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第3幕 その1

ー/ー



デス子が死んだ。飛び降りだった。

 どうにか泣き止んだメメ子にすぐ行くからと言って、最初に会った新浜松駅のH&Mの店裏を指定した。

 慌てて机の上のカフェイン剤、エスタロンモカの飲みかけのシートを手に取り全部飲み干す。

 ついでにリポビタンDスーパーを一本一気に飲んだ。
 汗拭きシートで乱暴に顔を拭くと手早く荷物をまとめて急いで家を出た。

 蝉の大合唱に顔をしかめる。圧倒的なその生の主張にうんざりする。
 時計を見やればいつの間にか丸二日経っている。サイレースでそんなに寝たのか。とにかく急ぐ。

 死んだ? デス子が?

 飛び降り? いつ? どこで?

 自殺少女――。

 小走りの中脳裏にどこかのビル屋上にいるデス子が浮かぶ。

 ゆっくりと縁へ歩いていく。止まる。体が傾き両足が地を離れる。
 そして真っ逆さまに落下していくデス子。
 極大まで引き延ばされた一瞬が過ぎ頭が地面に触れる。

 頭蓋骨が砕ける音が聞こえたような気がした。

 ――気付いた。

 足を止めて歩道に立ち尽くす。

 デス子は自分の顔を潰したかったんじゃないか――

 早まっていた鼓動がさらに加速した。

 整形したがっていた。

 部屋の化粧台の鏡は布で覆われていた。

「黙れクソブス――」

「――ブスが子供産んでんじゃねえよ!」 

「ブス」「ブス」「ブス」 

 フラッシュ暗算のように生きていた頃のデス子の声が反響した。

 全てがすべてそれを物語っているように思えてならない。

 ――この気付きは真を射ている……糞が何で気付いた。

 落ち着け、俺。

 常時携帯の安定剤のデパスをかみ砕いてドープする。

 甘い糖衣錠にすらイラつく。

 少しでいい。落ち着け、俺。

 自己暗示をかけていく。

 うるさい蝉の声がスーッと遠のく。

 さらに深呼吸をして足早に歩き出す。



 遠めにH&Mとメメ子らしき影が見えた。座っている。

 近づくにつれて悲壮な表情が露になった

 目が合う。顔中真っ赤だ。メメ子はそのまま声もなく項垂れた。

「――遅い、よ……」

 何も言えるわけがなかった。黙して立ち尽くす。

 この数メートルの距離が途方もなく遠く感じた。

「……死んじゃった……きっとぐちゃぐちゃなんだ……」

 メメ子の両頬を涙が伝った。真昼間に外で少女が泣いているのに誰も気付かない。ヤリモクすら近付いてこない。

「あたしが……あたしが……」

 声を詰まらせるメメ子。無力な俺。と。蝉。

「あたしが一人で勝手に死のうとしたからだ。きっときっと……」

 ……やはりデス子は……知らなかったのか。

 メメ子がゆっくりと自分を罰するかのように呟く。その瞳は虚ろで何も捉えていない。

「親友だったのに……だから、だから……」

 沈黙が訪れた。再び蝉の合唱がSEKAIを支配する。

 意を決して聞く。

「話――」

「話してない!!」

 カッと目を見開いてメメ子が叫んだ。

「……だから、だから……きっときっと……いらないのは!!」

 何度目かの沈黙。

「……ねえ……デス子の、苦しいのとか……悲しいのとか、全部みんな終わったよね……?」

 すがるようにようやく俺の瞳をとらえて言った。

 何で彼女だけに任せてしまったのだろう。どうすれば良かったのだろう。

 デス子は死んで全ては終わった。

「終わったよ……たぶんきっと」

「桃て――楽しいのも、美味しいのも。――でも終わっだっ……よっ……ね?」

 かすれた涙声が痛々しい。

「ああ、終わったよ……」

「――じゃ、ダメ、か……な……」

 蝉の声に紛れて聞こえない。思わず、一歩近づく。

「ねえ、堂島さん……喜んじゃ、ダメ、かな」

「――死んだ、ことを……」

「だって全部みんな終わったんだよ……アイツは許せないし絶対。絶対デス子も……絶望のまま、うっ……死ん、だと思う。ちょっとだけ……少しだけ、好きな時もあって……――子供なんだもん!」

 メメ子が勢いよく立ち上がる。呼吸が荒い。

「そりゃ好きな時だって――子供、なんだよ……」

「――そう……だね」

「だから! 待ってわかんない! 待って……」

「……わかった」

 静止した大気の中、蝉とメメ子の呼吸音が響く。

 頭を抱え祈るようにもがくメメ子。呼吸が徐々に穏やかになっていく。

 頭を抱えながらもメメ子が言った。

「――全部終わったから……だから! だからっねっ……」

 また泣き出してしまう。それでもメメ子は続ける。

「辛いの終わったって……良かったって!! 悲じ、しぃ……けど!! 泣いちゃう……けど――」

「――良かったって……良かったねって、言ってっ!!! ……あげたい」 


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デス子が死んだ。飛び降りだった。
 どうにか泣き止んだメメ子にすぐ行くからと言って、最初に会った新浜松駅のH&Mの店裏を指定した。
 慌てて机の上のカフェイン剤、エスタロンモカの飲みかけのシートを手に取り全部飲み干す。
 ついでにリポビタンDスーパーを一本一気に飲んだ。
 汗拭きシートで乱暴に顔を拭くと手早く荷物をまとめて急いで家を出た。
 蝉の大合唱に顔をしかめる。圧倒的なその生の主張にうんざりする。
 時計を見やればいつの間にか丸二日経っている。サイレースでそんなに寝たのか。とにかく急ぐ。
 死んだ? デス子が?
 飛び降り? いつ? どこで?
 自殺少女――。
 小走りの中脳裏にどこかのビル屋上にいるデス子が浮かぶ。
 ゆっくりと縁へ歩いていく。止まる。体が傾き両足が地を離れる。
 そして真っ逆さまに落下していくデス子。
 極大まで引き延ばされた一瞬が過ぎ頭が地面に触れる。
 頭蓋骨が砕ける音が聞こえたような気がした。
 ――気付いた。
 足を止めて歩道に立ち尽くす。
 デス子は自分の顔を潰したかったんじゃないか――
 早まっていた鼓動がさらに加速した。
 整形したがっていた。
 部屋の化粧台の鏡は布で覆われていた。
「黙れクソブス――」
「――ブスが子供産んでんじゃねえよ!」 
「ブス」「ブス」「ブス」 
 フラッシュ暗算のように生きていた頃のデス子の声が反響した。
 全てがすべてそれを物語っているように思えてならない。
 ――この気付きは真を射ている……糞が何で気付いた。
 落ち着け、俺。
 常時携帯の安定剤のデパスをかみ砕いてドープする。
 甘い糖衣錠にすらイラつく。
 少しでいい。落ち着け、俺。
 自己暗示をかけていく。
 うるさい蝉の声がスーッと遠のく。
 さらに深呼吸をして足早に歩き出す。
 遠めにH&Mとメメ子らしき影が見えた。座っている。
 近づくにつれて悲壮な表情が露になった
 目が合う。顔中真っ赤だ。メメ子はそのまま声もなく項垂れた。
「――遅い、よ……」
 何も言えるわけがなかった。黙して立ち尽くす。
 この数メートルの距離が途方もなく遠く感じた。
「……死んじゃった……きっとぐちゃぐちゃなんだ……」
 メメ子の両頬を涙が伝った。真昼間に外で少女が泣いているのに誰も気付かない。ヤリモクすら近付いてこない。
「あたしが……あたしが……」
 声を詰まらせるメメ子。無力な俺。と。蝉。
「あたしが一人で勝手に死のうとしたからだ。きっときっと……」
 ……やはりデス子は……知らなかったのか。
 メメ子がゆっくりと自分を罰するかのように呟く。その瞳は虚ろで何も捉えていない。
「親友だったのに……だから、だから……」
 沈黙が訪れた。再び蝉の合唱がSEKAIを支配する。
 意を決して聞く。
「話――」
「話してない!!」
 カッと目を見開いてメメ子が叫んだ。
「……だから、だから……きっときっと……いらないのは!!」
 何度目かの沈黙。
「……ねえ……デス子の、苦しいのとか……悲しいのとか、全部みんな終わったよね……?」
 すがるようにようやく俺の瞳をとらえて言った。
 何で彼女だけに任せてしまったのだろう。どうすれば良かったのだろう。
 デス子は死んで全ては終わった。
「終わったよ……たぶんきっと」
「桃て――楽しいのも、美味しいのも。――でも終わっだっ……よっ……ね?」
 かすれた涙声が痛々しい。
「ああ、終わったよ……」
「――じゃ、ダメ、か……な……」
 蝉の声に紛れて聞こえない。思わず、一歩近づく。
「ねえ、堂島さん……喜んじゃ、ダメ、かな」
「――死んだ、ことを……」
「だって全部みんな終わったんだよ……アイツは許せないし絶対。絶対デス子も……絶望のまま、うっ……死ん、だと思う。ちょっとだけ……少しだけ、好きな時もあって……――子供なんだもん!」
 メメ子が勢いよく立ち上がる。呼吸が荒い。
「そりゃ好きな時だって――子供、なんだよ……」
「――そう……だね」
「だから! 待ってわかんない! 待って……」
「……わかった」
 静止した大気の中、蝉とメメ子の呼吸音が響く。
 頭を抱え祈るようにもがくメメ子。呼吸が徐々に穏やかになっていく。
 頭を抱えながらもメメ子が言った。
「――全部終わったから……だから! だからっねっ……」
 また泣き出してしまう。それでもメメ子は続ける。
「辛いの終わったって……良かったって!! 悲じ、しぃ……けど!! 泣いちゃう……けど――」
「――良かったって……良かったねって、言ってっ!!! ……あげたい」