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第6幕 その3

ー/ー



 揺れている。

 風がごうごうと吹いている。

 マスクをした少女が映る。

「―――――」

 少女が口を開いたのがマスク越しでも分かった。

 だが声は風に阻まれて聞こえない。

 揺れている。

 少女の瞳はどこか虚ろ気だ。

 怒り、悲しみ、絶望――あらゆる負の感情を混ぜた灰色じみた瞳だった。

「……七氏……」

 メメ子が呟く。

 エンカしたことがあるそうだが七氏とメメ子のKANKEIはどんななのだろう。

 画面に空が映る。サイレース色の空と入道雲――天と大地の密室。

 揺れている。

 と――配信画面が乱れた。風音とガサゴソと七氏が何かしている音がする。

「えっ」

 思わずメメ子と顔を見合わせた。画面は明らかに地面を映している――マズいか!?

「通話!」メメ子を指さす。

「えっ?」

「呼びかけて! ブロックされてるん!?」

「う、うん」

 素早くスマホを操作して音声通話をタップするメメ子。

 それを横目に画面を見やる。地面と建物の外壁が見える。マンションか。高さは……十階はありそうだ。死ななくても重傷を負うだろう。死ぬより地獄を見るかもしれない。

『壁の色、茶色だね』

 冷たいポンちゅ~さんの声。確かにそうだ。

 お前も冷静に考えろ、俺。外壁が茶色の十階はあるマンションだ。地面には街路樹があった。貴重な情報だ。

「で、出ないよ!」

 クソッ。通話は駄目だ。

「コメントは?」

 苦々しい。

「さっきからしてるけど、たぶん読んでないよ……」

「誰かなんか考えは?」

 沈黙が支配する。風音が鳴っている。

 駄目だ。まだ情報が足りない。総当たりで探し当てることは不可能ではないかもしれないが、時間がない。

『ねぇ! DM来たよぉ』

 黙っていた凜々花が声を上げた。

「誰から? 何の?」

『コミュの子! えっとぉ……七氏ちゃんと会ったことはないけど、その子はさっきのスクショが自分の家の近くかもだってぇ!』

 隣のメメ子が少し跳ねた。

「住所は!?」

『浜松市……よ、読めないよぉ』

「コピペして!」

『うんぅ』

 やや間があって住所が貼られる。すぐに検索をかける。

「そりゃこっから北東だ」

 運転手のおっちゃんが力強く言う。

「ほ、本当ですか? 向かってください!」

「任せな」

 検索で出た住所からすぐにグーグルアースに飛ぶ。クソッちょっと重いな。ついタップを連打してアクトシティの映る場所を探す……あった。

「みんなこれ見て!」

 スクショした画面を貼る前に口が動いていた。すぐに既読が付く。小さな配信画面はまだ地面を映している。

『ホントだね。アクトの角度が似てる』

「えっとー、場所が近いってことだよね?」

「そう。かなり絞り込まれた」

『そうだね。大丈夫』

 こちらの焦りを察したようにポンちゅ~さん。ホントなんでポン中なんだよ……。

 だがその声に、俺は少し冷静さを取り戻す。

 そうだ。市内のコミュの子の家の周辺というのが確定した。

「ポンちゅ~さん」

『何?』

「その住所の周辺で、茶色くて十階くらいはあるマンションで、街路樹があるようなのをグーグルアースで探してピックアップして」

『んーそれしかないか』

『わ、私はぁ?』

「配信観て何か周辺の建物映ったらスクショしてくれる?」

『わ、わかったぁ』

 二人に指示し、一呼吸してメメ子を見る。

「大丈夫。大丈夫」

「うん」

 自分に言ってんだか彼女に言ってるんだがわからないな、と自嘲気味に考える。少し余裕が出てきたじゃないか。

 信号機で止まっていたタクシーが動き出した。スマホのバッテリーは問題ない。

「こ、コンビニとか映らないかな?」

「確かに」

 そうだ。あと一つ、あと一つで辿り着けそうだ。

 静かに揺れるタクシーの中でメメ子と二人で祈るように配信を観る。画面は今再び、七氏を映している。

「――――」

 七氏は何かを呟いているが、呂律の回らぬ声がマスクに阻まれて聞き取れない。

 確実にレスタミンをオーバードーズしているからだ。しかも呂律が回らぬとなるとかなりの量だ。

 正直怖いのはふらつきだ。さっきのように屋上の縁まで行ってよろめいて落ちる可能性はゼロではない。

 ただこれだけの量を飲んでいるとなると、「寝落ち」も無くはない。勿論それにすがるつもりはさらさらないが。

 画面が上下に動く。座っていたらしい七氏が立ち上がったようだ。やはりその動作は頼りない。

「あと五分くらいで着くよ」

 おっちゃんが振り返って言う。五分か。そっから探すとなると、何分かかるか。

 何か。何か手はないか。考えろ。眼を閉じて黙考する。

 クソッ。考えろ。考えろ。

 コミュの子の家の近く。だがその周辺半径がどれほどか。警察もまだとなると七氏の実家はわからないが、その近くではない。そして恐らくまだ野次馬も現れていない。誰にも気付かれていない。画面はすぐそこにあるのに。どうする? やはりあと一つ何かあれば決め手となるのに!

 と――。

「何か見えた!」

 メメ子が歓喜の声を上げる。すぐ画面を見るが空しか見えない。

「何が見えた?」

「緑っぽい建物! 濃い緑!」

 それってつまり――。

「スギ薬局だー」『スギじゃないぃ?』

 マジか。

 無言のポンちゅ~さんがスクショを貼ってくれる。確かにこの濃い緑色はスギ薬局じゃないか?

 すぐさまコミュの子の家の周辺のスギ薬局を検索にかける。

 あった。しかも該当するのはただ一店。

「スギ薬局〇×店に向かってください!」

「おう」

『待って』

 ポンちゅ~さんがそれを止める。

「? どうしてー?」

『見つけたよ。多分このマンション』

 低音の宝塚ボイスがタクシー内に響いた。




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 揺れている。
 風がごうごうと吹いている。
 マスクをした少女が映る。
「―――――」
 少女が口を開いたのがマスク越しでも分かった。
 だが声は風に阻まれて聞こえない。
 揺れている。
 少女の瞳はどこか虚ろ気だ。
 怒り、悲しみ、絶望――あらゆる負の感情を混ぜた灰色じみた瞳だった。
「……七氏……」
 メメ子が呟く。
 エンカしたことがあるそうだが七氏とメメ子のKANKEIはどんななのだろう。
 画面に空が映る。サイレース色の空と入道雲――天と大地の密室。
 揺れている。
 と――配信画面が乱れた。風音とガサゴソと七氏が何かしている音がする。
「えっ」
 思わずメメ子と顔を見合わせた。画面は明らかに地面を映している――マズいか!?
「通話!」メメ子を指さす。
「えっ?」
「呼びかけて! ブロックされてるん!?」
「う、うん」
 素早くスマホを操作して音声通話をタップするメメ子。
 それを横目に画面を見やる。地面と建物の外壁が見える。マンションか。高さは……十階はありそうだ。死ななくても重傷を負うだろう。死ぬより地獄を見るかもしれない。
『壁の色、茶色だね』
 冷たいポンちゅ~さんの声。確かにそうだ。
 お前も冷静に考えろ、俺。外壁が茶色の十階はあるマンションだ。地面には街路樹があった。貴重な情報だ。
「で、出ないよ!」
 クソッ。通話は駄目だ。
「コメントは?」
 苦々しい。
「さっきからしてるけど、たぶん読んでないよ……」
「誰かなんか考えは?」
 沈黙が支配する。風音が鳴っている。
 駄目だ。まだ情報が足りない。総当たりで探し当てることは不可能ではないかもしれないが、時間がない。
『ねぇ! DM来たよぉ』
 黙っていた凜々花が声を上げた。
「誰から? 何の?」
『コミュの子! えっとぉ……七氏ちゃんと会ったことはないけど、その子はさっきのスクショが自分の家の近くかもだってぇ!』
 隣のメメ子が少し跳ねた。
「住所は!?」
『浜松市……よ、読めないよぉ』
「コピペして!」
『うんぅ』
 やや間があって住所が貼られる。すぐに検索をかける。
「そりゃこっから北東だ」
 運転手のおっちゃんが力強く言う。
「ほ、本当ですか? 向かってください!」
「任せな」
 検索で出た住所からすぐにグーグルアースに飛ぶ。クソッちょっと重いな。ついタップを連打してアクトシティの映る場所を探す……あった。
「みんなこれ見て!」
 スクショした画面を貼る前に口が動いていた。すぐに既読が付く。小さな配信画面はまだ地面を映している。
『ホントだね。アクトの角度が似てる』
「えっとー、場所が近いってことだよね?」
「そう。かなり絞り込まれた」
『そうだね。大丈夫』
 こちらの焦りを察したようにポンちゅ~さん。ホントなんでポン中なんだよ……。
 だがその声に、俺は少し冷静さを取り戻す。
 そうだ。市内のコミュの子の家の周辺というのが確定した。
「ポンちゅ~さん」
『何?』
「その住所の周辺で、茶色くて十階くらいはあるマンションで、街路樹があるようなのをグーグルアースで探してピックアップして」
『んーそれしかないか』
『わ、私はぁ?』
「配信観て何か周辺の建物映ったらスクショしてくれる?」
『わ、わかったぁ』
 二人に指示し、一呼吸してメメ子を見る。
「大丈夫。大丈夫」
「うん」
 自分に言ってんだか彼女に言ってるんだがわからないな、と自嘲気味に考える。少し余裕が出てきたじゃないか。
 信号機で止まっていたタクシーが動き出した。スマホのバッテリーは問題ない。
「こ、コンビニとか映らないかな?」
「確かに」
 そうだ。あと一つ、あと一つで辿り着けそうだ。
 静かに揺れるタクシーの中でメメ子と二人で祈るように配信を観る。画面は今再び、七氏を映している。
「――――」
 七氏は何かを呟いているが、呂律の回らぬ声がマスクに阻まれて聞き取れない。
 確実にレスタミンをオーバードーズしているからだ。しかも呂律が回らぬとなるとかなりの量だ。
 正直怖いのはふらつきだ。さっきのように屋上の縁まで行ってよろめいて落ちる可能性はゼロではない。
 ただこれだけの量を飲んでいるとなると、「寝落ち」も無くはない。勿論それにすがるつもりはさらさらないが。
 画面が上下に動く。座っていたらしい七氏が立ち上がったようだ。やはりその動作は頼りない。
「あと五分くらいで着くよ」
 おっちゃんが振り返って言う。五分か。そっから探すとなると、何分かかるか。
 何か。何か手はないか。考えろ。眼を閉じて黙考する。
 クソッ。考えろ。考えろ。
 コミュの子の家の近く。だがその周辺半径がどれほどか。警察もまだとなると七氏の実家はわからないが、その近くではない。そして恐らくまだ野次馬も現れていない。誰にも気付かれていない。画面はすぐそこにあるのに。どうする? やはりあと一つ何かあれば決め手となるのに!
 と――。
「何か見えた!」
 メメ子が歓喜の声を上げる。すぐ画面を見るが空しか見えない。
「何が見えた?」
「緑っぽい建物! 濃い緑!」
 それってつまり――。
「スギ薬局だー」『スギじゃないぃ?』
 マジか。
 無言のポンちゅ~さんがスクショを貼ってくれる。確かにこの濃い緑色はスギ薬局じゃないか?
 すぐさまコミュの子の家の周辺のスギ薬局を検索にかける。
 あった。しかも該当するのはただ一店。
「スギ薬局〇×店に向かってください!」
「おう」
『待って』
 ポンちゅ~さんがそれを止める。
「? どうしてー?」
『見つけたよ。多分このマンション』
 低音の宝塚ボイスがタクシー内に響いた。