第6幕 その5
ー/ー『七氏のスマホが落ちた! ワイちゃんたちは無事!』
良かった。
「今着くから!」
エレベーターの表示を恨めし気ににらみつつ告げる。
――ピンポーン。
ようやくだ! 一応一階にボタンを押すと、俺はさっきメメ子が言っていた通りに真っすぐ進む。
『メメメ子、や、やめ』
状況は芳しくなさそうだがまだ生きている。頼むメメ子。
共用廊下を直進しながら祈らずにはいられなかった。
すると、なるほど、廊下のコンクリートの柵を登れそうな箇所がある。
汗をぬぐうと柵に手と足を掛けた。ふっと声を出し何とか這い上がる。
相変わらず蝉の大合唱だ。今はそれを応援にとでも思うことにして、屋上の縁に手を掛けた。
『ちょ、待って! 七氏ちゃん――』
『いや嫌嫌嫌』
どうにかへばり付くようにして屋上を窺う――いた。
メメ子と七氏は右手にいた。ほぼ端だ。
暴れる七氏を何とかメメ子が抑えようとしている。さすがに腕をひねり上げることはしていないようだ。
とはいえこのままでは――と、メメ子が顔を動かしこちらを一瞥した。つられて七氏もこちらを振り返った。
しばし見つめ合ってしまう。
「なな何いや嫌嫌嫌」
新たな闖入者に七氏が拒否反応を示した。そして屋上の端へタックルした。
が、パキっているからだろう、七氏は足をもつれさせて態勢を大きく崩す。その先には何もない――落ちる!?
考えるより前に俺の体は動いていた。全力で体を屋上へと持ち上げる。歯がギリリと鳴った。
メメ子も察して空中を背後に、七氏を正面から抱きとめようとする。
だがパキっている七氏の全体重がメメ子を襲う。メメ子が一歩下がった。それでは力を相殺しきれずもう一歩下がった。
だがしかし、そこに日光に熱されたコンクリート床はなかった。
俺が屋上に体を引き上げたのとほぼ同時だった。
今度は大きくバランスを崩したメメ子が、後ろ向きに転ぶように、驚愕の表情を浮かべ――落下が始まる!
メメ子が体を反っていく。
空中では受け身もできない。
クソッ、間に合わない!!
『だだ駄目!!』
七氏だった、メメ子の腕を掴んだのは。メメ子の右手を両手でしっかりと握っていた。
が。
メメ子の足元には床がなかった。
落下は止まらない。
メメ子は足から下へ落ちていく。踏ん張る七氏。
俺は床を蹴った。
「ダメだよ、七氏ちゃん! 二人とも落ちちゃう」
「いや嫌嫌嫌ああああ!!!」
二人までは十メートルはある。
間に合え!
だが現実は残酷だった。パキっている七氏がメメ子の体重を支えられる訳もなく、ずるずるとメメ子の体が見えなくなる。
畜生!
間に合わない!
二人とも落ちる!
どうする!? 何か手は!? "気付けよ"俺!
気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け――
左視界には何もない。
メメ子も七氏もお互いの手と腕を必死に掴んでいるが、ゆっくり七氏が引きずれていく。もうメメ子の顔は見えない。
気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け。気付け――
右視界にはタンクくらいしかない。あとは――
――気付く。
そうだ。気付いたなら! "気付かせろ!"
「メメ子下だ! 信じろ! 手を離せえええええ!!!!」
絶叫する。
それは蝉の爆音の中、やけにハッキリと聞こえた。
「……大好き」
メメ子の手から力が抜けたのが分かった。
支えきれなくなった七氏の手を、メメ子の腕がすり抜けていく。
「――――」
七氏が何か声にならない悲鳴を上げる。見えない表情が浮かぶようだった。
ブチィィィィバキバキバキバキバキ……パキ。木が裂ける音。次いでパァァァンと何かが弾ける音と鈍い音が聞こえた。
あと残り三メートル。
飛ぶ。
七氏の肩を掴んだ! やや強引に後ろに引っ張る。これで彼女が落ちる心配はない。
「めめめメメ子が……いや嫌嫌嫌ああああああ」
頭を抱えて発狂寸前といった様子の七氏に、俺は自分の右手のスマホを見せつけた。
画面は木の枝だらけだ。そしてその先に毛布の端を掴んだ人達が映っている。しかしその毛布は二つに別れていた。千切れていた。その奥はは植え込みで見えなかった。
「うおおおおお木とケツちょー痛てえー!」
――千切れた毛布のその狭間に彼女はいた。ピントのぼけたその画面の中央に。
メメ子。君はいらない子なんかじゃないさ。
「ワイちゃん"世界"に愛されてるぅー」
そう言ってメメ子は屋上に向けて手を振った。目線を屋上から地上へと移し、俺も手を振る。
そうさ、こんなにもSEKAI、いや"世界"に愛されてる。
よくよく見ればさっきのタクシーのおっちゃんがいた。またいかにも『病み』な女の子もいる――もしかしてコミュの子か?
全く「あとで一杯おごらせろ!」(BY ソル・バッドガイ)だな。ってか、多分ポンちゅ~さんが呼んだんだろな。
「えっと、あの、初めまして……ぜぇぜぇ……青ちゅ~って言います。何て言うかちょっと話してやってくれませんか。メメ子と」
アドリブは苦手だ。思ったままに伝える。
「死ぬのはそこまで止めないけどさ、でもメメ子と話してから決めてくれませんか。あんなに喜んでる」
まだ飛び降りを少し警戒しながら、ゆっくり七氏に直接地上を見るように促す。
切れた電線、折れた街路樹。千切れた毛布。折れた枝と植え込み。何となく理解する。ナイス空手有段。って野次馬がもう。
よろよろとメメ子は立ち上がったようだ。乱れに乱れたらしき髪が解る。服はボロボロ、何か出血してねえか?
蝉しぐれ全開の中、それでもガッツポーズを上げて全力の声と笑顔でメメ子は叫んだ。
「ワイちゃん! スティル! アライブ!」
それから幾日か俺はメジコンODを繰り返していた。
ヘラっているわけじゃない。ちょっとしたいことがあったのだ。
とはいえ簡単に成功はせず、四回目の挑戦でついに俺は来たかった場所にいた。
いや、来たかったでは語弊がある。会いたかったのだ。
メジコンの閉眼幻覚が見せる白い部屋。白い机に白い椅子白いベッド。小さな窓。
部屋の隅に目当ての人物はいた。幼い俺がいた。ぬいぐるみのちびくまちゃんを抱いてうつむいている。
「よう」
何とはなしに声を掛ける。と言っても、俺のボディはなく幽体なのだが。
少年の俺は何も言わない。
進めと念じると幽体が進んだ。肉薄するまで近づいた。
「ホントにごめんな。ずっと気付かないふりしてて。さみしかったろ? 苦しかったろ?」
抱きしめたいがボディがない。それでも俺は目を閉じたまま、幼き自分を抱きしめるように腕を回した。
「ごめんな。でも俺は君を手放すから……少しずつだけど。また何度も来るだろうけど……それでも……」
あとは沈黙だった。ただ少年の俺がちびくまちゃんを少しぎゅっとやった気がした。
<第6幕 スティル・アライブ――閉幕>
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。