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6話 モンスター・アタック(2)

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 白光灯の明かりに誘われるように、ゆっくりと目を開く。うすらぼんやりとした視界にまず映ったのは、どこだかも分からない真っ白な天井。

 どうやら寝かされているらしい上体を起こそうとして、腰から背中にかけて痛みが走った。「ぐっ」と呻き声がもれて、少し持ち上がった背が再びベッドに沈む。

「起きたか」

 視界の右側から、小さな眼鏡をかけた男性が覗き込んできた。

「スレイ・イニゲス君。私の声が聞こえるかね」

 白衣を着た男性は、胸ポケットからペンライトを取り出すとこちらに向け、点灯させてから目のまえで振ってみせる。

「はい……。あの、なんです?」

「君は戦闘後、ドールズのコクピット内で意識を失い、我々に救助された。そうしてこの艦の医者である私に、治療されたのさ。なにせ、頭部から出血していたからね」

 医師だという男性は「うん」と頷くと、ペンライトをしまい、代わりに端末を取り出した。「艦長、少年が目を覚ましましたよ。話も聞けるでしょう」そう言い終わって端末をしまい「目を覚ましたが、まだ安静が必要だ。全身打ち身だらけだからな」と笑ってみせた。

「あの……」

「聞きたいことがあるなら、もうすぐ来る連中に聞くと良い。だがまずは、君から話を聞かせてもらわなきゃならんだろうがな」

 医師の奥にある、機械式の扉がスライドして開き、三人の人影が入ってきた。一人はおやっさんで、残る二人は男性で薄茶色の軍服を身に纏っている。片方は黒く焼けた肌に短く刈り込んだ髪型をしている。もう片方は髭を生やし、深く被った軍帽で目元が見えない。

 焼けた肌をした男性がベッドの横まで近づき、見下ろすようにして喋りはじめた。

「スレイ・イニゲス君。私は国際救助機甲隊の隊長を任されているダリルだ。君は昨晩、我が軍が所有するドールズを操縦し、飛行型ビースト中型種と戦闘。これを駆除した。覚えているか?」

 戦った。改めて聞かされることで、断片的に映像が蘇る。街を襲ったビースト、ライフルの発射音、燃える領主の屋敷……姉の死。

(ああ、やっぱり夢じゃないんだな……)

 詰問されるような雰囲気にあっても、温もりが突然立ち消えてしまった寂しさに、目頭が熱くなる。慌てて両手を押し当てたが、悲しむ気持ちの奥に顔を覗かせ始めている別な思いに気がついた。

 この反応は予想通りだったのか、ダリルはこちらに構わず話を続ける。

「事情は君の叔父、アグル氏から聞き及んでいる。別に、今この場で軍の機体を私的利用した責任を問うつもりはない。むしろ、よく戦ったものだと感心している。あの機体、アーキタイプは操縦しにくかっただろう」

 操縦しにくい? そうは思わなかった。

 たしかに最初こそ機体をあちこち擦ったものだが、慣れればそう難しくはない。それどころか、戦闘の最中は思った通りに機体が動いたような気さえする。僅かな挙動で、致命傷を避けられていたのだ。

(無意識に操縦できたと思ってたけど、あんな細かな動き、俺にはできない……)

「さすが、血は争えんといったところか」

「血? どういう意味ですか、それ」

 ダリルが口を開こうとした途中で、ピピという電子音が鳴る。壁面に備えられたモニターを医師が操作すると、オペレーターと思われる女性が映った。

「艦長。州軍防空隊から、あと一時間後に到着予定との連絡がありました。偵察に出ていたギャロップ、ロッキーからの報告では、近くに敵影は発見できないとのことです」

「そうか。では予定通り州軍に現場を引き継ぎ次第、我々は撤退する。全艦に準備を進めさせろ。それと、ギャロップとロッキーの両機には防空隊に同行するよう伝えろ。くれぐれも、帰り道も注意しろとな」

「了解」通信はそこで終了する。

 軍帽を被る男性は、ちらりとこちらを見やると「あとは任せる」とだけ言って退出していった。あの人物が、艦長なのだろう。

「……話が逸れたな。端的に言えば、我々は君をスカウトしたい。君だって、この世界の在りようは分かっているだろう。君の故郷のような惨劇が、世界中いたる場所で起きている。我々にはその惨劇に抗うための力が必要だ」

「……そんな、無理ですよ」

「そうかな。君はあの原型機(アーキタイプ)クルセイダを乗りこなしてみせた。とはいえ、少し考えを整理する時間も必要だろう。戦う理由を見出す為にもな」



◆   ◆   ◆



 三人が退室して少し経った後、もう一人部屋を訪ねてきた人物がいた。

「イーロン先生、保護した少年とは話せますか?」

「ん? クーナ少尉か。意識は取り戻してるから問題ないが、許可はもらっているかね」

「はい、艦長からは十分を限度に了解をもらっています」

「真面目だな。別に時間など計りはしないというに」

 コツコツと床を鳴らす音が聞こえ、カーテンが開けられた。コクピットを開けた銀髪の少女は、胸の下で握られた拳が微かに震わせていた。

「貴方が……スレイ・イニゲス?」

「そう、ですけど。俺の名前がどうかしましたか」

 深い青色をした眼が、大きく見開かれる。小さな唇が震え「貴方が、大尉の」と吐息のようにもらす。

「大尉? そういえば、あの時もそんなことを言っていましたよね。誰なんです、大尉って」

「それは……」言い淀むその姿に、胸がざわつく。

 眼前の少女は姿勢を直した。軍服が映える綺麗な敬礼だった。

「私は、クーナ・キサラギ少尉と申します。グレッサ・イニゲス大尉には、ドールズのパイロットとしてだけではなく、軍人としても多くの物事を教わり、そして助けていただきました。

であるスレイさんには、お悔やみ申し上げます。今の人類がビーストの脅威となんとか戦えている事実は、ひとえに大尉の貢献といっても過言ではないでしょう。軍だけに留まらない、人類にとっての大きな喪失です」

「……遺族? 親父、死んじまったってことですか」

「———まさか、ご存じではなかったのですか」

 連絡がなくたって、いつかふらりと帰ってくる。無根拠でも、そう信じ込んでいた。だが不思議にも、やっぱりか、という思いも胸に湧いてくる。

 本当は、どこかで分かっていたのかもしれない。父親ともう会うことはできないだろう、と。だから母親は父親を懐かしむように話し、姉は無責任だと言ったのだ。

(これで、俺は一人になった……)

 妙に心が冷え、自分でも驚くほど思考は澄んでいた。

「……いま初めて聞きました。でも、教えてくれてありがとうございます。名前と写真でしか顔を知らない親父だったけど、俺の目標で、憧れだったから。最期は、どうだったんです?」

「……ビーストの集団と正体不明のドールズとの戦闘中に、消息を絶たれました。クルセイダに搭乗しての戦闘が、最後の作戦記録になります。私を含めた、多くの味方を逃がすための盾となられたのです……」

「……そうですか。親父は、最期まで誰かの為に戦ったんですね。それであなたが生き残ったのなら、親父も本望だったと思います」

 クーナと名乗った少女が、何かに耐えるように顔を歪め、目を伏せる。それに気づかないふりをして、天井を見つめた。

「少尉さん、でしたね。クルセイダの操縦はそんなに難しいものなんですか?」

「え? ええ。あの機体を扱えたのは、設計者でもある大尉くらいだったと聞いています。他の熟練したパイロットでも、あれほど上手くは飛ばせなかったと」

「そうですか……。じゃあ、理由は分からないけど、隊長さんが言っていたように、動かせていた俺には、戦う力があるってことなんですね」

「……! それは」クーナが言いかけた言葉を遮る。

 誰に何と言われようと、心は決まった。

「すいません、少尉さん。隊長さんを呼んでもらえませんか。俺は、話をしなくちゃいけません」



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 白光灯の明かりに誘われるように、ゆっくりと目を開く。うすらぼんやりとした視界にまず映ったのは、どこだかも分からない真っ白な天井。
 どうやら寝かされているらしい上体を起こそうとして、腰から背中にかけて痛みが走った。「ぐっ」と呻き声がもれて、少し持ち上がった背が再びベッドに沈む。
「起きたか」
 視界の右側から、小さな眼鏡をかけた男性が覗き込んできた。
「スレイ・イニゲス君。私の声が聞こえるかね」
 白衣を着た男性は、胸ポケットからペンライトを取り出すとこちらに向け、点灯させてから目のまえで振ってみせる。
「はい……。あの、なんです?」
「君は戦闘後、ドールズのコクピット内で意識を失い、我々に救助された。そうしてこの艦の医者である私に、治療されたのさ。なにせ、頭部から出血していたからね」
 医師だという男性は「うん」と頷くと、ペンライトをしまい、代わりに端末を取り出した。「艦長、少年が目を覚ましましたよ。話も聞けるでしょう」そう言い終わって端末をしまい「目を覚ましたが、まだ安静が必要だ。全身打ち身だらけだからな」と笑ってみせた。
「あの……」
「聞きたいことがあるなら、もうすぐ来る連中に聞くと良い。だがまずは、君から話を聞かせてもらわなきゃならんだろうがな」
 医師の奥にある、機械式の扉がスライドして開き、三人の人影が入ってきた。一人はおやっさんで、残る二人は男性で薄茶色の軍服を身に纏っている。片方は黒く焼けた肌に短く刈り込んだ髪型をしている。もう片方は髭を生やし、深く被った軍帽で目元が見えない。
 焼けた肌をした男性がベッドの横まで近づき、見下ろすようにして喋りはじめた。
「スレイ・イニゲス君。私は国際救助機甲隊の隊長を任されているダリルだ。君は昨晩、我が軍が所有するドールズを操縦し、飛行型ビースト中型種と戦闘。これを駆除した。覚えているか?」
 戦った。改めて聞かされることで、断片的に映像が蘇る。街を襲ったビースト、ライフルの発射音、燃える領主の屋敷……姉の死。
(ああ、やっぱり夢じゃないんだな……)
 詰問されるような雰囲気にあっても、温もりが突然立ち消えてしまった寂しさに、目頭が熱くなる。慌てて両手を押し当てたが、悲しむ気持ちの奥に顔を覗かせ始めている別な思いに気がついた。
 この反応は予想通りだったのか、ダリルはこちらに構わず話を続ける。
「事情は君の叔父、アグル氏から聞き及んでいる。別に、今この場で軍の機体を私的利用した責任を問うつもりはない。むしろ、よく戦ったものだと感心している。あの機体、アーキタイプは操縦しにくかっただろう」
 操縦しにくい? そうは思わなかった。
 たしかに最初こそ機体をあちこち擦ったものだが、慣れればそう難しくはない。それどころか、戦闘の最中は思った通りに機体が動いたような気さえする。僅かな挙動で、致命傷を避けられていたのだ。
(無意識に操縦できたと思ってたけど、あんな細かな動き、俺にはできない……)
「さすが、血は争えんといったところか」
「血? どういう意味ですか、それ」
 ダリルが口を開こうとした途中で、ピピという電子音が鳴る。壁面に備えられたモニターを医師が操作すると、オペレーターと思われる女性が映った。
「艦長。州軍防空隊から、あと一時間後に到着予定との連絡がありました。偵察に出ていたギャロップ、ロッキーからの報告では、近くに敵影は発見できないとのことです」
「そうか。では予定通り州軍に現場を引き継ぎ次第、我々は撤退する。全艦に準備を進めさせろ。それと、ギャロップとロッキーの両機には防空隊に同行するよう伝えろ。くれぐれも、帰り道も注意しろとな」
「了解」通信はそこで終了する。
 軍帽を被る男性は、ちらりとこちらを見やると「あとは任せる」とだけ言って退出していった。あの人物が、艦長なのだろう。
「……話が逸れたな。端的に言えば、我々は君をスカウトしたい。君だって、この世界の在りようは分かっているだろう。君の故郷のような惨劇が、世界中いたる場所で起きている。我々にはその惨劇に抗うための力が必要だ」
「……そんな、無理ですよ」
「そうかな。君はあの原型機《アーキタイプ》クルセイダを乗りこなしてみせた。とはいえ、少し考えを整理する時間も必要だろう。戦う理由を見出す為にもな」
◆   ◆   ◆
 三人が退室して少し経った後、もう一人部屋を訪ねてきた人物がいた。
「イーロン先生、保護した少年とは話せますか?」
「ん? クーナ少尉か。意識は取り戻してるから問題ないが、許可はもらっているかね」
「はい、艦長からは十分を限度に了解をもらっています」
「真面目だな。別に時間など計りはしないというに」
 コツコツと床を鳴らす音が聞こえ、カーテンが開けられた。コクピットを開けた銀髪の少女は、胸の下で握られた拳が微かに震わせていた。
「貴方が……スレイ・イニゲス?」
「そう、ですけど。俺の名前がどうかしましたか」
 深い青色をした眼が、大きく見開かれる。小さな唇が震え「貴方が、大尉の」と吐息のようにもらす。
「大尉? そういえば、あの時もそんなことを言っていましたよね。誰なんです、大尉って」
「それは……」言い淀むその姿に、胸がざわつく。
 眼前の少女は姿勢を直した。軍服が映える綺麗な敬礼だった。
「私は、クーナ・キサラギ少尉と申します。グレッサ・イニゲス大尉には、ドールズのパイロットとしてだけではなく、軍人としても多くの物事を教わり、そして助けていただきました。
《《ご遺族》》であるスレイさんには、お悔やみ申し上げます。今の人類がビーストの脅威となんとか戦えている事実は、ひとえに大尉の貢献といっても過言ではないでしょう。軍だけに留まらない、人類にとっての大きな喪失です」
「……遺族? 親父、死んじまったってことですか」
「———まさか、ご存じではなかったのですか」
 連絡がなくたって、いつかふらりと帰ってくる。無根拠でも、そう信じ込んでいた。だが不思議にも、やっぱりか、という思いも胸に湧いてくる。
 本当は、どこかで分かっていたのかもしれない。父親ともう会うことはできないだろう、と。だから母親は父親を懐かしむように話し、姉は無責任だと言ったのだ。
(これで、俺は一人になった……)
 妙に心が冷え、自分でも驚くほど思考は澄んでいた。
「……いま初めて聞きました。でも、教えてくれてありがとうございます。名前と写真でしか顔を知らない親父だったけど、俺の目標で、憧れだったから。最期は、どうだったんです?」
「……ビーストの集団と正体不明のドールズとの戦闘中に、消息を絶たれました。クルセイダに搭乗しての戦闘が、最後の作戦記録になります。私を含めた、多くの味方を逃がすための盾となられたのです……」
「……そうですか。親父は、最期まで誰かの為に戦ったんですね。それであなたが生き残ったのなら、親父も本望だったと思います」
 クーナと名乗った少女が、何かに耐えるように顔を歪め、目を伏せる。それに気づかないふりをして、天井を見つめた。
「少尉さん、でしたね。クルセイダの操縦はそんなに難しいものなんですか?」
「え? ええ。あの機体を扱えたのは、設計者でもある大尉くらいだったと聞いています。他の熟練したパイロットでも、あれほど上手くは飛ばせなかったと」
「そうですか……。じゃあ、理由は分からないけど、隊長さんが言っていたように、動かせていた俺には、戦う力があるってことなんですね」
「……! それは」クーナが言いかけた言葉を遮る。
 誰に何と言われようと、心は決まった。
「すいません、少尉さん。隊長さんを呼んでもらえませんか。俺は、話をしなくちゃいけません」