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7話 ソング・バード

ー/ー



———重空中戦闘艦マンダヴと軽空中母艦レンゴゥ撃沈から二日後。

 部隊の生き残りを回収した軽空中戦闘艦ケリースは、最寄りの軍港に停泊していた。

この艦は軍技研所属なのだから、まっすぐにそちらに向かうのかと思ったが、艦長が損耗を考慮されたのだろう。実際に、稼働はしても戦闘に耐えうるドールズは搭載していない。

 パイロットたちには下艦が許可され、基地内で身を休むよう促された。もちろん、そのなかには私も含まれている。

「クーナ少尉。気に病まなくていい。誰にも、どうすることもできなかったのだ。彼の犠牲が無駄にならぬよう、我々は生きて戦っていかなくてはな……」

 艦長はそう仰ってくれていたが、どうにもそんなふうに気持ちを割り切ることができなかった。

 ———死神め。

 スピア4をはじめとした、数少ない生き残ったパイロットたちの言葉が、身体に重くのしかかっている。

 そう呼ばれるようになったのは、最近のことじゃない。ラボを卒業後に初めて所属した部隊が、戦場での情報収集と実証評価を担う部隊であったことが起因している。いくら味方が撃破されようが、例え全滅しようと関係なく、観測した情報を持ち帰るのが仕事だった。

 軍に貢献し証を立てることこそ、戦災孤児だった私をここまで育ててくれたラボへの恩返しになる。その為には、誰よりも忠実に任務こなす優秀な軍人でなくてはならない。

 その一心で任務に励んだ。そうして得られたのは実績と評価だけではない、死神という不名誉なあだ名だった。

 激戦地でもヤツだけが生還する。味方が全滅しても生き残る。味方の生気を奪い、吸い尽くしている魔女。敵だけでなく味方をも殺す死神……。

 一度広まってしまえば、こういった噂のようなものは残り続ける。どこに部隊が転属となったあとでも、二つ名は悪霊か何かのように憑きまとう。

 最初こそ、そんなことはないと必死に否定していた。

 だけど、良くしてくれた人たちが先に死んでいくその様を見届けるうちに、ああ、やっぱり私は死神なのかもしれない。そう思うようになった。

 そして今回の作戦でも、グレッサ大尉という恩人を見殺しにしてしまったのだ。

 私がいることで犠牲者が生まれるのなら、軍を辞めてしまおうか。
なにを馬鹿な。軍人として立派に務めを果たすと誓ったのではないか。そんな風聞、偶然の一致でしかない……。

 相反する二つの気持ちに板挟みにされながらも、結局自分には軍人以外に生きる道を知らないのだと思い至るのだ。

 寝返りを打つと、卓上の時計が目に入る。ちょうど、昼食の時間だ。割り振られた部屋のベッドで横になってから、もう随分と時間が経ってしまっている。

 そう考えた途端に空腹を感じた。

 そういえば、帰還後からまともな食事を摂っていなかった。あまり気は進まなかったが、体調を整えることも大切なタスク。何かしら食べなくてはいけない。

 寝具と最低限の小物だけが置かれた部屋に食料なんてない。技研所属隊のワッペンが縫われたジャケットを羽織り、基地内にある食堂へと向かうことにした。

食堂は基地隊員で混み合ってはいたが、奥の方に空席を見つけた。メニューの一番上にあるランチセットを頼む。

 トレイに用意されて出てきたのは、豚肉のソテー。脂っぽいものを食べる気はなかったくせに、ろくにメニューを見ないからこうなる。

 席について手を合わせてから、千切ったロールパンを口に放り込む。焼きたてではないが、空腹が麦の香りを強く口のなかに広げていく。それでも、咀嚼しているうちに食欲は満たされ、残ったパンを皿に戻した。

 右手側の窓から見える外の景色へと視線を投げる。灰色の雲が広がり、糸のような雨が滑走路を濡らしていた。

 窓の反射に、数人の人影が映る。彼らは、卓を囲むように立ち並んだ。

「よぅ、死神サマ。ここを使わないでもらえるか。縁起が悪い」

 ……またこれだ。もう、反論することも億劫で仕方ない。

「気に障ったのなら謝ります。私は部屋に戻るから」

 卓に手をついて立ち上がる。左手首あたりを、強く掴まれた。

「待ちな。スピア隊に居た俺のダチが帰って来なかった。死神。お前が戦場でアイツの生気まで吸い取って、お前だけ生き残ったんだろう」

 スピア隊……。たしかマンダヴ搭載のドールズ隊だ。生き残りは、スピア4だけだったと聞く。

 ……あのパイロット、スピア2は帰って来られなかった。

「あんなにいいヤツだったのに、あんな任務で死んじまってよ。実証試験の護衛っていう、楽勝な任務だった筈なのに」

「それは、奇襲を受けて……」

「その奇襲を受けたってのに、お前はのうのうと生き残ってるじゃねぇか! 次はどこだ? 誰だ? あと何人仲間を殺せば、お前は満足するってんだ!?」

 握りつぶす気かと思うほどの力に、顔をしかめて抗議するが、そんなものに応じてくれるはずもなかった。食堂には他にも多くの隊員がいるはずなのに、見渡しても皆顔を背けている。

 いつもの光景。いつもと同じ、嫌悪の気配。

 掴まれていた手首を、放り投げるように乱暴にはらわれる。転倒することはなかったが、安物の基地備品の椅子が音を立てて倒れる。

 振りかぶられた拳に思わず目を瞑ったが、覚悟していた痛みも衝撃も、一向に訪れない。おそるおそる目を開けると、見知らぬ長身の男性隊員が、むんずりと拳を押さえ留めていた。

「おいおい。おたくら、こんな女の子相手によってたかっちゃってさ。ちょっと情けないんじゃあないの」

「なんだテメェ」振り返り手を払おうとするがビクともしない。一方で、男性隊員は涼しい顔をしている。

「お仲間が戦死したのは辛いけどさ。戦場の話なんだから、それはそいつだけの責任だろうよ。ルーキーでもあるまいし。そこんとこ、わかんないもん?」

「やめろ、ロックロック。お前が煽ってどうする」

 少し離れたところから、焼けた肌色をした、短い黒髪の男性が歩いてくるのが見えた。隣にはすらりとした長身の、女性もいる。ロックロックと呼ばれた隊員も合わせて、三人ともパイロットジャケットを着ていた。

「ダリル隊長。だってよ、女の子一人にこれだぜ? 手助けするのが人情ってもんだろ」

 女性の隊員が、押し退けるようにして近くまで来てくれる。

「まぁな。分からん話でもない。だがお前が暴れると医務室送りばかり増える」

「なんだと」取り巻きの男たちがいきり立つが、三人組の表情は変らない。

「わからんか。貴様たちを思って言ってやってるんだ。それに、私たちは基地司令の許可をもらい、そこの少尉に会いにきたのだ。邪魔立てするなら、貴様ら全員独房送りにしてやるぞ」

 隊長と呼ばれた男性隊員の階級章は少佐。この場にいる誰よりも階級の高い、パイロットなどしていていい役職ではなかった。

 凄味に気圧されたのか、すごすごと退散していく男たち。その背中に吐き捨てるように「つまんない男どもだね」と女性隊員が言った。

 一息つく間などなく敬礼する。ダリル少佐もそれに応じてくれたが、すぐに表情は柔らかいものへ変わった。

「クーナ・キサラギ少尉だな。いいんだ。ああはいったが、私は階級など気にせん」

 嘘ばっかりと、小声でつぶやいたロックロックの脇腹を、女性隊員が小突く。

「君に用事があったのは本当だ。優秀なドールズ乗りがいると聞いて、わざわざやってきたというわけだ。君は、あのキサラギ研の出身でもあるしな」

「過分な評価をいただいているようです。少佐の仰る通り、私はラボ出身ではありますが、同期二人に比べれば落ちこぼれです。……私のあだ名、ご存じでしょう」

「死神、だったか。ふん、あんなもの気にすることはない。戦場で生きるか死ぬか、それはパイロット自身の問題だからな。むしろ激戦地を生き延びるその高い技量を、君は誇るべきだ。キサラギを名乗ることを許された、最後の三人なのだと」

「……ありがとうございます。それで、少佐は私にどんな御用だったのでしょう」

「そう、それだ。まずは自己紹介しよう。私はダリル。向こうの特徴的な前髪をした大男がロックロック。隣の女性がレドナだ。我々は、国際救助機甲隊ソング・バード。軍に属しながら、特別な指示系統を持つ独立部隊だ」

 ダリルは、唇を湿らせてから言葉を繋ぐ。

「クーナ・キサラギ少尉。辞令を言い渡す。現時刻をもって、軍技研への配備を解き、我々への隊に所属となる。これはすでに上層部にも通達済みだから、よろしく頼むぞ」

 差し出された右手に、光が落ちたように見えたのは、私の錯覚。

 それでも、自分ではもうどうにもできなかった何かが、変わっていく気がしたのだ。

 伸ばした右手を、ぐっと掴まれる。

 力強くも、痛みは感じない。安心できる手だった。


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———重空中戦闘艦マンダヴと軽空中母艦レンゴゥ撃沈から二日後。
 部隊の生き残りを回収した軽空中戦闘艦ケリースは、最寄りの軍港に停泊していた。
この艦は軍技研所属なのだから、まっすぐにそちらに向かうのかと思ったが、艦長が損耗を考慮されたのだろう。実際に、稼働はしても戦闘に耐えうるドールズは搭載していない。
 パイロットたちには下艦が許可され、基地内で身を休むよう促された。もちろん、そのなかには私も含まれている。
「クーナ少尉。気に病まなくていい。誰にも、どうすることもできなかったのだ。彼の犠牲が無駄にならぬよう、我々は生きて戦っていかなくてはな……」
 艦長はそう仰ってくれていたが、どうにもそんなふうに気持ちを割り切ることができなかった。
 ———死神め。
 スピア4をはじめとした、数少ない生き残ったパイロットたちの言葉が、身体に重くのしかかっている。
 そう呼ばれるようになったのは、最近のことじゃない。ラボを卒業後に初めて所属した部隊が、戦場での情報収集と実証評価を担う部隊であったことが起因している。いくら味方が撃破されようが、例え全滅しようと関係なく、観測した情報を持ち帰るのが仕事だった。
 軍に貢献し証を立てることこそ、戦災孤児だった私をここまで育ててくれたラボへの恩返しになる。その為には、誰よりも忠実に任務こなす優秀な軍人でなくてはならない。
 その一心で任務に励んだ。そうして得られたのは実績と評価だけではない、死神という不名誉なあだ名だった。
 激戦地でもヤツだけが生還する。味方が全滅しても生き残る。味方の生気を奪い、吸い尽くしている魔女。敵だけでなく味方をも殺す死神……。
 一度広まってしまえば、こういった噂のようなものは残り続ける。どこに部隊が転属となったあとでも、二つ名は悪霊か何かのように憑きまとう。
 最初こそ、そんなことはないと必死に否定していた。
 だけど、良くしてくれた人たちが先に死んでいくその様を見届けるうちに、ああ、やっぱり私は死神なのかもしれない。そう思うようになった。
 そして今回の作戦でも、グレッサ大尉という恩人を見殺しにしてしまったのだ。
 私がいることで犠牲者が生まれるのなら、軍を辞めてしまおうか。
なにを馬鹿な。軍人として立派に務めを果たすと誓ったのではないか。そんな風聞、偶然の一致でしかない……。
 相反する二つの気持ちに板挟みにされながらも、結局自分には軍人以外に生きる道を知らないのだと思い至るのだ。
 寝返りを打つと、卓上の時計が目に入る。ちょうど、昼食の時間だ。割り振られた部屋のベッドで横になってから、もう随分と時間が経ってしまっている。
 そう考えた途端に空腹を感じた。
 そういえば、帰還後からまともな食事を摂っていなかった。あまり気は進まなかったが、体調を整えることも大切なタスク。何かしら食べなくてはいけない。
 寝具と最低限の小物だけが置かれた部屋に食料なんてない。技研所属隊のワッペンが縫われたジャケットを羽織り、基地内にある食堂へと向かうことにした。
食堂は基地隊員で混み合ってはいたが、奥の方に空席を見つけた。メニューの一番上にあるランチセットを頼む。
 トレイに用意されて出てきたのは、豚肉のソテー。脂っぽいものを食べる気はなかったくせに、ろくにメニューを見ないからこうなる。
 席について手を合わせてから、千切ったロールパンを口に放り込む。焼きたてではないが、空腹が麦の香りを強く口のなかに広げていく。それでも、咀嚼しているうちに食欲は満たされ、残ったパンを皿に戻した。
 右手側の窓から見える外の景色へと視線を投げる。灰色の雲が広がり、糸のような雨が滑走路を濡らしていた。
 窓の反射に、数人の人影が映る。彼らは、卓を囲むように立ち並んだ。
「よぅ、死神サマ。ここを使わないでもらえるか。縁起が悪い」
 ……またこれだ。もう、反論することも億劫で仕方ない。
「気に障ったのなら謝ります。私は部屋に戻るから」
 卓に手をついて立ち上がる。左手首あたりを、強く掴まれた。
「待ちな。スピア隊に居た俺のダチが帰って来なかった。死神。お前が戦場でアイツの生気まで吸い取って、お前だけ生き残ったんだろう」
 スピア隊……。たしかマンダヴ搭載のドールズ隊だ。生き残りは、スピア4だけだったと聞く。
 ……あのパイロット、スピア2は帰って来られなかった。
「あんなにいいヤツだったのに、あんな任務で死んじまってよ。実証試験の護衛っていう、楽勝な任務だった筈なのに」
「それは、奇襲を受けて……」
「その奇襲を受けたってのに、お前はのうのうと生き残ってるじゃねぇか! 次はどこだ? 誰だ? あと何人仲間を殺せば、お前は満足するってんだ!?」
 握りつぶす気かと思うほどの力に、顔をしかめて抗議するが、そんなものに応じてくれるはずもなかった。食堂には他にも多くの隊員がいるはずなのに、見渡しても皆顔を背けている。
 いつもの光景。いつもと同じ、嫌悪の気配。
 掴まれていた手首を、放り投げるように乱暴にはらわれる。転倒することはなかったが、安物の基地備品の椅子が音を立てて倒れる。
 振りかぶられた拳に思わず目を瞑ったが、覚悟していた痛みも衝撃も、一向に訪れない。おそるおそる目を開けると、見知らぬ長身の男性隊員が、むんずりと拳を押さえ留めていた。
「おいおい。おたくら、こんな女の子相手によってたかっちゃってさ。ちょっと情けないんじゃあないの」
「なんだテメェ」振り返り手を払おうとするがビクともしない。一方で、男性隊員は涼しい顔をしている。
「お仲間が戦死したのは辛いけどさ。戦場の話なんだから、それはそいつだけの責任だろうよ。ルーキーでもあるまいし。そこんとこ、わかんないもん?」
「やめろ、ロックロック。お前が煽ってどうする」
 少し離れたところから、焼けた肌色をした、短い黒髪の男性が歩いてくるのが見えた。隣にはすらりとした長身の、女性もいる。ロックロックと呼ばれた隊員も合わせて、三人ともパイロットジャケットを着ていた。
「ダリル隊長。だってよ、女の子一人にこれだぜ? 手助けするのが人情ってもんだろ」
 女性の隊員が、押し退けるようにして近くまで来てくれる。
「まぁな。分からん話でもない。だがお前が暴れると医務室送りばかり増える」
「なんだと」取り巻きの男たちがいきり立つが、三人組の表情は変らない。
「わからんか。貴様たちを思って言ってやってるんだ。それに、私たちは基地司令の許可をもらい、そこの少尉に会いにきたのだ。邪魔立てするなら、貴様ら全員独房送りにしてやるぞ」
 隊長と呼ばれた男性隊員の階級章は少佐。この場にいる誰よりも階級の高い、パイロットなどしていていい役職ではなかった。
 凄味に気圧されたのか、すごすごと退散していく男たち。その背中に吐き捨てるように「つまんない男どもだね」と女性隊員が言った。
 一息つく間などなく敬礼する。ダリル少佐もそれに応じてくれたが、すぐに表情は柔らかいものへ変わった。
「クーナ・キサラギ少尉だな。いいんだ。ああはいったが、私は階級など気にせん」
 嘘ばっかりと、小声でつぶやいたロックロックの脇腹を、女性隊員が小突く。
「君に用事があったのは本当だ。優秀なドールズ乗りがいると聞いて、わざわざやってきたというわけだ。君は、あのキサラギ研の出身でもあるしな」
「過分な評価をいただいているようです。少佐の仰る通り、私はラボ出身ではありますが、同期二人に比べれば落ちこぼれです。……私のあだ名、ご存じでしょう」
「死神、だったか。ふん、あんなもの気にすることはない。戦場で生きるか死ぬか、それはパイロット自身の問題だからな。むしろ激戦地を生き延びるその高い技量を、君は誇るべきだ。キサラギを名乗ることを許された、最後の三人なのだと」
「……ありがとうございます。それで、少佐は私にどんな御用だったのでしょう」
「そう、それだ。まずは自己紹介しよう。私はダリル。向こうの特徴的な前髪をした大男がロックロック。隣の女性がレドナだ。我々は、国際救助機甲隊ソング・バード。軍に属しながら、特別な指示系統を持つ独立部隊だ」
 ダリルは、唇を湿らせてから言葉を繋ぐ。
「クーナ・キサラギ少尉。辞令を言い渡す。現時刻をもって、軍技研への配備を解き、我々への隊に所属となる。これはすでに上層部にも通達済みだから、よろしく頼むぞ」
 差し出された右手に、光が落ちたように見えたのは、私の錯覚。
 それでも、自分ではもうどうにもできなかった何かが、変わっていく気がしたのだ。
 伸ばした右手を、ぐっと掴まれる。
 力強くも、痛みは感じない。安心できる手だった。