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第6幕 その4

ー/ー



 スギ薬局を通り過ぎると、遠くにいくつかマンションが見えてきた。

 屋上に人がいるかはわからない。野次馬らしき人だかりもない。だが、配信で見た外壁と高さに該当するマンションは一つ。

 胸が高鳴る。さっきまで喋っていた皆も黙っている。

 ふとメメ子を見ると祈るように胸を抱いていた。

「ビンゴだ」

 タクシー内から四方を見渡す。

 アクトタワーの角度、スギ薬局の位置、マンションの外壁、配信で映ったのに似た街路樹、全て一致する。

『やったねぇ』

「うんー!」

 該当マンション前にタクシーが停車する。

「「ありがとうございました!」」

 おっちゃんがドアを開ける前に自分で開けながら一礼する。

「お礼絶対しますから!!」

「――あ、おい。ちょ――」

 名前は覚えておいたから大丈夫だろう、運ちゃんには悪いが速攻下車して辺りを窺う。

 マンション――当然オートロックだ。

『警察呼ぶねぇ』

「ナイス。こっちはオートロックで不法侵入するしか」 

 まあ緊急時だが。

『あとはひたすらピンポンして説明して、だね』

 相変わらず冷静なポンちゅ~さん。確かにそれもありだ。

「ねぇ、あっちー」

 メメ子が指さす――非常用の階段だ! 侵入防止の柵がされているが三階までしかされていない!

「いくか……」

 メメ子の目をじっと見る。こくりと頷いた。「急ご」

 ダッシュで非常階段へ。途中配信をチラ見するが目立った動きはない。マンションの遠方からも見えなかったから屋上の隅にはいないようだ。

 真下からじっと侵入防止の柵を見上げると、三階は思ったより高かった。ついでに数えるとマンションは十二階建てだった。つまり十三階分の高さか。ケガじゃ住まない。

「先行くねー」

 ひょいひょいと身軽な動作でメメ子が昇っていく。空手有段は伊達じゃなかった。

 俺も柵を掴むと運動不足の体を持ち上げる。思ったよりキツい。ワン動作で汗がにじんだ。

「先行ってるよー」

 声のする方を振り返ると、メメ子はもう四階にいた。

「……あ、エレベーター! 四階に戻しといて!」

 思い付いて下から声を上げた。

「りょー」

 言葉を残してメメ子は通路へと消えた。

「配信変化あった?」

 スピーカーにしたズボンのスマホに向かって声を張る。

『なし』『ないよぉ』「ないー」

 柵を取っ手替わりにしがみつきながらゆっくり登っていく。セミみたいだなと皮肉が浮かんだ瞬間、蝉しぐれを思い出し顔をしかめた。汗が頬をいくつも伝わり、外壁に着いた土埃が鼻をついた。

 これほど運動不足と不摂生を呪ったのは初めてだ。奥歯が潰れそうだった。

 どうにか四階にたどり着く。すぐスマホを取り出す。

「どうなってる?」

『今……着くよ!』

 メメ子が言う。十二階か。当然屋上への扉などは閉まっているだろう。十二階からなんとか屋上へ登れるといいが。

『ピンポーン』

 エレベーターが到着したようだ。

「どっか登れそう?」

『んーちょっと待って』

 止まって待つわけもなく急いでメメ子が消えた方のエレベーターを探す。あった。階数表示は十階を示したまま止まっている。

「クソッ」

 毒づく。ついついボタンを連打してしまう。誰か乗ってる。

『登れそうだよ!』

「どっちにある?」

『んと、エレベーター出て真っすぐで左手に……よいしょっと』

 一向に進まない表示パネルを片目に、配信を眺めると、七氏が何やら唸るような声で呼びかけている。

『し……しに……しにま――』

 画面が大きく縦に振動した。立ち上がったのか。マズいか。

 エレベーターは七階を過ぎたところだ。恐らく一度一階まで下りるだろう。時間が掛かる。

 いっそ階段か? クソッ、どっちだ。どっちが早い……メメ子は――

『七氏ちゃん!!』

 やや遅れて『七氏ちゃん!!』と配信からも聞こえてくる。間に合った!

『……だ、だれ……メ、メ子……?』

『うん! そうだよ!』

『な、んで……』

『友達じゃん!』

 エレベーターが目の前をゆっくり通り過ぎていく。

 七氏は右手で頭を押さえている。話さない。眼の動きからすると、考えているのだろうか。

 画面がシェイクでもしたようにブレた。

『こない! でえ!』

 呂律の回っていない舌で七氏が言い放つ。メメ子が近づいたらしい。配信には七氏の顔くらいしか映っていない。

『デデデス、子は……死んだの!』

 七氏の声にドキリとした。七氏とデス子は……友達、なのか。

『だだから! あたししも……』

『……これ、見て七氏ちゃん』

『…………?』

 カメラは七氏しか映していないが、メメ子が何かしてる?

『このリスカ――デス子の思い出なんだ。お墓なんだ』

 俺としたあの時のリスカ?

『七氏ちゃんも、しよ? デス子を、忘れないために……デス子を誰かが覚えて……あげ、ないと』

 後半は涙交じりの声だった。

 ようやくエレベーターが一階に到着した。頼む、誰も乗ってくるな。乗ってきたらエレベーター脇にある階段にするしかない。

『ででも』

『話聞くよー』

 優しく諭すようにメメ子が語り掛けている。

 エレベーターは一階に到着してほどなくして上ってきた。これなら誰も乗っていないだろう。

『…………』

 七氏は答えない。蝉の大合唱の中、沈黙が支配する。

 ――ピンポーン

 沈黙を切り裂いてエレベーターがついに到着した。誰もいない。急いで乗り込むと右手で『閉』ボタンを連打しながら、左手で最上階のボタンを押す。

 カメラがメメ子を捉えた。距離は目算約五メートル。メメ子がゆっくりと一歩前に踏み出す。

 しかし七氏は一歩下がったようだ。七氏が端まで何メートルの位置かわからない。クソッ、警察はまだか。

『……ダメ? かなー』

『わわわかんない!』

 錯乱したように強く七氏が叫んだ。

 レスタミンを大量にODしているとなると、何を話しているかわからなくなる――短期記憶ができなくなったり、失語症のようになったりもする。簡単に言えば会話が難しい。

『そ、そっちは!!』

 ヤバい、七氏が屋上の縁まで向かっている可能性が高い。

『七氏ちゃん! お願い話そ!!』

 配信画面のメメ子が『こちら』へ向かってくる。カメラは揺れている。

 ――ザーーーーッ。

 画面が激しく振動しノイズが走った。何だ。

『お、落ち着いてぇ』

 場違いなふんわり凜々花ヴォイス。ポンちゅ~さんは黙っている。何か動いていてくれているのかもしれない。

 ようやく画面が認識できるレベルになる。メメ子が七氏を掴んでいる。至近距離の画面。

『や、やめ――』

 また配信が乱れた。と――ザーザーッとノイズ交じりに画面に空が映った。

 一瞬間があってドガッと音が聞こえた。画面には茶色い壁と木と道路。

「どうした!?」




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 スギ薬局を通り過ぎると、遠くにいくつかマンションが見えてきた。
 屋上に人がいるかはわからない。野次馬らしき人だかりもない。だが、配信で見た外壁と高さに該当するマンションは一つ。
 胸が高鳴る。さっきまで喋っていた皆も黙っている。
 ふとメメ子を見ると祈るように胸を抱いていた。
「ビンゴだ」
 タクシー内から四方を見渡す。
 アクトタワーの角度、スギ薬局の位置、マンションの外壁、配信で映ったのに似た街路樹、全て一致する。
『やったねぇ』
「うんー!」
 該当マンション前にタクシーが停車する。
「「ありがとうございました!」」
 おっちゃんがドアを開ける前に自分で開けながら一礼する。
「お礼絶対しますから!!」
「――あ、おい。ちょ――」
 名前は覚えておいたから大丈夫だろう、運ちゃんには悪いが速攻下車して辺りを窺う。
 マンション――当然オートロックだ。
『警察呼ぶねぇ』
「ナイス。こっちはオートロックで不法侵入するしか」 
 まあ緊急時だが。
『あとはひたすらピンポンして説明して、だね』
 相変わらず冷静なポンちゅ~さん。確かにそれもありだ。
「ねぇ、あっちー」
 メメ子が指さす――非常用の階段だ! 侵入防止の柵がされているが三階までしかされていない!
「いくか……」
 メメ子の目をじっと見る。こくりと頷いた。「急ご」
 ダッシュで非常階段へ。途中配信をチラ見するが目立った動きはない。マンションの遠方からも見えなかったから屋上の隅にはいないようだ。
 真下からじっと侵入防止の柵を見上げると、三階は思ったより高かった。ついでに数えるとマンションは十二階建てだった。つまり十三階分の高さか。ケガじゃ住まない。
「先行くねー」
 ひょいひょいと身軽な動作でメメ子が昇っていく。空手有段は伊達じゃなかった。
 俺も柵を掴むと運動不足の体を持ち上げる。思ったよりキツい。ワン動作で汗がにじんだ。
「先行ってるよー」
 声のする方を振り返ると、メメ子はもう四階にいた。
「……あ、エレベーター! 四階に戻しといて!」
 思い付いて下から声を上げた。
「りょー」
 言葉を残してメメ子は通路へと消えた。
「配信変化あった?」
 スピーカーにしたズボンのスマホに向かって声を張る。
『なし』『ないよぉ』「ないー」
 柵を取っ手替わりにしがみつきながらゆっくり登っていく。セミみたいだなと皮肉が浮かんだ瞬間、蝉しぐれを思い出し顔をしかめた。汗が頬をいくつも伝わり、外壁に着いた土埃が鼻をついた。
 これほど運動不足と不摂生を呪ったのは初めてだ。奥歯が潰れそうだった。
 どうにか四階にたどり着く。すぐスマホを取り出す。
「どうなってる?」
『今……着くよ!』
 メメ子が言う。十二階か。当然屋上への扉などは閉まっているだろう。十二階からなんとか屋上へ登れるといいが。
『ピンポーン』
 エレベーターが到着したようだ。
「どっか登れそう?」
『んーちょっと待って』
 止まって待つわけもなく急いでメメ子が消えた方のエレベーターを探す。あった。階数表示は十階を示したまま止まっている。
「クソッ」
 毒づく。ついついボタンを連打してしまう。誰か乗ってる。
『登れそうだよ!』
「どっちにある?」
『んと、エレベーター出て真っすぐで左手に……よいしょっと』
 一向に進まない表示パネルを片目に、配信を眺めると、七氏が何やら唸るような声で呼びかけている。
『し……しに……しにま――』
 画面が大きく縦に振動した。立ち上がったのか。マズいか。
 エレベーターは七階を過ぎたところだ。恐らく一度一階まで下りるだろう。時間が掛かる。
 いっそ階段か? クソッ、どっちだ。どっちが早い……メメ子は――
『七氏ちゃん!!』
 やや遅れて『七氏ちゃん!!』と配信からも聞こえてくる。間に合った!
『……だ、だれ……メ、メ子……?』
『うん! そうだよ!』
『な、んで……』
『友達じゃん!』
 エレベーターが目の前をゆっくり通り過ぎていく。
 七氏は右手で頭を押さえている。話さない。眼の動きからすると、考えているのだろうか。
 画面がシェイクでもしたようにブレた。
『こない! でえ!』
 呂律の回っていない舌で七氏が言い放つ。メメ子が近づいたらしい。配信には七氏の顔くらいしか映っていない。
『デデデス、子は……死んだの!』
 七氏の声にドキリとした。七氏とデス子は……友達、なのか。
『だだから! あたししも……』
『……これ、見て七氏ちゃん』
『…………?』
 カメラは七氏しか映していないが、メメ子が何かしてる?
『このリスカ――デス子の思い出なんだ。お墓なんだ』
 俺としたあの時のリスカ?
『七氏ちゃんも、しよ? デス子を、忘れないために……デス子を誰かが覚えて……あげ、ないと』
 後半は涙交じりの声だった。
 ようやくエレベーターが一階に到着した。頼む、誰も乗ってくるな。乗ってきたらエレベーター脇にある階段にするしかない。
『ででも』
『話聞くよー』
 優しく諭すようにメメ子が語り掛けている。
 エレベーターは一階に到着してほどなくして上ってきた。これなら誰も乗っていないだろう。
『…………』
 七氏は答えない。蝉の大合唱の中、沈黙が支配する。
 ――ピンポーン
 沈黙を切り裂いてエレベーターがついに到着した。誰もいない。急いで乗り込むと右手で『閉』ボタンを連打しながら、左手で最上階のボタンを押す。
 カメラがメメ子を捉えた。距離は目算約五メートル。メメ子がゆっくりと一歩前に踏み出す。
 しかし七氏は一歩下がったようだ。七氏が端まで何メートルの位置かわからない。クソッ、警察はまだか。
『……ダメ? かなー』
『わわわかんない!』
 錯乱したように強く七氏が叫んだ。
 レスタミンを大量にODしているとなると、何を話しているかわからなくなる――短期記憶ができなくなったり、失語症のようになったりもする。簡単に言えば会話が難しい。
『そ、そっちは!!』
 ヤバい、七氏が屋上の縁まで向かっている可能性が高い。
『七氏ちゃん! お願い話そ!!』
 配信画面のメメ子が『こちら』へ向かってくる。カメラは揺れている。
 ――ザーーーーッ。
 画面が激しく振動しノイズが走った。何だ。
『お、落ち着いてぇ』
 場違いなふんわり凜々花ヴォイス。ポンちゅ~さんは黙っている。何か動いていてくれているのかもしれない。
 ようやく画面が認識できるレベルになる。メメ子が七氏を掴んでいる。至近距離の画面。
『や、やめ――』
 また配信が乱れた。と――ザーザーッとノイズ交じりに画面に空が映った。
 一瞬間があってドガッと音が聞こえた。画面には茶色い壁と木と道路。
「どうした!?」