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第8話

ー/ー



 陽向も、泣きそうになっているのだとわかった。でも泣かなかった。ぐっと唇を結んで、もう一度頭を下げて、自分の席に戻った。



 その背中を見ながら、志保は思った。



 この子は強い。



 一人でいることに慣れたのではなく、一人でも立っていられるように、六年間かけてなったのだと。





 式が終わった後、陽向が歌を歌った。



 プログラムには「卒業の歌」とだけ書かれていた。マイクも伴奏もなく、体育館の中央に立って、一人で歌った。よく知られた歌だった。卒業式でよく歌われる、あの歌。でも、一人の声で歌われると、こんなに違うものなのかと志保は思った。



 合唱ではないから、ハーモニーはない。旋律だけが、体育館の空間を満たした。陽向の声は、最初は少し不安定だったが、だんだんしっかりしてきた。最後のサビのところで、声が一度だけ揺れた。でも止まらなかった。



 歌い終わると、体育館は少しの間、静かだった。



 それからお母さんが、一番最初に拍手をした。




式が終わり、記念撮影が終わり、親族たちが帰っていった。



 最後に残ったのは、陽向と志保だけだった。



 二人で並んで、校庭に出た。桜はまだ固い蕾のままだったが、南向きの一本だけ、先端にわずかに薄紅色が滲んでいた。海からの風が、穏やかに渡ってくる。潮の匂いと、土の匂いが混じっている。



 陽向は上着を脱いで、腕にかけていた。スーツの下のシャツが白くて、春の光を受けていた。



「先生は、次はどこの学校に行くんですか」



 陽向が聞いた。



「まだ決まってないんだ」



「そうなんだ」



 少しの間、沈黙があった。遠くで波の音がした。



「この学校、なくなるんですよね」



「うん」



「建物もなくなりますか」



「しばらくはそのままだけど、いつかはね」



 陽向はまた黙った。桜の蕾を見上げていた。



「でも、あったじゃないですか」



 志保は陽向を見た。陽向は桜の木を見上げたまま、続けた。



「ぼくが六年間いたし、先生も九年いたし。壁の中にも入ってるし。それは、なくならないじゃないですか」



 志保は何も言えなかった。






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 陽向も、泣きそうになっているのだとわかった。でも泣かなかった。ぐっと唇を結んで、もう一度頭を下げて、自分の席に戻った。
 その背中を見ながら、志保は思った。
 この子は強い。
 一人でいることに慣れたのではなく、一人でも立っていられるように、六年間かけてなったのだと。
 式が終わった後、陽向が歌を歌った。
 プログラムには「卒業の歌」とだけ書かれていた。マイクも伴奏もなく、体育館の中央に立って、一人で歌った。よく知られた歌だった。卒業式でよく歌われる、あの歌。でも、一人の声で歌われると、こんなに違うものなのかと志保は思った。
 合唱ではないから、ハーモニーはない。旋律だけが、体育館の空間を満たした。陽向の声は、最初は少し不安定だったが、だんだんしっかりしてきた。最後のサビのところで、声が一度だけ揺れた。でも止まらなかった。
 歌い終わると、体育館は少しの間、静かだった。
 それからお母さんが、一番最初に拍手をした。
式が終わり、記念撮影が終わり、親族たちが帰っていった。
 最後に残ったのは、陽向と志保だけだった。
 二人で並んで、校庭に出た。桜はまだ固い蕾のままだったが、南向きの一本だけ、先端にわずかに薄紅色が滲んでいた。海からの風が、穏やかに渡ってくる。潮の匂いと、土の匂いが混じっている。
 陽向は上着を脱いで、腕にかけていた。スーツの下のシャツが白くて、春の光を受けていた。
「先生は、次はどこの学校に行くんですか」
 陽向が聞いた。
「まだ決まってないんだ」
「そうなんだ」
 少しの間、沈黙があった。遠くで波の音がした。
「この学校、なくなるんですよね」
「うん」
「建物もなくなりますか」
「しばらくはそのままだけど、いつかはね」
 陽向はまた黙った。桜の蕾を見上げていた。
「でも、あったじゃないですか」
 志保は陽向を見た。陽向は桜の木を見上げたまま、続けた。
「ぼくが六年間いたし、先生も九年いたし。壁の中にも入ってるし。それは、なくならないじゃないですか」
 志保は何も言えなかった。