なあに」
「死体の解説はあとだ。今は下がってろ」
「善処するわ」
「それ下がらないやつの返事なんだよ」
 ばれている。
 だが今それを言い合っている暇はない。
 コンテナ列の陰から、光が二つ閃いた。
 未来線が走る。
 喉。
 右肩。
 ノアの脇。
 朱璃の足元のレール。
「伏せろ!」
 零が叫ぶより先に、PX4が火を噴いた。
 一発目。
 左の銃口。
 二発目。
 その少し右、手首。
 火花。銃が跳ぶ。男が悲鳴もなくコンテナへ肩からぶつかる。
 同時にノアのPMXが短く鳴る。
 もう一人の銃持ちの肘へ入る。
 そこまでは、人間だった。
 残り二人が、遅れて出てくる。
 作業着姿の搬送員。
 片方は首の注入痕がまだ生々しく、もう片方は右肩から灰色の繊維束みたいなものが浮き上がっていた。
 どちらも、肩が遅れる。
 目だけが先に来る。
「うわ、もう出来上がってる」
「賛成」
 零は三発目を膝へ、四発目を肩へ、五発目を喉へ入れる。
 当たる。
 だが止まらない。
 半壊した搬送員は、足を折られても地面を這うように進む。もう一人は肩の繊維束を震わせながら、コンテナ壁を蹴って妙な角度で飛んできた。
「拳銃じゃ足りねえな」
「あと左から一」
 ノアが言う。
 遅れて、まだ生きていた銃持ちがレールの陰からPX4へ向けて撃ってくる。
 零の視界に線が増える。
 喉。
 膝。
 床の固定ボルト。
 零は半歩だけ沈み、六発目を固定ボルトへ入れた。
 レール脇の作業灯が傾き、銃持ちの視界を塞ぐ。
「助かる」
「まだ」
 ノアの声と同時に、半壊搬送員が飛び込んできた。
 零はPX4を戻す。
 背中のスリングを引く。
 1301 Tactical Mod.2。
 狭いヤードの通路と、コンテナの反響をまとめて握るみたいに銃口を上げる。
「壊すぞ」
「知ってる」
 一発。
 轟音。
 飛び込んできた搬送員の胸が弾ける。灰色の繊維束ごと背中へ抜け、身体がコンテナ壁へ叩きつけられた。
 返す銃口で二発目。
 這ってきた方の顎下。
 頭が後ろへ折れ、ようやく止まる。
 残っていた銃持ちが、逃げるより先に何かを叫んだ。
「発車だ!」
 その瞬間、列車全体が低く唸りを増した。
 レールが鳴る。
 連結部が鳴る。
 巨大な鉄の塊が、ゆっくりと前へ滑り始める。
「うわ、最悪」
 零が吐く。
「いちいちタイミングがいいな」
「悪い方にだけね」
 ノアはすでに端末へ走査をかけていた。
「最後尾近くの冷蔵車両に反応が濃い」
「首謀者か?」
「まだ人間反応」
「その前置きやめろ」
「でも中に半壊反応が四」
「そっちはやめなくていい」
 朱璃が、死体のタグをもぎ取ったまま立ち上がる。
「これ、列車の荷受け側タグよ」
 焦げた認証部の裏に、細い刻印が残っている。
 `QBX-NULL`
 その下。
 `Y-09`
 零の目が細くなる。
「当たりだ」
「でしょ?」
 朱璃は嬉しそうだ。
「つまり、この列車は今夜の正解」
「お前ほんとに当たりを引くと機嫌いいな」
「だって見たくなるもの」
「見終わったら黙ってろよ」
「善処する」
「信用できねえ」
 貨物列車がじわじわ速度を上げていく。
 まだ間に合う。
 だが、もう迷ってる暇はない。
 零はショットガンの機関部を腹の前で斜めへ返した。
 左手がサイドシェルキャリアから散弾を四本まとめて引き抜く。
 二本、二本。
 ローディングポートへ一息に押し込む。
 クアッドリロード。
 乾いた装填音が四つ、夜のヤードへ鋭く続いた。
 ノアが横で言う。
「見せたがり」
「見せてない。間に合わせてる」
「今のは半分見せてた」
「細けえな」
 零はショットガンを背へ戻し、PX4を抜く。
「ノア」
「うん」
「跳ぶぞ」
「知ってる」
「朱璃、お前は下がれ」
「いやよ」
「いやよじゃねえんだよ!」
「だってあなた一回死にかけたじゃない」
「まだ死んでねえよ」
「今はね」
 最低だ。
 だが、こんな時にいつも通り最低なのは、妙に安心もする。
 迅がコンテナ列の陰から低く言った。
「左の保守足場。そこから最後尾に届く」
「助かる」
「勘違いするな。機関を助ける気はない」
「知ってる」
「ガキを運ぶ列車が気に食わないだけだ」
 零は小さく頷く。
 十分だ。
 列車の最後尾が、ちょうど保守足場の前を通り過ぎようとしている。
 コンテナの隙間を縫えば届く距離だ。
「行くか」
「うん」
 ノアが返す。
「最悪の方へ」
「いつも通り」
 零は保守足場を蹴った。
 濡れた金属を踏む。
 レール脇を走る。
 積み上がったパレットを越える。
 その横を、湾岸貨物線の列車が速度を乗せながら滑っていく。
 次の瞬間、零は最後尾車両の手すりへ飛びついた。
 片手で縁を取る。
 反動で身体を持ち上げる。
 その少し後ろで、ノアも別のハシゴへ手をかけた。
 夜の海風が、一気に強くなる。
 貨物列車編が、ようやく本気で始まる。