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8.芝居

ー/ー





 話しながらケイトは何気なく道の向こう側へ視線を投げ、やってきた姿に声を上げた。

「おい、向こうはすごいぞケイト! そこの宝石屋に強盗が入って、誰が人質になってると思う? 聞いて驚けよ、あのモニカ・オルコット嬢だぜ! 人もみんな集まって……」

 ケイトのそばに駆け寄るなり事のあらましをすっかり話してしまったハンスに、まっさきにユージーンが目元を覆い、ケイトが肩を落とした。

「最高のタイミングだわね、ハンス」

 皮肉たっぷりに言ってみせるケイトの上方で、がたんと音がする。

「ちょっ―― 待ってください、姫…… お嬢様!」

 ユージーンが止めるのも聞かず、ミルドレッドは窓の外へと飛び出した。どこへどう着地するかなどまったく予測もしていなかったので、あやうくドレスの裾を踏んづけて転びそうになったのをユージーンが助けてくれる。

「だめです、絶対にだめです。強盗だなんて、近くに仲間が大勢いるかもしれないし、俺たちが予想もできないような恐ろしい連中と繋がっている可能性だってある。モニカ嬢が人質ということは、身分の高い家の令嬢から身代金を巻き上げたいのかもしれないし――」
「だから行くのよ、ユージーン。なぜわからないの?」

 礼を言う隙も無くまくしたてる騎士に、ミルドレッドはきっぱりと言い返した。

「もし万が一モニカがけがをして、舞台に立てなくなった時、悲しむ人がどれだけいるか、少しでも想像してみたの? 私だってその一人よ。自分の好きなものひとつ守れないなら、王女なんてやめた方がずっとましだわ」
「…… だからあれについていったんですか」

 説得しているつもりが、思わぬ方向から差し出された問いかけに、ミルドレッドは首をひねる。あれとは、フランのことだろうか。今は彼のことは無関係のはずだが。問いかけをした本人は、なんとなく悲しそうな顔をしている。

「のこのこと、なんの警戒もしないで。姫様こそ、ご自身が傷つけられたらどうなるか、考えたことが少しでもおありですか?」

 いつになく真剣なユージーンの表情に、ミルドレッドはなにも言えなくなってしまった。なんの警戒もしなかったわけじゃない。でもあの男に不思議と警戒心がわいてこなかったのも事実だった。

「…… 私は傷ついたりしないわよ」

 どうにかそれだけ口に出す。

「ユージーン、おまえが四六時中そばにくっついてるんだもの。傷つきようがないわ」

 おまえが自分で言ったのよ、と付け足すとようやく騎士は怯んだような様子を見せる。と、すぐ近くでばきっとなにかが割れるような音が響いた。見ると、ケイトが柵の一部に手をかけて板を外していた。

「ここの柵、板が腐ってるからここから出るといいわよ」

 あまりに突然の、思い切った行動にミルドレッドもユージーンも言葉を失った。

「もしかして正面から出て行くつもりだったの? それじゃ捕まって連れ戻されておしまいでしょう」
「…… そりゃそうだ」

 そばでミルドレッドたちと同じように言葉を失くしていたハンスが言って、ケイトに代わり板を外し出す。

「ちょっと待ってください、姫様は――」

 すっかりミルドレッドの身分を隠すのを忘れてしまっているユージーンに、ケイトはきっぱりと言う。

「前に会った時より、今のミリーの方がずっと素敵よ。そう思わない?」

 その足元では、ハンスが淡々とミルドレッドが通るための穴をあけるため板を外し続けている。

「私もハンスも孤児だから、こうして各地を巡るまで自分が住んでいる国の王様の名前も、お姫様の名前もなんにも知らないような世間知らずだったけど、それでも演劇界で名を馳せる彼女がいなくなったことによる損失は、ほんの少しくらいは理解しているつもりよ。この状況が、私たちみたいなちっぽけな、それもはみ出し者ばかりの劇団の人間の力だけじゃどうにもできないってこともね」

 ハンスが一息ついて立ち上がると、そこにはちょうど、人ひとりがしゃがんで通れそうな穴が開いていた。

「さあ、どうする、お姫様? 私たちにできることならなんでも手伝うわよ」

 ミルドレッドは隣に立つ男を見た。頭の中にあることを実現させるには、ほかでもないユージーンの協力が不可欠だった。姫の視線に何かを察したユージーンが、ひとつため息を吐いた。

「絶対に、危ないことはしないと約束してください」




 宝石屋は、聖都の広場にあるいくつかの露店の中にあった。ミルドレッドたちが広場に赴くと宝石屋以外の店はもぬけの殻で、そこを中心に取り巻きができていた。

「道を開けなさい」

 ミルドレッドが声高に言うと、人々がざわめいた。その中から、知った声が聞こえてくる。

「あれ、ミルドレッド姫じゃないか?」
「嘘、冗談でしょ」
「いや、以前にも巡礼でいらしてたのを見たことがあるから間違いない」

 ざわめきは知った声を中心としてどんどん大きくなる。裂けるように隙間ができていく人混みを通り抜けて、ミルドレッドとユージーンは宝石屋の前に出た。強盗らしき男に短刀を突きつけられたモニカと、その後ろで腰を抜かしている店主が見える。男の武器は短刀だけらしいのを確認して、ユージーンと頷き合う。
 円状になった人々の中に、神官の姿がある。なにか口を出される前にミルドレッドは自ら口を開いた。

「わたくしはミルドレッド。この国の王エイドリアンの第一の継承者ミルドレッド」

 人々の声がまたいっそう大きくなる。ミルドレッドは隣に立つユージーンを一瞥した。彼はわざとらしく腰に下げた剣に触れて見せる。

「説明しなくてもおわかりよね? 単なる巡礼で来ているだけだけど、一国の王女の護衛に何人の騎士がついているか――。あなたが今すぐそのひとを解放するなら、わたくしはわたくしの騎士になにもしないよう命令してあげる」

 ついてきた騎士はユージーンのほか最低限の数名だけだが、強盗にはそんなことはわからない。少しだけ視線が揺らいだ。ミルドレッドは首に下げたペンダントを外して、地面に投げる。

「そこそこ名のある石よ。好きに使っていいから、そのひとは解放して」

 瞬間、男の手がモニカの体から外れた。地面に投げられたペンダントに男が手を伸ばそうとしたと同時に、八方から飛び込んできた神殿騎士に取り押さえられる。大人しくしろ、と押さえつけられる体をよじって、男がいまだ緊張した表情のミルドレッドを睨む。

「だましたな」
「嘘はなにも言ってないわ。私は約束通り、私の騎士にはなにもしないように命令しただけ。神殿騎士のことは管轄外よ」

 そもそも、聖都での出来事はすべて大神殿の管轄でミルドレッドはおろか、王でさえも簡単に口出しできることではない。ミルドレッドはユージーンが拾い上げたペンダントを自身の手中に戻すと、男に向かって尋ねる。

「これも、模造品としてはすごく名のある石よ。その短刀を研ぎに出すぶんのお金くらいにはなると思うけど、いる?」
「いるか、そんなもん!」

 男は噛みついて、くそっと悪態をついた。

「あんたのその卑怯な性格、仲間中に言いふらしてやるからな」
「どうぞお好きに」

 つんと澄ました態度で返せば、男は舌打ちして神殿騎士に連れられていった。

「殿下」

 男が去ると、神殿騎士に保護されたモニカがこちらへやってきた。後からギルバートや〈グラス・ホッパー座〉の座長も駆け寄ってくる。

「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
「座長の私からも、お礼を申し上げます。つきましては、お父上にも――」
「い、いいのよ、いいの」

 神妙な様子で頭を下げるモニカと座長にミルドレッドは「そんなことより、怪我はない?」と尋ねた。

「…… ええ。殿下のおかげでこのとおりですわ」

 そういう割には、モニカの表情はどこか暗い。険しいまではいかなくとも、助かってよかったという顔ではない。

「このお礼は、近いうちに必ず」

 ミルドレッドとしては、好きな劇団のため―― つまりは自分のために動いただけであって、礼を言われるのはむしろ心苦しい。とはいえ、こちらは王女で、向こうは王室ともかかわりのある家の令嬢だ。礼を断られては向こうも困るだろう。

「―― そうだわ、だったらひとつ、お願いがあるのだけど」

 ミルドレッドはふと思いついて後ろに立つ、モニカだけでなく、座長やギルバートの方を見て言った。

「あなたを助けるのに、〈山猫一座〉の団員に協力してもらったの。聖都に来るまでの道中で偶然知った劇団なんだけど、よかったら応援してくれたら私も嬉しいわ」



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 話しながらケイトは何気なく道の向こう側へ視線を投げ、やってきた姿に声を上げた。
「おい、向こうはすごいぞケイト! そこの宝石屋に強盗が入って、誰が人質になってると思う? 聞いて驚けよ、あのモニカ・オルコット嬢だぜ! 人もみんな集まって……」
 ケイトのそばに駆け寄るなり事のあらましをすっかり話してしまったハンスに、まっさきにユージーンが目元を覆い、ケイトが肩を落とした。
「最高のタイミングだわね、ハンス」
 皮肉たっぷりに言ってみせるケイトの上方で、がたんと音がする。
「ちょっ―― 待ってください、姫…… お嬢様!」
 ユージーンが止めるのも聞かず、ミルドレッドは窓の外へと飛び出した。どこへどう着地するかなどまったく予測もしていなかったので、あやうくドレスの裾を踏んづけて転びそうになったのをユージーンが助けてくれる。
「だめです、絶対にだめです。強盗だなんて、近くに仲間が大勢いるかもしれないし、俺たちが予想もできないような恐ろしい連中と繋がっている可能性だってある。モニカ嬢が人質ということは、身分の高い家の令嬢から身代金を巻き上げたいのかもしれないし――」
「だから行くのよ、ユージーン。なぜわからないの?」
 礼を言う隙も無くまくしたてる騎士に、ミルドレッドはきっぱりと言い返した。
「もし万が一モニカがけがをして、舞台に立てなくなった時、悲しむ人がどれだけいるか、少しでも想像してみたの? 私だってその一人よ。自分の好きなものひとつ守れないなら、王女なんてやめた方がずっとましだわ」
「…… だからあれについていったんですか」
 説得しているつもりが、思わぬ方向から差し出された問いかけに、ミルドレッドは首をひねる。あれとは、フランのことだろうか。今は彼のことは無関係のはずだが。問いかけをした本人は、なんとなく悲しそうな顔をしている。
「のこのこと、なんの警戒もしないで。姫様こそ、ご自身が傷つけられたらどうなるか、考えたことが少しでもおありですか?」
 いつになく真剣なユージーンの表情に、ミルドレッドはなにも言えなくなってしまった。なんの警戒もしなかったわけじゃない。でもあの男に不思議と警戒心がわいてこなかったのも事実だった。
「…… 私は傷ついたりしないわよ」
 どうにかそれだけ口に出す。
「ユージーン、おまえが四六時中そばにくっついてるんだもの。傷つきようがないわ」
 おまえが自分で言ったのよ、と付け足すとようやく騎士は怯んだような様子を見せる。と、すぐ近くでばきっとなにかが割れるような音が響いた。見ると、ケイトが柵の一部に手をかけて板を外していた。
「ここの柵、板が腐ってるからここから出るといいわよ」
 あまりに突然の、思い切った行動にミルドレッドもユージーンも言葉を失った。
「もしかして正面から出て行くつもりだったの? それじゃ捕まって連れ戻されておしまいでしょう」
「…… そりゃそうだ」
 そばでミルドレッドたちと同じように言葉を失くしていたハンスが言って、ケイトに代わり板を外し出す。
「ちょっと待ってください、姫様は――」
 すっかりミルドレッドの身分を隠すのを忘れてしまっているユージーンに、ケイトはきっぱりと言う。
「前に会った時より、今のミリーの方がずっと素敵よ。そう思わない?」
 その足元では、ハンスが淡々とミルドレッドが通るための穴をあけるため板を外し続けている。
「私もハンスも孤児だから、こうして各地を巡るまで自分が住んでいる国の王様の名前も、お姫様の名前もなんにも知らないような世間知らずだったけど、それでも演劇界で名を馳せる彼女がいなくなったことによる損失は、ほんの少しくらいは理解しているつもりよ。この状況が、私たちみたいなちっぽけな、それもはみ出し者ばかりの劇団の人間の力だけじゃどうにもできないってこともね」
 ハンスが一息ついて立ち上がると、そこにはちょうど、人ひとりがしゃがんで通れそうな穴が開いていた。
「さあ、どうする、お姫様? 私たちにできることならなんでも手伝うわよ」
 ミルドレッドは隣に立つ男を見た。頭の中にあることを実現させるには、ほかでもないユージーンの協力が不可欠だった。姫の視線に何かを察したユージーンが、ひとつため息を吐いた。
「絶対に、危ないことはしないと約束してください」
 宝石屋は、聖都の広場にあるいくつかの露店の中にあった。ミルドレッドたちが広場に赴くと宝石屋以外の店はもぬけの殻で、そこを中心に取り巻きができていた。
「道を開けなさい」
 ミルドレッドが声高に言うと、人々がざわめいた。その中から、知った声が聞こえてくる。
「あれ、ミルドレッド姫じゃないか?」
「嘘、冗談でしょ」
「いや、以前にも巡礼でいらしてたのを見たことがあるから間違いない」
 ざわめきは知った声を中心としてどんどん大きくなる。裂けるように隙間ができていく人混みを通り抜けて、ミルドレッドとユージーンは宝石屋の前に出た。強盗らしき男に短刀を突きつけられたモニカと、その後ろで腰を抜かしている店主が見える。男の武器は短刀だけらしいのを確認して、ユージーンと頷き合う。
 円状になった人々の中に、神官の姿がある。なにか口を出される前にミルドレッドは自ら口を開いた。
「わたくしはミルドレッド。この国の王エイドリアンの第一の継承者ミルドレッド」
 人々の声がまたいっそう大きくなる。ミルドレッドは隣に立つユージーンを一瞥した。彼はわざとらしく腰に下げた剣に触れて見せる。
「説明しなくてもおわかりよね? 単なる巡礼で来ているだけだけど、一国の王女の護衛に何人の騎士がついているか――。あなたが今すぐそのひとを解放するなら、わたくしはわたくしの騎士になにもしないよう命令してあげる」
 ついてきた騎士はユージーンのほか最低限の数名だけだが、強盗にはそんなことはわからない。少しだけ視線が揺らいだ。ミルドレッドは首に下げたペンダントを外して、地面に投げる。
「そこそこ名のある石よ。好きに使っていいから、そのひとは解放して」
 瞬間、男の手がモニカの体から外れた。地面に投げられたペンダントに男が手を伸ばそうとしたと同時に、八方から飛び込んできた神殿騎士に取り押さえられる。大人しくしろ、と押さえつけられる体をよじって、男がいまだ緊張した表情のミルドレッドを睨む。
「だましたな」
「嘘はなにも言ってないわ。私は約束通り、私の騎士にはなにもしないように命令しただけ。神殿騎士のことは管轄外よ」
 そもそも、聖都での出来事はすべて大神殿の管轄でミルドレッドはおろか、王でさえも簡単に口出しできることではない。ミルドレッドはユージーンが拾い上げたペンダントを自身の手中に戻すと、男に向かって尋ねる。
「これも、模造品としてはすごく名のある石よ。その短刀を研ぎに出すぶんのお金くらいにはなると思うけど、いる?」
「いるか、そんなもん!」
 男は噛みついて、くそっと悪態をついた。
「あんたのその卑怯な性格、仲間中に言いふらしてやるからな」
「どうぞお好きに」
 つんと澄ました態度で返せば、男は舌打ちして神殿騎士に連れられていった。
「殿下」
 男が去ると、神殿騎士に保護されたモニカがこちらへやってきた。後からギルバートや〈グラス・ホッパー座〉の座長も駆け寄ってくる。
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」
「座長の私からも、お礼を申し上げます。つきましては、お父上にも――」
「い、いいのよ、いいの」
 神妙な様子で頭を下げるモニカと座長にミルドレッドは「そんなことより、怪我はない?」と尋ねた。
「…… ええ。殿下のおかげでこのとおりですわ」
 そういう割には、モニカの表情はどこか暗い。険しいまではいかなくとも、助かってよかったという顔ではない。
「このお礼は、近いうちに必ず」
 ミルドレッドとしては、好きな劇団のため―― つまりは自分のために動いただけであって、礼を言われるのはむしろ心苦しい。とはいえ、こちらは王女で、向こうは王室ともかかわりのある家の令嬢だ。礼を断られては向こうも困るだろう。
「―― そうだわ、だったらひとつ、お願いがあるのだけど」
 ミルドレッドはふと思いついて後ろに立つ、モニカだけでなく、座長やギルバートの方を見て言った。
「あなたを助けるのに、〈山猫一座〉の団員に協力してもらったの。聖都に来るまでの道中で偶然知った劇団なんだけど、よかったら応援してくれたら私も嬉しいわ」