グリーンサラダ
ー/ー 渋谷駅で降り、待ち合わせた道玄坂のイタリアンバルで孔明たちは和真の先輩と落ち合った。
孔明はそつなく上座に和真とその先輩を勧め、入り口側の席に都と座る。
しかたなく上座側に座る和真は、居心地が悪そうだ。
テーブルに案内されると、和真の先輩が待ってましたとばかり名刺を孔明に差し出した。
「大井海星と申します」
名刺を差し出され、少し孔明は驚いたように目を見開く。
「どうも」
それを受け取ると一瞥してテーブルに置いた。
それから、ジーンズのポケットに手をやり、困った顔をする。
見かねた都が、「バッグ」とささやく。
サンキューと孔明は肩からバッグを降ろし名刺ケースを取り出した。
「はい、樋浦孔明です」
中から一枚抜き取り、雑に指に挟んで名刺を差し出し、
「宜しく」
と笑顔で右手を差し出した。
驚いた大井海星だが、つられてその手を握り返した。
孔明が満足げに微笑み、どうぞと着席を促した。
料理が運ばれ、口火を切ったのは大井海星だった。
「偏見なんでしょうが」
と海星。
「外資にお勤めというと、皆さん帰国子女と考えてしまうんですよ」
みんなそう思ってるよね、と孔明がにこやかに応じた。
「確かにウチにも居ますよ帰国子女。この子もそうだし」
と都を指す。
驚いたのは和真だった。
「え、都ちゃんそうだったの」
「はい。大学入試の為にママと弟と帰ってきました」
これ美味しい、とランチプレートのサラダに夢中だ。
父親が石油系プラントのエンジニアだったため、中東に長かったと話す。
「こう見えて都ちゃん、トリリンガル。ボクなんかの話よりよっぽど為になるよ」
「英語圏じゃなくてもいいんだ」
海星が意外だなぁと都を見た。
都は慌てて水を飲み、口を空にして答える。
「為になるわけ、ないじゃないですか」
もう、余計なこと言わないでくださいと孔明を睨む。
「日本人学校に通ってたし、大学から日本だから留学経験者に比べたら全然ダメですよ」
やっぱり海外経験は大人になって行った人の方が吸収できること多いと思います、と都は海星に言った。
「暮らしていると、それが当たり前だから何も考えずに生活してましたから。それに大した経験してませんし」
なるほどと、海星は頷く。
「樋浦マネージャーはオーストラリアに留学されたと和真から聞きましたけど、なぜIT先進国のアメリカを選ばなかったんですか」
聞かれた孔明は、「失礼」と言って口に入れたサラダを咀嚼し水で流し込む。
「学費と生活費が安かったから。ボクの話は、参考にならないと思うよ」
そう言って、孔明はにこっと笑った。
「そんなことないですよ。是非、お聞きしたい」
海星は、フォークを手に取り、ランチに手を付ける。
「大学の学費って、確かにアメリカはバカ高いって聞きました」
釣られたのか、海星も笑顔になる。
「アメリカはね。ボクが通った学校はそこまでじゃないよ。それに、学歴無いから、必死だったよ」
それを聞いた海星が一瞬和真を見る。
「高校を中退だとお聞きしたんですが、豪州の大学って中卒でも入れるんですか」
それを聞いて、和真がぎゅっと目を閉じた。
「いや、入れないよ」
孔明は答えながら適当に皿の上の野菜を、器用にナイフを使ってフォークで刺している。
「ボクは入学の為に大学付属の高校に入りなおしたから」
フォークの野菜がいいサイズになったところで、口に入れる。
しゃくしゃくと新鮮な野菜の噛み砕かれる音がする。
「え? じゃあ都合何年かかったんですか卒業まで」
「んと、高校で1年だから、大学入れるとトータル六年かな」
ほんとここの野菜うまいね、と都に言い野菜にフォークを刺していく。
「大学行けば、半分ですよ。もったいないなぁ」
と頭を捻りながら、海星は自分のランチにようやく手をつけた。
「そんなに、語学に時間はかけられないかなぁ僕は」
口に合わないのか、ルッコラを半分に咬み切り残りのサラダに戻した。
「だから言ったでしょ。ボクの話は参考にならないって」
サラダを完食した孔明はハンバーグにフォークを刺し、ナイフで切り分ける。
「でも、行けば喋れるようになるんですね、やっぱり」
海星は納得したようにうなずく。
「そんなことは無いけど、喋れるようにはなるかな。死活問題だからね。話せないと死んじゃう」
ですよね、と海星は話を合わせハンバーグをあっという間に完食した。
「それで、今の地位でしょ。悪く無い」
「それはどうも」
と孔明がウインクで返す。
「大井さんは立派な大学出ているから、TOEICスコア800点以上取れば充分だとボクは思うな」
立派な大学、というのを聞き大井海星がひきつったような笑みを浮かべる。
それからサラダからレタスを拾い食いし、満足したのか皿の上にフォークとナイフを並べて置いた。
「実際喋れるかというより、喋れそうって思わせるのが大事なんですよね」
孔明を見つめたまま、海星はそう言うとナプキンで口を拭った。
「そうだね。実際ウチも外資と言いながらクライアントは日本人だから公用語は日本語だし」
と水を一口飲み、
「会議で使う事はほとんど無いもんな、和真」
「え? ああそれは……」
急に話を振られ和真が焦る。
海星は薄笑いを浮かべ、和真に目をやり、
「じゃぁ、今年中にTOEICスコア取れば書類審査は通るってことですか」
と孔明に戻す。
「うん。ウチに限らず、外資なら条件満たしていれば一次は通るよ」
ナプキンで口を拭い、
「頑張って」
とほほ笑んだ。
店を出て、海星を見送った和真がすまなそうな顔で孔明に頭を下げた。
「すみません。嫌な思いさせて」
「和真、そんな顔をしない。大井さんの言ってる事、間違ってないし、君が謝る必要もない」
しかし都は気に入らないようだ。
「いーえ、気分悪いです。ヒュウマネのこと中卒扱いするし、何の話に来たのって感じ。御園生さんと同じ大学なのに、何なのアレ!」
「都ちゃん、キツイなぁ。あのぐらい図々しい方が向いてるんだよ、本当は。何せ外資は弱肉強食」
がお~と両手を上げ、都を孔明が襲う真似をした。
アッパーカットの構えで、都が孔明の顎を狙う。
「知ってます」
それを見ていた和真が、バツが悪そうに
「都ちゃんも、ごめんね」
と謝った。
道玄坂を公園通り方面へ下り、スクランブル交差点にかかったときだった。
対面の信号を待っている人込みに和真が目を止める。
遠目でも目立つ立ち姿の美しい少女を、黒っぽいスーツを着た男たちが四、五人、取り囲むようにして立っている。
「あれ、スカウトですかね。可哀想に取り囲まれてる」
孔明は和真より先に気が付いていたようで、
「そうだね。でもきっと大丈夫だよ。上手に交わすよあの子なら」
視線を少女から逸らさず見つめたまま言う。
ちょうど信号が変わり、その子が顔を上げ毅然と歩き出したとたん前に立っていたスーツの男たちが脇によけ、道を開けた。
「すげぇ、よけたよ」
と和真が思わず口に出す。
「だろ。立ち姿が綺麗だもん。あのまま歩かれたら、避けるしかないよね」
「確かに、目を引きますね。ヒューマネ、あ~反対側にいっちゃう。どんな子か見たかったな」
「そうだね」
109側へ渡る孔明たちとは反対の、ハチ公方面へ早足で歩き去っていく後ろ姿を見つめながら孔明がつぶやく。
「着いて行っちゃおうかな~」
聞こえた都があぁといつものことながら頭を抱える。
「ヒュウマネ、何言ってるんですか」
まだ仕事中ですよ、と都が渋い顔で孔明のカバンを引っ張った。
孔明はそつなく上座に和真とその先輩を勧め、入り口側の席に都と座る。
しかたなく上座側に座る和真は、居心地が悪そうだ。
テーブルに案内されると、和真の先輩が待ってましたとばかり名刺を孔明に差し出した。
「大井海星と申します」
名刺を差し出され、少し孔明は驚いたように目を見開く。
「どうも」
それを受け取ると一瞥してテーブルに置いた。
それから、ジーンズのポケットに手をやり、困った顔をする。
見かねた都が、「バッグ」とささやく。
サンキューと孔明は肩からバッグを降ろし名刺ケースを取り出した。
「はい、樋浦孔明です」
中から一枚抜き取り、雑に指に挟んで名刺を差し出し、
「宜しく」
と笑顔で右手を差し出した。
驚いた大井海星だが、つられてその手を握り返した。
孔明が満足げに微笑み、どうぞと着席を促した。
料理が運ばれ、口火を切ったのは大井海星だった。
「偏見なんでしょうが」
と海星。
「外資にお勤めというと、皆さん帰国子女と考えてしまうんですよ」
みんなそう思ってるよね、と孔明がにこやかに応じた。
「確かにウチにも居ますよ帰国子女。この子もそうだし」
と都を指す。
驚いたのは和真だった。
「え、都ちゃんそうだったの」
「はい。大学入試の為にママと弟と帰ってきました」
これ美味しい、とランチプレートのサラダに夢中だ。
父親が石油系プラントのエンジニアだったため、中東に長かったと話す。
「こう見えて都ちゃん、トリリンガル。ボクなんかの話よりよっぽど為になるよ」
「英語圏じゃなくてもいいんだ」
海星が意外だなぁと都を見た。
都は慌てて水を飲み、口を空にして答える。
「為になるわけ、ないじゃないですか」
もう、余計なこと言わないでくださいと孔明を睨む。
「日本人学校に通ってたし、大学から日本だから留学経験者に比べたら全然ダメですよ」
やっぱり海外経験は大人になって行った人の方が吸収できること多いと思います、と都は海星に言った。
「暮らしていると、それが当たり前だから何も考えずに生活してましたから。それに大した経験してませんし」
なるほどと、海星は頷く。
「樋浦マネージャーはオーストラリアに留学されたと和真から聞きましたけど、なぜIT先進国のアメリカを選ばなかったんですか」
聞かれた孔明は、「失礼」と言って口に入れたサラダを咀嚼し水で流し込む。
「学費と生活費が安かったから。ボクの話は、参考にならないと思うよ」
そう言って、孔明はにこっと笑った。
「そんなことないですよ。是非、お聞きしたい」
海星は、フォークを手に取り、ランチに手を付ける。
「大学の学費って、確かにアメリカはバカ高いって聞きました」
釣られたのか、海星も笑顔になる。
「アメリカはね。ボクが通った学校はそこまでじゃないよ。それに、学歴無いから、必死だったよ」
それを聞いた海星が一瞬和真を見る。
「高校を中退だとお聞きしたんですが、豪州の大学って中卒でも入れるんですか」
それを聞いて、和真がぎゅっと目を閉じた。
「いや、入れないよ」
孔明は答えながら適当に皿の上の野菜を、器用にナイフを使ってフォークで刺している。
「ボクは入学の為に大学付属の高校に入りなおしたから」
フォークの野菜がいいサイズになったところで、口に入れる。
しゃくしゃくと新鮮な野菜の噛み砕かれる音がする。
「え? じゃあ都合何年かかったんですか卒業まで」
「んと、高校で1年だから、大学入れるとトータル六年かな」
ほんとここの野菜うまいね、と都に言い野菜にフォークを刺していく。
「大学行けば、半分ですよ。もったいないなぁ」
と頭を捻りながら、海星は自分のランチにようやく手をつけた。
「そんなに、語学に時間はかけられないかなぁ僕は」
口に合わないのか、ルッコラを半分に咬み切り残りのサラダに戻した。
「だから言ったでしょ。ボクの話は参考にならないって」
サラダを完食した孔明はハンバーグにフォークを刺し、ナイフで切り分ける。
「でも、行けば喋れるようになるんですね、やっぱり」
海星は納得したようにうなずく。
「そんなことは無いけど、喋れるようにはなるかな。死活問題だからね。話せないと死んじゃう」
ですよね、と海星は話を合わせハンバーグをあっという間に完食した。
「それで、今の地位でしょ。悪く無い」
「それはどうも」
と孔明がウインクで返す。
「大井さんは立派な大学出ているから、TOEICスコア800点以上取れば充分だとボクは思うな」
立派な大学、というのを聞き大井海星がひきつったような笑みを浮かべる。
それからサラダからレタスを拾い食いし、満足したのか皿の上にフォークとナイフを並べて置いた。
「実際喋れるかというより、喋れそうって思わせるのが大事なんですよね」
孔明を見つめたまま、海星はそう言うとナプキンで口を拭った。
「そうだね。実際ウチも外資と言いながらクライアントは日本人だから公用語は日本語だし」
と水を一口飲み、
「会議で使う事はほとんど無いもんな、和真」
「え? ああそれは……」
急に話を振られ和真が焦る。
海星は薄笑いを浮かべ、和真に目をやり、
「じゃぁ、今年中にTOEICスコア取れば書類審査は通るってことですか」
と孔明に戻す。
「うん。ウチに限らず、外資なら条件満たしていれば一次は通るよ」
ナプキンで口を拭い、
「頑張って」
とほほ笑んだ。
店を出て、海星を見送った和真がすまなそうな顔で孔明に頭を下げた。
「すみません。嫌な思いさせて」
「和真、そんな顔をしない。大井さんの言ってる事、間違ってないし、君が謝る必要もない」
しかし都は気に入らないようだ。
「いーえ、気分悪いです。ヒュウマネのこと中卒扱いするし、何の話に来たのって感じ。御園生さんと同じ大学なのに、何なのアレ!」
「都ちゃん、キツイなぁ。あのぐらい図々しい方が向いてるんだよ、本当は。何せ外資は弱肉強食」
がお~と両手を上げ、都を孔明が襲う真似をした。
アッパーカットの構えで、都が孔明の顎を狙う。
「知ってます」
それを見ていた和真が、バツが悪そうに
「都ちゃんも、ごめんね」
と謝った。
道玄坂を公園通り方面へ下り、スクランブル交差点にかかったときだった。
対面の信号を待っている人込みに和真が目を止める。
遠目でも目立つ立ち姿の美しい少女を、黒っぽいスーツを着た男たちが四、五人、取り囲むようにして立っている。
「あれ、スカウトですかね。可哀想に取り囲まれてる」
孔明は和真より先に気が付いていたようで、
「そうだね。でもきっと大丈夫だよ。上手に交わすよあの子なら」
視線を少女から逸らさず見つめたまま言う。
ちょうど信号が変わり、その子が顔を上げ毅然と歩き出したとたん前に立っていたスーツの男たちが脇によけ、道を開けた。
「すげぇ、よけたよ」
と和真が思わず口に出す。
「だろ。立ち姿が綺麗だもん。あのまま歩かれたら、避けるしかないよね」
「確かに、目を引きますね。ヒューマネ、あ~反対側にいっちゃう。どんな子か見たかったな」
「そうだね」
109側へ渡る孔明たちとは反対の、ハチ公方面へ早足で歩き去っていく後ろ姿を見つめながら孔明がつぶやく。
「着いて行っちゃおうかな~」
聞こえた都があぁといつものことながら頭を抱える。
「ヒュウマネ、何言ってるんですか」
まだ仕事中ですよ、と都が渋い顔で孔明のカバンを引っ張った。
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