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7.知りたい

ー/ー




「お嬢さん?」

 練習が終わってから、一度神殿に戻ると伝えたら送ると申し出てくれたフランがミルドレッドをのぞきこむようにしてきた。

「なにか考え事ですか?」
「あ…… ううん。なんでもないの」

 答えて、目の前の顔をふと見つめる。

「フラン、あなた、私の顔を見てあまり驚かなかったわね」

 どうして? と聞くと彼はさっきと同じような笑みを浮かべた。

「そりゃ、俺みたいな地方貴族の息子は王城にお呼ばれしたことなんてただの一度もないもんで」

 フランの言葉に、ミルドレッドは「本当に?」とうろんげに尋ねた。

「私、あなたの声を…… 声と顔をどこかで――」
「―― 姫様」

 突然、背後からやってきた人物に腕を取られた。反射的に振り返って。その顔に絶句する。そのまま腕を引かれ、ユージーンの背中に追いやられる。

「何をしてた?」

 ユージーンの今まで聞いたことのないような冷たい声にミルドレッドは思わず顔を上げた。

「なにって?」
「この人に何をしていた?」

 フランがふっと笑う。さっきまでとはまるで温度の違う笑みにミルドレッドは何が起きているのか理解できない。

「そんなに大事なら目を離すなよ。盗られたくなきゃそうやってずっとつかんどけ」

 ユージーンのミルドレッドの腕をつかむ手に力がこもる。フランが立ち去ってもそれは緩まず、ミルドレッドはついに声を上げた。

「い―― 痛い、痛いわ、ユージーン」

 ユージーンははっとしたように振り返って手を離すが、険しい表情は変わらない。そのままふたりとも言葉を交わさずに大神殿へ戻って、ミルドレッドは大神官ジョッシュのとがめを受けることになる。

「己を信ずる者を裏切るということは最も許されない罪のうちのひとつですよ、ミルドレッド姫」

 諭す大神官の声は、ミルドレッドには響いてこない。姫がうわの空なのを感じ取ったのか、大神官は彼女のそばにそっと腰を下ろした。

「なにかありましたか? たとえば、ユージーンと喧嘩をしたとか」

 基本的にユージーンとの間で起きた出来事は、あらゆる所で筒抜けだ。それはいつも一緒にいるせいに他ならない。ミルドレッドが唯一気兼ねなく話せるのはユージーンだけであったし、それを知る父は出来る限り今回のような遠出の際には彼をつけてくれた。
 ―― そういえば、ベンジャミンにはそういう相手はいない。ミルドレッドが知らないだけかもしれないが、知る限りで言えば唯一気軽そうに話しているのを見たのがユージーンだ。
 ミルドレッドはそこでふと気がついた。

(私は今まで、知らない間にベンからユージーンを取り上げていたのではないか?)

 ユージーンに限った話ではなく、ほかの部分でも知らないうちにベンジャミンからなにかを取り上げ奪っていたのではと思うと、ミルドレッドは居ても立っても居られない。

「…… ユージーンはいつも、私に付き合ってくれているだけだもの」

 ユージーンだって同じ男の方が気安いし楽しいのかもわからない。

「姫に気に入られているのは騎士として良いことだものね。…… そりゃ、誰にも嫌だなんて言えないわ。たとえ、どんなに傷ついていたとしても」

 大神官は黙って聞いていたが、ふと立ち上がると棚から瓶とグラスを取り出してミルドレッドのそばへ戻ってきた。

「―― 私が姫くらいのころ、唯一無二の友達にうっかりひどいことを言ってしまったことがあります。その友達は、私の言葉を受けて『傷ついた』と正直に言ってくれたのですが、私は―― 自分の失態をなかったことにしたかったのでしょう」

 グラスに赤い液体を注ぎながら言うと、大神官は一旦言葉を止め深呼吸した。

「ほんの冗談だよ、と……。こんなことで何を傷ついたと言うんだと……、逆に彼を責めるようなことを言ってしまったのです。自分の気持ちをはっきり申告することで、彼は私に対してとても誠実でいてくれたというのに、私はまったく逆のことをしました」

 注がれたグラスを持ち上げて鼻先を寄せると、甘酸っぱい香りがする。木の実のジュースだ。

「それは私の知ってる人?」

 尋ねると、大神官はいいえ、と否定する。

「どうして私にその話をしてくれたの?」
「さて……」

 大神官は吐息交じりに言って、自身もジュースに口をつけた。

「ただ、姫様が私と同じような失態を犯さないことを願いますし、彼のような友と出会うことを祈っていますよ」
「…………」

 ミルドレッドは大神官の言葉の意味を考えながら、ゆっくりとジュースを飲み干した。

(きちんと向き合って、本当の気持ちを伝えたら、ユージーンは許してくれる?)

 許してもらえないかもしれない。でも知りたい。ユージーンの本当の気持ちを。伝えたい。自分が思っていることのすべてを。

「外が騒がしいですね」

 言われて、ミルドレッドはようやく部屋の外へ意識をやる。たしかに外が騒がしいようだ。大神官が部屋の中で待っているようにミルドレッドに伝えてから、部屋の外へ出て行く。しばらく経っても騒がしいままなので、窓から外をのぞいてみる。

「だめですよ」

 窓の下から聞こえた声に、ミルドレッドはびくりと肩を震わせた。窓の下へと視線を動かすと、すっかり気まずくなってしまった騎士の姿がある。

「姫様は謹慎中の身でいらっしゃるんですよ。まさか、窓から出て行こうなどとはお思いじゃ――」
「わ、わかってるわよ」

 穏和な大神官とは打って変わった、説教じみた口調にミルドレッドは思わず声を被せた。

「窓からなんて出て行くわけないじゃない」

 呆れたように言ってみせてから、自分がつい数時間前に窓から飛び出して行ったことを思い出した。じとりとした目つきでこちらを見てくるユージーンの視線に耐えかねて声を上げそうになったころ、外に知った顔が見えてミルドレッドは窓から半身を乗り出した。



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「お嬢さん?」
 練習が終わってから、一度神殿に戻ると伝えたら送ると申し出てくれたフランがミルドレッドをのぞきこむようにしてきた。
「なにか考え事ですか?」
「あ…… ううん。なんでもないの」
 答えて、目の前の顔をふと見つめる。
「フラン、あなた、私の顔を見てあまり驚かなかったわね」
 どうして? と聞くと彼はさっきと同じような笑みを浮かべた。
「そりゃ、俺みたいな地方貴族の息子は王城にお呼ばれしたことなんてただの一度もないもんで」
 フランの言葉に、ミルドレッドは「本当に?」とうろんげに尋ねた。
「私、あなたの声を…… 声と顔をどこかで――」
「―― 姫様」
 突然、背後からやってきた人物に腕を取られた。反射的に振り返って。その顔に絶句する。そのまま腕を引かれ、ユージーンの背中に追いやられる。
「何をしてた?」
 ユージーンの今まで聞いたことのないような冷たい声にミルドレッドは思わず顔を上げた。
「なにって?」
「この人に何をしていた?」
 フランがふっと笑う。さっきまでとはまるで温度の違う笑みにミルドレッドは何が起きているのか理解できない。
「そんなに大事なら目を離すなよ。盗られたくなきゃそうやってずっとつかんどけ」
 ユージーンのミルドレッドの腕をつかむ手に力がこもる。フランが立ち去ってもそれは緩まず、ミルドレッドはついに声を上げた。
「い―― 痛い、痛いわ、ユージーン」
 ユージーンははっとしたように振り返って手を離すが、険しい表情は変わらない。そのままふたりとも言葉を交わさずに大神殿へ戻って、ミルドレッドは大神官ジョッシュのとがめを受けることになる。
「己を信ずる者を裏切るということは最も許されない罪のうちのひとつですよ、ミルドレッド姫」
 諭す大神官の声は、ミルドレッドには響いてこない。姫がうわの空なのを感じ取ったのか、大神官は彼女のそばにそっと腰を下ろした。
「なにかありましたか? たとえば、ユージーンと喧嘩をしたとか」
 基本的にユージーンとの間で起きた出来事は、あらゆる所で筒抜けだ。それはいつも一緒にいるせいに他ならない。ミルドレッドが唯一気兼ねなく話せるのはユージーンだけであったし、それを知る父は出来る限り今回のような遠出の際には彼をつけてくれた。
 ―― そういえば、ベンジャミンにはそういう相手はいない。ミルドレッドが知らないだけかもしれないが、知る限りで言えば唯一気軽そうに話しているのを見たのがユージーンだ。
 ミルドレッドはそこでふと気がついた。
(私は今まで、知らない間にベンからユージーンを取り上げていたのではないか?)
 ユージーンに限った話ではなく、ほかの部分でも知らないうちにベンジャミンからなにかを取り上げ奪っていたのではと思うと、ミルドレッドは居ても立っても居られない。
「…… ユージーンはいつも、私に付き合ってくれているだけだもの」
 ユージーンだって同じ男の方が気安いし楽しいのかもわからない。
「姫に気に入られているのは騎士として良いことだものね。…… そりゃ、誰にも嫌だなんて言えないわ。たとえ、どんなに傷ついていたとしても」
 大神官は黙って聞いていたが、ふと立ち上がると棚から瓶とグラスを取り出してミルドレッドのそばへ戻ってきた。
「―― 私が姫くらいのころ、唯一無二の友達にうっかりひどいことを言ってしまったことがあります。その友達は、私の言葉を受けて『傷ついた』と正直に言ってくれたのですが、私は―― 自分の失態をなかったことにしたかったのでしょう」
 グラスに赤い液体を注ぎながら言うと、大神官は一旦言葉を止め深呼吸した。
「ほんの冗談だよ、と……。こんなことで何を傷ついたと言うんだと……、逆に彼を責めるようなことを言ってしまったのです。自分の気持ちをはっきり申告することで、彼は私に対してとても誠実でいてくれたというのに、私はまったく逆のことをしました」
 注がれたグラスを持ち上げて鼻先を寄せると、甘酸っぱい香りがする。木の実のジュースだ。
「それは私の知ってる人?」
 尋ねると、大神官はいいえ、と否定する。
「どうして私にその話をしてくれたの?」
「さて……」
 大神官は吐息交じりに言って、自身もジュースに口をつけた。
「ただ、姫様が私と同じような失態を犯さないことを願いますし、彼のような友と出会うことを祈っていますよ」
「…………」
 ミルドレッドは大神官の言葉の意味を考えながら、ゆっくりとジュースを飲み干した。
(きちんと向き合って、本当の気持ちを伝えたら、ユージーンは許してくれる?)
 許してもらえないかもしれない。でも知りたい。ユージーンの本当の気持ちを。伝えたい。自分が思っていることのすべてを。
「外が騒がしいですね」
 言われて、ミルドレッドはようやく部屋の外へ意識をやる。たしかに外が騒がしいようだ。大神官が部屋の中で待っているようにミルドレッドに伝えてから、部屋の外へ出て行く。しばらく経っても騒がしいままなので、窓から外をのぞいてみる。
「だめですよ」
 窓の下から聞こえた声に、ミルドレッドはびくりと肩を震わせた。窓の下へと視線を動かすと、すっかり気まずくなってしまった騎士の姿がある。
「姫様は謹慎中の身でいらっしゃるんですよ。まさか、窓から出て行こうなどとはお思いじゃ――」
「わ、わかってるわよ」
 穏和な大神官とは打って変わった、説教じみた口調にミルドレッドは思わず声を被せた。
「窓からなんて出て行くわけないじゃない」
 呆れたように言ってみせてから、自分がつい数時間前に窓から飛び出して行ったことを思い出した。じとりとした目つきでこちらを見てくるユージーンの視線に耐えかねて声を上げそうになったころ、外に知った顔が見えてミルドレッドは窓から半身を乗り出した。